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48.寝物語の意味

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 風呂から上がったヒューバートは、脱衣所に控えていたメイドからバスローブとタオルを受け取り、バスローブを羽織り髪を軽くふく。 リエルもまたバスタオルを受けとり、身体の水分を拭い薄地の寝間着へと着替えていた。

 貴族の中には、それらをメイド達に手伝わせるものが大半であるが、ヒューバートもゼルも聖女も自分のことは自分でする。 奉仕をしたい相手が、その奉仕を拒否するジレンマは他のメイドも同じだろう。

「髪まだ濡れてるぞ」

 リエルの髪をタオルでワシワシ拭うヒューバートにリエルは、もっと優しくと文句を言っている。 こう適度な感じの風で乾かしてとかどうとか……。

 リエルの要求にヒューバートは、笑いながら応じている様子を見れば、メイドは胸がザワザワした。 まるで敬愛する王が汚されているかのような……許しがたい思いが沸き起こる。

 だけれど、2人はメイドの気持ちなどお構いなしに、穏やかで優しい空気を作り出す。

「何か、冷えた飲み物を頼めるか?」

 ヒューバートがメイドに命じるが、それは王自身のためではなく、王の手を煩わせる少女のために王が求めているのだと思えば、苦しかった。 それでもベテランのメイドは深呼吸ほどのわずかの間をおいて口を開いた。

「しばらくお待ちください」

 ハーレムの女達に比べ、自分は特別だと思っていた。 ハーレムの女の代わりにされる女リエルより、自分は優れているし、王の役に立つ、特別な存在だと思っていた。

「ぁ……」

 部屋から出ていくメイドが僅かに漏らす声に、ヒューバートはメイドの背中へと視線を向ける。 だが、メイドは振り返ることなく、仮面ごしに口元を覆っていた。

 王は、長く仕える私をメイドの1人としか認識していない。
 私は全体の1人でしかないのね……。

 メイドは気付いてしまった。



 翌日、ヒューバートは、自分付きのメイドを1人辞めさせることとなる。 それは、メイドにとって初めて自分を全体の中の1人ではなく、個人として認識してもらえていると言う証であった。

 嬉しい……。

 そう思った時には、彼女は長くつけていた彼女の仮面と引き換えに、王家に仕えた年月分の退職金と給料を与えられ、故郷へと送り届けられる。

 メイドは……元メイドは呟く。

「嫉妬に狂うより、これでいい」

 それは、オルグレン城の平凡な日常の一コマである。





 ベッドに横になったヒューバートの腕と体の隙間に、リエルは身体を滑り込ませる。 体の大きさの違いから、ヒューバートの腕は腕枕には良い感じではなく。 リエルはヒューバートに背を向け、彼の太い腕を抱き枕のように抱きしめ眠る態勢をとっていた。

 抱きしめられた腕は、振りほどこうとすればすぐにほどけるのだが別に振りほどく理由もなく、ヒューバートはサワサワと指先の届く範囲にあるリエルの身体をそっと撫でる。

「くすぐったい」

「へいへい」

 文句に軽く受け流し、柔らかなリエルの胸を手のひらの中におさめ優しく揉み撫でてみたが、リエルから苦情がないことにヒューバートは声を出さずに笑っていた。

「好きなのか?」

 くすぐるように、胸の先端を触ればすぐにそこは硬くなる。

「触ってもらうのは、気持ちいから嫌いじゃない」

 その声は少しばかり拗ねた響きを帯びており、ヒューバートはやっぱり笑う。 上を向いて寝ていたヒューバートは背中を向けるリエルの方へと向き直り、背中から包み込むように抱きしめ、滑らかで柔らかな身体を優しく撫でた。

 ほんのわずかな期間だが、リエルは包み込むような態勢になることを怯えていたが、オルグレンの主神との出会いにより上手い具合に神と言うものへの認識を麻痺させ、今は身体を預け眠ることで安堵するまでになっていた。

「リエル」

「何?」

「寝るのか?」

「……」

ヒューバートはリエルの沈黙に、こらえきれず声をだし笑う。

「エッチな事じゃないぞ、ほら、話をしようっていっていただろう?」

「そ、そんなこと覚えているから!! ただ、ちょっと王様の腕の中が気持ちよかっただけで!!」

「はいはい。 それで、どんな話を聞かせてくれるんだい?」

「難しい話は無理だけど、どんな類の話を聞きたい?」

「難しい話は無理なのか……」

 ヒューバートの声には、少しばかり意地悪な音が含まれる。

「リエルが所属していた国は、どのように統治されていたんだ?」

 ちっ、リエルの舌打ちが聞こえ、ヒューバートはまた笑う。

「学校で習ったことぐらいしかしらないから!」

「うんうん」

 楽しそうにヒューバートが頷き。 そしてリエルは話し出す。 日本と言う島国が第二次世界大戦以降どのように統治されていたかを……。

 神の末裔とされる天皇が、神ではなくなり国と民の象徴となったこと。 国は『立法(法を定立)を司る国会』『行政(法を執行)を司る内閣』『司法(憲法と法規を執行)を司る裁判所』により成立される三権分立が採用されていること。 それらにおける相互関係。 他色々。

「……う~~~ん、リエルの住んでいた場所では、学校でそんなことを教えるのか? 子供がそんなことまで知っているのか?」

「そうだねぇ……試験に出るから覚えないといけないね。 ただ、社会に出て役に立つかっていうと、私にはまったく役に立ちませんでしたけどね!!」

胸を張って宣言をすれば、ヒューバートは控えめに笑った。

「その行政とは何をするんだ?」

「う~ん、国を治めるために設置した各省庁が、与えられた役割をこなす?? 国は47の、えっとコッチで言うところの領地に分割され、領地は町や村に分割され、それぞれが国から与えられた役割を果たしているって感じかなぁ? 私が関係あるのは町や村レベルの役人さんだけだったか、余り詳しくは……」

「いやいや、なかなか面白い……。 それでリエルは町の役人さんとどんな話をしていたんだい?」

リエルは、本当に、本当に他愛ない日常を話した。

 自営農家を始め自営業の税申告が面倒臭いとか、米を作るためには許可がいるとか、農作物を書いとるのは国ではなく、農協と呼ばれる専門機関だったけど、意地悪されたとか。 その農協も解体がどうとかって話もでていたとかでていなかったとか(曖昧)。

 ヒューバートにとっては農家が税申告をするのか? なんて、驚いていたが、その表情の見えないリエルは次の瞬間には、町内ではお祭りのために毎月お金を集めており、張り切り屋さんが幹事をしたお祭りの翌年はプレッシャーが強かった等と笑いながら話だす。

 他愛無い話のはずが、個人の能力の幅広さにヒューバートは驚くばかりだった。 そして、リエルは完全に寝落ちるまで、ヒューバートに望まれるままに話し続けていた。



 聖女は、神の奇跡を必要としない農作物の生産に泣き笑っていたが、ヒューバートもその時の聖女と同じ気持ちで声を出すことなく表情を歪め笑っていた。

「俺の至宝」

 リエルを抱きしめるヒューバートの腕は何時も通り優しい。 だが……その意味は大きく変化していた。
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