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五章 動乱
九話 これが、行く末だ
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京都の街並みは無残に破壊されていく。
特に九つの尾を持った巨大な狐――九尾や、巨大な骸骨――ガシャドクロなどは動くだけで建物を破壊する。
それだけでなく、天から降り注ぐ万雷や竜巻、火災旋風、果てに巨大地震。
事前にティーガンが過越しの結界を日本全域に張って、一般人が化け物たちと合わないように、そしてその被害を多く被らないようにさせていなければ、既に死者は数万を余裕で越えていただろう。
(まぁ、神和ぎ社の避難の手際の良さもあったな。妖魔界の崩壊した際のプランは用意していたわけだ)
そう思考しながら、ニュルリと影から現れた直樹は、猛毒や病毒を振りまく疫鬼の首を刎ねる。
直樹は基本的に転移を利用した偵察と暗殺、またはこの戦いに参加している全ての人間の補助に回っている。
[影魔]、特に[影魔]モード・シャドースネークを全員の影に潜ませ、戦況を把握しているのだ。それを神和ぎ社本部の司令部に通達していたりもする。
戦いが始まって、三十分強。
現状、京都が一番ヤバい。
なんせ、軽く日本を滅ぼせるレベルの化生たちがうじゃうじゃしているのだ。
そういう奴は、カガミヒメが持つ大皇日女から与えられた封印の力を利用して、一時的に抑えている。が、九尾やガシャドクロは流石に体が大きすぎて特殊な力は使わないものの、暴れるだけで甚大な被害を齎している。
一応、空間断絶を十重二十重に施した結界で封じ込めているとはいえ、この化生たちが日本全国に放たれたとしたら、本当に不味い。
なので、直樹は支援系などの、長期戦になると戦況に大きく影響を及ぼしそうな奴を先に斃しているのだ。
だが、
『人の子よ、哀れなものだ。毒は救いだというのに』
「コイツっ、祈力持ってんじゃねぇか!?」
直樹は、刎ねられた自身の首を弄ぶ鬼の子供――疫鬼を蹴り飛ばす。一瞬、脚が毒によって腐りかけるが、直ぐに再生させる。
それよりも、驚くべきは祈力。大皇日女やあの動物たちが持っていた思念系のエネルギーであり、祈りが力になる特別なエネルギー。
その身に宿す力を確実に昇華させ、果てには神にまでしてしまうそれを疫鬼は宿していた。
直樹はカガミヒメの知識に悪態を吐く。
直樹たちはティーガンが作り出した知恵の実、つまりその人物が持っている特定の知識を転写する果物を食べ、一時間の間にある程度の知識を得た。
その中に、妖魔界に封印された化生に関する知識もあったのだが……
「コイツ、神性を持ってねぇよなっ!?」
『我は神に非ず。確かに共に天竺からこの地へ来た同族よりは抜きんでているが、この祈り奉る力はこの地に御座す疫病神様のお情け』
「おい、神さま。なんで日本の敵に情け与えてんだよっ!」
『零した情けを我が受け取っただけである。疫病神様は偉大なお方なるぞ。我など眼中にもないわ』
「自信満々に言うことじゃねぇよ!」
頭の斜め横に付けている白仮面の幻想具で、周囲に散布された毒を直接吸い込むことはない。浄化を纏っているようなものだ。
幻斬と血斬で降り注いでくる毒の槍を防ぎながら、直樹は[影魔]で京都内にいる他の疫鬼を斃していく。毒系とかは最初にさっさと斃しておかないと面倒だからだ。目の前の疫鬼はそれらの最後だ。
だが、今、直樹が対峙している疫鬼以外の疫鬼は祈力を持っていなかった。
直樹は思い出す。祈力は多くの人々が祈り畏れることによって得る力だという事を。その対象は結構曖昧でとある火の精霊に祈りを捧げていたら、他の火の精霊にも僅かばかりだが祈力が流れることもあるとか。
つまり、目の前のコイツもそれ。
先ほどから体を何度も切り刻んでいるのに吸血鬼もかくやと言わんばかりに再生するし、自身を強化する毒を飲んだせいでアホみたいに強い。毒以外の特別な能力は使わないが、その身体能力が高すぎる。流石鬼。
『ふむ。人の子よ。お主の名はなんだ?』
「化け物に名乗る名前はねぇよ! っつうか、さっさと死んでくれや!」
『それは残念だ。このキョウコウをここまで追い詰めたのは主で二人目だというのに』
「ッ!」
疫鬼――キョウコウは無造作に片手を振るう。すれば、自らの体そのものがおどろおどろしい灰色の液体へと変化する。
スライムのようになったキョウコウは数十の触手を直樹にに伸ばす。
直樹は頬を引きつらせながら、卓越した体捌きでその触手の波状攻撃を躱していく。
が、それでも頬を肌を掠る。
同時に神経を焼くような激痛が全身を走る。
『神経毒だ。あと数撃でも浴びれば、お主は死ぬな』
「なら、その前にお前を殺すだけだ!」
全身を蝕む苦痛にニィッと口角を上げた直樹は、準備していた“空転眼”を発動させる。
『む、これは!』
同時に今まで余裕ぶっていたキョウコウに初めて同様が走る。
それは歪み。
スライムとなったキョウコウの上部に、あらゆる全てを捻じ曲げたような歪みが現れた。
それが弾ける。
「じゃあな」
『我は祝福を与えているだけだと言うのに!!』
直樹は大輔から持たされていた浄化用の幻想具で周囲の毒を浄化した後、転移で消える。
そして無理やり丸められた空間が元に戻る事によって魂魄すらも消し飛ばす衝撃波が、キョウコウの一点に降り注いだ。全てが消し飛んだ。
直樹は“空転眼”で失敗の転移門を作り出し、空間を無理やり丸めたのだ。
Φ
京都全体を見下ろすように上空に転移した直樹は、翔から送られてくる魔空結晶の残りを確かめる。エクスィナによる幻喰みにより、翔は銚子を襲っている海外の化生たちの魔力や霊力、その他の様々な幻力を喰らい、それを魔空結晶に納めて直樹や大輔たちに転送しているのだ。
「あらかた面倒そうな奴は斃したか。なら、残りは普通に強い奴しかいないだろ。大輔たちに任せるか」
そう呟き、直樹は転移する。
そこはブナ天然林が大規模に原生している山。白神山地。
そこに生えている巨木――祈力熾所に直樹はスタっと降り立つ。
と、植物たちを殺していく塩の風を塩の柱で防でいた郭が、直樹に気が付く。
「おい、京都は終わったのか!?」
「先に各地の方を叩いて休ませるんだ! あっちはどんなに頑張っても長期戦になるからな!」
直樹は直樹で、転移直後に襲い掛かってきたウジ虫の大軍を空間を震わして放つ衝撃波魔法、〝天轟〟で駆逐していく。
「クソッたれ!」
が、無限に湧き続けるウジ虫を仕留めきれない。というか、波状的に襲い掛かるウジ虫が気持ち悪すぎて、吐き気がする。
その時。
「父と子と聖霊の名の許に――悪人は火によって滅ぼされる――天闢炎光」
少し離れた場所にいた神父服を纏った日本人男性のエクソシストが炎を熾し、直樹の周囲に纏わりついていた大量のウジ虫を焼き払う。
同時に、大地を焼き、ウジ虫が湧けない清浄な領域を作り出す。
「悪魔憑きだったか!? 気持ち悪いの使うな!」
「正確には天使憑きだ。ベルゼブブとその眷属は天使だ!」
「暴食の悪魔だろ!? 正の感情ではないだろうが!」
「最初は共食。多くの人間に食を分け与える善から、増えすぎた人間のためにもっと食を、で暴食だ! それ以外にも嵐の魔神であり……まぁ、厄介だ!」
「身も蓋もねぇ」
それでも直樹は悪魔や天使に憑かれた敵のエクソシストたちを屠っていく。中に悪魔たちがいるとはいえ、肉体構造は所詮人間。
転移はもちろん、闇と森の視界の悪さを利用した隠密で、直樹は次々とエクソシストを暗殺する。
だがしかし、
「ッ。不味い、回られた! お前たちはヴェロンたちに回れ。西は私と直樹たちだけで防ぐ!」
数が多い。数千人を越えるエクソシストが祈力熾所である巨木を四方八方から狙っているのだ。特に郭と直樹がいる西側からの攻撃人数は多い。
しかも、悪魔や天使が憑いているせいで、命を刈り取っても普通に動き出すのだ。というか、時間を掛けると後ろに控えている回復部隊が再生させる。
つまるところ、死を恐れない人間ほど厄介なものはない。
なるべく肉体を傷つけないように暗殺していた直樹がしびれを切らす。
「なぁ、全員消滅させていいか!?」
「駄目だ! こいつらは操られているだけ! 蘇生できなくなると、後々教皇派と揉める!」
「チッ、政治は面倒だ!」
そしてこちらもあまり強く出れない。
ここにいるエクソシストたちは、巨大宗教の裏組織、D・P・T・S・T・Iに所属するエクソシストたち。普段は悪魔や天使を戦っている存在だが、今は逆に操られたらしい。
そしてそのもっともな存在が教皇。D・P・T・S・T・Iのトップだ。
つまり、ここにいるエクソシストたちは教皇の配下であるということ。そのせいで、下手に殺すとこの件が終わった後に面倒な禍根を残すのだ。
なので、蘇生できる範囲で殺しているのだが……
「っつうか、悪魔たちを滅ぼした方が早いな!」
「それができるなら疾うにしている!」
天から降り注ぐ極光の雨や、硫黄による灼熱や、水の槍に大風。そういった攻撃はもちろん、原理は分からないが体を無理やり縛ったり、そっくりの影を作り出したり、直樹と郭を同士討ちさせようとしてきたり。
手数が多すぎる。
憑いている悪魔たちを斃そうにも、それをする隙がないのだ。
「吹き荒れろ!」
と、地球側の天使や悪魔の転生体であり、直接霊力を操る術を持つ聖人の郭が塩の風を吹き起こして、一時的にエクソシストを遠ざけようとする。
意図を読んだ直樹は数百人のエクソシストを数十メートルほど後ろに転移させる。
「助かった!」
「礼は良い! それよりも!」
「ああ、分かっている」
そう言った郭は、少しだけ不愉快そうに、まるで使いたくなかったと言わんばかりに顔を歪め、二対四翼の翼を羽ばたかせる。
そして、今の今まで準備していた霊法を発動させる。
「堕ちろ、産まれろ。これが、行く末だ――ネフィルム」
超巨大な赤子が十二体、現れた。白神山地の木々をなぎ倒し、現れたその巨人の赤子はとても醜かった。悍ましかった。まるで、全ての業を背負って生まれたかのようだった。
その赤子――ネフィルムは悲しそうに、または恋しそうに母と思しき名前を呟きながら、祈力熾所の巨木を守る様に徘徊する。エクソシストたちは慌てて後退していく。
「直ぐに母親たちに合わせてやる。だから、待ってくれ」
ぜぇぜぇと息を吐く郭は、そのネフィルムたちに済まなそうに頭を下げる。
ネフィルムを見て、嫌そうに顔を歪めた直樹は、問う。中二の知識を思い出しながら。
「あれか。堕天使と人間の子供か」
「ああ、そうだ。罪なき、そして罪を背負わさた子たちだ。ティーガンさんが言っていただろう、私はアザゼルの聖人だと」
「なるほど。実在した異世界のアザゼルは兎も角、伝承等々でのアザゼルは罪を犯した存在だもんな。スケープゴートって言っていたのもそれか」
そう言いながら、直樹は油断なく両眼を細める。“白華眼”や“星泉眼”を発動し、掴む。
「そういうことだ。それよりも、いけるか?」
「ああ、ミツケタ」
そして一瞬だけ、極限に集中した直樹がフラットに呟いた瞬間、
『バ、バカな!』
『わ、我が身が!』
『こんな未来っ!』
『地獄の公爵たる我が!』
『ガァァァ!!!』
『天たる私が邪悪な力にっ!』
『ピギャァァーー!!』
様々な驚愕と悲鳴の叫びが白神山地全体に響く。共鳴して木霊したその絶叫はネフィルム以上に醜くさもしかった。
そして静かになる。直樹が周囲一帯にいたエクソシストたちに憑いていた悪魔や天使の魂魄を消滅させたのだ。
「じゃあ、後は本隊が来るまで先行部隊の残党を始末していてくれ」
「教師に命令するな。……まぁ、助かった」
「俺が来なくてもできただろうに」
そして直樹は転移した。
======================================
公開可能情報
悪人は火によって滅ぼされる:ニーファイ第二書30:10
霊力:異世界にある非実体的エネルギーの一つ。精神に対して特化しており、精神の強さなどによって現象に干渉し、超常的力を揮う。そのため、宗教や長く受け継がれている物語などによって、自己暗示をすることが多い。エクソシストたちは聖書の拡大解釈によって、超常的力を揮う。
エクソシスト:天獄界に住まう邪悪な天使と悪魔たちと戦う存在。霊力を操り、精神に対して特化していることから、天獄界関連以外では動かない強い掟がある。精神操作は使いようによってはヤバいので。
アザゼルの聖人:かつて天使だったアザゼルの転生体。転生といっても、人格は受け継がれず、記憶が知識として受け継がれるような感じ。アザゼルに関連する事象に対して優位的に拡大解釈することができ、また天使としての力の一部を揮うことができる。隠聖字教の教皇でもある。
隠聖字教:数百年前、ちょうど日本に渡来した欧州の宗教に混じって邪悪な天使と悪魔が黒幕として行われた人身売買を潰すために、立ち上げられたD・P・T・S・T・Iの関連組織。ただ、明治時に日本が世界に進出した際に独立。神和ぎ社に組み込まれる。その後、世界大戦のおりに神和ぎ社から追放され、今の今までひっそりとしていた。
特に九つの尾を持った巨大な狐――九尾や、巨大な骸骨――ガシャドクロなどは動くだけで建物を破壊する。
それだけでなく、天から降り注ぐ万雷や竜巻、火災旋風、果てに巨大地震。
事前にティーガンが過越しの結界を日本全域に張って、一般人が化け物たちと合わないように、そしてその被害を多く被らないようにさせていなければ、既に死者は数万を余裕で越えていただろう。
(まぁ、神和ぎ社の避難の手際の良さもあったな。妖魔界の崩壊した際のプランは用意していたわけだ)
そう思考しながら、ニュルリと影から現れた直樹は、猛毒や病毒を振りまく疫鬼の首を刎ねる。
直樹は基本的に転移を利用した偵察と暗殺、またはこの戦いに参加している全ての人間の補助に回っている。
[影魔]、特に[影魔]モード・シャドースネークを全員の影に潜ませ、戦況を把握しているのだ。それを神和ぎ社本部の司令部に通達していたりもする。
戦いが始まって、三十分強。
現状、京都が一番ヤバい。
なんせ、軽く日本を滅ぼせるレベルの化生たちがうじゃうじゃしているのだ。
そういう奴は、カガミヒメが持つ大皇日女から与えられた封印の力を利用して、一時的に抑えている。が、九尾やガシャドクロは流石に体が大きすぎて特殊な力は使わないものの、暴れるだけで甚大な被害を齎している。
一応、空間断絶を十重二十重に施した結界で封じ込めているとはいえ、この化生たちが日本全国に放たれたとしたら、本当に不味い。
なので、直樹は支援系などの、長期戦になると戦況に大きく影響を及ぼしそうな奴を先に斃しているのだ。
だが、
『人の子よ、哀れなものだ。毒は救いだというのに』
「コイツっ、祈力持ってんじゃねぇか!?」
直樹は、刎ねられた自身の首を弄ぶ鬼の子供――疫鬼を蹴り飛ばす。一瞬、脚が毒によって腐りかけるが、直ぐに再生させる。
それよりも、驚くべきは祈力。大皇日女やあの動物たちが持っていた思念系のエネルギーであり、祈りが力になる特別なエネルギー。
その身に宿す力を確実に昇華させ、果てには神にまでしてしまうそれを疫鬼は宿していた。
直樹はカガミヒメの知識に悪態を吐く。
直樹たちはティーガンが作り出した知恵の実、つまりその人物が持っている特定の知識を転写する果物を食べ、一時間の間にある程度の知識を得た。
その中に、妖魔界に封印された化生に関する知識もあったのだが……
「コイツ、神性を持ってねぇよなっ!?」
『我は神に非ず。確かに共に天竺からこの地へ来た同族よりは抜きんでているが、この祈り奉る力はこの地に御座す疫病神様のお情け』
「おい、神さま。なんで日本の敵に情け与えてんだよっ!」
『零した情けを我が受け取っただけである。疫病神様は偉大なお方なるぞ。我など眼中にもないわ』
「自信満々に言うことじゃねぇよ!」
頭の斜め横に付けている白仮面の幻想具で、周囲に散布された毒を直接吸い込むことはない。浄化を纏っているようなものだ。
幻斬と血斬で降り注いでくる毒の槍を防ぎながら、直樹は[影魔]で京都内にいる他の疫鬼を斃していく。毒系とかは最初にさっさと斃しておかないと面倒だからだ。目の前の疫鬼はそれらの最後だ。
だが、今、直樹が対峙している疫鬼以外の疫鬼は祈力を持っていなかった。
直樹は思い出す。祈力は多くの人々が祈り畏れることによって得る力だという事を。その対象は結構曖昧でとある火の精霊に祈りを捧げていたら、他の火の精霊にも僅かばかりだが祈力が流れることもあるとか。
つまり、目の前のコイツもそれ。
先ほどから体を何度も切り刻んでいるのに吸血鬼もかくやと言わんばかりに再生するし、自身を強化する毒を飲んだせいでアホみたいに強い。毒以外の特別な能力は使わないが、その身体能力が高すぎる。流石鬼。
『ふむ。人の子よ。お主の名はなんだ?』
「化け物に名乗る名前はねぇよ! っつうか、さっさと死んでくれや!」
『それは残念だ。このキョウコウをここまで追い詰めたのは主で二人目だというのに』
「ッ!」
疫鬼――キョウコウは無造作に片手を振るう。すれば、自らの体そのものがおどろおどろしい灰色の液体へと変化する。
スライムのようになったキョウコウは数十の触手を直樹にに伸ばす。
直樹は頬を引きつらせながら、卓越した体捌きでその触手の波状攻撃を躱していく。
が、それでも頬を肌を掠る。
同時に神経を焼くような激痛が全身を走る。
『神経毒だ。あと数撃でも浴びれば、お主は死ぬな』
「なら、その前にお前を殺すだけだ!」
全身を蝕む苦痛にニィッと口角を上げた直樹は、準備していた“空転眼”を発動させる。
『む、これは!』
同時に今まで余裕ぶっていたキョウコウに初めて同様が走る。
それは歪み。
スライムとなったキョウコウの上部に、あらゆる全てを捻じ曲げたような歪みが現れた。
それが弾ける。
「じゃあな」
『我は祝福を与えているだけだと言うのに!!』
直樹は大輔から持たされていた浄化用の幻想具で周囲の毒を浄化した後、転移で消える。
そして無理やり丸められた空間が元に戻る事によって魂魄すらも消し飛ばす衝撃波が、キョウコウの一点に降り注いだ。全てが消し飛んだ。
直樹は“空転眼”で失敗の転移門を作り出し、空間を無理やり丸めたのだ。
Φ
京都全体を見下ろすように上空に転移した直樹は、翔から送られてくる魔空結晶の残りを確かめる。エクスィナによる幻喰みにより、翔は銚子を襲っている海外の化生たちの魔力や霊力、その他の様々な幻力を喰らい、それを魔空結晶に納めて直樹や大輔たちに転送しているのだ。
「あらかた面倒そうな奴は斃したか。なら、残りは普通に強い奴しかいないだろ。大輔たちに任せるか」
そう呟き、直樹は転移する。
そこはブナ天然林が大規模に原生している山。白神山地。
そこに生えている巨木――祈力熾所に直樹はスタっと降り立つ。
と、植物たちを殺していく塩の風を塩の柱で防でいた郭が、直樹に気が付く。
「おい、京都は終わったのか!?」
「先に各地の方を叩いて休ませるんだ! あっちはどんなに頑張っても長期戦になるからな!」
直樹は直樹で、転移直後に襲い掛かってきたウジ虫の大軍を空間を震わして放つ衝撃波魔法、〝天轟〟で駆逐していく。
「クソッたれ!」
が、無限に湧き続けるウジ虫を仕留めきれない。というか、波状的に襲い掛かるウジ虫が気持ち悪すぎて、吐き気がする。
その時。
「父と子と聖霊の名の許に――悪人は火によって滅ぼされる――天闢炎光」
少し離れた場所にいた神父服を纏った日本人男性のエクソシストが炎を熾し、直樹の周囲に纏わりついていた大量のウジ虫を焼き払う。
同時に、大地を焼き、ウジ虫が湧けない清浄な領域を作り出す。
「悪魔憑きだったか!? 気持ち悪いの使うな!」
「正確には天使憑きだ。ベルゼブブとその眷属は天使だ!」
「暴食の悪魔だろ!? 正の感情ではないだろうが!」
「最初は共食。多くの人間に食を分け与える善から、増えすぎた人間のためにもっと食を、で暴食だ! それ以外にも嵐の魔神であり……まぁ、厄介だ!」
「身も蓋もねぇ」
それでも直樹は悪魔や天使に憑かれた敵のエクソシストたちを屠っていく。中に悪魔たちがいるとはいえ、肉体構造は所詮人間。
転移はもちろん、闇と森の視界の悪さを利用した隠密で、直樹は次々とエクソシストを暗殺する。
だがしかし、
「ッ。不味い、回られた! お前たちはヴェロンたちに回れ。西は私と直樹たちだけで防ぐ!」
数が多い。数千人を越えるエクソシストが祈力熾所である巨木を四方八方から狙っているのだ。特に郭と直樹がいる西側からの攻撃人数は多い。
しかも、悪魔や天使が憑いているせいで、命を刈り取っても普通に動き出すのだ。というか、時間を掛けると後ろに控えている回復部隊が再生させる。
つまるところ、死を恐れない人間ほど厄介なものはない。
なるべく肉体を傷つけないように暗殺していた直樹がしびれを切らす。
「なぁ、全員消滅させていいか!?」
「駄目だ! こいつらは操られているだけ! 蘇生できなくなると、後々教皇派と揉める!」
「チッ、政治は面倒だ!」
そしてこちらもあまり強く出れない。
ここにいるエクソシストたちは、巨大宗教の裏組織、D・P・T・S・T・Iに所属するエクソシストたち。普段は悪魔や天使を戦っている存在だが、今は逆に操られたらしい。
そしてそのもっともな存在が教皇。D・P・T・S・T・Iのトップだ。
つまり、ここにいるエクソシストたちは教皇の配下であるということ。そのせいで、下手に殺すとこの件が終わった後に面倒な禍根を残すのだ。
なので、蘇生できる範囲で殺しているのだが……
「っつうか、悪魔たちを滅ぼした方が早いな!」
「それができるなら疾うにしている!」
天から降り注ぐ極光の雨や、硫黄による灼熱や、水の槍に大風。そういった攻撃はもちろん、原理は分からないが体を無理やり縛ったり、そっくりの影を作り出したり、直樹と郭を同士討ちさせようとしてきたり。
手数が多すぎる。
憑いている悪魔たちを斃そうにも、それをする隙がないのだ。
「吹き荒れろ!」
と、地球側の天使や悪魔の転生体であり、直接霊力を操る術を持つ聖人の郭が塩の風を吹き起こして、一時的にエクソシストを遠ざけようとする。
意図を読んだ直樹は数百人のエクソシストを数十メートルほど後ろに転移させる。
「助かった!」
「礼は良い! それよりも!」
「ああ、分かっている」
そう言った郭は、少しだけ不愉快そうに、まるで使いたくなかったと言わんばかりに顔を歪め、二対四翼の翼を羽ばたかせる。
そして、今の今まで準備していた霊法を発動させる。
「堕ちろ、産まれろ。これが、行く末だ――ネフィルム」
超巨大な赤子が十二体、現れた。白神山地の木々をなぎ倒し、現れたその巨人の赤子はとても醜かった。悍ましかった。まるで、全ての業を背負って生まれたかのようだった。
その赤子――ネフィルムは悲しそうに、または恋しそうに母と思しき名前を呟きながら、祈力熾所の巨木を守る様に徘徊する。エクソシストたちは慌てて後退していく。
「直ぐに母親たちに合わせてやる。だから、待ってくれ」
ぜぇぜぇと息を吐く郭は、そのネフィルムたちに済まなそうに頭を下げる。
ネフィルムを見て、嫌そうに顔を歪めた直樹は、問う。中二の知識を思い出しながら。
「あれか。堕天使と人間の子供か」
「ああ、そうだ。罪なき、そして罪を背負わさた子たちだ。ティーガンさんが言っていただろう、私はアザゼルの聖人だと」
「なるほど。実在した異世界のアザゼルは兎も角、伝承等々でのアザゼルは罪を犯した存在だもんな。スケープゴートって言っていたのもそれか」
そう言いながら、直樹は油断なく両眼を細める。“白華眼”や“星泉眼”を発動し、掴む。
「そういうことだ。それよりも、いけるか?」
「ああ、ミツケタ」
そして一瞬だけ、極限に集中した直樹がフラットに呟いた瞬間、
『バ、バカな!』
『わ、我が身が!』
『こんな未来っ!』
『地獄の公爵たる我が!』
『ガァァァ!!!』
『天たる私が邪悪な力にっ!』
『ピギャァァーー!!』
様々な驚愕と悲鳴の叫びが白神山地全体に響く。共鳴して木霊したその絶叫はネフィルム以上に醜くさもしかった。
そして静かになる。直樹が周囲一帯にいたエクソシストたちに憑いていた悪魔や天使の魂魄を消滅させたのだ。
「じゃあ、後は本隊が来るまで先行部隊の残党を始末していてくれ」
「教師に命令するな。……まぁ、助かった」
「俺が来なくてもできただろうに」
そして直樹は転移した。
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悪人は火によって滅ぼされる:ニーファイ第二書30:10
霊力:異世界にある非実体的エネルギーの一つ。精神に対して特化しており、精神の強さなどによって現象に干渉し、超常的力を揮う。そのため、宗教や長く受け継がれている物語などによって、自己暗示をすることが多い。エクソシストたちは聖書の拡大解釈によって、超常的力を揮う。
エクソシスト:天獄界に住まう邪悪な天使と悪魔たちと戦う存在。霊力を操り、精神に対して特化していることから、天獄界関連以外では動かない強い掟がある。精神操作は使いようによってはヤバいので。
アザゼルの聖人:かつて天使だったアザゼルの転生体。転生といっても、人格は受け継がれず、記憶が知識として受け継がれるような感じ。アザゼルに関連する事象に対して優位的に拡大解釈することができ、また天使としての力の一部を揮うことができる。隠聖字教の教皇でもある。
隠聖字教:数百年前、ちょうど日本に渡来した欧州の宗教に混じって邪悪な天使と悪魔が黒幕として行われた人身売買を潰すために、立ち上げられたD・P・T・S・T・Iの関連組織。ただ、明治時に日本が世界に進出した際に独立。神和ぎ社に組み込まれる。その後、世界大戦のおりに神和ぎ社から追放され、今の今までひっそりとしていた。
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