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第二部 九章:雨降った

五話 どんなに心掛けても「つもり」でしかない

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 パチぱち。パチぱち。パチぱち。
 星が落ちて、火の粉が落ちる。静かな森の中、動物も星空も木々も火の粉さえも眠りに落ちているのに、煙だけは昇っている。
 もくもくとゆっくり昇っている。

「ライゼ様。なぜおっしゃって下さらなかったのですか? あれくらいの事ならば、私でも協力できたと思いますし、そもそも結局報酬は私だけが……」
「……さぁ?」

 リッヒテンを出た日。俺たちはハーフン王国とナファレン王国の国境の関所前の森で野営をしていた。
 ここら一帯は肉食動物や夜行性の動物が少なく、関所を超える冒険者や商人などのキャンプ地となっている。
 まぁ今日ここでキャンプをしているのは俺たちだけらしいが。

「……はぁ」
「ため息を吐くと、皺が増えるよ」
「増えません!」

 茶化すライゼにトレーネは叫ぶ。叫んだことにより、眉間に皺がよっているが、これはため息を吐いたからではなく、ライゼが茶化したからだ。
 ただ、ライゼはそれに気が付いていながらもワザとらしく自らの眉間を指す。トレーネはオウム返しのように自らの手を眉間にあて、さらに顔を顰めた。
 
「……僕の担当だから。だからトレーネは気にしなくて大丈夫」

 そんなトレーネに微笑んでいたライゼは、お茶が入ったカップを口につけたあと、ホッと呟いた。
 トレーネは一瞬だけ瞬きした後、手に持っていたカップを地面に置き立ち上がり、ライゼに詰め寄った。

「そういうことではないのです!」
「じゃあどういうことなの? 僕としてはトレーネがSランク冒険者になれるように手を尽くしているだけなんだけど」
「ッ」

 トレーネが息を飲む。その黄金の瞳は揺らめき、夜空を映し出す黒の長髪は後ろへたなびく。
 一歩二歩と後ずさり、そして簡易の土の椅子に腰をおろした。
 トレーネは俯く。

「……すみません」
「謝らなくていいよ。僕がやりたいからやっていることなんだし」
「……はい」

 ……はぁ。トレーネもトレーネだが、ライゼもライゼだ。
 ここ最近はずっとこんな感じだ。
 ライゼはトレーネをSランク冒険者にするために、色々画策している。

 今回もそれであり、そもそもライゼは、ギルド長の失態を晒すという副ギルド長の依頼を受ける必要はなかった。
 ただただ、ほかの冒険者ギルドに情報を売りつけるだけでいい。キャメロン相手にあんな変な事をしなくてよかったのだ。
 
 そうしなかったのは、ひとえにトレーネの冒険者ランクを上げるため。
 Aランク、Sランクへとランクを上げるには、実力や依頼達成数以外にも、ギルド長の推薦が必要になる。
 
 ここ半年。ダンジョンを攻略したり、凶悪な魔物を討伐したり……と、数々の依頼を熟したが、トレーネを推薦するギルド長はそこまで多くなかった。
 実力重視の世界ではあるが、その実力とは単なる戦闘能力だけでなく経験も含まれている。
 冒険者になって一年程度の少女がBランクなのも御の字ということである。
 
 それでも必要推薦者が残り一人となっていたため、副ギルド長をギルド長にするための画策もしたのだ。
 キャメロンの失態を晒し、副ギルド長がそれを使ってキャメロンを追い出す。
 そしてそんなキャメロンがいながらも、ギルドを回していた功績などで、ギルド長になる。
 文字にするだけなら簡単だが、実際は色々な弊害がある。

 副ギルド長はその弊害を一つ一つ緻密に壊していて、最後の決め手としてライゼにギルド長の失態を晒すように依頼をだしたのだ。
 リッヒテンのギルド長もすでに副ギルド長側だったということである。

 まぁ、仕事もできないただの婆とはいえ、ギルド長を一時的に敵に回す行為をライゼにさせたのだ。
 ラビンテダンジョンの報酬や正式評価も遅れてしまうし。
 そのため、ライゼはリッヒテンのギルド長はもちろん、副ギルド長にも色々吹っ掛けていた。
 
 それで勝ち取ったのが、トレーネの冒険者ランクと、ライゼとトレーネ二人の冒険者パーティー、『蜥蜴と共に』のAランク昇格である。
 他にも、トレーネがSランク冒険者になるためのリッヒテンのギルド長の推薦書の確約や、ハーフン王国内の知り合いのギルド長への紹介状などなど。
 あとは未攻略ダンジョンや脅威度の高い依頼を優先して手配してもらったり、色々ともぎ取った。
 
 それ自体はトレーナも感謝している。
 ただ、トレーネはライゼが自分を頼ってくれないことが嫌なのだろう。自分のことで手を尽くしてもらっているのに、その自分は蚊帳の外。
 ここは互いの信頼やらなんやらがものをいうし、一概に正解はない。

 けれどなぁ……

『もう少し、言葉を尽くしたらどうだ?』
『そのつもりなんだけどね』
『つもり、だろ? ……一度くらい喧嘩してみればいいじゃないか』
『アハハハ。それはちょっと勘弁かな。絶対僕が負けるだろうし』

 トレーネは不貞腐れて寝袋に包まって寝てしまった。ライゼは夜の見張り番だ。
 肉食動物は少ないし、魔物除けの結界も張っているがそれでも見張り番は必要だ。敵は魔物や動物だけとは限らないし。
 拾った小枝を焚火に放り投げながら、ライゼは苦笑する。

『なら、もう少し頼ったらどうだ?』
『頼ってるつもりなんだけどね』
『またつもりか』
『うん』

 たぶんライゼも分かっているのだ。「つもり」という言葉を使っている時点で、すべてが不十分で、十分などありえないと。
 それでも苦笑いを浮かべながらも、頑固に今までに自分を変えないのは……
 
 ……まぁいっか。たぶん、喧嘩でもすればこんな問題は解消する。
 半年間見て思ったが、二人とも優しいのだ。そして臆病なのだ。
 だから、大切なところで躊躇して踏み込まない。踏み込むことを恐れて、それがけれど優しさにも繋がっていて。
 特に、ライゼはトレーネと過ごす時間が増えれば増えるほど、そうなっている。
 
 ……大切、とは行かないまでもそれくらいになったのか。
 俺には推し量ることしかできず、決して理解することはできないが、やっぱり何度も言うように喧嘩をすればいいのだろう。
 雨降って地固まるって言葉があるくらいだし。
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