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第2章 夢

25-2 酒場兼宿屋

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 一緒に旅に出られることが嬉しいのか、ずっとニコニコと笑っている。ヨシュアはそれを少し気味悪そうに一瞥していた。それから会話などはなく、騒がしい空間の中でヨシュア達がいる場所だけ切り取られたかのように静かだった。彼が食べ終わったのを店主が確認した後、一旦奥へと向かい、先に泊まることを知らせていたおかげか、カギを取って戻ってきた。

「ほらよ、階段を上がって右奥があんたの部屋だ」
「感謝する」

 ジョッキにほんの少しだけ残ったお酒を飲み干し、目の前に置かれたカギを取ると、酒場の左奥にある階段に、しっかりとした足取りでヨシュアはそこへ向かっていく。

「僕の寝床はある?」
「ない。今日は一人分しかとってないからな」
「ええ……」
「雑魚寝しかないな」

階段を上がりながら話し、目的の部屋の前に着いた時、口を尖らせながら文句をいうヘルニーにヨシュアは鋭い目つきで睨む。そんな目で見られているにも関わらず、まるで効いていないかのような顔をしながら鍵を開けたヨシュアの後に続いて、部屋へと入っていく。  案の定部屋にはベッド一つしかなかった。ソファはあったのが、いろんな人が座ったり荷物を置いたりしていたせいか、クッションの所が見事なまでに潰れていた。

「わお……」
「……見事に潰れているな」

余りにもソファとは名ばかりのものに、先程まで険悪な雰囲気になっていた二人は唖然となる。

「僕、アレで寝ないといけないの」
「それしかないのだから仕方あるまい」

 ソファを指差しながら頭一つ分上にあるヨシュアに、目に涙を浮かべながら抗議している。どうやっても変わらない状況に諦めさせようと、冷たく言い放った。

「どうにかできない?」
「こんな姿の私に何か出来ると思うか?」

 布製のバッグをベッドの近くに置き、自分の容姿をよく見ろと言わんばかりにヨシュアは両手を広げている。気崩したワイシャツに、腰から足首まで緩く広がった黒いズボン。ほどよく日焼けした顔と髪。どこからどう見ても魔法使いなどには見えない。

「ごめん」
「どうにかしたいなら自分で解決策を考えるんだな」

 荒くれ者と間違われても仕方ない姿をしたヨシュアに、自分が言った言葉が申し訳なく思ったのか、ヘルニーが素直に謝りながらソファに座った。ヨシュアがベッドに体を預けた途端、眠気が彼を襲う。元の世界では海を航海することが多く、自分の足で見知らぬ地を訪ね、長い間歩くことは少なかった。その慣れない旅の疲れが、今まさに出ていた。いくら楽しみながらしていたとはいえ、四十近いヨシュアにとっては骨が軋むほどの事だった。硬くなく柔らかすぎないベッドは、ヨシュアの体を包みこみ、彼の意識をゆっくりと落としていく。


 ヨシュアは夢を見ていた。その場所は薄暗く、自身の足元がかろうじて見えるほど。そんなところに彼は立っている。

「ここは……」

 周りを見渡していると、どこからか甘い匂いが漂い、彼の鼻孔をくすぐった。

「この匂い、桃か」

 暗い空間に漂う香りに首を傾げているヨシュア。警戒しながら慎重に歩いているが、一向に桃はも見つからなかった。ひたすら歩き続け、ようやく光が見えてきたと思ったら、ドアだけがぽつんとその場に立っている。ドアについているガラスから先は白く濁っており、何も見えない。ただ今ヨシュアがいる空間とは反対に白い光が窓から差し込んでいた。

「なんだこれは」

 ドアに対する畏怖と興味に支配され、ヨシュアがドアノブに手を掛けようとした時、誰かに首を手刀で気絶させられ、ゆっくりと前に倒れていく。

「あぶな……」

 若い男の声と共にヨシュアの意識と繋がっているように真っ黒な空間も崩れていく。
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