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第二部 八章:どうか自らに灯火を
エピローグ Where There's A Will, There's A Way――b
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「……レーラー師匠と同等か、それ以上かな」
そしてライゼはポツリと少しだけ呆れた様な、けれどどこか嬉しそうな思いを零した。
俺も同感だ。
かけ違いがあって、けれど既に引き返せない場所にまでそれぞれが立っていて、意地と心根のせめぎあいだ。
……だけど、ライゼはそのどちらかにつくことはできないだろう。両方とも彼女のもので、彼のものでもある。
だからレーラーはただ粛々と依頼を受ける事にしたんだ。
涙を流しながらも、一歩引いたんだ。
友としてのあり方として俺は少しだけ首を捻る。けれど、それでも間違いはなくて一つの接し方だ。
頬を張り倒して説教をするでもなく、ただ寄り添って寄り添って相手を信じ続ける。自らが自らの願いを、意地と心根のどちらかが、いやどちらともが納得いく結論を出すことを信じるのだ。
辛く、堪える。
不器用で優しい。
「ねぇ、トレーネ。僕がここにいる理由はもう一つあるんだ」
ライゼはにこやかに笑いながら懐に手を突っ込み、一枚の紙を取り出した。
それは俺が〝視界を写す魔法〟で撮ったフリーエンの写真。一枚だけの写真。
レーラーに聞いた話だと、フリーエンは自分の絵を人に描かせていたらしい。人や動物、村や町、国、誰かの思い、過去、何でもいいけど色々救ってきた勇者一行の旅で、フリーエンは世界各地に自分の絵を描かせていたらしい。
老人は銅像だったらしいが。
まぁ、だから何だというのだが、勝手に本人の絵を俺が撮っていても問題はないだろう。
うん、自己弁護はしておくのが流儀だ。前世からの流儀だ。
「はい、これ。ヘルメスが腕によりをかけて撮った絵だよ」
「…………何を……」
己の口から今まで誰にも見せたことのない弱みを出し、昏き心を鎮めていたトレーネは、ゆっくりと顔を上げる。
残念ながら、酒癖の悪いライゼは誰かを酔わせることはしないらしい。問答無用で、スッと心の裡に土足で踏み込む優しい声で、人を動かす。
一人の少女が、聖母の微笑もなく、ただの人間らしく弱い少女が弱き心を金の瞳に宿して、ライゼが差し出した一枚の紙を見る。
恐る恐る手に取る。
「ぁ……」
そして呻く。
金の瞳が見たくないものを見ないために揺れて、唇がわなわなと震える。白金に覆われた尖った耳は力なく垂れさがる。
今にも手に持っている絵を投げだしそうになりながらも、片方の手で無理やりそれを抑えていて。
そしてやはりというべきか、彼女から漏れ出していて不安定な魔力と闘気が大きなうねりとなって彼女を中心に渦巻きだした。隠蔽の結界ですら抑えきれなくなった。外で驚いている気配を感じる。
……ライゼ、最初からこの町に滞在する気がなかったな。
報連相くらいしっかりしてくれ、と思いながらも、俺は荷物やら何やらをこっそりまとめ始める。いつ、誰かが入って来てもいいように準備はしておこう。ついでに、攻撃されていない今なら反撃という攻撃意思なしに結界が張れる。
自己防衛すらできないからな。
ただ、念のために結界を張るはできるっていうのが面倒だ。戦意があると、魔法も何もかもできなくなるっていう習性は厄介だ。
「後、一年半。……正確に言うなら、一年と四ヶ月、二十三日。レーラー師匠が聞きだしたらしいよ」
そんな俺の行動を知っているのか、どうかは知らないが、ライゼは淡々と言った。
つい先ほど、トレーネが外へ出ている間にレーラーからの手紙が来たのだ。そして色々な謝罪と、面倒を押し付けた手紙を送り返した。
「…………な…何を……いってるの……」
トレーネは首を振る。
いやいやと駄々を捏ねる子供のように金の瞳を歪ませ、涙を浮かべる。唇の端は少しだけ上がっていて、とても不細工だ。くしゃっとした表情だ。
……可能性としては知っていたんだろう。けれど、フリーエンは教えていなかったのだろう。
しかし、それでも竜人の寿命は知っているはずで、フリーエンがどれくらい生きたかも大雑把に知っている。
それでも考えないようにしていたし、そもそも考えに至らなかった。
だけど、トレーネは馬鹿じゃない。
それにライゼが渡した絵を見て、俺が撮った写真を見てトレーネは、たぶんフリーエンがとても老いたと思うだろう。覇気はなく、弱弱しく儚い老人が描かれているのだから。
だから、連鎖的にライゼの言葉と繋げてしまった。
繋げられた。
「トレーネがフリーエンさんと言葉を交わせる刻限。死者は語らないし、語り合えないよ。死者の過去が教えてくれるかもしれないけど、それは酷く一方的だよ」
「ぁぇ」
ライゼの言葉とても重い。
ここ一年にも満たない旅でライゼは老人を知った。老人はどんな人であったかをを僅かばかりだが、ほんの少しだが知った。
けれど、そこに尊敬があって、優しさがあって、慈しみがって、色んな温かいものがあるけど、ライゼはそれを老人に返すことはできない。
与え与えられる。それができない。
誓いを立て、過去に恥じないように、誇れるように生きて死ぬことはできるけど、やっぱり少しだけ空虚なものなのだ。
だから、与え与えられる、その両方が為せる時間が大切なのだ。
「トレーネを今すぐフリーエンさんのところへ連れて行くつもりはない。というか、僕が無理やりする事じゃない。トレーネがトレーネの意志で全てを選ぶ必要がある。それがトレーネが今後、本当の意味で生きるには重要だから」
けど、と未だに現実を受け入れられない優しい少女にライゼは微笑む。
「僕はトレーネにお礼を言いに来たんだ。そしてその礼を返そうと思っている。言葉だけじゃなくて行動も必要だからね。だから僕は君の助けになりたい。トレーネが為したいことに少しでもいいから助力したい」
ライゼはトレーネの手を取る。
慈悲に溢れ、優しさを想い、命を尊ぶ女神の使徒の手を取った。
そして。
そしてライゼはポツリと少しだけ呆れた様な、けれどどこか嬉しそうな思いを零した。
俺も同感だ。
かけ違いがあって、けれど既に引き返せない場所にまでそれぞれが立っていて、意地と心根のせめぎあいだ。
……だけど、ライゼはそのどちらかにつくことはできないだろう。両方とも彼女のもので、彼のものでもある。
だからレーラーはただ粛々と依頼を受ける事にしたんだ。
涙を流しながらも、一歩引いたんだ。
友としてのあり方として俺は少しだけ首を捻る。けれど、それでも間違いはなくて一つの接し方だ。
頬を張り倒して説教をするでもなく、ただ寄り添って寄り添って相手を信じ続ける。自らが自らの願いを、意地と心根のどちらかが、いやどちらともが納得いく結論を出すことを信じるのだ。
辛く、堪える。
不器用で優しい。
「ねぇ、トレーネ。僕がここにいる理由はもう一つあるんだ」
ライゼはにこやかに笑いながら懐に手を突っ込み、一枚の紙を取り出した。
それは俺が〝視界を写す魔法〟で撮ったフリーエンの写真。一枚だけの写真。
レーラーに聞いた話だと、フリーエンは自分の絵を人に描かせていたらしい。人や動物、村や町、国、誰かの思い、過去、何でもいいけど色々救ってきた勇者一行の旅で、フリーエンは世界各地に自分の絵を描かせていたらしい。
老人は銅像だったらしいが。
まぁ、だから何だというのだが、勝手に本人の絵を俺が撮っていても問題はないだろう。
うん、自己弁護はしておくのが流儀だ。前世からの流儀だ。
「はい、これ。ヘルメスが腕によりをかけて撮った絵だよ」
「…………何を……」
己の口から今まで誰にも見せたことのない弱みを出し、昏き心を鎮めていたトレーネは、ゆっくりと顔を上げる。
残念ながら、酒癖の悪いライゼは誰かを酔わせることはしないらしい。問答無用で、スッと心の裡に土足で踏み込む優しい声で、人を動かす。
一人の少女が、聖母の微笑もなく、ただの人間らしく弱い少女が弱き心を金の瞳に宿して、ライゼが差し出した一枚の紙を見る。
恐る恐る手に取る。
「ぁ……」
そして呻く。
金の瞳が見たくないものを見ないために揺れて、唇がわなわなと震える。白金に覆われた尖った耳は力なく垂れさがる。
今にも手に持っている絵を投げだしそうになりながらも、片方の手で無理やりそれを抑えていて。
そしてやはりというべきか、彼女から漏れ出していて不安定な魔力と闘気が大きなうねりとなって彼女を中心に渦巻きだした。隠蔽の結界ですら抑えきれなくなった。外で驚いている気配を感じる。
……ライゼ、最初からこの町に滞在する気がなかったな。
報連相くらいしっかりしてくれ、と思いながらも、俺は荷物やら何やらをこっそりまとめ始める。いつ、誰かが入って来てもいいように準備はしておこう。ついでに、攻撃されていない今なら反撃という攻撃意思なしに結界が張れる。
自己防衛すらできないからな。
ただ、念のために結界を張るはできるっていうのが面倒だ。戦意があると、魔法も何もかもできなくなるっていう習性は厄介だ。
「後、一年半。……正確に言うなら、一年と四ヶ月、二十三日。レーラー師匠が聞きだしたらしいよ」
そんな俺の行動を知っているのか、どうかは知らないが、ライゼは淡々と言った。
つい先ほど、トレーネが外へ出ている間にレーラーからの手紙が来たのだ。そして色々な謝罪と、面倒を押し付けた手紙を送り返した。
「…………な…何を……いってるの……」
トレーネは首を振る。
いやいやと駄々を捏ねる子供のように金の瞳を歪ませ、涙を浮かべる。唇の端は少しだけ上がっていて、とても不細工だ。くしゃっとした表情だ。
……可能性としては知っていたんだろう。けれど、フリーエンは教えていなかったのだろう。
しかし、それでも竜人の寿命は知っているはずで、フリーエンがどれくらい生きたかも大雑把に知っている。
それでも考えないようにしていたし、そもそも考えに至らなかった。
だけど、トレーネは馬鹿じゃない。
それにライゼが渡した絵を見て、俺が撮った写真を見てトレーネは、たぶんフリーエンがとても老いたと思うだろう。覇気はなく、弱弱しく儚い老人が描かれているのだから。
だから、連鎖的にライゼの言葉と繋げてしまった。
繋げられた。
「トレーネがフリーエンさんと言葉を交わせる刻限。死者は語らないし、語り合えないよ。死者の過去が教えてくれるかもしれないけど、それは酷く一方的だよ」
「ぁぇ」
ライゼの言葉とても重い。
ここ一年にも満たない旅でライゼは老人を知った。老人はどんな人であったかをを僅かばかりだが、ほんの少しだが知った。
けれど、そこに尊敬があって、優しさがあって、慈しみがって、色んな温かいものがあるけど、ライゼはそれを老人に返すことはできない。
与え与えられる。それができない。
誓いを立て、過去に恥じないように、誇れるように生きて死ぬことはできるけど、やっぱり少しだけ空虚なものなのだ。
だから、与え与えられる、その両方が為せる時間が大切なのだ。
「トレーネを今すぐフリーエンさんのところへ連れて行くつもりはない。というか、僕が無理やりする事じゃない。トレーネがトレーネの意志で全てを選ぶ必要がある。それがトレーネが今後、本当の意味で生きるには重要だから」
けど、と未だに現実を受け入れられない優しい少女にライゼは微笑む。
「僕はトレーネにお礼を言いに来たんだ。そしてその礼を返そうと思っている。言葉だけじゃなくて行動も必要だからね。だから僕は君の助けになりたい。トレーネが為したいことに少しでもいいから助力したい」
ライゼはトレーネの手を取る。
慈悲に溢れ、優しさを想い、命を尊ぶ女神の使徒の手を取った。
そして。
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