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21話 しょうのしょうたい
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「しょう君そっちにいる?」
「戻ってすぐ寝ちゃいましたけど、何かあったんですか?」
「ちょっとしたお叱りをしただけだよ」
先程まで胸に穴が開いていたかのような寂しさが桃の心を占めていたが、しょうが戻ってきたことでそれも無くなった。いつもなら何かしらに文句を言うしょうが何も言わず、静かになったことを不思議に思ったのか、環に聞くと叱った後に約束をしていたと笑顔で言う。
「桃ちゃん。しょう君について少しだけ聞いてもいいかな? さっき気になることを言ってて」
「そこまで詳しくは話せないですけど、それでもいいなら」
「うん、大丈夫」
先程、自分の名前すら知らないとしょうは言っていた。今まで環は、しょうが彼の名前だと思っていたからだ。それが今さっき否定され、嘘をついていたのかと環は疑い始めた。
「彼ってしょうっていう名前じゃないの?」
「はい。初めて会った時から自分に関する記憶がないって言ってたんです。それで名前がないと不便だから私がつけました」
「記憶がない?」
しょうと会話しているところを思い出してみると、確かに自分に関することで言っていたのは死んでいるということ。自身が悪霊と呼ばれる類であることは言っていたが、何歳の時に命を落としたのか、生前は何をしていたかは聞いたことがなかった。聞く機会がなかっただけもあるが、しょうのさわりの部分しかまだ環は知らない。
「最近でしょう君がやらなそうなこととか無かった?」
「そういえば、前『昔はターゲットの顔を見て』って言ってから動きが止まったことがありました」
「たーげっと?」
「えっと、標的のこと、ですね」
しょうが途中で何かを止めることがめったにないからか、桃の中で印象的に残っていた。
何度も繰り返してしていたことは、例え記憶が無くなって忘れていたとしても、体や頭が覚えているもの。それが無意識に出てきた証拠だった。しょうの発言も同じだろう。そこから導き出される答えは今はまだ分からない。
「そこから先は何か言ってた?」
「何も言ってないですね」
首を横に振ってはいましたけど、それ以上は何も言わなかったと環に伝えると、顎に手を当て首を傾げている。
記憶がない、で環の頭の中に浮かんだことは、この世界に昔、追跡者と呼ばれる人物がいたという伝承があることだった。環はしょうがそれなのではないかと推測していた。
詳しい文献は燃えてなくなってしまったが、あまりにもしょうがその伝承と似ていた。悪霊という立場でありながらも理性があり、人を食わずに生き残ることが出来るがその代償として自分の記憶はなくなってしまう。
そして、その存在は終止符を打つ存在だ、と。
この世界が無くなるのか、それとも妖怪や悪霊たちがいなくなるのかは今の段階では分からない。
「桃ちゃん、私からも言っておいたけど、しばらくしょう君に外に出てこないようにと伝えて」
「あ、はい」
どこかに出かけるのか、襟を正し、草履を履いている。「帰ってくるのが遅くなるかもしれないから先に寝ててもいいよ」と桃に言うと、戸を開けて外へ走っていった。
「しょう。起きてる?」
名前を呼ぶが、内側からの返事はない。ただ、まだ消えていないことだけは分かる。微かにだが、しょうの口から魘されている声が聞こえてきたからだ。
普段は静かに寝ていることが多いが、これほど寝言を言いながら寝ているしょうは珍しく、新鮮に感じるようで桃がしばらく寝言を聞いていると、誰かの名前を呟いていた。りゅうなんとかと言ったり、初代様と言ったりしている。当然、桃にはそれが誰のことを言っているのか検討もつかない。それでも、しょうの記憶が戻る助けになるならば、と真剣に聞いていた。
「そろそろ夜ご飯作らなきゃ」
自分のお腹が鳴り、まだ夕食を食べていないことを思い出した桃は台所に立って夕食を作り始めた。人助けの時にもらった梅干しは明日食べるとして、今日は何にしようかと悩んでいる。
「とりあえず二人分の用意しとこうかな」
環がいつ帰ってくるかは分からないが、もし夜遅く帰ってきたときのためにと多めに作っている。今日の献立は栗が入った雑炊と漬物。栗は桃の大好物でもあった。
「しょうはいつ起きるかな……」
作り終わり、一人寂しく夕食を食べている。いつもは誰からしらの話し声が聞こえているが、今日は誰もいない。それを自覚してからは、少しずつ桃の心が不安定に揺れ始めた。いじめを受けていたことで一人になることに不安を感じてしまう桃は、涙をこらえようと腕で涙をぬぐったりしているが止められなかった。むしろ、どんどん不安が強くなるだけだ。
「しょう……」
「……耳元で泣かれたら眠れるものも眠れん」
突如桃の頭に手が置かれた。それに驚き、周りを見るとすぐ近くにしょうが出てきていた。内側にではなく、外にだ。
この世界に来てからは久しく見ることがなかったしょうの姿。龍の仮面に手足についた鎖。桃の頭を乱暴に撫でるたびに鎖が擦れる音がする。
あまりに寂しかった桃がしょうに抱き着こうとするが、霊体であるしょうのお腹を貫通して盛大に前に倒れた。
「しょうだけ触れるのずるい」
「ここに姿を現すだけでもきついことをやってるのに文句を言われてもなァ」
「ごめんなさい」
仮面で顔は見えないが、声からしてきつそうなのだけは桃にも分かった。それでも、自分の為に出てきてくれたことが嬉しかったのか、涙はいつの間にか止まり、桃の顔には笑みが零れていた。
「お前が寝るまで監視してやるよ。泣き虫小娘」
「ありがと」
桃の目の前に座り、胡坐をかいている。しばらくは桃の食べる姿を見ていたが、お腹が空いたのか漬物を指差していた。何も言わずともしょうが漬物を欲しているとわかった桃は、お椀ごと渡し、最後まで一緒に食べていた。
食べ終わったお茶碗をしっかりと洗い、桃は布団の上で環が戻ってくるのを待っていた。帰ってきてすぐご飯を食べられるようにと。
それからずっと待っていたが、環は戻って来ず、船を漕ぎ始めた桃にしょうから寝ろと言われた少女は大人しく寝た。しょうが隣に座ったのを感じたのか、触ることが出来ないしょうの手を握りながら眠りについた。
「戻ってすぐ寝ちゃいましたけど、何かあったんですか?」
「ちょっとしたお叱りをしただけだよ」
先程まで胸に穴が開いていたかのような寂しさが桃の心を占めていたが、しょうが戻ってきたことでそれも無くなった。いつもなら何かしらに文句を言うしょうが何も言わず、静かになったことを不思議に思ったのか、環に聞くと叱った後に約束をしていたと笑顔で言う。
「桃ちゃん。しょう君について少しだけ聞いてもいいかな? さっき気になることを言ってて」
「そこまで詳しくは話せないですけど、それでもいいなら」
「うん、大丈夫」
先程、自分の名前すら知らないとしょうは言っていた。今まで環は、しょうが彼の名前だと思っていたからだ。それが今さっき否定され、嘘をついていたのかと環は疑い始めた。
「彼ってしょうっていう名前じゃないの?」
「はい。初めて会った時から自分に関する記憶がないって言ってたんです。それで名前がないと不便だから私がつけました」
「記憶がない?」
しょうと会話しているところを思い出してみると、確かに自分に関することで言っていたのは死んでいるということ。自身が悪霊と呼ばれる類であることは言っていたが、何歳の時に命を落としたのか、生前は何をしていたかは聞いたことがなかった。聞く機会がなかっただけもあるが、しょうのさわりの部分しかまだ環は知らない。
「最近でしょう君がやらなそうなこととか無かった?」
「そういえば、前『昔はターゲットの顔を見て』って言ってから動きが止まったことがありました」
「たーげっと?」
「えっと、標的のこと、ですね」
しょうが途中で何かを止めることがめったにないからか、桃の中で印象的に残っていた。
何度も繰り返してしていたことは、例え記憶が無くなって忘れていたとしても、体や頭が覚えているもの。それが無意識に出てきた証拠だった。しょうの発言も同じだろう。そこから導き出される答えは今はまだ分からない。
「そこから先は何か言ってた?」
「何も言ってないですね」
首を横に振ってはいましたけど、それ以上は何も言わなかったと環に伝えると、顎に手を当て首を傾げている。
記憶がない、で環の頭の中に浮かんだことは、この世界に昔、追跡者と呼ばれる人物がいたという伝承があることだった。環はしょうがそれなのではないかと推測していた。
詳しい文献は燃えてなくなってしまったが、あまりにもしょうがその伝承と似ていた。悪霊という立場でありながらも理性があり、人を食わずに生き残ることが出来るがその代償として自分の記憶はなくなってしまう。
そして、その存在は終止符を打つ存在だ、と。
この世界が無くなるのか、それとも妖怪や悪霊たちがいなくなるのかは今の段階では分からない。
「桃ちゃん、私からも言っておいたけど、しばらくしょう君に外に出てこないようにと伝えて」
「あ、はい」
どこかに出かけるのか、襟を正し、草履を履いている。「帰ってくるのが遅くなるかもしれないから先に寝ててもいいよ」と桃に言うと、戸を開けて外へ走っていった。
「しょう。起きてる?」
名前を呼ぶが、内側からの返事はない。ただ、まだ消えていないことだけは分かる。微かにだが、しょうの口から魘されている声が聞こえてきたからだ。
普段は静かに寝ていることが多いが、これほど寝言を言いながら寝ているしょうは珍しく、新鮮に感じるようで桃がしばらく寝言を聞いていると、誰かの名前を呟いていた。りゅうなんとかと言ったり、初代様と言ったりしている。当然、桃にはそれが誰のことを言っているのか検討もつかない。それでも、しょうの記憶が戻る助けになるならば、と真剣に聞いていた。
「そろそろ夜ご飯作らなきゃ」
自分のお腹が鳴り、まだ夕食を食べていないことを思い出した桃は台所に立って夕食を作り始めた。人助けの時にもらった梅干しは明日食べるとして、今日は何にしようかと悩んでいる。
「とりあえず二人分の用意しとこうかな」
環がいつ帰ってくるかは分からないが、もし夜遅く帰ってきたときのためにと多めに作っている。今日の献立は栗が入った雑炊と漬物。栗は桃の大好物でもあった。
「しょうはいつ起きるかな……」
作り終わり、一人寂しく夕食を食べている。いつもは誰からしらの話し声が聞こえているが、今日は誰もいない。それを自覚してからは、少しずつ桃の心が不安定に揺れ始めた。いじめを受けていたことで一人になることに不安を感じてしまう桃は、涙をこらえようと腕で涙をぬぐったりしているが止められなかった。むしろ、どんどん不安が強くなるだけだ。
「しょう……」
「……耳元で泣かれたら眠れるものも眠れん」
突如桃の頭に手が置かれた。それに驚き、周りを見るとすぐ近くにしょうが出てきていた。内側にではなく、外にだ。
この世界に来てからは久しく見ることがなかったしょうの姿。龍の仮面に手足についた鎖。桃の頭を乱暴に撫でるたびに鎖が擦れる音がする。
あまりに寂しかった桃がしょうに抱き着こうとするが、霊体であるしょうのお腹を貫通して盛大に前に倒れた。
「しょうだけ触れるのずるい」
「ここに姿を現すだけでもきついことをやってるのに文句を言われてもなァ」
「ごめんなさい」
仮面で顔は見えないが、声からしてきつそうなのだけは桃にも分かった。それでも、自分の為に出てきてくれたことが嬉しかったのか、涙はいつの間にか止まり、桃の顔には笑みが零れていた。
「お前が寝るまで監視してやるよ。泣き虫小娘」
「ありがと」
桃の目の前に座り、胡坐をかいている。しばらくは桃の食べる姿を見ていたが、お腹が空いたのか漬物を指差していた。何も言わずともしょうが漬物を欲しているとわかった桃は、お椀ごと渡し、最後まで一緒に食べていた。
食べ終わったお茶碗をしっかりと洗い、桃は布団の上で環が戻ってくるのを待っていた。帰ってきてすぐご飯を食べられるようにと。
それからずっと待っていたが、環は戻って来ず、船を漕ぎ始めた桃にしょうから寝ろと言われた少女は大人しく寝た。しょうが隣に座ったのを感じたのか、触ることが出来ないしょうの手を握りながら眠りについた。
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