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前編

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 広い窓から月明りが注ぐ大きなベッドには、ホリーが多くの獣と共に眠っていた。
 扉の影に隠れるように、ラスティはホリーを眺める。

 窓の外には獣の気配。

 ラスティは切なく眺めていた。

 滑らかなシーツの上を流れるプラチナブロンドの長い髪は優しい月の光のようだった。

 愛おしくて……愛らしい。
 なんて、可愛いんだ。

 騎士になると誓い王都に出る以前。
 私は彼女を見ていなかった。
 母の後ろに彼女を見て、彼女を通して母を見ていた。

 なんて……愚かな事をしてしまったんだろうか?

 もし、間違わなければ……あの獣達がいる場所は、私の居場所だったのに……。

 激しい後悔で頭がオカシクなりそうだった。

 小さく繊細で可憐……。
 守るべき子なはずだった。

 窓の外を眺めた。

 カーテンレールを狙い……金属の玉を連続で指ではじいてカーテンを落下させた。 カーテンが落下する僅かな間、ラスティはホリーを抱き奪った。

 柔らかく滑らかな肌。

 母への喪に服している彼女は、黒い服しか着ていないが、眠っている時は違うらしい……。 柔らかな布地をレースのように重ねたナイトドレスは、凛とした喪服姿とは違う無防備な姿。

「私の、お姫様」

 小さな……涙に濡れたような掠れ声。

 ラスティはホリーを連れ、窓が少なく狭い不人気の客間に入り込み、ベッドにそっと寝かせた。

「う~ん」

 小さな呻き声が愛らしくて、顔に触れる髪をそっと避ける。

 鼓動が……早い。

 戦場で駆け回るよりも、重く大きな大剣を振り回すよりも息が乱れ鼓動が早くなる。

 初めて……欲情を覚えた。
 ずっと戦う事だけを追って来たのに。
 ずっと強さを求め続けていたのに。

 カミラは騎士団内で人気で……相手構わず関係を持った。 他の男に甘い声をかけられ、チラリと自分を覗き見ながら、それでも他の男に笑いかける。 揺れる明かりがチカチカと……彼女を輝かせ、彼女を中心に笑いあう声だけが聞こえ……そこから外れた所に一人いる自分が笑われているような気がして、苛立ち、怒りが沸き上がり……カミラに触れる者達への憎しみが沸いた。 命を助け合った仲間だと言うのにだ……。

 追い詰められた私を救ってくれたのが……学生時代の仲間だった……。 彼等は無事に戻さなければ……公爵家のカミラのゴタゴタに巻き込み過ぎた。

 そう……私は彼等を犠牲にしてはいけない。

 だから……。

 カミラを前に恋心と勘違いした気持ちとは全然違う甘く切ない思いに戸惑い、心が揺れる。 自分を軽蔑し睨みつける彼女を思い出せば苦しくて切なくなる。

 そして……こんな風に、性的に、愛欲に、ホリーを見つめる自分を恥じた。

 こんな事ダメだ。

 いや、私は話をしたかっただけなんだ!!
 自分に言い訳をする。

 こんな気持ちになるのは……きっとホリーが私の運命だから。

 話を……。

 そう思いながら、ホリーの髪に触れ口づける。

 ユックリとホリーの瞳が開く。

 人形のような彼女に命が芽吹く。

「ぇ、何……なんで」

 混乱した様子に混ざるラスティへの拒絶。

 ラスティは顔を顰めた。

 好かれたい。
 愛されたい。

「だっ!!(れか、助けて)」

 叫びそうになるホリーの口をラスティは塞いだ。

「シーシーシー。 別に傷をつけよう等と考えてはいない。 ただ、二人で話をしたかった。 それだけなんだ」

 ホリーは頷いて見せた。

 繊細で儚い姿、その瞳に凛々しく厳しい光が宿りラスティを見据える。

「それで」

「まずは、謝らせてくれ」

「何度も謝ってもらっているわ。 私が欲しいのはそんな言葉ではないの。 私は、穏やかに日々を過ごしたい。 それだけ、ソレを邪魔しなければ……あの女を連れて王都に戻って二度と顔を見せないでくれればソレでいい」

「そんな、そんな言葉を聞きたかったわけじゃない!!」

「だけど、ソレが全てよ。 全ては、あなたが、あの女を連れて来た事で始まった。 命を奪おうとした……うっ……」

 獣人の子供達を人の姿にして、獣に戻れないよう薬を焚き、そしてカミラは八つ裂きにした。 痛みを告げる叫び、助けを求める声と瞳……ソレを思い出したホリーは嗚咽交じりに泣きだした。

 泣いた。

「ど、どうした……」

 おろおろとするラスティに、

「あなたのせいよ!! あなたが、あなたが……あんな女を連れて来たから!! だから……獣人の子が沢山殺された。 私への嫌がらせに、私は本当に殺せるんだと見せつけるために子供が殺されたのよ!!」

「ごめん……悪かった……」

 ラスティはソレしか言えなかった。

「ごめん……カミラの罪は償わせよう。 仲間が、彼女の罪を暴いて来た。 私が責任を取って始末する」

「あなた馬鹿なの? 彼女は騎士でしょう? 騎士なら背後に貴族がいるわ。 それも、きっと彼女に相応しい貴族が……だから私は……あの場で彼女に戦いを挑めなかったのよ!! そんな事も分からない訳!!」

「……すまない……」

「謝って欲しい訳じゃない!! 私に許されたいなら馬鹿を治しなさい!!」

「……」

 困った様子で項垂れた。

 母親に認められたくて、騎士の道を歩んだ。
 なのに、結局は母が選んだホリーが正しかった。

 そう思えば膝から力なく崩れ落ちた。

「彼女を捕らえ……罪状と共に王につきだそう……」

「本当に、王の元までたどり着き、あの!! 彼女の罪を明るみにでき罰を受けさせることができるの? 王の前で、あなたとカミラが並んだ時、あなたの味方になってもらえるの?」

「それは……」

 自信が持てなかった。

「なら、どうすると言うんだ……」

「……分からないわ……」

「そうか……なら、私に任せてくれ……全てを終わらせる。 彼女を連れ込んだのは私だ……」

「そう言うところが嫌いだわ……本気で、そう思っているなら黙ってやりなさいよ!! 私にどうされたいの?! どう思われたいの!! 本気で謝罪する気がある訳!!」

 そう言いながら睨むホリーの瞳は、私を嫌い、恐れ、そして……疑っていた。 信用など欠片も無かった。

 真摯に語れば、謝罪をすれば、ホリーは喜んでくれると思っていた。

 だが、違っていた。

 恐怖を、怒りを、嫌悪を……可憐で美しい顔に浮かべ私を拒絶する。

「本当に悪いと思っている!! ずっと……戻らなかった事を後悔している!! 手紙を返さなかった事を悪かったと思っている!! 私は……母に認められたかった……母に認められている君が憎かった……だけど、分かったんだ。 君にあって、君を見つめて……君の言葉を聞いて……私が間違っていたと……」

「そうね……こんな時間に、突然に寝室に訪れると言うのは、色々と間違っていると思うわ」

 ラスティが真剣になるほどに、ホリーは怯えその声は震える。

 怖がらないでくれ!!

「私達は夫婦じゃないか!! 私が言いたいのは……君と言う運命の相手がいたにも拘らず、他の女に目移りした事だ。 私は……過去を謝罪したい。 そして、改めて君との関係をやり直したい」

 運命だと……彼女が理解してくれれば……。

 そのきっかけを与えれば、私の心が一瞬で変わってしまったように、きっと彼女の気持ちも……。

 ラスティは口づけをするように、顔を近づけた。
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