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19.傍観者はどんな修羅場も楽しめる

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 オラール伯爵邸で行われる婚前披露のための茶会。

 予定されていた開始時刻直前になって、何処か得意そうに愛らしい少女を美しく着飾りエスコートする青年が現れた。

 バラデュール伯爵である。

 人々は、最後の来訪者ということもあり、自然とその2人に視線を向けた。

「王女殿下を差し置いてあの恰好。 あれるわよ」
「でも、可愛らしいわ。 どこの工房のドレスかしら?」

 折角の茶会も、ミモザがいては彼女に気遣ったドレスを選ばなければいけないことに、ご婦人、令嬢達は少なからず不満を覚えており、ミモザを挑発するようなドレスを着た女性に興味を持たずにはいられなかった。

「でも、あの方……シシリーでは?」

 当たり前のように、人々はミモザが仕切る茶会を受け入れていて、ようやくこの茶会の異質さに騒めいた。

「そういえば、オラール伯爵もいらっしゃいませんわ」
「今まで気づいていなかったのですか!」
「ミモザ様が余りにも堂々としていらっしゃるから」

 そう言って1人の令嬢が誤魔化せば、視線を背ける人達も多くみられた。

「いつも、ご一緒でしたのに、どうされたのかしら?」

 年配のご婦人達は、視線を合わせる。 もし、シシリーと婚姻した後であっても、夫人たちはオラール伯爵とミモザ王女が並び、数歩控えた場所にシシリーがいたとしても、なんの違和感も覚えなかっただろう。

 それほどまで、オラール伯爵とミモザ王女が社交の場に連れ立って歩くのは当たり前と言う印象を持っていたのだ。

 貴族の者達にとって、そこにミモザ王女がいるなら、ミモザ王女が仕切るのは当然のこと。 だが、いるべきはずのオラール伯爵がいないと言うのに、控えるべきと周囲が認識しているシシリーが、主役よろしく愛らしいドレスでやってきたのだ。

 周囲は騒めいた。

 年配のご婦人達は、身の程知らずと囁いた。
 年若い令嬢達は、貴族青年のプロデュースによって美しく飾り立て、エスコートして現れる物語のワンシーンのような状況に、ヒッソリと憧れの視線を向けていた。

 今までのようにご婦人達相手ではなく、愛らしさの残る令嬢達のドレスも手掛けたいと考えていたシシリーにとっては、成功を収めたと言っても良いだろう。

 様々な思いが入り混じった騒めきが、会場をにぎわしていたが、客人達は一斉に声を飲みこむことになる。

 悪鬼のような表情を露わにするミモザ王女に気づいたのだ。

 それでも、ミモザ王女は、怒りを抑えていたのだ。 大きな深呼吸で、頬が、鼻がぴくぴくしていたが、冷静に対応をしはじめる。

「ようこそおいでになられました。 バラデュール伯爵」

 そう声をかけた時、使用人が駆け寄ってくる、幾度となく繰り返されるその光景は、受け取った客人からの贈り物を伝えにくる伝令役。 そんな伝令役を請け負っていた使用人は、シシリーを確認して顔色悪く立ち止まった。

 ミモザ王女が、最近はドナ・モルコを標的とし、使用人達を使いにだしていること。 ミモザ王女と主であるオラール伯爵の関係がギコチナイこと。 それでも『真実の愛』と感動的に世間に広めたのは自分達であり、シシリーに対して罪悪感を抱いていたのだ。

 ミモザ王女の側にいた王宮務めの侍女が、使用人にバラデュール伯爵が何を土産として持ってきたか告げるようにと急き立てる。

 オラール伯爵家は貧乏だ。

 使用人の大半がオラール領の民であり、彼等の支援によって質素ながら生活がなりたっていた。 当然、このような盛大な茶会に対応できる訳もなく、ミモザ王女はお世話になっているお礼をオラール伯爵にしたいから等と言う理由をつけて、国王陛下に使用人の派遣を頼み込んだのだ。

「ぁ、はい……立派な白馬を土産としてお持ちいただきました」

 ボソリと告げれば、ミモザの腹立ちは少しだけ収まったように見えた。 だが、貴族達は少しずつ距離をおく。 巻き添えを食らわない距離まで、声が聞こえる距離をキープしつつ、そろりそろりと移動していた。

「お招きいただきありがとうございます。 ご招待して頂いた主催者の方にもご挨拶を差し上げたいのですが? ドチラにいらっしゃるのでしょうか?」

 貴族の誰もがミモザ王女の采配で行う茶会と知っているのだから、あえて招待主の2人がいないことを、ミモザ王女の機嫌を損ねる覚悟でたずねようとする者はいなかった。

 異常な状況ではあるが、この国の階級社会はこういうもので、むしろ今までミモザ王女を貴族達が無視していた事の方が異常だったのだ。

「ディディエは、今朝から気分が悪いと寝込んでしまいましたのよ。 昔から大舞台が苦手な方なのです。 ご存じでしょう? 少しでも改善がみられたなら、挨拶だけでもするように伝えているのですが、お見苦しいところをお見せしてゴメンナサイねぇ」

 そう言いながらもミモザ王女の視線はシシリーを気にし続けていた。 何かを言おうと口を開こうとすれば、バラデュール伯爵がソレを下げぎった。

「そうそう、贈り物は馬をご所望とありましたが、とても美しい真珠を手に入れたので、そちらもお持ちいたしました。 未加工ではありますが、当方にお任せいただければ、オラール伯爵の挙式までには、新郎新婦揃いの装飾品として加工できるでしょう」

 告げながらバラデュール伯爵は、大粒の美しい真珠が12粒並んだ宝石箱をミモザ王女に見せつけた。

「なんて、なんて、美しい……」

 ほぉと溜息をつく。

「えぇ、美しくも品がよく、きっとシシリーが作ったウェディングドレスに似合うはずですよ」

「心遣い、感謝いたしますわ」

 真珠を前に、一度はミモザ王女の機嫌が完全に回復し、 とても良い笑顔で真珠を受け取ろうとすれば、バラデュール伯爵はミモザ王女に手渡すことなく真珠の並んだ箱を閉ざす。

「戻り次第、我が家お抱えの装飾デザイナーにデザインを数点あげさせることにしましょう」

 ミモザ王女は名残惜しそうに真珠を視線で追いながら、虚ろな口調で返事をする。

「ぇ、あぁ、そうね……確かに、専属のデザイナーを持つバラデュール伯爵にお願いした方がよろしいですわね」

 客人達は首を傾げた。

 婚前披露の場を、ミモザ王女が仕切り、贈り物も当然ミモザ王女宛てなのだと誰も疑問を覚えなかったが、ではこの場合あの真珠は王女の手元に行くのか? それともオラール伯爵夫婦の元に行くのか?

 人々はソワソワし始める。

 表面化しない争いが見えるような気がしたからだ。 

 シシリーがミモザ王女を傷つけぬために、トゥルネン公爵家が預かり監視していると周知されているのにシシリーを連れてきて大丈夫なのか? と、もしかすると、バラデュール伯爵はシシリーが行うミモザ王女暗殺に手助けをしようとしているのではないか? とまで、囁かれだす。

 だが……誰もその場を静止しようとするものは無い。

 誰も責任を負いたくなどないのだ。

 だから、無知な客人として、関係ないものとして、興味深く、楽しみにすら思いながら貴族達は、様子を見守っていた。
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