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第二部 十章:それから晴れて……
二話 奇跡なのだろう
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「……そもそもこの依頼を受けたのは、長期依頼のためだけじゃないんだ」
「また私に秘密ですか?」
トレーネがとても責め立てるように言った。
今はこうしているが、けれどここ二カ月間、つまりライゼが体に鞭打つようにワキさんの依頼を達成して、予定通り町を出たあの日からずっとトレーネとライゼの間には、なんとも言えない雰囲気が漂っていた。
ちょっとあれば言い争いをして、物理的な喧嘩も何度かして、別々に動くことも増えていて……なのに、パーティーとしてギリギリやれている感じの。
おかげで、ライゼはまだ、ブレスレット時計を渡せていない。
「……一度しか言わないよ」
「ッ」
責めるように黄金の瞳でにらみつけたトレーネは息を飲む。
ライゼが自分の言葉を無視した、ということではなく、その声音の重さに、重大さに怒りが萎んでいく。
萎まざる負えない。
「スタンピードがおこる可能性がある。それか魔人の軍勢か。どっちかは分からないけど、ここら一帯が戦禍に巻き込まれるのが確実なんだ」
ライゼが、ドロドロの地面に手を当て、泥を掬う。それを顔や肌という肌に擦りつける。
そのあと手の泥を落として黒の手袋を身に着ける。
「雨で翼竜の騒動があって、たぶん向こうは気が緩んでいる。追い出した直後だし、それで被害を出せたと思っているから」
悪魔のダンジョンが暴走して大量の魔物が外部へと氾濫するスタンピードも、魔人が率いる魔物の軍勢も、どちらにしろそれを率いる魔物、もしくは魔人は高い知能を持っている。
だからこそ、魔物の性に囚われながらも殲滅や先行部隊等々の意識はあるし、狡猾だ。
けれど傲慢でもあるから、魔物の力を驕る。
つまり、今、魔物の軍勢の警戒は薄れているのだ。
「ここで調査する。規模、魔物の強さ、陣形や地形、色々調査する。だから、トレーネ。村人を町まで避難させて。そしてそのころには、召喚魔法で呼び出した鳥が情報をトレーネに持っていく」
“森顎”と“森彩”を折り畳み腰に差したライゼは、ガンベルトの調節を行いながら俺を見た。
『ヘルメス。よろしくね』
『はいはい。……死ぬなよ』
『死ねないよ』
状況把握が追いついていないトレーネは、視線を彷徨させていた。
苦笑したライゼがトレーネを見やった。
「トレーネはAランクだ。Sランク冒険者になるには、冒険者を率いる経験も必要なんだよ。だから、情報を使ってカラさんを説得して、冒険者を率いて」
そしてハタリと泥に濡れた深緑のローブを翻して。
「じゃあよろしく」
「ライゼ様っ!」
放出魔力をほぼ無にして、闘気を感じられるようになってから可能になった気配操作で気配を消して、ライゼは足音一つたてずに森へ消えた。
トレーネはハッと意識を取り戻して追いかけようとするが。
『トレーネ、お前はこっちだ』
「へ、ヘルメス様っ、何をするのですかっ! ライゼ様の体は――」
無理やり尻尾で絡ませて、俺はトレーネを背中に拘束し、村へと走る。
トレーネは、力なく拘束を振りほどこうとする。
『――分かっているだろ。これが最善だ。お前は隠密行動できない』
「ッ」
『それにSランク冒険者になると言ったのはお前だろ。その覚悟はどこへいった』
「……分かりました。分かりましたから、急いでください!」
『へいへい』
雨除けの結界の外へ出た。
滝のように雨は降り注ぐ。前は見えないが、けれど行き先は分かっている。問題ない。
ライゼの言葉に従えばいい。
俺は駆けた。
Φ
結論から言うと、スタンピードだった。
それも半世紀近く誰にも発見されていなかった悪魔のダンジョンのスタンピードであり、町や領地どころか、国が大損害を受けるレベルのスタンピードだった。
半世紀はとてもでかかった。
けれど、被害を出しながらもそれは終わった。
国の軍が到着する前に、トレーネが率いる冒険者と領主軍の連合軍がそれを打ち滅ぼした。
多少の被害だった。
それができたのは、ライゼが送ってきた確度の高い魔物の分布と地形、規模等々の情報がまず一つ。
二つ目は運よくAランクパーティーの冒険者がいたこと。これによって、戦力を分散させながらも、高密度の襲撃が行えたこと。
三つめは、トレーネの神聖魔法が大きかった。
連合軍全員に及ぼせるほどの回復魔法。
魔物を分断し、俺が作った即席の巨大土壁の砦を起点として結界魔法。
自らの声を絶対的な言葉とする士気向上系の魔法に、一時的な身体強化などを加護魔法。
それにトレーネ自体の戦闘力。
軽く都市を壊滅させるレベルの魔物を一撃で打ち滅ぼしたその怪力。
鬼神の如き無敵の戦い方。
そして何よりも今回のスタンピードを指揮していた一番強い魔物、ダンジョンマスターがダンジョンから出なかった事。
ダンジョンマスターは、周囲にいる魔物を強化する力を持っていて、だから出る前にトレーネが倒せたからこそ、地上に氾濫した魔物が強化されなかった。
それでも、一体一体がDランク以上の力を有していたが。
けど、まぁ色々あって勝った。
避難が完了したとはいえ、一部の町や村が壊滅し、冒険者や領主軍などに損害は出たものの、人命はほとんど失われなかった。
だから、トレーネは英雄として称えられた。
それはもう、ほぼ確実にSランク冒険者になれるだろうという勢いだ。
ハーフン王国から、貴族にならないか的な話が上がったほどだ。
けれど、当のトレーネは戦いが終わってから一度も表に出てこなかった。
少しでも離れてしまえば、ライゼが死にそうだったからだ。
「また私に秘密ですか?」
トレーネがとても責め立てるように言った。
今はこうしているが、けれどここ二カ月間、つまりライゼが体に鞭打つようにワキさんの依頼を達成して、予定通り町を出たあの日からずっとトレーネとライゼの間には、なんとも言えない雰囲気が漂っていた。
ちょっとあれば言い争いをして、物理的な喧嘩も何度かして、別々に動くことも増えていて……なのに、パーティーとしてギリギリやれている感じの。
おかげで、ライゼはまだ、ブレスレット時計を渡せていない。
「……一度しか言わないよ」
「ッ」
責めるように黄金の瞳でにらみつけたトレーネは息を飲む。
ライゼが自分の言葉を無視した、ということではなく、その声音の重さに、重大さに怒りが萎んでいく。
萎まざる負えない。
「スタンピードがおこる可能性がある。それか魔人の軍勢か。どっちかは分からないけど、ここら一帯が戦禍に巻き込まれるのが確実なんだ」
ライゼが、ドロドロの地面に手を当て、泥を掬う。それを顔や肌という肌に擦りつける。
そのあと手の泥を落として黒の手袋を身に着ける。
「雨で翼竜の騒動があって、たぶん向こうは気が緩んでいる。追い出した直後だし、それで被害を出せたと思っているから」
悪魔のダンジョンが暴走して大量の魔物が外部へと氾濫するスタンピードも、魔人が率いる魔物の軍勢も、どちらにしろそれを率いる魔物、もしくは魔人は高い知能を持っている。
だからこそ、魔物の性に囚われながらも殲滅や先行部隊等々の意識はあるし、狡猾だ。
けれど傲慢でもあるから、魔物の力を驕る。
つまり、今、魔物の軍勢の警戒は薄れているのだ。
「ここで調査する。規模、魔物の強さ、陣形や地形、色々調査する。だから、トレーネ。村人を町まで避難させて。そしてそのころには、召喚魔法で呼び出した鳥が情報をトレーネに持っていく」
“森顎”と“森彩”を折り畳み腰に差したライゼは、ガンベルトの調節を行いながら俺を見た。
『ヘルメス。よろしくね』
『はいはい。……死ぬなよ』
『死ねないよ』
状況把握が追いついていないトレーネは、視線を彷徨させていた。
苦笑したライゼがトレーネを見やった。
「トレーネはAランクだ。Sランク冒険者になるには、冒険者を率いる経験も必要なんだよ。だから、情報を使ってカラさんを説得して、冒険者を率いて」
そしてハタリと泥に濡れた深緑のローブを翻して。
「じゃあよろしく」
「ライゼ様っ!」
放出魔力をほぼ無にして、闘気を感じられるようになってから可能になった気配操作で気配を消して、ライゼは足音一つたてずに森へ消えた。
トレーネはハッと意識を取り戻して追いかけようとするが。
『トレーネ、お前はこっちだ』
「へ、ヘルメス様っ、何をするのですかっ! ライゼ様の体は――」
無理やり尻尾で絡ませて、俺はトレーネを背中に拘束し、村へと走る。
トレーネは、力なく拘束を振りほどこうとする。
『――分かっているだろ。これが最善だ。お前は隠密行動できない』
「ッ」
『それにSランク冒険者になると言ったのはお前だろ。その覚悟はどこへいった』
「……分かりました。分かりましたから、急いでください!」
『へいへい』
雨除けの結界の外へ出た。
滝のように雨は降り注ぐ。前は見えないが、けれど行き先は分かっている。問題ない。
ライゼの言葉に従えばいい。
俺は駆けた。
Φ
結論から言うと、スタンピードだった。
それも半世紀近く誰にも発見されていなかった悪魔のダンジョンのスタンピードであり、町や領地どころか、国が大損害を受けるレベルのスタンピードだった。
半世紀はとてもでかかった。
けれど、被害を出しながらもそれは終わった。
国の軍が到着する前に、トレーネが率いる冒険者と領主軍の連合軍がそれを打ち滅ぼした。
多少の被害だった。
それができたのは、ライゼが送ってきた確度の高い魔物の分布と地形、規模等々の情報がまず一つ。
二つ目は運よくAランクパーティーの冒険者がいたこと。これによって、戦力を分散させながらも、高密度の襲撃が行えたこと。
三つめは、トレーネの神聖魔法が大きかった。
連合軍全員に及ぼせるほどの回復魔法。
魔物を分断し、俺が作った即席の巨大土壁の砦を起点として結界魔法。
自らの声を絶対的な言葉とする士気向上系の魔法に、一時的な身体強化などを加護魔法。
それにトレーネ自体の戦闘力。
軽く都市を壊滅させるレベルの魔物を一撃で打ち滅ぼしたその怪力。
鬼神の如き無敵の戦い方。
そして何よりも今回のスタンピードを指揮していた一番強い魔物、ダンジョンマスターがダンジョンから出なかった事。
ダンジョンマスターは、周囲にいる魔物を強化する力を持っていて、だから出る前にトレーネが倒せたからこそ、地上に氾濫した魔物が強化されなかった。
それでも、一体一体がDランク以上の力を有していたが。
けど、まぁ色々あって勝った。
避難が完了したとはいえ、一部の町や村が壊滅し、冒険者や領主軍などに損害は出たものの、人命はほとんど失われなかった。
だから、トレーネは英雄として称えられた。
それはもう、ほぼ確実にSランク冒険者になれるだろうという勢いだ。
ハーフン王国から、貴族にならないか的な話が上がったほどだ。
けれど、当のトレーネは戦いが終わってから一度も表に出てこなかった。
少しでも離れてしまえば、ライゼが死にそうだったからだ。
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