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13話 縛り
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朝、お腹が鳴りそうなほどいい匂いが少女の鼻孔をくすぐる。いつのまにか寝てしまっていたことに軽くショックを受けたが、環の声で帰って来たのだと知ると、布団を跳ね除けるように起き上がって乱れた服のまま隣に立ち、環を見ながら顔を綻ばせた。その顔を不思議そうに一瞬だけ見てまた続きを始めている。
「帰るのが遅くなっちゃってごめんね」
「気にしないでください! 帰ってきてくれただけでも嬉しいですから」
破顔した少女の顔に環の表情も緩くなる。柔らかな雰囲気が家の中で流れる中、眠そうな声が少女の内側から聞こえ、寝起きなのかいつもよりか悪霊の声が低い。何か話していても最後の言葉は聞き取れないほどに小さく低かった。その声に驚き、思わず少女の手が止まる。
「腹減った」
「もうちょっと待っててね。すぐできるよ」
「お前の肝が食いたい」
小さく低い声で言われた少女は硬直をする。いつも言っている『腹が減った』でも、今までとは意味が違う。命の危険を感じた少女は、悪霊の言葉にどうしたらいいか分からず、ただただ静かになるしかなかった。その動きに環が気遣わしそうな視線を少女に送る。そっと近づくと、少女は小さく震えて顔を強張らせていた。外側からでは何が起きているは分からない。
環が少女の肩に触れようとしたとき、突如小さい手が環の手首を掴んだ。突然のこと彼女の心臓が飛び出しそうになる。
「よぅ。昨日振りか」
「桃ちゃんは?」
「交代してもらった。少し腹が減ったんでね」
環の手首を悪霊の握る手が少しずつ強くなっていく。痛みに顔を歪める環は、その手を離れさせようと抵抗しているが、女の子の細い腕からは想像も出来ないほどの握力に、今にも引き千切れてしまうのではないかと思える程だった。
「どうした? 汗を流して。何かに緊張しているのか?」
まだ会って数日。それでも、今まで会話してきていた悪霊との雰囲気がいつもと違うことに環は違和感を覚えていた。無理矢理掴んでいるしょうの手を弾き、警戒する。
「しょう君。君は桃ちゃんにとり憑いているの?」
「『もう一つの人格だ』と前言ったんだが、覚えてねぇのか?」
目を細め、環をじっと見つめる悪霊。鋭い眼差しで見られた彼女は、不安そうに瞳を揺らしている。目の前にいる悪霊の存在を、信じたくないが信じざるを得ない状況に戸惑っているようだ。短い期間だとしても、環は少女のことを気に入っていた。そんな少女をひどい目に遭わせたくない。その気持ちが目に表れている。
「覚えてるよ。でも……」
「環。お前が得をして、俺にとっては損しかない方法があるぞ」
揺らいでいる気持ちに入り込むかのようにじわじわと侵食していく悪霊の言葉に、少しずつ環の心の揺れが大きくなっていく。
悪霊は考えた。しょうの内側に渦巻く影。それはしょう自身の力だった。それを使って環を支配すれば思いのまま動かすことが出来るようになるが、そうすれば外で監視している奴に止められてしまう。だが、言葉ならば誰にも止められることはない。
「縛りをつけろ」
ゆっくりと顔を持ち上げ、揺れる瞳で悪霊を見つめる環。彼女にしょうが言う条件は
1、環の中に入り、悪霊退治を手伝うこと。
2、環の指示に従うこと。
この二つ。環の元に居れば同族を取り込み、栄養にしている暇もない。
少女とは違い、清められている環の体の中に入ることは、悪霊にとって常に苦しみと痛みが伴う選択となる。
それでもその条件を突き付けたのは、少しでも自分が生き残れることを考えた結果だった。
「……わかった」
「お前の血を呑むことで、そこにも行き来可能になる」
悪霊に話しかけられ続け、少しずつ虚ろな目になっている環の手を取り、親指の付け根を強く噛むと、血が滲み出てくる。環の指に沿ってゆっくりと流れる血が悪霊の手をつたう。その血を悪霊が舐めて呑み込むと、獣のように喉を鳴らしている。
縛りをつけられた反動で環の意識は真っ暗になり、後ろにゆっくりと倒れていく。
「少し舌が痺れるが、美味いな」
血だけでも腹を満たすことが出来て満足した悪霊は、愉快そうに喉を鳴らし、ゆっくりと環を床に寝かせると少女と入れ替わった。
他の人の体に入ることは大丈夫なのかと心配する少女に「さぁな」と答える悪霊。今までしたことないことに悪霊自身に不安や戸惑いはなかった。それよりも心配なのは祓われないかどうかのみ。
「た、環さん!」
「寝てるだけだ。心配する必要はない」
「で、でも」
慌てながら駆け寄り、環のおでこに手を当てる少女に食欲を満たすことが出来た悪霊は、欠伸交じりの返答をする。
ずっと見ていて何も出来なかった少女は、自分なりに環の手当てをしていた。いつ彼女が起きるか分からないこと、自分の内側にいる悪霊が恩人の環に危害を加えたことに動揺している。その不安で目に涙が溜まっていた。
「そんなに心が揺れているなら俺に縛りを付けるか?」
ケラケラと笑う悪霊に流れる涙を強く拭い、しょうが何かを言おうと口を開く前に少女が言葉で遮る。
・自分に親切にしてくれた人たちを傷付けないこと。
大きな声をここで出すとは思っていなかったのか、固まる悪霊と肩で息をする少女の間に縛りが勝手に設けられてしまった。
「帰るのが遅くなっちゃってごめんね」
「気にしないでください! 帰ってきてくれただけでも嬉しいですから」
破顔した少女の顔に環の表情も緩くなる。柔らかな雰囲気が家の中で流れる中、眠そうな声が少女の内側から聞こえ、寝起きなのかいつもよりか悪霊の声が低い。何か話していても最後の言葉は聞き取れないほどに小さく低かった。その声に驚き、思わず少女の手が止まる。
「腹減った」
「もうちょっと待っててね。すぐできるよ」
「お前の肝が食いたい」
小さく低い声で言われた少女は硬直をする。いつも言っている『腹が減った』でも、今までとは意味が違う。命の危険を感じた少女は、悪霊の言葉にどうしたらいいか分からず、ただただ静かになるしかなかった。その動きに環が気遣わしそうな視線を少女に送る。そっと近づくと、少女は小さく震えて顔を強張らせていた。外側からでは何が起きているは分からない。
環が少女の肩に触れようとしたとき、突如小さい手が環の手首を掴んだ。突然のこと彼女の心臓が飛び出しそうになる。
「よぅ。昨日振りか」
「桃ちゃんは?」
「交代してもらった。少し腹が減ったんでね」
環の手首を悪霊の握る手が少しずつ強くなっていく。痛みに顔を歪める環は、その手を離れさせようと抵抗しているが、女の子の細い腕からは想像も出来ないほどの握力に、今にも引き千切れてしまうのではないかと思える程だった。
「どうした? 汗を流して。何かに緊張しているのか?」
まだ会って数日。それでも、今まで会話してきていた悪霊との雰囲気がいつもと違うことに環は違和感を覚えていた。無理矢理掴んでいるしょうの手を弾き、警戒する。
「しょう君。君は桃ちゃんにとり憑いているの?」
「『もう一つの人格だ』と前言ったんだが、覚えてねぇのか?」
目を細め、環をじっと見つめる悪霊。鋭い眼差しで見られた彼女は、不安そうに瞳を揺らしている。目の前にいる悪霊の存在を、信じたくないが信じざるを得ない状況に戸惑っているようだ。短い期間だとしても、環は少女のことを気に入っていた。そんな少女をひどい目に遭わせたくない。その気持ちが目に表れている。
「覚えてるよ。でも……」
「環。お前が得をして、俺にとっては損しかない方法があるぞ」
揺らいでいる気持ちに入り込むかのようにじわじわと侵食していく悪霊の言葉に、少しずつ環の心の揺れが大きくなっていく。
悪霊は考えた。しょうの内側に渦巻く影。それはしょう自身の力だった。それを使って環を支配すれば思いのまま動かすことが出来るようになるが、そうすれば外で監視している奴に止められてしまう。だが、言葉ならば誰にも止められることはない。
「縛りをつけろ」
ゆっくりと顔を持ち上げ、揺れる瞳で悪霊を見つめる環。彼女にしょうが言う条件は
1、環の中に入り、悪霊退治を手伝うこと。
2、環の指示に従うこと。
この二つ。環の元に居れば同族を取り込み、栄養にしている暇もない。
少女とは違い、清められている環の体の中に入ることは、悪霊にとって常に苦しみと痛みが伴う選択となる。
それでもその条件を突き付けたのは、少しでも自分が生き残れることを考えた結果だった。
「……わかった」
「お前の血を呑むことで、そこにも行き来可能になる」
悪霊に話しかけられ続け、少しずつ虚ろな目になっている環の手を取り、親指の付け根を強く噛むと、血が滲み出てくる。環の指に沿ってゆっくりと流れる血が悪霊の手をつたう。その血を悪霊が舐めて呑み込むと、獣のように喉を鳴らしている。
縛りをつけられた反動で環の意識は真っ暗になり、後ろにゆっくりと倒れていく。
「少し舌が痺れるが、美味いな」
血だけでも腹を満たすことが出来て満足した悪霊は、愉快そうに喉を鳴らし、ゆっくりと環を床に寝かせると少女と入れ替わった。
他の人の体に入ることは大丈夫なのかと心配する少女に「さぁな」と答える悪霊。今までしたことないことに悪霊自身に不安や戸惑いはなかった。それよりも心配なのは祓われないかどうかのみ。
「た、環さん!」
「寝てるだけだ。心配する必要はない」
「で、でも」
慌てながら駆け寄り、環のおでこに手を当てる少女に食欲を満たすことが出来た悪霊は、欠伸交じりの返答をする。
ずっと見ていて何も出来なかった少女は、自分なりに環の手当てをしていた。いつ彼女が起きるか分からないこと、自分の内側にいる悪霊が恩人の環に危害を加えたことに動揺している。その不安で目に涙が溜まっていた。
「そんなに心が揺れているなら俺に縛りを付けるか?」
ケラケラと笑う悪霊に流れる涙を強く拭い、しょうが何かを言おうと口を開く前に少女が言葉で遮る。
・自分に親切にしてくれた人たちを傷付けないこと。
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