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次男の話

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 今日は従兄弟の次男、弐龍じりゅう君と動物園に行く予定です。ただ心配事がありまして、彼との会話が難しいのです。出来ないというわけではないのですが、彼の口から出る言葉は全て喃語なんごのように聞こえまして。簡単な言葉でしたら彼が頷いたり、首を横に振ってくれたりして意思表示してくれるので分かるのですが、会話というものがなかなか難しいみたいです。


「う!」


 バス停で待っていると、ぬいぐるみを背負った弐龍君が向かってきました。私が覚えている限りなのですが、確か小学1年生のころから同じものを持っていたような気がします。弐龍君は私を見つけると、純粋な子供のように顔を綻ばせて、手を振って近づいてきました。


「おはよう、弐龍君」
「ぁい!」


 顔の横に、漫画みたいにニコーッという文字が見えてくるほど可愛い笑顔をしながら、隣に自然と並んできました。私と1歳違いなはずなのですが、幼い子に見えたり、ときに大人に見えたりしてくるから不思議です。


「弐龍君、背伸びた?」
「ん」
 

 前会った時は確か去年のお正月の時だった気がします。その時は同じくらいの背丈だったはずなのですが、1年でこれほど差がつくのですね。男の子は成長が早いと聞きますが、本当のようです。

 竜之介お兄さんと話すといつも首が痛くなるほどの背の差がありましたが、弐龍君もそうなりかけています。
 私が身長を聞くと、指で1、8、0と少しずつ教えてくれました。お兄さんが確か189センチと言っていたので、もしかしたら弐龍君もそれくらいの身長になるのかもしれません。


「ぁう。ううぁっぶ」


 私の服の裾を軽く引っ張って何かお話をしたいのかと思ったのですが、指差す方向を見るとバスが来ていました。知らせてくれたんですね。


「このバスに乗るよ」
「う」


 服の裾を掴んだままバスに乗り、券を2枚取って後ろに座ることにしました。


「ちゃちゃ」
「通路側がいいの?」


 そう尋ねたら思いっきり首を縦に振り、少しふらついた後に背を優しく押され、私は窓側になりました。何でも興味を持ちたがる弐龍君のことだから窓側を選ぶかと思ったのですが、違ったようです。


「あうあう」


 何か話しているとは思うのですが、この言葉が私に向けられているのかそれとも独り言なのか判断がつきにくいのが難点です。竜之介お兄さん達のように分かれば良かったのですが。
 ふと横を見ると、反対側の座席に座っている奥様が抱えている赤ちゃんに向かって話しかけているみたいです。


「いぃ」


 ここからだと弐龍君の後頭部しか見えないので、どんな顔をしているのか分かりませんが、赤ちゃんを笑わせようとしているのかしら。


「うぁ。あぶぶ」


 反対側の赤ちゃんが、弐龍君の問いかけに答えるかのように喃語で語り掛けています。弐龍君は頷いたり、首を傾げたり、何か会話しているように見えるのですが気の所為でしょうか。相手のお子さんが何ヶ月の子か分からないのですが、まだ言葉での会話は難しいはずです。


「まぅうば」


 相手の奥様が変な目で見ています。そろそろ止めなくては。


弐龍じりゅう君、そろそろ止めよう」
「や゛ぁ!」


 首を何度も横に振って嫌がっていますが、周りからも変な目で見られ始めて、少しだけ恥ずかしいのです。竜之介お兄さんから、弐龍君の意思を尊重して欲しいとは言われましたが、少し難しいかもしれません。
 ずっと首を横に振っていた弐龍君は急に動きを止め、携帯をポケットから取り出すと文字を打ち始めました。後ろから覗き込んで見たのでしっかりとは確認出来なかったのですが、そこには『いつもありがとう』という文字が書かれていました。これは誰に対して?


「に゛ゃ」


 奥さんに向けて携帯を見せると、その方は目を見開いて驚いていました。そして、しばらく携帯を見た後、赤ちゃんを見下ろし、目に涙を浮かべて優しく微笑んでいたのです。


「何を書いてたの?」
「ん゛ぅ」


 そう問いかけると、先程まで奥さんに見せていた文章を私にも見せてくれました。そこには、奥さんへの感謝の言葉と大好きだよと文字が書かれていました。これは誰の言葉?


「これって、もしかして赤ちゃんが言ってたの?」


 先程までずっと何を言っていたのか分からなかったのに、いったいどうやって。首を傾げる私に、にっこりと笑った弐龍君は携帯に文字を打ち始めました。


『バスに乗ってからずっと話したそうにしてたからね』
「どうやって……」
『皆が普通に会話しているように、あの子も僕に話しかけてきたよ』


 弐龍君の耳には私たちと同じように言葉として聞こえていたの? それを私は恥ずかしいからって止めようとしてたなんて。


「弐龍君、ごめんね」
「う?」


 なんの事? と言いたげな顔で首を傾げ、私の目を真っ直ぐと見てきます。その真っ直ぐ過ぎる目がとても眩しく見えます。純粋な子供のようで、本当に羨ましい。
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