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5章
53.村人達の新しい日常に私はいないが、昔からそうだった……
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走り寄ってみれば、やはりそこには日常はなかった。
人々の動きはどこかモッサリとしていて、操られた人形のようとも、命数が残り少ない老人のようにも見える。 ブチブチと独り言を言っている様子に近寄って内容を聞けば、労働に対する不満だった。
私は、長く見て見ないふりをしていたラキとフィンを探す。 それに気づいたのだろうかリュウが私を誘導してくれ2人を見つければ、2人は痩せ細った状態で他の者達と同じように畑の収穫をしていた。
『ラキ、フィン……』
直ぐそばまで歩みよる。
以前なら、姿を消していたとしても既に振り返っている距離、なのに2人は振り返ることはない。 細く痩せ細った腕でイモを収穫し、ウットリと微笑みあい、チュッと軽く口づける。
「この仕事を終えたら」
「あぁ、愛し合おう」
そこには2人の世界しかなく、私の事は既に忘れたもののようにされていた。 そっと姿を現し私は呼びかけた。
「ラキ……フィン……」
その瞬間、ラキは悪鬼の表情で土を掘るために使っていた芋ほり用のフォークを投げつけてきた。 4本の刃を持つソレは既に凶器と言えるだろう。 慌てた様子のリュウがソレを受け止め、投げ返そうとしたらしいが、慌てて足元に突き刺した。
「ぁ……リュウ、ありがとう」
ラキは感情的に私に泣き叫んだ。
「なによ!! フィンと私の関係に嫉妬して、邪魔をしに来たわけ!! アンタなんて本当はずっとずっと嫌いだったんだから!! ただ、フィンに嫌われたくないから仲の良いふりをしていただけなのよ!! 早く村から出ていきなさいよ!!」
そうして収穫したイモを投げつけられ、私は走って逃げだした。 走って走って転べば、おやおやと声がかけられる。 多少掠れてはいたが聞き覚えのある声だった。
「村長さん」
「大丈夫ですか?」
優しい笑みと言うには、どこか歪だった。 やせこけた頬に骨と筋ばかりが妙に目立つ身体。 目の下の隈が浮き立つが目だけがギラギラとしていた。
「ぇ、あ、はい……」
差し出された手を大丈夫ですと避けながら私は立ち上がった。
「しばらく顔を見なかったけど、元気にしていたかい?」
奥さんのエバも同様にやせこけた顔で歪んだ笑みを浮かべる。 それでも愛想が良かった。
「シラガミ様は、人生を楽しんでいらっしゃるかな?」
そう言って2人が両サイドを挟むように声をかけてきた。 私は数歩後退り、2人を正面に据えるように不器用な愛想笑いを浮かべながら尋ねた。
「はい、つつがなく過ごさせて頂いております」
「それじゃぁいけない。 人生は楽しまなければ、人に生まれたからには人にしか味わえない快楽と言うものがある。 ソレを知らないと言うのは気の毒というものだ。 私達が教えてあげよう」
それは沈黙よりもいっそう怖い誘いに思えた。
「リュウ……リュウ……」
私は助けを求めるように小さく小さく呼べば、気を使うかのように距離をおいていたリュウが、静かに側に来て肩におりたった。 そんなリュウを抱きしめ、私は走って逃げた。 村長夫婦のブツブツと言う声が背に聞こえる。
「あぁ、シラガミ様がアレではいけない」
「シラガミ様としての御役目を理解されていないようだ」
その声は、どこかにやけた様子があった。
恐ろしかった。 ケガレに犯された人が……ではない。 ラキにも、村長夫婦にもケガレが無かったのだ……。 むしろケガレのためだと言われる方がどれほど救われただろうか?
ケガレとは何?!
ケガレを失っているアノ人達は何?
ケガレを失っても、欲だけが人を支配するの?
何も分からぬまま逃げかえれば、3日後に襲撃というか泥棒が訪れ始める事となった。
村から出ていけ!!
そう、壁一面に木炭で書かれていた。 夕飯の残りのスープやパンが食べられ、鍋が転がっていた。 だけど、それ以上の乱暴はなかった。
次の日も、その次の日も、
居住部分に手出しされなかったのは、幸運と考えていいのだろうか? それとも、ラキは私を追い出したいだけで、危害は加えたくないと思っているのだろうか?
オカシイことに、出ていけと書かれていても、パンやスープをラキが持ち去っていくことに安堵していた。 襲撃は幾日も繰り返され……やがて、他の村人まで訪れるようになり、食料保管庫が襲われるようになった。
そして安堵は無くなった。
ラキの訪れは野生動物を手懐けるような気分だった。 だけど、他の人達まで出入りするとなれば別である。 村長夫婦を思い出せば、急に恐怖を覚え始めた。 食料だけで済むのだろうか? いいや……済むはずない……。 私は小さな物置の片隅でリュウを抱えて丸くなり夜を過ごしはじめる。
人々の動きはどこかモッサリとしていて、操られた人形のようとも、命数が残り少ない老人のようにも見える。 ブチブチと独り言を言っている様子に近寄って内容を聞けば、労働に対する不満だった。
私は、長く見て見ないふりをしていたラキとフィンを探す。 それに気づいたのだろうかリュウが私を誘導してくれ2人を見つければ、2人は痩せ細った状態で他の者達と同じように畑の収穫をしていた。
『ラキ、フィン……』
直ぐそばまで歩みよる。
以前なら、姿を消していたとしても既に振り返っている距離、なのに2人は振り返ることはない。 細く痩せ細った腕でイモを収穫し、ウットリと微笑みあい、チュッと軽く口づける。
「この仕事を終えたら」
「あぁ、愛し合おう」
そこには2人の世界しかなく、私の事は既に忘れたもののようにされていた。 そっと姿を現し私は呼びかけた。
「ラキ……フィン……」
その瞬間、ラキは悪鬼の表情で土を掘るために使っていた芋ほり用のフォークを投げつけてきた。 4本の刃を持つソレは既に凶器と言えるだろう。 慌てた様子のリュウがソレを受け止め、投げ返そうとしたらしいが、慌てて足元に突き刺した。
「ぁ……リュウ、ありがとう」
ラキは感情的に私に泣き叫んだ。
「なによ!! フィンと私の関係に嫉妬して、邪魔をしに来たわけ!! アンタなんて本当はずっとずっと嫌いだったんだから!! ただ、フィンに嫌われたくないから仲の良いふりをしていただけなのよ!! 早く村から出ていきなさいよ!!」
そうして収穫したイモを投げつけられ、私は走って逃げだした。 走って走って転べば、おやおやと声がかけられる。 多少掠れてはいたが聞き覚えのある声だった。
「村長さん」
「大丈夫ですか?」
優しい笑みと言うには、どこか歪だった。 やせこけた頬に骨と筋ばかりが妙に目立つ身体。 目の下の隈が浮き立つが目だけがギラギラとしていた。
「ぇ、あ、はい……」
差し出された手を大丈夫ですと避けながら私は立ち上がった。
「しばらく顔を見なかったけど、元気にしていたかい?」
奥さんのエバも同様にやせこけた顔で歪んだ笑みを浮かべる。 それでも愛想が良かった。
「シラガミ様は、人生を楽しんでいらっしゃるかな?」
そう言って2人が両サイドを挟むように声をかけてきた。 私は数歩後退り、2人を正面に据えるように不器用な愛想笑いを浮かべながら尋ねた。
「はい、つつがなく過ごさせて頂いております」
「それじゃぁいけない。 人生は楽しまなければ、人に生まれたからには人にしか味わえない快楽と言うものがある。 ソレを知らないと言うのは気の毒というものだ。 私達が教えてあげよう」
それは沈黙よりもいっそう怖い誘いに思えた。
「リュウ……リュウ……」
私は助けを求めるように小さく小さく呼べば、気を使うかのように距離をおいていたリュウが、静かに側に来て肩におりたった。 そんなリュウを抱きしめ、私は走って逃げた。 村長夫婦のブツブツと言う声が背に聞こえる。
「あぁ、シラガミ様がアレではいけない」
「シラガミ様としての御役目を理解されていないようだ」
その声は、どこかにやけた様子があった。
恐ろしかった。 ケガレに犯された人が……ではない。 ラキにも、村長夫婦にもケガレが無かったのだ……。 むしろケガレのためだと言われる方がどれほど救われただろうか?
ケガレとは何?!
ケガレを失っているアノ人達は何?
ケガレを失っても、欲だけが人を支配するの?
何も分からぬまま逃げかえれば、3日後に襲撃というか泥棒が訪れ始める事となった。
村から出ていけ!!
そう、壁一面に木炭で書かれていた。 夕飯の残りのスープやパンが食べられ、鍋が転がっていた。 だけど、それ以上の乱暴はなかった。
次の日も、その次の日も、
居住部分に手出しされなかったのは、幸運と考えていいのだろうか? それとも、ラキは私を追い出したいだけで、危害は加えたくないと思っているのだろうか?
オカシイことに、出ていけと書かれていても、パンやスープをラキが持ち去っていくことに安堵していた。 襲撃は幾日も繰り返され……やがて、他の村人まで訪れるようになり、食料保管庫が襲われるようになった。
そして安堵は無くなった。
ラキの訪れは野生動物を手懐けるような気分だった。 だけど、他の人達まで出入りするとなれば別である。 村長夫婦を思い出せば、急に恐怖を覚え始めた。 食料だけで済むのだろうか? いいや……済むはずない……。 私は小さな物置の片隅でリュウを抱えて丸くなり夜を過ごしはじめる。
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