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第十一話
11‐03 「KILL The R┃℃Η パート3」
しおりを挟む秘匿回廊を進む3隻のXXX型ハッキングクラフト。それぞれにギグソルジャーを満載している。
3隻にはそれぞれ「リーダー公認マーク」がついたチーム在音のメンバーが2名づつ別れて乗っている。まぴゆきとタラ、タダオと友禅寺、そして空是とみらのの3ペアだ。
彼らはロビー中央の台の上に立ち、今回のミッションの説明を行っていた。これは通常の作戦ではありえない。通常の作戦ではギグソルジャーの自主性に任せた、無計画無軌道戦闘が普通だからだ。
チームメンバーは事前に、ヘカトンケイルバンクの事を説明し、サンサルバドルのエント側の金持ち銀行が落とされピンチであることを強調した。
そしてその戦闘の凄惨さを映像付きで説明する。一致団結した作戦行動が必須であると強調したのだ。その説明が功を奏したのか、ギグソルジャー全体の士気が高まってきた。普段は見ず知らずの戦場に放り込まれて戦うだけの彼らに明確な「世界をかけた戦い」というイメージが植え付けられたからだ。
もっとも盛り上がった艦は意外なことに空是とみらのペアの艦であった。
壇上の空是のアバターが全員に対して喋っている。現実の彼とは違い、アバターの彼は別人のように饒舌だった。
「今まで俺たちは、ただの一般人の人生を壊して回っていた…だが今日の相手は違う、誰だ?金持ちだ! 世界有数の、いや世界を独占し分け与えない連中の銀行を破壊する!俺たちがやつらの資産を世界に開放するんだ!」
艦内の戦士たちが雄叫びを上げる。彼らに新たな目的が生まれた。明確な格差是正のチャンスが提示されたのだ。戦士の中の一人が叫ぶ。
「KILL The Rー℃Η!」
違う戦士がそれを繰り返す。
「KILL The Rー℃Η!」
そのコールは次々と伝播する。今や艦内の全ての戦士が叫ぶシュプレヒコールとなる。
「KILL The Rー℃Η!」
その熱に当てられ空是も壇上で叫ぶ。
「KILL The Rー℃Η!」
通信でそのコールは全ての艦に伝わった。
秘匿回線内にシュプレヒコールが飽和した。
戦闘団の中で冷静なのはチーム在音の残りのメンバーくらいだった。まぴゆきとタラがロビーの隅でその盛り上がりを眺めている。
「なんか異様に盛り上がっとるな」
「わかりやすいお楽しみが伝わっちゃったからね、金持ちを殺せ。平民の淫靡なお楽しみさ」
「戦場で余計なこと考えとると、碌なことにならんで」
別の艦のタダオから連絡が入る。
「こっちに予備兵装が山積みなんだが、説明書が入っとらんぞ」
「エントに文句いいや。こっちにもあるが使えるかどうかもわからんの、大量に押し付けやがって」
「まあいい、予備の爆弾をもたせるチーム、そっちにも用意しとけよ。俺がヤラれた場合に備えて、3チームは欲しい」
「了解」そういってまぴゆきは壁に山積みのコンテナを見た。炸薬系ウィルス爆弾の箱はすぐに分かったが、それ以外は兵器情報不備で読み込めない。攻城兵器の類であろうが、エントも慌てたらしく、使い手がいない兵器ばかりだ。中でも人間サイズの巨大なコンテナが目を引く。
「これにもマニュアルなし…全部置いてくしかないな。使えん」
ブザーが鳴り降下ハッチが開く。
温まりきったロビーの中に寒風が吹き込んでくる。空是はこの瞬間の寒暖差が好きだと言うが、誰からも同意を得られなかった。
三隻のハッキングクラフトに分乗した500人のギグソルジャーたちの眼下に、今日の戦場が姿を現した。
その光景を目にしたミラノが、
「ブラジル!イェンシー圏内!」
無記名であるはずの戦場の名を叫んだ。その地名は全ての船に伝わった。
普段ならば「世界のどこに出るか不明」という状態なので国名の特定は不可能なのだが、今回は「インドかブラジルのどちらか」なため、その判別は極めて容易だった。
緑の山肌に苔のように生えている街並み。いくら山のシルエットを隠そうと、その濃い緑色が緯度を明らかにしていた。
「KILL The Rー℃Η!」
三隻のハッキングクラフトの開いた口から戦士たちのコールが戦場に向かって轟いた。
今日ばかりはこの地を征服しにきたバイキングのような雰囲気だった。
その雄叫びに対する返礼が、地上から立ち上がってきた。
もわりとしたゆらめきが地上に生まれ、空に向かって伸びていく。
威勢よく飛び込もうとしていた最初の一団が、降下口で弾け飛びロビーの天井に散らばる液体となった。
ロビー内の全員がおののいた。対空攻撃の密度が違う。ハッキングクラフトの外壁に当たる銃器の音が、大雨の日の屋根の音のように響き続ける。今まで降下することに恐怖を感じたことなど無い強者達の足が降下口の前で止まってしまった。
「キル・ザ・リィィィーーーッチ!」
飛び出したのはチーム在音のメンバー達だった。それぞれの艦から、まぴゆき、タラ、タダオ、友禅寺、空是が一番手として飛び出した。ミラノは空中からの観測手として残った。
止まっていた戦士たちの足が動く。500名による大降下作戦が開始された。
銃弾の強風の中に次々と飛び込み、次々と撃たれて散っていく。
「チートウェポン・チャフ・スモーク・ディスチャージャー」
タラのコマンド入力により彼女の背中の装甲が変形し多弾頭型のスモークディスチャージャーが生えてくる。空中を降下中のタラから四方八方に広がる発煙筒弾が炸裂し、空中に巨大で多層的な妨害煙幕を生成した。これにより、後発組の姿は銃口の前から隠された。
「私には効かないのかよー!」
煙の雲は彼女の後方に発生し、タラはその身を晒したままで落下し続けた。
空中を落下中の戦士たちもただ狙われるだけではない。
「援護射撃:要請!」はるか上空からの射撃の光が地上に落ちる。スラム街の屋根の上にあった対空砲座が次々と射抜かれて爆発する。「要請コマンド」が使用可能状態だった戦士たちが次々と要請コマンドを行い、空中からの攻撃を行う。要請コマンドクールタイム中の戦士たちはその影に隠れて降下する。
ハッキングクラフトに1人残ったミラノも上空からの狙撃を行い、降下兵の道を切り開く。
「つああああー!」
地上付近にまで到達した空是が、敵兵の頭上に着地し押しつぶした。衝撃を全て敵兵の体に預けて、自分はトタンの屋根の上を転がる。目の前にいたもう1人の敵兵は、絡み合った瞬間に殺した。周囲にいた数名、空に向かって発砲し続けていた連中も、その次の瞬間の一斉射で全て倒した。
降下に成功した空是は、降下中の戦友たちに向かって拳を突き立てて合図を送る。
「ここに来い!」と。
ファベーラの中心に立つ白い家。ヘカトンケイルバンク・コットス支店の現実座標に立っているソコには、コットス支店の頭取AIと警備主任であるマクダール・マルカがいた。
「始まったねー」
マクダールのフェイスグラスが現実の向こうにあるメタアースの戦場を映し出している。
上空に出現した大型艦、そこから次々と降下する兵士たち。立ち上る煙のような密度の対空銃撃。空に散らばる血しぶきとチャフの混ざったスモーク。
「派手だね~~」
まるで他人事のような言い方だった。
その中で先陣を切って降下し、地上に降りて即陣地を確保した敵兵の姿が見えた。
「ほ~~~やるね~~」
敵兵の見事な戦いぶりに思わず感嘆の声をあげる。
「なにをノンキしとるか!」
空中に浮かぶコンシュルジュロボのボールがマクダールの背中にぶつかった。
「貴様は警備主任だろ!今まで払った分の料金の仕事をせんか!」
「AIなのに口が悪いっすね~。大丈夫ですよ。まだ戦いは始まったばかり…というか、敵兵にとって地獄は始まったばかりですから」
たしかに、その通りだった。
レンガをただ四角く組んだだけ。レンガの間から素人仕事でひかれたモルタルがはみ出している。屋根は傾斜がないまっ平らな板で、ところどころの建物にはその屋根すらついていない。そんな建物が無秩序に敷き詰められている街、ファベーラ(スラム)。
そのファベーラのほとんど全てが戦場となっていた。
すでに降下は終了し、対空銃座は銃撃を終えている。降下したエント側の戦士たちの3割が空中で死亡していた。通常の戦争であるならば、すでに撤退を考えなければいけないレベルの損耗であるのだが、今回は「全戦士が死亡してでも作戦を遂行する」という特別攻撃(特攻)作戦である。まだ戦闘は始まったばかりなのだ。
その街の一角に陣を張っているのがまぴゆき、タダオ、タラの三人だった。
支援攻撃形態となっているまぴゆきのアバターは3メートル近い大きさになっている。両肩から生えたサブアームが大砲のような重機関銃を二丁ささえて撃ちまくっている。
銃器を持たずナタやハンマーをもったゾンビのような敵兵が街角、玄関、二階の窓、あらゆるところから飛び出して襲ってくる。まぴゆきはサブアームと自分の腕の3丁の銃の放つ弾幕でそれを抑え込んでいた。
「たまらんわ!なんちゅー敵の数や!」
銃撃の爆音の中、まぴゆきが叫んだ。
「今までは敵兵っていっても、街中の志願兵の数百人だったのが、今回は街全てが敵だからね!」
まぴゆきの銃撃から逃れて接近した敵兵を両手でちぎりながらタラが叫んで返す。
「エイムなんて眼中にない。とにかく突撃して体当たりだけをやるように訓練されてる。酷く粗悪なプレイヤーだが、この兵力差ならたしかに効果的だ」
腹と背中に設置型の大型爆弾を抱えているタダオは手にしたショットガンで身を守るのが精一杯だ。
空電まみれの通信が入る。上空のミラノからの観測通信だ。
「そちらに向かって東から中規模集団接近中。数は百以上、接敵までおよそ1分。早く移動して」
上空の船の降下口に狙撃スタイルで待機しているミラノは、突撃部隊の周辺状況を知ることができる唯一の目だ。
「移動できるか!」
3人がそれぞれに攻撃しながら答える。敵兵が次々と襲ってきている。二階の屋根から雨水のように敵兵が降り注ぎ、窓や玄関から際限なく敵が現れる。
「使わんと駄目か…」
タダオが諦めたようにつぶやいた後で、
「支援要請:バンカートレイル…400!」
タダオが刺した指先が要請施設の着地ポイントを指示した。彼らのいる位置から、目的地である銀行の方向に向かって一直線に。
上空から細い糸が落ちてくる…はるか上空から地上付近に落ちてきた時、その糸は長く巨大な壁になっていた。
着地の爆音と爆風が、敵味方をかまわずに襲った。
煙の中、タダオたちが目を開けると、彼らの前にコンクリの壁が、防波堤のように一直線に伸びていた。道路を埋め、建物を押しつぶし。400メートルにわたる壁が一直線に、無遠慮に街を縦断していた。無法にも建物を潰し敵兵を潰し、全ての違法建造物を潰していた。。
「やったねー」
タラのお褒めの言葉も、タダオには通じなかった。
「俺の金がー!」
支援要請には多額の金が必要となる。それは要請したプレイヤーが自腹で払うものである。武装要請と違い支援要請は支払う額の桁が違う。タダオはほぼゼロになっている自分の貯金額をみて悶絶していた。
「400メートルやからな~。あとでエントと相談しい」
タダオを放っておいて、まぴゆきたちは高さ5メートルある壁の上に登る。壁の上は幅1.5メートルほどの通路になっている。そして、ガシャリガシャリと機械の音がして、通路の両サイドに防弾盾がせり上がった。
敵兵の侵入を防ぐ壁であり、上から攻撃する防御陣でもある「バンカートレイル」が400メートルの長さで完成していた。
3人が壁の上に昇ると、街並みが見える高さになった。そこらじゅうで銃撃音がし、爆発の煙が上がっている。屋根の上を走る味方、それを追いかける大量の敵兵。どこもかしこもひどい有様だった。
「時間があらへん、急ぐで」
3人はトレイルの上を走る。壁の下には、うめいてこちらを見上げているゾンビのような敵兵たちの姿が見える。400メートルの一本道を、丘の上の銀行に向かって走った。
銀行は一辺が100メートルの真四角な宝石のような建物だ。ファベーラのスラム街の真ん中に存在する、世界で一番美しい正立方体。その有り様は世界の歪さを直接的に表現していた。
「ひっどいなしかし、回りは全て貧乏人に囲ませて、自分たちだけは世界一の金持ちとしてふんぞり返っている」
タダオの目には銀行の美しさが、世界の醜さとして見えた。
「キル・ザ・リッチ」
「キル・ザ・リッチ」
まぴゆきとタラが心の奥底の怒りを言葉として発した。
屋根伝いを移動している空是。大量の敵がつぎつぎと屋根に登ってくる。いちいち相手はしていられない。前方の敵のみを撃って道を作る。
本来なら大量に降下した戦士たちが一まとまりになり、火力で圧倒しながら前進するはずだったが、対空火力の厚さは凄まじく、ほとんどの戦士がバラバラに降下し、それぞれが苦戦していた。
こうなってしまっては仕方がない。それぞれが奮戦し、敵をひきつけて爆破チームの道を作るしか無い。
「空是くん、君の西側の屋根に友禅寺がいる」
ミラノの上空からの情報が耳に届いた。言われた方を見ると、たしかに友禅寺が1人で奮戦し敵を蹴散らしていた。
爆破チームの先陣を切るはずだった友禅寺は1人、ゾンビ兵達を相手に戦っていた。平たい屋根の上でしつこい敵兵の頭を踏み潰した時、数体のゾンビが同時に遅いかかってきた。
しまった、と思った瞬間。全ての敵が同時に吹き飛び、屋根の下に砕けながら落ちていった。
「チートウェポン:クイックマヌーバ」
屋根の上に突然現れた空是が、スライディングして体の勢いを止めていた。高速移動した彼の体は突風としてのみ描写された。
「友禅寺、久しぶりだね」
「なんだ、空是。生きてたのか」
挨拶もそこそこにお互い銃撃を始める。まだまだ敵兵に尽きる様子はない。助けた空是にしても助けられた友禅寺にしても、貸しや借りという考えはない。今はそんなことを言っている余裕がないのだ。
屋根の上に立つ二人から見て、目的地の銀行までの距離は1キロ以上あった。
街のいたる所に、空から様々な支援設備や支援攻撃が降っている。どの味方も余裕なく持っているものを全て吐き出して戦っているようだ。上空から連絡が入る。
「二人とも!西北西、500メートル向こうにタダオたち、ブラボー1が移動中」
BOMB1、爆弾輸送チームだ。街中を縦断する長いバンカートレイルの上を三人が移動しているのが見えた。バンカートレイルの上にできた通路は屋根と同じくらいの高さがあり、彼らは左右の敵を気にせずに前後だけを気にすればいいため、その進行スピードは早い。
「うげ、なげーな。幾らしたんだ?」
「友禅寺、合流しよう」
二人は屋根伝いに移動を開始した。
戦闘開始から10分以上経過していたが、攻め込んだエント側のギグソルジャー達はファベーラの各所に足止めされ、目的地である銀行に到達しているものはいなかった。倒してもたおしても現れる敵兵に分断され、高い戦闘技術も高価な兵器も、その威力を発揮できずに敵の波に飲み込まれて殺されていった。
「戦いはやっぱ数なのよねー」
海パンから白いシャツ姿に着替えてきたマクダール・マルカが高台の上から街を見下ろして言った。現実世界のファベーラは、住民が全て自宅に戻りPCと接続しているため、普段と比べても圧倒的に静かである。一台の車も走らず、犬の遠吠えしか聞こえてこない。
しかしフェイスグラス越しに覗いてみると、世界は一変する。いたるところから黒煙が上がり、戦闘の過激な爆音と悲鳴が四方から聞こえてくる。薄皮一枚を挟んで静音と戦場が隣り合っていた。
コットス支店の警備主任。その地位は世界で最も高給取りのギグソルジャーとも言われている。そんな役職についているマクダール本人は何もせず、ただ事態を眺めているだけだった。その勤務態度に文句を言っているのは、彼を雇っているこの支店の頭取AIだ。
「君は何もせんのかね?現地人どもに好き放題させているだけのようだが」
「好き放題やってくれればいいんですよ。街一つが襲ってくる。それだけで防備は完璧なんです。これで守れなかったコットスは…」
指をくるくると回転させた後、皮肉っぽい顔をして
「警備主任が間抜けだったってことですね」
「君が間抜けでないという保証もないが」
「たしかに、しかし攻めてきた連中の秘匿回線はあと20分ももたない。それまでにここにタッチダウンできる連中は…」
そう言った時、空から降ってきた糸が、400メートル先に落下して爆音が届いた。
二本目のバンカートレイルが要請され、銀行のそばにまで道を作ったのだ。
壁の上を一直線に、こちらに向かって走ってくる敵兵の姿を確認したマクダールは
「あっら~~仕方ない…お仕事しますか…」
帽子を被り直しながら、マクダール・マルカは先程とは違う、押し殺した低い声で言った。
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