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四男の話 3

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 駅の近くではなかったですが、河川敷から割と近いところにこぢんまりとしたお店がありました。少し古い建物で、ちょっとだけ警戒しちゃいます。竜之介お兄さんのことがありましたから。


「入りましょ」
「姉貴?」


 店の入り口の前で止まっている私を見ながら慶君が首を傾げています。どうしたんでしょうか。


「中に入らないの?」
「入るってどこにだよ」
「え、目の前にお店があるじゃない」


 慶君が何を言っているのかよく分かりません。だって目の前に古いお店があって、暖簾のれんも看板もちゃんとあるんですよ。店名だってとんかつ屋って書いてあるのに。


「行こ?」
「いや、行かねぇ」
「お腹空いてるんでしょ?」
「確かに空いてるが、俺にはどうもそこが壁にしか見えねぇんだよ」


 壁って。慶君は何を言っているんでしょうか。とんかつの匂いもしていますし、明かりもついてますよ。


「姉貴、別のところにしようぜ」


 私の手を引っ張り、お店から遠ざけようとしています。それに抵抗しようとしたのですが、男の子との力の差に抗うことは出来ず、そのまま引きづられるように河川敷の方へ戻ってしまいました。


「相棒の飯でも食べようぜ。ちょうど食べてる頃だろうし」
「とんかつ……」
「今度頼んでみりゃいいじゃねぇか、相棒に」


 何がなんでも遠ざけようとしている慶君。あの店が嫌だったのでしょうか。とてもいい雰囲気でしたが。
 口の中がすでにとんかつの味になっていたのですが、慶君がここまで嫌がるのは珍しいですし、今日は諦めます。


「ねぇ、慶君?」
「なんだ」
「なんで慶君には壁にしか見えなかったの?」
「わかんねぇ。考えられるとしたら、姉貴だけ見えるようにしていたとか」


 なんで私だけなのでしょうか。


「慶様、莉奈様。お迎えにあがりました」


 なんて不思議に思っていると、サングラスをかけて黒い服を着た小学生くらいの背丈の男の子が目の前に立っていました。誰なんだろう。というよりいつ現れたの。


「さぁ、帰りましょう。迫田家まで送ります」
「てめぇ、いきなり出てくんじゃねぇよ!」
「申し訳ございません。配慮が足りませんでした」
「慶君……」


 こんな小さい子に怒らなくても。え……、小さい、子供?


「どうかされましたか、莉奈様」


 さっきまで私の腰ぐらい背の高さだったのに、今は慶君と同じくらいの背になっている。
 私、疲れているのかもしれない。人がそんな急に背が高くなるなんてありえないですし。


「お手を。慶様はそのままで構いません」
「当然だ」
「莉奈様、目を瞑っていてください」


 な、なにがどうなって。この子は一体何者? なんで慶君は普通に受けて入れているの? 何故、私たちに様をつけて話しかけているの。


「ちゃんと説明しろよ」
「承知致しました」


 執事みたいに胸に手を当て、慶君にゆっくりとお辞儀した後、私の手に触れてから何が起きたのでしょう。一瞬目の前が暗くなって眩暈がしたと思ったら迫田家の前に。


「莉奈様、説明いたしますので中へ」


 自然とこの家に入ろうとしていますけど、貴方は誰なの。六人目の兄弟がいたなんて私は知らないよ。


「莉奈様?」
「君は誰なの?」


 私の目の前に立ってちゃんとそこに存在しているはずなのに、いないような感覚がずっとしているのです。会話していても実感が得られない。


「お初にお目にかかります。私は、翔栄しょうえいという者でございます。本来ならば別の日にご挨拶に伺うところだったのですが、急遽きゅうきょこちらに来るようにと連絡を受け、さんじました」
「君はなの」
「私に関して何も知らない方が賢明かと」


 何も知る必要はないって、怖くてそんな人信じられないよ。名前だけしか知らない人をどうやって信じろと。慶君は悪口を言って、昔からの知り合いのように接しているけど、信用しているのかな。


「慶君……」
「確かにこいつは怪しさ満点だが、これから姉貴を支えるもう一人の奴だと思ってくれ」
「私を?」
「ああ。姉貴を護れる力は確かにある」


いったいなにから私を護るの。慶君はそれを教えてくれないの?


「説明は主人がするそうなので、私はここで失礼いたします」


 主人って誰の事なんだろう。慶君のことかなと考えていたら彼はもういませんでした。いつの間に。走って去ったとしても足音もしないって怖すぎる。


「姉貴、中に入ろうぜ。話したいこともあるしな」
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