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1章

14話 圧倒的な実力差

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「ほう、貴様があの方のお気に入りか」

 ドスの効いた声が後ろから聞こえてくる。
 その声は沼地全体に響き、遠くの木に止まっていた鳥たちが一斉に飛んでいく。
 それに、血の匂いが自分を取り囲むかのように充満し始めている。
 土で音が聞きづらいが、蹄の音も聞こえる。

 もし。
 もし、私の予想が外れていなければ、こいつの正体は……。


 首なし騎士。デュラハンだ。


 史実通りなら、奴の顔を見てしまった人は猶予なく殺される。奴は死の預言者だ。
 アレシアは大丈夫か? そう思って視線を下に向けると、先程の重圧で気絶したようだ。
 都合がいい。あんな奴の姿をみれば発狂しかねない。

「大したものだ。これだけ実力差があるにも関わらず、意識を保っていられるか」
「なにを言う。すでに、息がつまりそうだ」
「軽口を叩く暇はあるようだな」

 一歩ずつ近づいてくるたびに、体全体に重圧がかかってくる。
 どうにかして切り抜けなくては。

 かばんは先程の所に置いてある。
 目を瞑って奴の顔を見ずに取りに行く。
 一発勝負だ。これを失敗すれば、二人とも死ぬ。

 奴の気配を探れ。
 集中しろ。
 タイミングを合わせて……。

「なに?」

 重く、素早い一撃が自分の首を狙ってくる。

 が、間一髪で避けれた。
 それを避けたことで奴が驚いた雰囲気を出していたが、構っていられない。
 かばんを背負い、アレシアの顔を自分の胸に押し付けて走る。

 意識が戻っても奴の姿を見ないように。

 さっきのワイバーン戦で、AKの弾が残り少なくなっている。
 スナイパーライフルも役に立たない。
 今手持ちにあるのは、M1191A1。通称コルト・ガバメントだけだ。

 牽制にはなるだろうが、倒せはしないだろう。それでもやらないよりはましだ。
 そして、思い出せ。奴の弱点はなんだ。

「う、うーん……」
「気が付いたか。そのまま目を瞑っていろ。決して目を開けるな」

 気絶していたアレシアが目を覚ました。
 状況を確認しようと左右を見始めたが、片方の手で頭を抑えた。何も見ないように。

 もう少し、走る速さを上げなければ。すぐに追いつかれてしまう。

「い、いったい何が……」
「状況は後で詳しく説明する。今は目を瞑って顔を伏せていろ」
「は、はい」

 急に頭を抑えられて焦ったが、言われた通り自分の頭を抱えて目を瞑った。

「どうした。もう少しで追いつくぞ」

 それほど柔な体をしているわけではない。他の奴より体力はある方だ。
 だが、奴が威圧する度に自分の体力が減らされていく感覚がある。
 それでも走らなければ。
 それに、ワイバーンと違って奴は単純じゃない。木に引っ掛かることなく追いかけている。
 思い出せ、思い出せ。

 奴の弱点を!

「そら、追いついた」

 隣に並ばれた。
 このまま前に行かれたら足止めをくらってしまう。

「その状態でよく走れるものだ」

 関心した声が隣から聞こえてくるが、知ったことか。
 馬の速度なら、すぐ追いついて隣に来ることは分かっていた。ならば、見ないように目を瞑るだけだ。

 執拗に私の首目掛けて、剣を振ろうとする気配。
 迫りくる木。

 それを同時に探らなければならないのはきついが、背に腹は変えられない。

「ぬぅ!」

 振ろうと構えたところに、45口径を奴めがけて容赦なく撃つ。
 すぐ追いつかれると分かっていても、やらなければ。

 刃に当たったのか甲高い音が林中に響き渡り、蹄の音も止まった。このうちに距離を。

「よかろう」

 遠くで声が聞こえた瞬間、上手く呼吸ができなくなった。
 なんだ、この重圧は。
 足がもつれそうだ。

 本気を出していないことは分かっていたが、あれ以上があるなんて。

「あ……さん……」
「ッ!」

 アレシアの切迫した声が聞こえた気がした。
 酸素不足で頭に血が回らない。
 音が遠くに聞こえる。
 足止めしてもすぐに追いつかれてしまう。

 もはや、ここまでか……!

「なに!」

 近くで驚いた声が聞こえたが、振り向いたら死にかねない。
 何が起きたのか分からないが、それよりも今は少しでも遠くへ。

「止まってください!」
「むり、だ。とまった、ら、おたがい、しぬ」
「それでも!」
「あれしあ……いま……きみが、れいせい……なら、ば……まわり、の、おとを……きいて、くれ。……いまの、わたしは……みみが、とおく、て……よく、きこえ……ない」
「……は、はい!」

 デュラハンが離れたことで、目を開けられるようにはなったが、それでも油断は出来ない。
 いつ追いついてくるか分からない。

 しばらくすると、何かを対処し終わったのか気配が遠くから近づいてくる。

「アーロさん! すぐ近くに水の音が!」
「どっち、か、わかる、か?」

 水……。

「えっと……左側です!」

 奴の弱点……。
 思い出した。上に乗っている騎士の対応を必死にしようとしていたが、本当にすべき相手は馬だ。
 姿は見ていないが、首なし騎士と同じく首がない馬。


 コシュタ・バワー。


 奴の弱点は水だ。
 それに、沼へ行く途中で川があったはずだ。そこを渡れば。

「追いかけっこは仕舞いだ」

 もう、隣へ並んでしまったか。これ以上の無茶は出来ない。あいつの剣を一撃でも食らえば、動けなくなる。

「木ごときが邪魔をするな!」

 私の首を横一文字に斬ろうとした気配が止まった。
 木? 木が動いたとでもいうのか? 
 どちらにしても助かった。この間に。

「近づいてます!」
「ああ」

 川の反対側目掛けて、最後の力をふり絞って飛んだ。打ち所が悪かったのか、肺が痛い。
 奴は、どうだ? 追いかけてきているか?

「ひづめの、おとは、とまった、か?」
「はい」
「……そう、か」

 意識がどんどん薄れていく感じがする。そんな中でも、奴の声だけははっきりと聞こえた。

「逃がしたか。なるほど、あの方が気に入るわけだ。あの方だけでなく、わたしも貴様のことを気に入ってしまったようだ。今度遭遇した時は逃げるなよ」

 二度と会いたくない、と心の中で愚痴をこぼしながら、その言葉を最後に私は……。
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