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第一話
01‐04 「学園ヒーロー」
しおりを挟む今先《いまさき》市役所の前に数名の敵ギグソルジャーがいる。数少ない抵抗を排除した彼らは最後の仕上げを行っていた。
一人がスイッチを入れると市役所が吹き飛んだ。市役所のサーバーを完全に破壊し、今後数年に渡るこの市の運営を困難なものにした。今年度に限って言えば、完全に壊滅状態だ。全ての市民のデータが吹き飛んだのだ。
もちろんそれはメタアース内での出来事。現実の世界では建物は無事で、サーバーが修理不能状態になるまで暴走させられているだけだ。
クラウド上に保存されていたバックアップも同時に破壊されている。メタアース内ではクラウドデータは同一アドレスとして現実座標と同じ場所に存在している。クラウドという考えは消えている。
一人の兵士が金髪の女性型兵士に話しかける。
「ヴェーチェル、383の連中と連絡が取れない」
ロシア語だ。ヴェーチェルと呼ばれた女性兵士は少女のような可憐なロシア語で返す。
「あのクソども。戦場で一般人を殺すことばかりだな。遊びで戦場に来ている俗物どもめ…アイツら学校でやってるのか…わかった私が行く。ジャンプパッド」
「了解」
女性兵士に命じられた兵士が背中から装置を取り出し地面に置く。装置が展開しジャンプパッドが姿を表す。
「ここは任せたぞ。クリッピングフィールドの収束時間が近い、ほどほどで引き上げろ」
そう言い残し、ジャンプパッドに乗った女性兵士は装置によって上空に打ち出された。遠距離移動をするための再降下が行われる。上空で方向を変えた兵士は目的地に向かって再び降下する。
校舎の三階の窓からもつれながら飛び出した空是と敵兵は、空中でも戦闘を続けていた。
だが敵兵の弾は空に向かって飛ぶばかり、空是のウィルス弾は地面に着地するまでに5発が敵兵の体に潜り込んだ。絶命した敵兵の死体をクッションにした空是が学校のグラウンドに降り立った時、校舎の方から歓声が上がった。
窓際に集まった生徒と教師たちが彼の勝利を祝った。大きな歓声をアバターの耳越しに聞く空是。彼はそれをぼんやりと見ていた。
そらいろが全ての敵兵の排除を宣言したので力が抜けた状態になっていた。二階から三階へと戦闘を続けていた空是は、味わったことがない種類の疲労を全身に感じていた。しかし校舎の窓に並ぶ人々の歓喜の顔を見ると、腹の底からさらに新しい力が湧いてくるのも感じた。
片手をあげてその声に答えようとした時、空から降りてきた敵兵が、音を立ててグラウンドに着地した。
振り返る空是の前に、金髪の女戦士が立っていた。
「Вижу〈なるほど、なるほど〉жу」
土煙の中を歩みながらその兵士は言った。そのロシア語はすぐさま翻訳され、ほぼ同時に日本語として空是の耳に届いた。
異国の少女の声だった。
彼女はすぐさま状況を理解したようだ。歓喜に湧く生徒たち、地に倒れる自軍の兵士。
つまり、来るのが遅かったと。
少女兵士の目が空是のアバターを睨みつけた。その視線の強さはネット回線を通じても圧縮も劣化もされず空是本人の視神経を突き刺した。
距離は互いに近すぎる。グラウンドの中央、射撃を避ける遮蔽物は一切ない。
互いの手に持っているのはライトマシンガン。互いに幾多の戦闘を繰り返したため残弾は少ない。
新たに現れた敵兵の姿に、窓際の生徒たちは声を発せなくなっている。顔を窓から離し隠れる。
無音、現実空間もメタアース内も静寂が空間を押しつぶしていた。
パっと電光のようなものが走り、二人の戦士は左右に、ちょうど真逆の方向に走る。
しかし距離は取れない、ライトマシンガンの有効射程距離は短い、互いが見えない紐で結ばれたかのように地面に円を描く。移動しながら弾をばらまく。
相手の進行方向手前に、お互いが撃ち合った。互いが必死にその移動予測を上回る速度を出し、円を描くスピードがどんどん上がる。
空になったマガジンが円から弾かれるように飛んでいく。リロードする隙を狙う相手の意表をつくためにサイドアームのピストルを撃ち、リロードタイミングを作り出す、お互いに。
学校のグランドに銃火の花火が円を描く。高速移動、エイミング、マグチェンジ、機をうかがい、気を散らす。どれもが高等技術、高難易度。匹敵する技量が燃え尽きないネズミ花火のように、お互いを回り続けさせる。
「すげぇ」
正確無比のマウスさばきをしながら、空是は敵の技量の高さに感嘆の声を上げた。自分と匹敵する技量の持ち主を、この世界で初めて発見した。
プロゲーマーの世界ではなくギグソルジャーの世界に彼女はいた。
彼の笑顔の情報を拾い、アバターの口元にも笑顔が浮かぶ。
高速回転するメリーゴーランドの向こうにいる彼女の口元も笑っている。
楽しんでくれている、それがわかり空是の口元の笑みはさらに広がる。
彼女をもっと楽しませたい。その瞬間的な思いが彼を動かした。
突然回転をやめ、まっすぐに彼女に向かって飛び込んだ。予測射撃されていた彼女の弾丸は明後日の方向に飛び、彼の動きを制止できない。飛び込んだ空是はマシンガンの最後の弾倉を打ち尽くす。その弾は避けようとした彼女のマシンガンにヒットし、破壊した。その瞬間、空是の弾倉が空になった。放り捨てられた二人のマシンガンたちがグランドを転がっていく。
キスするくらい近づいた二人の顔は、すぐさま互いのピストルの弾丸を避けて消えた。
残されたサイドアームの残弾は少ない。
撃ち下ろそうとしていた彼女の手を抑え、制御しようとするが、気ままな彼女はそれがお気に召さないようだ。背中すれすれをなぞるように飛んでいく彼女の弾丸を感じながら、彼女の腰に回した手に持っていた拳銃を撃つ。細い腰をくねらせてそれを華麗にかわす彼女。
彼女の顔を見ると「どう?」というような生意気な口元。ちょっと意地悪したくなって彼女の足元に数発撃ち動きを止めさせる。
抑えていた彼女の腕が動きを取り戻し、手に持った拳銃を下に落とす。それを逆の手でキャッチし、顎下から彼の頭部を撃つが、大きくのけぞった彼には当たらない。男女が逆転したダンスのように、今度は彼女が彼を押し倒す格好になる。
二人がのバランスが崩れた。同時にお互いの拘束を外し、空いた片手どうしを握ったまま回転する。その際も、お互いが退屈しないように銃を撃ち続けた。すれすれに弾を躱しあい、ついに地面に膝を付けて着地した二人は、同時にお互いのこめかみに銃口を当てた。
カチリ
空になった弾倉から弾は生まれない。
二人共に撃ち尽くしていた。
カチリ
空是は彼女を見つめながら、名残惜しそうにもう一度トリガーを引いた。悲しい金属音しかしなかった。
カチリ
彼女もそれに答えるかのように、もう一度トリガーを引く。同じ答えが繰り返された。
カチリ、カチリ
空是は引く。
カチリ、カチリ
彼女は答える。
カチ、カチ・・カチ
カチ、カチ・・カチ
いつまでも弾き続ける二人。
互いの目を見ながら。ネットを通してはるか遠くの世界に住む、お互いの目を見つめる。
天に引かれた幕が降り始めた。
この地域をネット上で遮断していたクリッピングフィールドが消える時間が来たのだ。
名残惜しそうに少女は立ち、空是もそれにしたがう。お互いにもう、撃ち合う理由がない。
輝きを取り戻し始めた空を見ている少女に向かって、空是が言ったのは意外な言葉だった。
「次はいつ会える?」
彼の言葉の意味は彼女のフェイスグラスを通じて伝わっているはずだ。
輝く髪をひと撫でした彼女は
「Всяк〈戦争があれば、いつでも〉йна.」
と答えてくれた。その音声はAIが翻訳合成したものであったが、友達に語りかけるような優しさがあると、空是は思った。
彼女はその言葉だけを残し、空に浮かんで飛び出し、消えていった。帰還の時間だった。
同じように今先市のあらゆる場所から空に上る光が見えた。市を破壊し尽くした悪の軍団が帰っていくのだ。
空是はそれを見上げながら、寂しいと感じていた。
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