100 / 138
第二部 七章:四日間
五話 忠告と承知
しおりを挟む
「これで終わりです。お疲れさまでした」
「ライゼ様こそ、本当にお疲れさまでした」
深夜すら通り越し、もう既に早朝と言えるくらいの時間に、ライゼと中年の神官は頭を下げた。
今、治療できる人全てがある程度安定的な状態へと移行したのだ。警戒は必要だし、まだまだ治療は必要な人もいる。けれど、ライゼと中年の神官が最後を終わらせたのだ。
仮眠をしていた神官や冒険者も時々起きて手伝おうとしていたが、ライゼが無理やり寝かせていた。
なので今起きているのはライゼと中年の神官と冒険者ギルドの外で警備をしている冒険者だけである。
静寂と暗闇と小さな蝋燭の灯火が冒険者ギルドを優しく包み込んでいる。
そんな中を頭を下げていたライゼと中年の神官は少し移動し、置いてあった椅子に座った。
ライゼはそのついでに“空鞄”を出し、中から保存食を取り出した。また、机の上に燭台と枯れる事のない蝋燭を取り出し、火をつけた。
丸い小さな机が揺らめく火の明かりで灯される。
影が蠢き、蠢き、やがて落ち着いていく。
「ヘルメス」
『ん』
俺は長い舌を出してその保存食を受け取る。またライゼは中年の神官にも渡す。
「粗末なものですが、すみません」
「いえ、とんでもない。大変感謝します」
「なら良かったです」
そして保存食を渡したライゼは自分の口にも保存食を含む。
また木製のコップも三つだし、それぞれに魔法で水を入れていく。それらを俺と中年の神官と自分のところに置いておく。
「本当に何から何まで……」
もっさもっさと乾燥して口の水分を奪う保存食を口にしていた中年の神官は、保存食を噛みしめるように食べた後、木製のコップに注がれた水をゆっくりと飲み干した。
食べ物と水に対しての感謝がその所作にはあった。
「……ライゼ様」
「はい、何でしょうか」
そして保存食を食べ終わった中年の神官は、蝋燭の明かりによって奥深い影を纏いながらライゼを呼んだ。
とても静かだった。
「ライゼ様。どのような経緯で放出している魔力を抑えているのかは分かりません。どうして常に飛行帽を被っているかも詮索は致しません。私にとってライゼ様が今日示してくださった慈悲が全てですので」
「……はい」
「ですが、ライゼ様よりも少しだけ長く生きている私から言える事は幾つかあります」
中年の神官はそこで長く沈黙をとった。
俺は少しだけ警戒する様に隠蔽しながら体内の魔力を高める。いつでもライゼを連れて逃げられるように。
「己の命が一番大事なのです。女神さまから頂いたたった一つだけ確かな己の命だけは大事にしてください。誰かを助ける際に自分を犠牲にしてはなりません。今、ライゼ様が隠さなければならない命に関わるかもしれない情報を安易に晒してはいけません」
飛行帽を被っていたとしても、身長の低さと放出魔力の少なさ。そして何より、回復魔法を己に掛けていないのに長時間働けている事。
疑念が生まれるのも仕方がない。
それにそれだけじゃない。
依頼として受け、報酬の契約を結んだとはいえ医療技術や物資、魔法を惜しみなく提供しているライゼは悪意ある者にとってはとても好都合でしかない。
「……確かに、傍から見れば僕の魔力と使った魔法の数はおかしいですし、僕自体が何かを持っていることも否定しません」
まぁ、金はある程度あるからな。
それでも旅費でほとんど消えるものなのだが。
というのは冗談である。
「人族と言いながら飛行帽やゴーグルを外さないのも訝しいと思われますし、医療に関する知識をどこで手に入れたかも重要です」
この世界での医療はあまり発達していない。
いや、女神教内や一部の国、例えばアイファング王国など魔法が進んでいる国や安定的な国などは進んでいる。冒険者ギルドもある一定の医療を持っているだろう。
けれど今日というか日付では昨日だが、ライゼが見せた医療技術はまだ知られていないものだ。
レーラーが人体の構造や病気、怪我などの治療技術を公開していないからだ。
いや、公開しようとはしたが利権争いが面倒でできなかったらしい。
医療技術のあるなしで救える命が違う。人は大切な人の命を救いたい。それを非情に利用する人たちがいて、いくらレーラーだとしてもそんな人たち全員を相手にとることはできない。
レーラーは武力に強いが、それだけなのだ。
「そしてたぶん今日の昼頃には何処からともなく弱い僕を襲いに誰かがやってくるでしょう。襲ってくる人たちは大抵良い鼻や目、耳をお持ちですから」
だが、そもそもそれは最初から分かっている。
「でも、僕は思いました。僕はこの手で命を殺めたこともあります。けれど救える手でもあると思っています。血に塗られても、火傷を負っていても誰かを助ける事はできますし、誰かを笑顔にする事もできると思っています。信じています」
ライゼは命を殺めたと言っているが、直接殺めた命は魔物と生きるために狩った動物だ。俺が知っている限り人の命は殺めていないだろう。
まぁ、襲ってきた盗賊や山賊を身包み剥いで放り出した事はあるが。
それでもライゼは自分が人を殺めたことがあると言っているし、そう思っている。
俺がそれを否定する事はない。
「まぁ、それでも僕は最初に選別しました。……僕は傲慢ですし、酷い人間です。けれど助けたいと思いました。それだけです」
「……そうですか」
「ええ、ですので失礼します」
そして俺達は冒険者ギルドを出た。
依頼料は盗ん――勝手に貰っていった。
「ライゼ様こそ、本当にお疲れさまでした」
深夜すら通り越し、もう既に早朝と言えるくらいの時間に、ライゼと中年の神官は頭を下げた。
今、治療できる人全てがある程度安定的な状態へと移行したのだ。警戒は必要だし、まだまだ治療は必要な人もいる。けれど、ライゼと中年の神官が最後を終わらせたのだ。
仮眠をしていた神官や冒険者も時々起きて手伝おうとしていたが、ライゼが無理やり寝かせていた。
なので今起きているのはライゼと中年の神官と冒険者ギルドの外で警備をしている冒険者だけである。
静寂と暗闇と小さな蝋燭の灯火が冒険者ギルドを優しく包み込んでいる。
そんな中を頭を下げていたライゼと中年の神官は少し移動し、置いてあった椅子に座った。
ライゼはそのついでに“空鞄”を出し、中から保存食を取り出した。また、机の上に燭台と枯れる事のない蝋燭を取り出し、火をつけた。
丸い小さな机が揺らめく火の明かりで灯される。
影が蠢き、蠢き、やがて落ち着いていく。
「ヘルメス」
『ん』
俺は長い舌を出してその保存食を受け取る。またライゼは中年の神官にも渡す。
「粗末なものですが、すみません」
「いえ、とんでもない。大変感謝します」
「なら良かったです」
そして保存食を渡したライゼは自分の口にも保存食を含む。
また木製のコップも三つだし、それぞれに魔法で水を入れていく。それらを俺と中年の神官と自分のところに置いておく。
「本当に何から何まで……」
もっさもっさと乾燥して口の水分を奪う保存食を口にしていた中年の神官は、保存食を噛みしめるように食べた後、木製のコップに注がれた水をゆっくりと飲み干した。
食べ物と水に対しての感謝がその所作にはあった。
「……ライゼ様」
「はい、何でしょうか」
そして保存食を食べ終わった中年の神官は、蝋燭の明かりによって奥深い影を纏いながらライゼを呼んだ。
とても静かだった。
「ライゼ様。どのような経緯で放出している魔力を抑えているのかは分かりません。どうして常に飛行帽を被っているかも詮索は致しません。私にとってライゼ様が今日示してくださった慈悲が全てですので」
「……はい」
「ですが、ライゼ様よりも少しだけ長く生きている私から言える事は幾つかあります」
中年の神官はそこで長く沈黙をとった。
俺は少しだけ警戒する様に隠蔽しながら体内の魔力を高める。いつでもライゼを連れて逃げられるように。
「己の命が一番大事なのです。女神さまから頂いたたった一つだけ確かな己の命だけは大事にしてください。誰かを助ける際に自分を犠牲にしてはなりません。今、ライゼ様が隠さなければならない命に関わるかもしれない情報を安易に晒してはいけません」
飛行帽を被っていたとしても、身長の低さと放出魔力の少なさ。そして何より、回復魔法を己に掛けていないのに長時間働けている事。
疑念が生まれるのも仕方がない。
それにそれだけじゃない。
依頼として受け、報酬の契約を結んだとはいえ医療技術や物資、魔法を惜しみなく提供しているライゼは悪意ある者にとってはとても好都合でしかない。
「……確かに、傍から見れば僕の魔力と使った魔法の数はおかしいですし、僕自体が何かを持っていることも否定しません」
まぁ、金はある程度あるからな。
それでも旅費でほとんど消えるものなのだが。
というのは冗談である。
「人族と言いながら飛行帽やゴーグルを外さないのも訝しいと思われますし、医療に関する知識をどこで手に入れたかも重要です」
この世界での医療はあまり発達していない。
いや、女神教内や一部の国、例えばアイファング王国など魔法が進んでいる国や安定的な国などは進んでいる。冒険者ギルドもある一定の医療を持っているだろう。
けれど今日というか日付では昨日だが、ライゼが見せた医療技術はまだ知られていないものだ。
レーラーが人体の構造や病気、怪我などの治療技術を公開していないからだ。
いや、公開しようとはしたが利権争いが面倒でできなかったらしい。
医療技術のあるなしで救える命が違う。人は大切な人の命を救いたい。それを非情に利用する人たちがいて、いくらレーラーだとしてもそんな人たち全員を相手にとることはできない。
レーラーは武力に強いが、それだけなのだ。
「そしてたぶん今日の昼頃には何処からともなく弱い僕を襲いに誰かがやってくるでしょう。襲ってくる人たちは大抵良い鼻や目、耳をお持ちですから」
だが、そもそもそれは最初から分かっている。
「でも、僕は思いました。僕はこの手で命を殺めたこともあります。けれど救える手でもあると思っています。血に塗られても、火傷を負っていても誰かを助ける事はできますし、誰かを笑顔にする事もできると思っています。信じています」
ライゼは命を殺めたと言っているが、直接殺めた命は魔物と生きるために狩った動物だ。俺が知っている限り人の命は殺めていないだろう。
まぁ、襲ってきた盗賊や山賊を身包み剥いで放り出した事はあるが。
それでもライゼは自分が人を殺めたことがあると言っているし、そう思っている。
俺がそれを否定する事はない。
「まぁ、それでも僕は最初に選別しました。……僕は傲慢ですし、酷い人間です。けれど助けたいと思いました。それだけです」
「……そうですか」
「ええ、ですので失礼します」
そして俺達は冒険者ギルドを出た。
依頼料は盗ん――勝手に貰っていった。
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
性格が悪くても辺境開拓できますうぅ!
エノキスルメ
ファンタジー
ノエイン・アールクヴィストは性格がひねくれている。
大貴族の妾の子として生まれ、成人するとともに辺境の領地と底辺爵位を押しつけられて実家との縁を切られた彼は考えた。
あのクソ親のように卑劣で空虚な人間にはなりたくないと。
たくさんの愛に包まれた幸福な人生を送りたいと。
そのためにノエインは決意した。誰もが褒め称える理想的な領主貴族になろうと。
領民から愛されるために、領民を愛し慈しもう。
隣人領主たちと友好を結び、共存共栄を目指し、自身の幸福のために利用しよう。
これはちょっぴり歪んだ気質を持つ青年が、自分なりに幸福になろうと人生を進む物語。
※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載させていただいています
幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜
霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……?
生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。
これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。
(小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)
チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!
芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️
ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。
嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる!
転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。
新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか??
更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!
キャンピングカーで往く異世界徒然紀行
タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》
【書籍化!】
コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。
早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。
そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。
道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが…
※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜
※カクヨム様でも投稿をしております
悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~
こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。
それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。
かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。
果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!?
※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。
退屈な人生を歩んでいたおっさんが異世界に飛ばされるも無自覚チートで無双しながらネットショッピングしたり奴隷を買ったりする話
菊池 快晴
ファンタジー
無難に生きて、真面目に勉強して、最悪なブラック企業に就職した男、君内志賀(45歳)。
そんな人生を歩んできたおっさんだったが、異世界に転生してチートを授かる。
超成熟、四大魔法、召喚術、剣術、魔力、どれをとっても異世界最高峰。
極めつけは異世界にいながら元の世界の『ネットショッピング』まで。
生真面目で不器用、そんなおっさんが、奴隷幼女を即購入!?
これは、無自覚チートで無双する真面目なおっさんが、元の世界のネットショッピングを楽しみつつ、奴隷少女と異世界をマイペースに旅するほんわか物語です。
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる