上 下
31 / 138
第一部 三章:世界はあなただけのもの

三話 弟子

しおりを挟む
「ッ」

 その蒼い宝石のペンダントを見た瞬間、レーランは半眼を見開いた。

「……鼠の穴は玄関下とはこの事か」

 そして、レーランは心底疲れたように呟いた。

 鼠の穴は玄関下とは、灯台下暗しみたいなニュアンスだ。
 探し物は直ぐ近くにあるという感じの意味である。

 レーランはジッと蒼い宝石のペンダントを手に取って見つめている。
 ライゼはそんなレーランに戸惑っている。

「……ライゼ、私の本当の種族は深き森人ハイエルフで、名前はレーラー」
「えっ」
『うぇ?』

 そしてライゼは驚く。俺も驚く。
 当たり前だ。何故なら、深き森人ハイエルフでレーラーという名前は、魔王を討伐した勇者エルピス御一行にあらゆる魔法を教えた魔法使いじゃないか。
 
 それに彼女は魔王討伐の際に勇者と共に戦ったと聞いている。
 そういう話が、物語が残っているのだ。王宮発行の書物で。

 いや、まさか。

「……レーランせ、いや、レーラー先生は勇者の……?」
「うん、そうだよ」

 レーランは、いや、レーラーはあっさりと頷く。
 というか、そんな事はどうでもいいと思っている感じのような。いや、違うな。

「……というか、私は最後まで踊らされたというわけか」

 艶やかな唇を若干歪めてそう呟いたレーラーは、呆然としているライゼを真剣な瞳で見る。いつもは半眼なのに、今だけは違う。

「……ライゼ、私の弟子にならない?」

 ライゼは突然の言葉に驚いている。
 ライゼはレーラーの研究助手をしていて、レーラーから魔法を教わっているが、しかし、弟子ではない。教師と生徒の延長線上だった。

「……弟子……?」

 ぽつりと聞き返された言葉に、レーラーは少しだけ焦りながら理由を説明する。

「うん。最近、えっと五年前くらいだったか、そのペンダントの持ち主、つまりライゼが言う老人にね、弟子を取ってくれってお願いされてたんだ。まぁ、ライゼも知っての通り見習い魔法使いの死亡率は高いし、特に私は放浪の身だからね。断ったんだ」

 けど、と深いため息とともに、レーラーは続ける。

「断ったら、代わりにこの学園で五年間ほど講師をやってくれって言われてさ。まぁ、その返答をする前に死んだんだけどさ。けど、最後の頼みだしなと思ってこの学園に来たわけだ」

 そしてレーラーは困ったような、晴れ晴れしたような優しい翡翠の瞳をライゼに向けて言った。

「まぁ、それで二年前から学園で講師をやっててね。ついでにアイツに隠し子がいるとかいないとかを友人から聞いてたから、丁度いいと思って、調査してたんだけどさ」

 レーラーははぁとライゼを見る。
 俺は何となく読めてきた。

「隠し子の話はライゼ、君で、しかも、アイツが弟子にしてほしいと言ったのも君で。そして君は見習い魔法使いとは言えないほど強くなった。私は弟子を断る理由もなくなったんだ」

 手に持っていた蒼い宝石のペンダントを離して、ライゼの手をつかむ。

「私も、そして君もアイツの掌の上だったんだよ。全く、最後の最後まで」

 やれやれと肩を竦めるレーラーにようやくライゼは口を開いた。

「……レーラー先生。レーラー先生にとって先生、あ、ええっと名前が分からないから先生って言ってるんだけど、先生はどういう人だったの?」

 レーラーはライゼの問いに少しだけ迷う。
 どう自分の感情を表せばいいか考えている。

「……可愛い弟子かな。千年以上生きてきて、初めてとった弟子だった」

 深く森人ハイエルフには寿命がないと言われている。
 俺と同じ、不老なのだろう。

「けれど、私は師匠らしい事はやれてなくてね。魔法や魔人の殺し方については教えてやれたと思ってるけど、それよりも多くのことを私は教わったのさ。人を知る事だったり、愛する事だったり、想う事だったり。生活についても色々教えてもらったよ。大切で可愛くて、結局勝てなかった弟子だったな」

 それは独白で、いつもの無表情では考えられないほどコロコロと変わる表情には懐かしさがあって、美しいと思った。
 ライゼも目を見開いている。

「……そうなんだ」

 そして感慨深く頷いた。
 それから、レーラーの翡翠の瞳をこげ茶の瞳で見つめ返す。

「……これからよろしくお願いします。師匠」
『俺からも頼む、レーラー』

 俺はライゼに何かを教えることはできない。共に悩んだり、相談相手にはなれるが教えることはできない。
 学びあうことはするが。

「うん。不出来な師匠だと思うけど、よろしくね」
 
 レーラーは淡々と、しかし、尖った耳を少しだけ揺らしながら頷いた。
 そして思い出したように。

「ああ、そうだ。ライゼ、二年半後には旅に出るから、それは了承してね」
「旅?」
「うん。もともと、私は魔導書収集の旅をしていてね。それと弟子一号たちとの旅の変遷を辿りたいなと思ってたんだ。一人を除いてみんな死んじゃったからさ」
「……うん、問題ないよ。あ、レーラー師匠、言葉遣いって直した方がいい?」

 レーラーは首を横に振る。

「いや、いいよ。面倒だし。それと学園内ではレーランって呼んで。ここにいるのが貴族たちにバレると祭り上げられたり、逆にこの国に火種を持ち込むからね。厄介なんだ」
「分かったよ、レーラン師匠」

 そして、半年が経った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

退屈な人生を歩んでいたおっさんが異世界に飛ばされるも無自覚チートで無双しながらネットショッピングしたり奴隷を買ったりする話

菊池 快晴
ファンタジー
無難に生きて、真面目に勉強して、最悪なブラック企業に就職した男、君内志賀(45歳)。 そんな人生を歩んできたおっさんだったが、異世界に転生してチートを授かる。 超成熟、四大魔法、召喚術、剣術、魔力、どれをとっても異世界最高峰。 極めつけは異世界にいながら元の世界の『ネットショッピング』まで。 生真面目で不器用、そんなおっさんが、奴隷幼女を即購入!? これは、無自覚チートで無双する真面目なおっさんが、元の世界のネットショッピングを楽しみつつ、奴隷少女と異世界をマイペースに旅するほんわか物語です。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ

ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。 見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は? 異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。 鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

処理中です...