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18.神の有無による知識と常識の齟齬

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 次々に届く面会依頼。

 依頼内容をチェックした後に宰相は、私にソレを手渡してきた。

「リエルさんがこちらでお預かりしたのが昨日だと言うのに、午前中に8つの面会依頼が来ています」

「……」

 魔導通信を文章化した面会依頼を前に、私は沈黙を保った。

「怖気づく事はありませんよ。 面会の際には護衛としてゼル様、交渉役として私か陛下が同伴する予定となっておりますから」

「いえ……怖気づくと言うか、読めないんですが?」

「「ぇ?」」

 割と何でもお見通しの王様なのに、驚いた顔をされるのはどうかと思う……。 ヤレヤレとどうしてそんな事にも気づかないのでしょうかと肩をすくめて見せれば、苦笑交じりで額を軽く突かれた。

「仕方ありませんよ。 私の生まれた場所は小さな村で、そもそも文字を読める人がいませんでしたから」

「ですが、王太子の婚約者だったのでしょう? 王宮で住まいなさっていたのでしょう?」

「婚約者は与えられた地位で、権力ではありませんでしたからねぇ。 向こうも私に対人的な何かを求めていた訳ではありませんし。 彼等が私に求めたのは贅沢な食事……でしょうか? ずっと畑仕事をしていて勉強する暇はありませんでしたから」

「ですが、畑仕事と言っても豊穣神の加護が無いアナタは、全部手作業な訳でしょう? 資料とか読む機会などなかったのですか?」

「そういうのは、私が読む必要の無いものですから」

 そもそも王宮には書庫はなかったし……、本と言えばイザベラが茶会の場に美しい絵本を持ってきて見せてくれたくらいだろうか?

「では、畑仕事に必要なものを依頼するときは?」

「レギーナ王か、イザベラが顔を出した時にお願いしていました。 それ以外の人に頼むのは、例えソレが伝言であっても握りつぶされていましたし……」

 私に報連相の概念はない!!

「これは……色々と教師を選出しないといけませんね……」

「勉強嫌い、畑をしているだけじゃダメなの?!」

 私が拗ねたように言えば、王様は笑う。

「別に構わないさ。 ただし、助手は数人つけるぞ」

「ぇえ、邪魔……」

「邪魔にならないようにさせよう。 大きな荷物を持つときとかにも便利だし、お使いを頼むことも出来て便利だぞ?」

「それは、そうかもだけど」

「陛下、そのように甘やかされては……他国に示しがつきません」

「リエルは、ゼルの妻として連れてきたんだ。 そもそも世界を重んじて保護してきた訳ではない。 うちは、欲しいモノは奪うという国ということを知らぬ国などなかろうが」

「それは、そうですが……。 流石に神の空白期を前にそういうことを言っていては、オルグレンがいくら戦に長けた国と言えど、本格的に空白期を迎えれば戦力ダウンは否めません。 そこを見計らって、周辺国が連合を組んできた場合、規模によっては我が国とて無事ですむとは言い切れません」

「ソレを何とかするのが宰相の仕事だろう」

 王様が笑う。

「……仕事丸投げにしないでください。 そもそもこの国の人達はなんでも力で解決しようとして!! 加護が失われた際、ここぞとばかりに他国が攻め入ってくる可能性を考えていない!」

 ヒステリックに叫ぶ宰相さん、ストレスが多いらしい。

「ゼルがいるから何とかするだろう」

 そして王様、他力本願だ。

 とは言え、文字は読めなくとも、無駄口の最中も王様はデスクの上にある膨大な書類をチェックし、書き込み、サインをしているのだから、無責任なのは口先だけだろうと思う。

「とりあえず、面会はリエルが国に馴染むまで待ってもらおう……今のままでは、来訪者も得たいと思う情報を得る事が出来ないだろうからな」

「はい」

 宰相が溜息交じりで返事をしていた。

「あと、庭園の管理者の中から、寛容で理解力の高いものを選び、リエルの知識とこの世界の常識の齟齬の理解に努めさせよ。 その間、リエルにはメイド長のアニーと、もう2人威圧用の人選を定めよ」

「威圧用なら……ゼル様がご帰還なさるのを待てばどうですか? ご本人もお喜びになるでしょうし」

「それまでの間だ。 仕事中の俺の側に居続けるのも退屈だろうからな。 せめて本が読めれば退屈もしのげるだろうが……」

「なら、今日は文字を覚えるから、何か教材を貸してください」

「別に無理に覚えずとも、側に人を置けばいい」

「でも、知らないより知った方が良いですし?」



 まぁ、そんな感じで今日は文字の勉強で過ごした訳なのです。



 そして……

「なぜ、私は王様の部屋で寝るんですか?」

「それはな……オマエを狙ってゼルの部屋の周辺に大量のメイド達が沸いていたからだ。 各所に苦情を出してみたが、一時的なもので、こんどは天井裏、床下、壁の中に入りだしていたからな……。 ゼルが戻るまでは俺の側にいるのがいいだろう」

「……それはいいですが……エッチなことはしないでくださいね」

「はいはい、最初はゼルに譲るさ」

「違うから!!」

 楽し気に笑う王様は、結局のところ私にベッドを譲り、自分はソファで寝ると言い出す始末。 体の小さな私がソファの方がいいだろうと、押し問答しているうちに大きなベッドに一緒に寝ることになった。



 

 王様の朝は早い。 日の出前に起きて、騎士団と共に訓練をし、戻ってシャワーを浴びて、お茶をして朝食を待つ間、昨日の城内で起こった事で報告した方が良いと思われたものの報告を受ける。

 なぜ、朝なのか? と聞いたら、寝る前はユックリと自分の時間を取りたいからという答えだった。

 そして、王様の執務室。

 ゼルはまだ戻ってこないため、今日も私は執務室に来ていた。

「城内では、不毛な争いが繰り広げられており、等々流血沙汰に至る案件も発生しました」

 宰相が溜息交じりに呟いた。

「それはまぁ、オルグレンの性だから仕方があるまい。 それで面倒な奴等が共食いをしてくれれば重畳ちょうじょうというもの。 手の者にはこの争いに参加していない者達の名と動向を記しておくように伝えておけ。 事が済めば、空白期を前に国の方針、人事を改める」

「はい」

「で、リエルは散歩にでも行くか? 連れて行ってやるぞ?」

 言い方が、ペットに散歩を告げる飼い主だった。 私は首を横に振る。

「ゼルが帰ってきたら連れて行ってもらうからいい。 それに、私は私で忙しいの」

 神の力は分からないけれど、神を頼れない時期に備えて神を必要としない知識が必要とされていると言うのは、昨日1日で良くわかった。



 正式な加護についての講義は、国政に関わらない教師を招いてから行うと言うことだけれど、うやむやに話をするよりも、私の中の知識をまとめておいた方が、私も説明しやすいと言うものだ。

 何しろ、この世界では私の常識は一切通用しない。 いや、私もこの世界で生まれ、成人として育ちはしたけれど、何しろこの世界の人達との接触が少ないので、いまひとつ当たり前が分からないと言う訳だ。



 この世界の人に農業を伝える場合、どこから語るべきなのでしょう?

 何しろ、この世界で植物を育てるのに必要なのは、環境や栄養、手間暇ではなく加護なのだ。

 加護が強ければ、氷の大地でパイナップルを育てる事ができるし、水の中でジャガイモを泳がせ育てる事だって可能だ。 ようするに加護さえあれば、他は一切気遣いが不要。 種を飢えさえすればメキメキ育つのだ。

 そんな常識が違う相手に、突然に農業を説明しろと言うのも難しいのでは? と思う訳で、私は自分の知識を捻りだしつつ、記憶を整理するという作業を行っていた。

「それは?」

「植物には本来、生育に適した環境と言うものがあるんです。 例えば高い気温では育たないもの。 低い気温では育たないもの。 適した土壌とかですね」

「いえ、その落書きは? と」

「ぇ、あ……えっと、文字は習っていませんが記録は残したいので、その、私だけの独自言語的な?」

 知識の書き出しは、前世の言語で行っていて、私は笑って誤魔化し説明した。

「で、何が書いてあるんだ?」

 王様がわざわざ立って歩み寄ってきた。

「気温、土地の性質の重要性ですね。 植物は地面の質によって育つ植物と育たない植物があるんです。 例えば米や麦は粘土質系の保水性の良い土壌が必要となりますが、瓜系の植物は粘土質土壌では育ちません。 育ち難いのではなく育たないんです」

「へぇ、そういうのがあるんだ?」

「あるんですよ。 同じイモ類でも粘度系土壌では里芋が最も適していますし、ジャガイモもまぁいけます。 だけど砂地を好むサツマイモは粘度系土壌では栽培できません。 コレに加えて好みの気温などもあります。 まぁ、そんな感じで植物リストを作っているんです」

 こう前世の地図を脳内で想像して、各地の特産を思い出す。 例えば北海道の特産であるジャガイモ、トウモロコシ、アスパラ、大豆や小豆などの豆類。

 東北は、やっぱり米!! 里芋、豆類、キノコ、ネギ、大根、白菜などなど。 芋煮が食べたい……。 豆腐!!

「どうした突然に、ぷるぷるして」

「気にしないでください。 記憶の排出に少々不具合が」

 むにむにと頬を触る王様に訴えれば、王様は笑いこういった。

「わかった、甘い菓子でも持ってこらせよう。 燃料切れかもしれない」
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