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49.それぞれの環境

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 ゼル達の旅立ちから10日が過ぎた。

「調べるものは、もうないのではありませんか?」

 口調こそ丁寧ではあるが、声色は軽薄。

 視線こそサングラスで隠れているが、ゼルは正直飽き飽きとしていた。 今までヒューバートに与えられた業務でこれほどまで無益だと思ったことはない。 そう考えれば、珍しくもゼルは溜息をこぼした。

 神力が溢れかえり、大地の大半が水に沈んでいる。 視覚できる民は全て獣オチ、いや……獣オチでないものは、生きてはいけない環境が広がっている。 報告すべきことはソレで十分だろうと言うのがゼルの思い。

 自分の行動を考えるのは自分ではなくヒューバートである。

 面倒くさい……。

 ゼルは、アクアースの主神とは異なる水の神の力を借り、外からの認識を、水に混ざり、溶け込むように見えなくし、呼吸を可能とする状態を与え、彼の主神であるところの闇神の力でつくられた闇の帯を2人の腰に巻きつけ引きずり移動している状態である。

 何時ものレオンであれば怒鳴り散らしている無様な扱いであるが、水の神力が強くなるほどにレオンは弱り、最近ではずっと二日酔い状態で大人しく、水の魔法を使えるラフィールもまた踏みしめる大地の無い場所故にゼルに身を任せていた。

「ダメだろう。 ガキの使いじゃあるまいし」

 顔色悪くレオンが言う。

 今、分かっている事を報告すれば、視認できる状況を報告するだけで、それは次期王、次期神官長候補、死神将軍の3人がいて持ち帰る成果としては余りにも情けない。

 とは言え、そんな理由を告げればゼルは馬鹿馬鹿しいと一笑しそれこそ強引に戻りかねないから、レオンは体調不良を理由にゼルをやり過ごす。

「くだらない理由ですね」

 ゼルが言えば、ハーネスをつけ引きずられて散歩しているかのようなかなり情けない恰好のラフィールが感情のままに声をあげた。

「ぼ、く、は!! 理由が知りたいです。 この状況で王は何をし、何を考えているのか!!」

 そう叫ぶラフィールの幼い顔には怒りが露わとなっているが、ゼルは小さくポソリと注意するだけ。

「声が、大きいですよ」

 ゼルが注意すると同時に、どこからともなく半魚人が現れる。 水の中であれば当然、アクアースの民の方が移動は早く、3人がとる方法は気配を消し、状況が通り過ぎるのを待つこと。

 そんな状況は、10日の間何度となく繰り返されており、ラフィールはまたやってしまったとばかりに落ち込んで見せる。 まだ子供だから仕方がないが、子供ゆえの無謀さが面倒を呼び込む前に帰るべきなのでは? と、ゼルは思えて仕方無かった。

 本当に、これを理解することがリエルの理解につながるのでしょうか?

 ジッとゼルに見つめられたラフィールは、唇だけを動かしゼルに向けて謝罪する。

『すみません……』

 ゼルは、ラフィールの謝罪の言葉を見なかったとでもいうように、意味もなく視線を半魚人へと向けた。 ラフィールもつられてゼルの視線を追う。

 水を揺らす振動に出てくる半魚人を、当初は侵入者を排除するための行動だと3人は考えていたが、女性に子供、老人と思われる姿まであり、防衛や戦闘のためではないだろうと結論を出したのは4日前だっただろうか?

 とは言え、普通の人間が水の中で彼等を見ているとなれば、危機意識を持つだろうことは想像にたやすい。

「彼等はいつも何をしているんでしょう?」

 ラフィールの言葉に面倒そうに返すゼル。

「女性相手に彼等と言うのは間違っていますよ」

「そんな細かい事はどうでもいいって」

 疲れたようにレオンが言えば、ゼルは半魚人の薄く動きの少ない唇を読む。 会話自体を読むことは難しいが、同じ単語が繰り返されればそれぐらいは分かる。

「食べ物、がどうとか語っているようですね」

 ゼルの考え込むような呟きにラフィールとレオンが声を揃えて叫んだ。

「「ぁっ……」」

 短いが、ゼルは静かにしろとばかりに眉間を寄せ不快感をあらわにした。 ラフィールは再度謝るが、ゼルにすれば口先だけの謝罪になんの意味があるかと、そろそろ本気でイヤになってきていた。

 あぁ、リエルに会いたい……。

 そんなゼルの変化のない心情とは別に、レオンとラフィールは一つの成果に安堵し喜んでいた。

「ずっとオカシイと思っていたんだ」

「えぇ、どうして今まで気づかなかったんでしょう。 思い込みと言う奴でしょうか?」

「あぁ、少し前まで大地だったことから俺達は、自然とここを海や川ではなく、巨大な水たまりのように認識していたんだ」

 3人は、アクアースの奥へと向かうほどに魚の類がいなくなっていることを、オカシイと認識していなかった。

 なら、半魚人たちは何を食べるのか?

「最初の村で、生魚しか出せないと言われた時に気づくべきでした」

「この地域では、食べるための魚がないと言うことなんですね! ……ところで彼等は、魚以外を食べる事ができるのでしょうか?」

「出来ますよ。 理性を失う魔物オチではなく、獣オチなら自国に居ませんでしたか?」

 ゼルの呆れ交じりの言葉に、ラフィールは困った様子で笑みを浮かべ誤魔化した。 そこはラフィールにとって触れてほしくない部分。 ラフィールの所属するスレープ国は薬神を主神とする国ではあるが、聖女本人が嫌悪するほどの極端な聖女信仰を独自に掲げている国でもあった。

 その狭義の中には『獣オチは落伍者であるため処分せよ』そんな感じのものもある。 だからラフィール自身、獣オチを避ける傾向もあり、獣オチをずっと獣そのものだと認識している節があった。

「そうなんですか」

 ヘラリと誤魔化し笑いながら聞けば、ゼルは荷物から果物、野菜を取り出し漂流物のように流せば、すぐに水の中に流し入れた野菜や果物に半魚人が群がり始めていた。

「ずいぶんと匂いに敏感なようですね」

 ゼルの言葉にレオンは少しばかり気の毒そうな視線を向けた。

「冗談抜きで腹が減っていたみたいだなぁ……」

 陸上で生きる人間の大半は、麦、米、イモ、豆を中心に腹を膨らませ、それに肉、魚、卵、チーズのいずれか、そして野菜を中心としたスープに、口直しの副菜が一般的とされている。 

 だが、水中の人々はすべてを魚で補わなければならない。 他の食べ物が水中で手に入らないのだから仕方がないだろう。

 子供の頃、レオンは獣オチと接していた。 武器の持ち方、使い方を華国でレオンに教えたのは獣オチたちだった。 記憶を手繰り寄せれば……彼等は、食事、衣類、寝床、いつも獣オチたちは常に人と変わらなかった。 恋する相手も自分と同じ獣オチよりも人間の姿をしたものを好んでいた事を思い出す。

 獣オチに馴染んだレオンすら思ってしまうのだ。

「ぞっとするねぇ……」

 そして、言葉にすることなく心の中で同じ言葉を繰り返していた。 目の前に広がる景色は、獣オチ部分を抜きにし、食料難に焦点を絞れば自分達の身に起こる未来なのだ。



 水の国はオカシイ……。

 ラフィールは考える。

 おかしすぎはするが、果物や野菜を奪い合う者達は、庶民なのだ……。 民の大半が獣に落ちる前に国に責任を持つべき王が、どうにかしなかったのか?!

 ラフィールには、今も必死で生きている彼等が生きる屍のように見えている。 だからこそ、国に責任を負うべき王と言う存在に不満を覚えていた。

 ラフィールはボソリと呟く。

「アクアースの王はこの状況をどうするのでしょう。 何を考えているのでしょう」

 レオンが顔を覆いながら返事としては不十分な答えを返した。

「アクアースは、政治と信仰が分けられた地だった……はずだ。 もしかすると、王は何もわからず、何もしろうとはせず、王宮にこもっているのかもしれない」

「そんな!!」

「静かにしてください」

「すみません……ですが、ですが、この状況では民が気の毒過ぎます」

 声は抑えられているがラフィールの感情は荒れたまま、レオンは無言のまま指先で水上を示せば、ゼルは頷き3人の身体を浮上させ、そのまま空中へと浮かんだ。 何もない空中に留まる様は、レオンもラフィールもいつまでたってもなれないが、目に見えずとも足場を準備してもらえるだけマシと言う奴である。

「なんでしょうか?」

 ゼルの声にレオンが宣言する。

「王の状況を確認し、ココでの調査を終わりにしよう」
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