上 下
20 / 21

20.完結

しおりを挟む
 貴族達の、その好奇な視線に気づいたミモザ王女は、怪訝な表情を浮かべた。

 何が起こっていますの?

 ミモザ王女はシシリーが誰かを認識していない。 彼女にとって庶民の娘など、自分に尽くして当然で、覚えておく必要のない存在だから。

 側にいる侍女に、何かあったのかと聞けど、

「異常事態の報告はありませんし、自分には問題は感じられません」

 なら、やはりコレが原因ですね。
 そう考えれば、ニヤリと笑っていた。

 ずっと自分よりも華やかな恰好をしている目の前の少女が許せなかった。 バラデュール伯爵は見目の良い男ではないが、守ってくる存在がいる少女に嫉妬していた。

 なぜ、私の悲しみを理解して、守ろうとしてくれる者はいないの!!

 ミモザ王女は、歪んだ微笑みをシシリーへと向けたと思えば、慈悲深く彼女の非礼を指摘した。

「バラデュール伯爵、アナタも伯爵と言う地位にあるなら、パートナーとして連れ歩く女性の身なりには注意を向けるべきではありませんか? 今日の茶会の趣旨は御存じでして? 主役であるはずの女主人を差し置いて、このような華美なドレスを着るなど許されることではありませんわ。 客人方もビックリしていらっしゃるではありませんか」

「彼女の恰好は、許されないものでしょうか?」

 バラデュール伯爵は、彼らしくないおどけた様子で、困ったなぁと表情で表しながら、周囲に聞かせるように少し大き目な声で語った。 

「当然ですとも!! 伯爵の地位にあるものが、そのような非常識を理解できないなんて、前伯爵が早逝したとはいえありえませんわ。 トゥルネン公爵夫人はアナタに貴族社会での常識を教えはしませんでしたの?」

「そんなことはありませんよ。 彼女はとても厳しい方ですから。 ですが、まぁ……許されるのではないかなぁ……そう思ったんですよ。 そうですか……ダメでしたか」

「当り前ですわ!! ホストが脇役となり、客人を盛り立てるための茶会であれば問題ありません。 ですが、今日は特別の日なのですよ? 周囲を見回してみてください。 誰もその娘のような華美な恰好はしておりませんでしょう?! どなたも、アナタ方の非常識に唖然とされているではありませんか」

 もし、オラール家の執事がいれば、ミモザを制するなり、バラデュール伯爵に退席を願うなりしただろう。 だが、執事は今、この茶会を前日まで知らされていなかったディディエをなだめ、すかし、茶会のホストとして場に立たせようと必死になっている最中だった。

 もし、この家の使用人が側にいれば、怯えながらもシシリーの存在を伝えたかもしれない。 だが今の屋敷は王家の使用人が仕切っており、この屋敷の使用人の大半が、姿を見せる事を禁じられていた。

「なるほど……確かに、驚かれているようですね」

 クスッとバラデュール伯爵は嫌味っぽく笑った。 側にいる少女は怯えた様子でバラデュール伯爵を頼っており、ソレはバラデュール伯爵を張り切らせるには十分だった。

「シシリー、良かったですね」

 そう、優しくバラデュール伯爵は自分を頼る少女に優しく告げれば、ミモザ王女はギョッとした表情をする。
 
 ミモザ王女は、今も以前もシシリーのドレスにのみ注意を払い、シシリーを見ていなかった。バラデュール伯爵が連れている娘をシシリーとして、今日のホストであることを認識していなかったのだ。

 周囲の視線の意味を知った。

 考えなければ!!

「何も持たぬ私を哀れむことなく、子を亡くし失望している私に寄り添うことなく、冷酷な態度を続け、嘆くディディエの声に会心も見せず、ずっと顔すら見せなかった癖に、なぜ、今日なのですか!! なぜ、私の邪魔をするのですか!! なぜ、アナタは幸福を掴もうとする私を邪魔しようとするのですか……」

 可哀そうな私とばかりに、涙を流しシシリーを罵倒し、そのドレスにつかみかかろうとすれば、バラデュール伯爵は盾となるようにシシリーを背にかばった。

「全ては私の配慮不足。 申し訳ありません殿下。 シシリーはしきりに婚約は成立していないのだと、ミモザ王女殿下が、オラール伯爵の側にいるのは決して間違いではないのだと訴えていたのですが、招待状を見て、オラール伯爵に恥をかかせてはいけないと、シシリーを連れてきたのです。 すべては私が間違っていた。 ですよね……」

 口元は笑っていたが、瞳が狩りを前にする獣のようにミモザ王女を捉えていた。

「ぇ、いえ、その……これでも、私はディディエと、シシリーの婚姻を応援しておりますのよ?」

 ミモザ王女の視線が泳ぐ。

 ここで逃げてしまうような男など、いくら見栄えが良くてももはや興味はない。 装飾品を愛でる余裕は、余裕があってこそ生まれる趣味だ。

「庶民の娘に恥をかかせまいという、ミモザ王女殿下の優しさ胸が熱くなる思いです。 ですが、オラール伯爵はどれほど婚約が成立していないと訴えても、シシリーとの間に婚約を結びたいとはおっしゃることはありませんでした」

 手紙のやり取りは、ミモザ王女が行いオラール伯爵には届いていなかった。 嘆きも言い訳も罵倒も全てミモザの演出だ。

「バラデュール伯爵、もういいのです。 当然のことなのです。 ……ディディエ様は、ミモザ王女殿下を深く愛していらっしゃるのですから、愛する方が手に届く場所にいると言うのに、私などと婚約を正式にかわそうなどと思うはずございません」

「シシリー……」

「ディディエ様にはミモザ王女殿下が、ミモザ王女殿下にはディディエ様が必要なのです。 私のためを思い、事を荒立てる事はお辞めください。 だって……もし、私がこの場の主役でしたら、このように周囲の方は祝福してくださることはなかったでしょう。 それに、私には貴族の方々を前に、ミモザ王女殿下のように立派に立ち振る舞う事ができるはずないのですから」

「そう、かもしれない。 だが、俺は……、シシリーが俺の家族になってくれるなら、そんな不安を絶対に抱かせない。 俺がシシリーへの愛を伝えることをためらったばかりに、苦労をさせ悲しませた。 シシリーの婚約が成立しておらず、オラール伯爵が真に愛すべき方を手にした今なら言える。 シシリー俺の妻になってくれ……あぁ、急がなければ、また奪われてしまうと思い焦ってしまったが……返事は直ぐでなくていい。 俺が、シシリーを愛しているのだと言うことだけを覚えていて欲しい」

 少々演技がかてはいるが、情熱的な告白に周囲は唖然とした。

「お騒がせし申し訳ない。 できるなら、オラール伯爵と王女殿下の恋を応援すると同じように、俺の長く切ない片思いを応援してくれるとありがたい」

 唖然としているうちに、バラデュール伯爵は周囲に向けて丁寧に頭を下げ、シシリーを連れてその場を逃げるように去っていった。



 貴族婦人、令嬢達は情熱的な愛の告白に黄色い悲鳴を上げた。 人相が悪い、怖いと誰も近寄ることがなかったが、こうなると妙に恰好良く見えるのだから、バラデュール伯爵にアピールの1つもしてこなかったことを後悔する令嬢達が、ハンカチを噛んだ。

 ミモザは、今の状況がどういうことなのか、思考が追い付いていなかった。 1つだけ理解できたのは、シシリーの父であるドナ・モルコとの関係は完全に途切れたと言うことぐらいである。

 そして、茶会は……予定通り開催された。

 貴族達にとっては、もともとミモザ王女殿下の機嫌とりでしかなく、この混乱は退屈で不快な茶会のスパイスとして楽しめたと喜ぶほどであった。 だが、そんな下心を貴族達は綺麗に隠し、最初からミモザ王女殿下のため茶会であったと当たり前のように、ミモザ王女殿下の苦労をねぎらい、その優しさを褒め称え、子を亡くした悲しみを慰めた。

 どんなに優しくされても、美味しいところだけをつまみ食いしようとしていたミモザの当ては外れた事には変わりなく、どれほど贈り物が山積みにされても、茶会を楽しむことが出来なくなっていた





 馬車に戻り、逃げるように馬車を走らせ2人はバラデュール伯爵邸へと向かう。

「申し訳ございません」

 シシリーの心からの謝罪にバラデュール伯爵は憮然とした。

「何がだ?」

「……あのような場所で……その……私の立場を守り助けるためにあのような発言をさせて……」

 泣きそうな顔で言うシシリーの唇に、バラデュール伯爵は指先で触れ、それ以上語る事を邪魔した。

「謝る必要はない。 オマエは、さっき言っていたように、もっと優しくしてほしいと、甘やかして欲しいと言えばいいんだ。 まぁ、出来ればその……好意も一緒に向けてくれれば、俺は嬉しく思うが……、俺の気持ちに嘘偽りはない……から……」

「えっと……」

「だから、俺に妻となって欲しいと言っているんだ。 こんなゴタゴタの後だ、すぐに返事をくれとは言わない。 だが、その、頑張った分……謝るのではなく、こう、少しでも好意を持ってくれると嬉しい」

「その……」

「な、なにも言わなくていいからな!! そう、そうだ……時々、食事を一緒に、いや、茶でいい、一緒に茶をする時間を」

「あの、エミールお兄さま、いえ……エミール様」

 名を呼ぶだけで恥ずかしそうにするシシリーを見れば、バラデュール伯爵も恥ずかしくなり言葉をとめた。

「ぁ、え、あぁ」

「私は、その、子供のころからエミール様のことを好いていましたよ。 意地悪ですけど」

「だから、優しくすると言っている」

「はい、ただ……これが恋に代わるまで、もう少しお時間をいただけますか?」

 知り合って長いが、今からかと思えばバラデュール伯爵は自信が持てず苦笑した。

「恋に、変わるのだろうか? そうなってくれると嬉しいんだが……」

 切なく指先でシシリーの頬にそっと触れれば、シシリーの頬が赤く染まるのを見て、バラデュール伯爵は嬉しそうに表情を崩した。

 シシリーの表情は、恋する少女のソレに見えたから。



 2人が、恋仲となるまでそう多くの時間を必要としなかったが、婚約の契約を交わし、ソレを世間に発表するには少しばかり時間がかかったと言えるだろう。

 だが、その仲睦ましさは社交界で噂となり、シシリーのドレスは恋のオマジナイとなる的な新しいジンクスが生まれ、シシリーは公私ともに幸せな人生を送るのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

旦那様はとても一途です。

りつ
恋愛
 私ではなくて、他のご令嬢にね。 ※「小説家になろう」にも掲載しています

婚約破棄目当てで行きずりの人と一晩過ごしたら、何故か隣で婚約者が眠ってた……

木野ダック
恋愛
メティシアは婚約者ーー第二王子・ユリウスの女たらし振りに頭を悩ませていた。舞踏会では自分を差し置いて他の令嬢とばかり踊っているし、彼の隣に女性がいなかったことがない。メティシアが話し掛けようとしたって、ユリウスは平等にとメティシアを後回しにするのである。メティシアは暫くの間、耐えていた。例え、他の男と関わるなと理不尽な言い付けをされたとしても我慢をしていた。けれど、ユリウスが楽しそうに踊り狂う中飛ばしてきたウインクにより、メティシアの堪忍袋の緒が切れた。もう無理!そうだ、婚約破棄しよう!とはいえ相手は王族だ。そう簡単には婚約破棄できまい。ならばーー貞操を捨ててやろう!そんなわけで、メティシアはユリウスとの婚約破棄目当てに仮面舞踏会へ、行きずりの相手と一晩を共にするのであった。けど、あれ?なんで貴方が隣にいるの⁉︎

お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。 私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。 やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。 そう自由……自由になるはずだったのに…… ※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です ※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません ※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります

【完結】わたしはお飾りの妻らしい。  〜16歳で継母になりました〜

たろ
恋愛
結婚して半年。 わたしはこの家には必要がない。 政略結婚。 愛は何処にもない。 要らないわたしを家から追い出したくて無理矢理結婚させたお義母様。 お義母様のご機嫌を悪くさせたくなくて、わたしを嫁に出したお父様。 とりあえず「嫁」という立場が欲しかった旦那様。 そうしてわたしは旦那様の「嫁」になった。 旦那様には愛する人がいる。 わたしはお飾りの妻。 せっかくのんびり暮らすのだから、好きなことだけさせてもらいますね。

【完結】妹にあげるわ。

たろ
恋愛
なんでも欲しがる妹。だったら要らないからあげるわ。 婚約者だったケリーと妹のキャサリンが我が家で逢瀬をしていた時、妹の紅茶の味がおかしかった。 それだけでわたしが殺そうとしたと両親に責められた。 いやいやわたし出かけていたから!知らないわ。 それに婚約は半年前に解消しているのよ!書類すら見ていないのね?お父様。 なんでも欲しがる妹。可愛い妹が大切な両親。 浮気症のケリーなんて喜んで妹にあげるわ。ついでにわたしのドレスも宝石もどうぞ。 家を追い出されて意気揚々と一人で暮らし始めたアリスティア。 もともと家を出る計画を立てていたので、ここから幸せに………と思ったらまた妹がやってきて、今度はアリスティアの今の生活を欲しがった。 だったら、この生活もあげるわ。 だけどね、キャサリン……わたしの本当に愛する人たちだけはあげられないの。 キャサリン達に痛い目に遭わせて……アリスティアは幸せになります!

いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。 令嬢から。子息から。婚約者の王子から。 それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。 そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。 「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」 その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。 「ああ、気持ち悪い」 「お黙りなさい! この泥棒猫が!」 「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」 飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。 謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。 ――出てくる令嬢、全員悪人。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

【完結】あなたに従う必要がないのに、命令なんて聞くわけないでしょう。当然でしょう?

チカフジ ユキ
恋愛
伯爵令嬢のアメルは、公爵令嬢である従姉のリディアに使用人のように扱われていた。 そんなアメルは、様々な理由から十五の頃に海を挟んだ大国アーバント帝国へ留学する。 約一年後、リディアから離れ友人にも恵まれ日々を暮らしていたそこに、従姉が留学してくると知る。 しかし、アメルは以前とは違いリディアに対して毅然と立ち向かう。 もう、リディアに従う必要がどこにもなかったから。 リディアは知らなかった。 自分の立場が自国でどうなっているのかを。

処理中です...