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最終章 神殺し

八話 大人しくしててね!

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「さて、そろそろいい頃合いかしら」

 慎太郎と言い争い、もとい話し合いを終えて十分補給した戦力に指示を出していたレースノワエはふわりふわりと地獄の京都上空に浮かぶ。

 眼下には敵である有象無象の化生たちがいて、レースノワエが動かしている陰陽師や魔術師、エクソシスト、そして仲間となった化生たちと戦っている。

 しかし、戦力を補充したとはいえ、敵の有象無象の化生たちの方が数も多く、戦い方が千差万別で、また敵味方共々死者を出さないという制約がレースノワエにはあるため、厳しい戦況となっている。

 レースノワエはそんな厳しい戦況を見やりながら、大輔が作った超高性能スマホを懐から取り出す。

 超高性能スマホに映し出される戦況が一目で分かる画面をスライドし、レースノワエはとある文字をタップする。

 すると、超高性能スマホの画面が色とりどりに光り始める。

 無数の色が現れては消える画面を触りながら、レースノワエは息を吐く。

「ふぅ」

 その吐息はまるで人の心を失った氷の魔女が零したかのように冷酷だった。

 そして、仲間に撤退するように指示を出したレースノワエは眼下の有象無象に化生たちの前に降り立つ。

「あん、何だお前――」

 一斉に敵が撤退した事に不審がっていた有象無象の化生たちは、しかし突如として降り立ったレースノワエを見下す。

 こいつからはそこまで多くのエネルギーを感じない。体つきを見ても戦士には見えないし、何よりも極上な女だ。

 下卑た笑みを浮かべながら、大半の有象無象の化生たちはレースノワエを甚振ろうとする。

 だがしかし、レースノワエはそんな彼らを無感情な瞳で見下し、手に持っていた超高性能スマホを懐に仕舞うと、唇を動かす。

「〝ひれ伏せ〟」

 小さく、それでいて半径数百メートルに響き渡る絶対零度の声音。まるで神からの命令だ。絶対に逆らうことのできない言霊だ。

 故に。

「ッッッッッッ!!!!」
「か、体がッッッ!!」
「クソ、何でだッッッ!!??」

 有象無象の化生の殆どが、レースノワエに向かってひれ伏した。己の意志に反して体が勝手にひれ伏したのだ。

 “王権”。

 その能力スキル保持者は絶対的な権力を手に入れる。命令一つで全てを支配する。人の体も心も。

 それなりに条件はシビアであるが、世界の法則すらも支配できる事ができる力があるのだ。

 また、それは支配だけでない。

 王とはつまり、国の支配者。そして国は民無くして成り立たず、民が幸福を享受するために存在する。

 つまり、彼女の命令下にいる者国民は、“王権”により五倍近いスペック上昇を得ることができる。

 それだけでなく、即死無効や傷病軽減、健康促進等々とバフや、国家を維持するために必要な様々な役職に必要な能力スキルを創造し、それを命令下にいる者国民に付与することもできる。

 言い出せば限りはないが、レースノワエ一人で世界征服すら可能な力を持っているのだ。

 それこそ、地球をその手に収めることなど造作もないだろう。

 もちろん、“王権”によって命令を下すにはそれなりの条件を整える必要だし、力には代償がある。

 王の力は人を孤独にすると、どこかの皇子が言っていたように、いくつもの代償があるのだ。

 しかし、その条件や代償の殆どは、夫である翔やライバルである灯たち、また大輔や直樹たちと言った仲間のサポートにより消え去っていた。

 つまるところ、“王権”を発動できる状態にあるレースノワエにかなう存在など、いないのだ。

「無様だわ……」

 恥辱ちじょく憤懣ふんまんまみれた表情でひれ伏し続ける化生たちに凍えた笑みを浮かべていたレースノワエは、懐から超高性能スマホを取り出し、とある画面を開く。

「あら?」

 レースノワエは小さく首を傾げた。

 運がよい、もしくは勘がよい化生たちがレースノワエの“王権”の命令から逃げ延びていたのだ。

 それを超高性能スマホで確認したレースノワエは、悪魔のごとき恐ろしく冷たい笑みを浮かべた。

 そして、

「私から逃げられると思っているのかしら?」

 レースノワエは既に“王権”によって支配した化生たちを家臣のように引きつれて、逃げた化生たちへとゆっくりと近付いて行ったのだった。

 女王だった。


 
 Φ



「何なんだよ……本当にお前ら何なんだよ!!!!」
「なにって、帰郷者?」

 結局、最後まで抗っていたのはルシフェルだけだった。

 天使と悪魔の半数以上は、エクシスと、特に教皇とアザゼル反逆者の力をフルに解放した郭によって天獄界へと送還された祓われた

 敵だった化生の半数以上――有象無象の化生たちはレースノワエの“王権”に支配下に落ちていた。

 また、主力であった化生たちも麗華たちによって無力化されていた。

 それでも反抗的な化生たちはプロクルによって異空間の牢獄に飛ばされたり、望に封印されたり、祈里によって拘束されていたりする。

 そしてまた、捕虜となった天使や悪魔、化生の中には慎太郎を崇める集団すら現れている始末。

 ルシフェルが泣き叫ぶのも仕方ないだろう。

 そんなルシフェルに同情しながら、エクスィナ聖剣を構えた翔は親切心でルシフェルに提案する。

「大人しく投降してくれないか?」
「ッ」

 だが、それはルシフェル傲慢の王にとって屈辱的な提案でしかない。

「僕を、舐めるなッッ!!」
「舐めてないぞ。本当に投降してくれる事を願っているんだ。今なら、苦しい思いはしなくて済むしな」

 純白と漆黒の翼が空を打てば、瞬く一瞬で翔の前へ移動。そのまま、純白と漆黒の双剣を翔へ連撃を繰り返す。

 翔はエクスィナを振るい、的確に双剣の連撃を弾いていく。

 けど、翔は一度も攻撃しない。ただただ、ルシフェルの双剣の連撃を弾き、逸らすだけ。

「ッッッッッッッ!!!!!」

 そのことに、ルシフェルは更に憤る。傲慢なルシフェルだからこそ、舐められる事がしゃくに障るのだ。

 ルシフェルの速さが増す。常人では、いや地球にいる化生の殆どもその速さに追いつく事はできない。

 時間の概念すらも置き去りにするほどの『速さ』で駆けるルシフェルは、しかし一向に翔に攻撃を与えることは敵わない。

「はぁ、はぁ、はぁ」
「ほら、いい加減疲れてきただろ?」

 ルシフェルは肩で息をする。しかし、翔はすまし顔だ。

 理由は簡単。

 今、翔は異世界転移が数百回可能なほどの魔力を持っているからだ。

 日本に侵攻した化生の先行部隊の中でも、その主力の半分以上は銚子を攻めていた。

 というのも、天獄界――サタンにとって、日本侵攻の優先順位は京都と関東が高く、その次に富士山と桜島、そして一番優先順位が低かったのが白神山地であった。

 京都には日本で最も巨大な祈力熾所ししょであるカガミヒメがいて、関東には二番目に大きい祈力熾所ししょ、皇居があった。

 ただ、京都には妖魔界から解放された日本の化生が暴れれおり、また日本の化生だけに圧倒的優位な力を誇るカガミヒメが自主的に戦場に居座り続けるにするために、あえて海外の化生や天使、悪魔といった存在を排除していた。

 そのため、二番目に優先順位の高い皇居を落とすために、先行部隊の化生の主力の半分以上を銚子へと侵攻させていた。

 何故、皇居を落とすために銚子を侵攻していたかといえば、皇居と銚子には強い霊的つながりがあり、厳密に言えば違うが銚子も皇居の祈力熾所ししょの一部としてみなせるのだ。

 まぁ、七面倒な理由は置いておいて、膨大な幻力エネルギー保持者たちが銚子を攻めていたため、彼らからその幻力エネルギーを全てを喰らい尽くした翔は溢れんばかりの魔力を有していた。

 故に、エネルギー面で見て、霊力により世界中から精神エネルギーを集めているルシフェルでも翔に敵わない。

 そしてまた、

「ねぇ、見て見て、翔君! さっきのあれ、真似してみたよ! すごいでしょ!」
「なっ!!??」

 ここには神すらも圧倒する世界最強の魔法使い、灯がいた。しかも、今の灯は本領を発揮できる状態だ。

 というのも、地球に転移してきたとき、灯は“天元突破[極越]”を使った影響で弱体化していたのだ。

 しかし、今は慎太郎の癒しによってその弱体化も回復しているし、翔から絶えず魔力を供給されている状態なのだ。

 そのため、灯にできないことはなかったりする。

「……アハハ」
『流石アカリぞち』

 翔とエクスィナは呆れた表情をする。

 アカリの周りにはマモン、ベルゼブブ、アスモデウス、リヴァイアサン、ベルフェゴール……の偽顕天使と偽顕悪魔コピーがいたからだ。

 ルシフェル傲慢の王神の子暁の子、つまり神によって最初に創造された存在でもある。

 天獄界にいる天使や悪魔は、ルシフェルをベースに創造されたのだ。そのため、ルシフェルは天使でも悪魔でもなく、ハイブリットである頂点に立てる存在なのだが……

 そんなルシフェルだが、傲慢ゆえに頭は少し弱いようで、天獄界の絶対的支配者になることができず、サタンにいいようにあしらわれていたりもする。

 兎も角、あらゆる悪魔と天使がルシフェルをベースに創造されたため、ルシフェルは霊法により天獄界の七王の偽顕コピーを創り出す事ができる。

 しかも、その偽顕コピーはベルフェゴールも偽物創造とは違い、本物にはない力――地球で育まれた伝承の力も霊力の特性により付与することができるし、またルシフェル神の子による祝福ブーストもかけることができる。

 つまるところ、ルシフェルは本物に匹敵するほどの力をもつその偽顕コピーたちを創り、灯と戦わせていたのだが……

「何で、僕じゃなくてお前がそれを操っているんだ!? それは僕にしか操れないはずなのに!!??」

 ルシフェルは傲慢だが、馬鹿ではない……。

 いや、油断はするし、本当にヤバくなるまで本気を出さないが、もうすでに本当にヤバい状態なのだ。

 だから、本気で戦っていたルシフェルは、もちろん翔たちの誰かによって偽顕コピーの乗っ取りも視野に入れていた。そのための防衛プロテクトを築いていた。

 それが破られた?

 あり得ないッ!

 そんな叫びがルシフェルの心を占める。

 それに対して灯は不思議そうに首を傾げた。

「うん。だから私、さっき言ったでしょ。真似したって」
「真似ッ!?」
「あと、君のあれは斃しちゃったよ」
「はぁッ!?」

 ルシフェルが目をく。

「うんっ! すごいよ、アレ。術式概念は、〝偶像創造〟って言葉が一番合うのかな? 本当に強いイメージと根源概念さえあれば、神性を持った神理想の偶像だって創れる凄い術式なんだよ! 翔君!」

 灯は頬を紅潮させる。

「霊力術式を魔力術式として変換するのに少し躊躇ためらうほど、綺麗な術式だったんだよ! この術式考えた人、絶対に神性の領域にたどり着いてるよ!」
「……そうなのか」
「うん!」
 
 翔が悟ったように相槌を打てば、灯は満面の笑みで頷く。

 ……灯は、大輔と同じだ。

 大輔が幻想具アイテムだとすれば、灯は魔法。正確には幻力を用いて世界に干渉する術式と言ったところか。

 どちらにせよ、オタクである。いつでも魔法に対して愛を忘れない頭のねじがぶっ飛んでいる魔法使いである。

 オタクであるから、目の前に理想の存在があれば真似したくのはサガである。

 故に、灯はルシフェルの偽顕コピーを霊力ではなく魔力――魔法で模倣したのだ。

 そして、魔法と同じかそれ以上に大好きな翔に嬉しそうにそれを見せているのだ。子供みたいである。

 だが、そんな喜々とした灯の様子が突如一変。

「〝黒獄〟」
「ガッ」

 凍えるような圧倒的言葉と共に、星すらも圧し潰すほどの超重力の球体が八つ、ルシフェルを立方体の中心で囲むように各頂点に顕現。

 中心にいるルシフェルへと、超重力が掛かる。

 ルシフェルは突然発生した超重力に反応することすらできず、つぶされる。

「グッ、ガッ」
「本当はもっといろんな術式を見たかったけど、これ以上翔君の手を煩わせるのは嫌だからね。それに、それも君の魂魄を覗けば済むことだし……」

 ルシフェルは苦しそうにうめく。

 呼吸すらままならず、体という体が砕けていく。霊力を練るが、その霊力すらも超重力によって、つぶされてしまう。圧縮される。

 いや、霊力だけでない。

 肉体に宿る魂魄そのものも超重力によってつぶされている。圧縮されて固まってしまう。

 それでいて、何故か生きている。

 既に人の形すら残らず拳大ほどまでにまで圧縮され、地獄すら生ぬるい激痛が襲っているのに、意識は保たれていて発狂することすら許されない。無理やり生かされている。

 〝黒獄〟はこの世に存在する全てを生きたまま圧し潰して圧縮し、牢獄として閉じ込める魔法なのだ。

 故に、ルシフェルがどんなにあがいてもその牢獄から出ることは叶わない。苦しみ続ける。

「大人しくしててね!」

 神の子を軽々とそんな牢獄に閉じ込めた灯は、いい笑顔でそう言った後、呆れた表情の翔に飛びついたのだった。

 翔とエクスィナはルシフェルを憐れんだ。だから、早く投降した方がいいって言ったじゃん、と。






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公開可能情報
“王権”:王の力。国を創り、国の長として君臨する力。絶対的な支配者の力であり、絶対的守護者の力でもある。国民に対して命令を強制させるのはもちろん、逆に祝福を与えたり、彼らが負うはずだった傷害等々を代替することができる。また、国民を守るためなら、それに応じた能力スキルを自分に付与できたりもする。
    能力スキル保持者の解釈と力量次第ではあるが、できないことはないともいえる。しかし、発動条件や代償、特に代償は酷くシビアである。例えば、力を使うたびに寿命や感情、記憶を失ったりする。ほかにも、国民以外に無条件に敵愾心を持たれたり親しい存在に対してさえ本音を話せなかったり。色々あったりするがそれらのほとんどは、夫の翔やライバル嫁仲間である灯たち、仲間の大輔や直樹たちのサポート等によって解消されていたりもする。

〝黒獄〟:立方体の八つの頂点に重力球を創り出し、対象をその中心に圧し潰し、また無理やり生かし続ける魔法。圧し潰すものに限りはなく、それが非実体的なエネルギーや魂魄であっても……やろうと光でさえ圧し潰してしまう。ただ、光や時間、空間といった世界の根源的な法則――時間は概念として――まで圧し潰してしまうと、それによって起こる膨大なエネルギー爆発を制御する必要が出てくるため、意図的にそれらは除いている。
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