愛を語れない関係【完結】

迷い人

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前編

07

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 無力だった頃の記憶。

 力が無かったために、幼い女の子ソフィラを救う事しかできなかった不甲斐なさ。

 一度記憶の蓋が開かれれば、当時の無力感、後悔……それ以上に……助けるとソフィラの両親と約束したにも関わらず、迷惑をかけ、厚意に甘え……何よりもプライドを保つために見下そうとしていた事を激しく悔いた。

 婚約無効を告げられるのも当然だよな……。



 カフェの後、メアリーにもうソフィラに関わってはいけないと告げたが、なぜか全く言葉が通じず……それでも昨日はメアリーの住む寮の門限近くまで言い合いをするはめにあった。

『兄様に恥をかかせた分の慰謝料を請求すべきだと思うの。 それに陛下の命令を、庶民が勝手に覆すなんて無理でしょう? だから兄様はソフィラに寄り添うよう努力すべきだわ。 そしてソフィラはそんな兄様に尽くすべきなの!!』

 全く持って話にならなかったのだ。

『僕が彼女との関係を考え直すと言っているのに、君は今までと同様に彼女の所有物を自分のものとして使いたい。 こう言っているのか?』

 そうストレートに聞けば、

『酷いわ!! 兄様!! 私はただ……家族として仲良くしましょうと言っているだけよ。 それにドレスも装飾品も飾っているだけでは可哀そうだわ』

 言葉の通じないメアリーにぞっとした。

 そして僕も彼女のようだったのかと思えば、それこそもう一度記憶を消し去りたい。 いや、彼女の記憶を消しもう一度やり直したいとすら覚えてしまう。

 そう考えた時、激しい頭痛に襲われた。

 だけれど、その理由は分からず……痛みが進んでも、吐き気が襲ってきても、メアリーは自分の正しさを語り続け、僕から自分の都合の良い肯定を導きだそうとしているのか? 自分の言葉は正しいのだと言葉を変えながら同じ内容を繰り返す。

『帰ってくれ……』

 話にならない相手との話等無駄……と、追い出そうとして、途中で挫け力尽きて……と言うのもあったのだけど、何よりメアリーの姿に自分の姿を重ねて見てしまい……ダメだった。 色々と無理だった。

 ソフィラにも同じ思いをさせていたのだろうか? そう思えば、これは僕の罪を知るべきための苦難?! と、考えていれば、メアリーは突然に静かになって……だから彼女を見てしまった。

 ソフィラの深く落ち着きのある緑とは全然違う、鮮やかな新緑のような目が見つめてくる。

『兄様、聞いて……私の方を見て、静かに耳を澄ましてコッチを見て……兄様は間違っていないの。 間違っているのはソフィラなの。 兄様は間違っていない。 正しい、正しいの。 そう、兄様は正しい、間違ってなんかない』

 きゃんきゃんと叫ぶだけのメアリーの声が、静かに淡々とした様子で、単調で心地よくさえある声の揺らめきと共に繰り返され……頭がボンヤリとしてくる。

「いや、ダメだ……同じ間違いを繰り返す訳にはいかない。 君は帰ってくれ。 帰ってくれないなら、僕が、この僕が、強行な手段に出なければいけなくなる」

 そう言って杖に手をかけようとした。

 本気で攻撃魔術をつ会う気などない。 ただの脅しなのに……手が杖を持つ事を拒絶した。

 なぜ?

 職務上大変な事だとメアリーを追い出した後に、杖を慌てて手にし、小さな的だが雷の魔術を試してみれば攻撃も出来て安堵した。 だけど……そのせいで、なぜ、僕はメアリーを前に杖を持つことが出来なかったかを考える機会を失ってしまった事を、良く考えてはいなかった。

 今はただ……君への謝罪を。
 君に自由を……。

 それだけを考えていたから……。



 それでも、謝罪が先か……婚約解消が先か……には悩みもした。

 謝罪……を先にしておいた方が良いだろうか? でなければ、僕が婚約解消を望んだ意味を誤解されかねないよね?

 だけど、ソレは、謝罪をしたことで許しを請い、現状を維持しようと考えていると思われる可能性だってある。

 それに、なにより……メアリーを彼女から遠ざけなければいけなくて、ソレをするには婚約解消が一番の方法だから。

 誠意を見せるには、もう、ソレしかない。

 僕は、後ろ髪をひかれつつ、国王陛下に謁見を求めた。

 待たされるようであれば、手紙、いや、適うなら直接謝罪を行おうと思っていたのだけれど。 不思議にも謁見は許された。



「陛下によって定めて頂いた婚約ではありますが、私の未熟さにより彼女には負担ばかりをかけてしまいました。 このまま婚約関係を続ける事は、お互いの関係をより拗れさせ取返しのつかない事になります。 婚約の解消をお認め下さいませ」

 そう願い頭を下げる僕を前に、陛下は詳しく聞く事は無かった。 既に、僕の失態は陛下の耳に届いていたと言う事だろうか?

 戦闘能力が無く、価値観の高いソフィラは、1人でいるように見えても常に護衛をつけている状態。 僕の失態を全て理解しているのかもしれない。

 頭を下げたまま僕は返事を待った。

 う~ん、う~んと繰り返される事に僕は、俯いたまま眉間を寄せ訝しんでいた事だろう。 陛下の子の反応は願いを聞き届ける気が無い時の反応なのだから。

 何故?

「陛下……此度の婚約は、魔力的に強い子を設けるため……。 私達の家系は本当に破綻しており、その……決してそのような行為に至るとは思えません」

「方法等幾らでもあるだろう」

 呆気ない返事と共に呻き声は止まっていた。

「はい?」

「だから、返事は却下だ。 下がれ」

「へ、陛下!! 何故ですか!!」

「私の命令が効けないと言うのか? プライドばかりが高くて面倒なオマエが、そのように言ってくるには理由があるのだろうが、とにかく許す訳にはいかない。 これ以上口答えをするようであれば、相応の対応を取らせて貰う事になのぞ? どうする?」

 英雄として讃えられているが、結局のところ抜きんでた強さを持たない有象無象の大群を消し炭にしているだけ。 一撃の強さがあるだけ。 それもこれもカールによって守られ時間を稼いでもらっているから出来る事。

 ウィルの強さの秘密を知らない訳でもない陛下が、相応の対応を取ると言えば取るのだろう。

 何故? と言う思い。
 そして、婚約が継続される安堵。
 彼女を自由にできないと言う申し訳の無さ。

 そんなものを胸に僕は……謁見の間を後にした。



 変化した自分の感情もそうだが……昨日から何かが変だ。
 モヤモヤとしてどうしようもない。

 これでは未来が……。

 未来?

 激しい頭痛に立ち止まった所に声がかけられた。

「よう、昨日のデートはどうだった? 少しは仲良くは出来ていないよな……ちょっと話が聞きたいんだが」

 笑顔で歩むよってくるカールに苦々しさ、苛立ち……何時もの感情が沸き出て来る反面……安堵した。

「カール、あんた、サフィラの護衛をしているんだよな?」

 珍しく前のめりの会話にカールは苦笑交じりに茶化してくる。

「どうした? あぁ、そう言えば昨日は様子がおかしかったもんな。 なんだ、全てをすっ飛ばして押し倒したのか?」

「そんな軽薄な事をするか!! ではなく……相談に乗って欲しい事があるんだ……」

「それはちょうどいい。 俺も聞きたい事があるんだ」

 まだ何も聞かれていないのに罪悪感が胸をしめた……。
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