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14.大げさすぎるアピールだと思っていたけれど……

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 父への警告を残し馬車へと戻れば、そこには私の兄である『アトリ』が待っていた。

「王女殿下がお戻りとは本当か?」

 兄はバラデュール伯爵に詰め寄る。

 挨拶や、妹の安否よりもそっちですか!! そんな思いもありましたが、公爵夫人が「しー」と人差し指を立てながら私を公爵夫人の馬車へと誘導してきた。

「何か重要なお話があるのでしょう。 大人しく2人の話が終わるのを待つのも淑女としてのたしなみですよ」

 公爵夫人が私を穏やかにたしなめる。

「はい……」

 私が静かに頷けば、公爵夫人は静かに笑う。

「ごめんなさいね」

 公爵夫人が突然の言葉に驚き、私は訳の分からぬままに首を横に振りながら。

「いいえ、公爵夫人が謝る事では」

 そう告げたのだが、公爵夫人の中では兄のことは既に過去になっており、

「これからお食事に向かうでしょう? その余り美味しくはないお店ですけど、がっかりしないでね? ソレもコレもあの子がアナタのためを思ってのことなの。 口が悪いし、態度も悪いけれど、アナタの不利益になるようなことはしないわ」

 と、公爵夫人は語りだし、その語りはドンドンと甥自慢へと発展していく。 私は、伯爵と兄の話し合いが終わるまで周辺をグルグルと周回しながら、延々とバラデュール伯爵凄い話を聞かされ続けたのだった。



 やがて伯爵と兄の話も終え、兄を下ろした伯爵は私達と合流し食事に向かうために、馬車を走らせた。

「兄は、どうしてあのように切羽詰まっていたのですか?」

 父母、親族はオラール伯爵家との縁組を喜んでいたけれど、兄だけは違っていたのを思い出す。

「昔、ミモザ様に、振り回されていたんだ。 内容は言い出すときりがないが……そうだなぁ……オマエの婚姻道具をすべて奪っていったのと感覚的には似ているな。 ミモザ様は自身に宣伝効果があるとお思いになっているが、実際には違うと言うことだよ」

 苦笑交じりにバラデュール伯爵は答えた。



 こういう事らしい。

 ミモザ様は

『人々は私に憧れるから、私のマネをしたがる』

 そう考えているが、誰もがミモザ様と同じものを持ち、同じものを食べ、同じものを着るなど出来るはずがない。 ドレスであればミモザ様風に寄せることで価格を抑え令嬢達が購入することもできるが、実際のところミモザ様ブームは架空のものだったそうだ。

「考えてみるといい。 ミモザ様の人気が流行を作ると言うなら、妖精工房などの独自路線を行く工房は路線変更か閉鎖へと追いやられただろう。 だが、妖精工房は過去も今も人気ブランドの1つだ。 では、逆にミモザ様の人気を利用した工房はどうだ?」

 職人達の集まりで語られる過去の流行には、ミモザ様が着たとされるドレスが話にのぼることはなく、そして彼女の専属と言われた工房は他のブランドに吸収されなくなってしまっている。

「ようするにだ……ミモザ様のご機嫌をとるために、他の貴族達も苦労をしていたと言う訳だ。 何しろズイブンと癇癪の多い人だったからな。 嘘をつき貶める、暴力も振るう。 親である国王夫婦は分かってはいなかっただろうが……、彼女の婚姻は体裁の良い追放だったんだ」

 バラデュール伯爵の発言にトゥルネン公爵夫人が苦笑した。

 ミモザ様に関わる者達は大きく2つに分かれる。

 1つは、付き従う事で美味しい思いをした者。
 1つは、搾取され人生が狂わされた者。

 人生を狂わされるのは、大抵は貴族の記憶にも残らない下々の者達だったそうだ。

「でも、家が大損をしたと言う話は聞いたことがありませんよ? もし、そういう経験があれば幾ら父であっても、潔く損失を諦めるでしょうし」

「当時、被害にあっていたのは商売ではなく、オマエの兄のアトリ自身だったからだ」

 今でこそオッサンになった兄だけれど、昔は父顔負けの美少年だったらしい。 いや、父が美少年と言うのが自分で言っていてもオカシイとは思うのですが、ミモザ様は当時、自らの力を誇示するために、好みの美少年を傍らに置き従えたのだと言う。

「それで兄は?」

「あぁ、ドナ殿の出方次第では、店の品々まで搾り取られる事となるだろうから、信用できる人間に新しい店を出店させ事業を今のうちに移行させたいと言う話だった。 ドナ殿が私的財産の範囲で下手をするのは勝手だが、従業員や下請けの生活を脅かすわけにはいかないとな。 まぁ、共同事業と言う……何、耳を塞いでいるんだ?」

「いえ、流石にそこまで来ると、父と兄の事ではありますが、商売に関わること、業務上まったくのかかわりのない私が聞いてよい話ではないと……」

 返事をするのを見て、バラデュール伯爵は笑っていた。

「シッカリと、聞こえているじゃないか」

「……まぁ、そうなんですが……、ミモザ様ってワガママで身勝手、迷惑な方だなと思っていましたが、私の想像をはるかに超えていました……」

 今の私の立場を考えれば、恐怖でしかない。

「心配するな。 大人しく側にいるなら守ってやるよ」

 そうバラデュール伯爵が優しく私に微笑めば、トゥルネン公爵夫人は窓の外を眺めていた。 ガラスに映る公爵夫人の顔が妙にニヤニヤしているが、それもきっと知らないことにした方が良いのだろうと気づかないふりを私は通した。



 そして、私達はレストランへと到着した。

 そこは、料理の味は今一つと有名な店で、決して公爵夫人ともあるような方が顔を出すような店ではない。

 価格はお手頃で、特殊爵位をもらう以前の私でも出入りが出来るような店。 ただし防犯と雰囲気維持のため庶民は貴族数人の推薦があって初めて出入りが許される。 以前の私は、暇を見つけてはデザートタイムにこの店に訪れていたのだ。 本当に頻繁にきていた……。

 美味しいからではない。

 何しろ、味は微妙と有名な店ですからね。



 扉を潜れば、美しい音楽が奏でられていた。

 最近の流行の音楽、流行のテーブル、流行の食器、全てが流行のもので揃えられている。 味は悪いが流行を知りたければ、この店に来ると良いと言われ、貴族達の出会いの場、社交の場としても使われている。

「あら、この音楽、今はやりの歌劇、花に濡れてのクライマックスに演奏されている曲だわ」

 公爵夫人が言えば、バラデュール伯爵はうんざりとした顔でいう。

「花が何を濡らすと言うんですか、それとも夜の隠喩ですか」

 なんて言うものだから、密かに公爵夫人に蹴られていた。

 伯爵は店の入り口に立つ品の良い老紳士に名を告げ、個室を予約していた者だと告げる。

「お待ちしておりましたバラデュール伯爵。 ただいまご案内いたします」

 ちなみに……あくまでも社交の場であるため、個室と言っても密会とばかりに隠れて個室に向かうのではなく、人々が集まるフロアを横断させられる。 うちにはこんな客が個室を使っているんだぞと店側の宣伝として使われるため、爵位が上であるほどに料理の質が上がり、価格は下がると聞いていたが、ソレは事実ではなくやはり料理はおいしくなった……。

 ザワリと店の客の気配が揺れた。

 貴族の人々が、トゥルネン公爵夫人とバラデュール伯爵の姿に騒めき、思わず席を立つものまで出る始末。 聞こえる声の大半が、なぜあのような方々が? と言うものだ。 2人であれば流行や出会いを求めるためのこの店に来る必要性がないのだから、そう言われるのも当然だ。

 それに、料理もおいしくないですし……。

 そして次に、私へと注目が向けられた。

「あの者は、どこの令嬢だ?」
「見たことがありませんね」
「デビュー前でしょうか?」
「妖精工房のドレスよね」
「妖精工房がドレスを下ろす相手なら、上級貴族の娘では?」
「いや、あのような令嬢は見たことが無いぞ?」
「バラデュール伯爵の良い人と言うことですの?」

 流石に私は焦った。

「伯爵……あの、変な噂が……申し訳ありません」

「問題ない」

「あら、噂を広めるために、この店を選んだんだから気にしなくていいのよ」

 公爵夫人がコロコロと笑って見せる。

 バラデュール伯爵は私との噂を広めるためにこの店を選んだのだと言う話だ。 だが、世間的にはオラール伯爵の婚約者として認識されているため、不貞と言う噂を流さないようにと公爵夫人に同行を願ったのだと言う。 なんだか申し訳ないばかりだ……ドレスの1着や2着で恩を返せるでしょうか?

 そしてその後、バラデュール伯爵は料理を運びに来る給仕の耳に入るように色々と会話を盛り上げた。

 ミモザ様の出現で私は傷つき、気落ちしている。
 バラデュール伯爵は、幼馴染の私を案じている。
 身の程をわきまえなかったと私が、反省している。

 だから、バラデュール伯爵は、心無い噂で私が今以上に傷つくことが無いよう、トゥルネン公爵夫人に私を預けたいと言う内容の話を、給仕にアピールし続けたのだ。 少しばかり演技過剰、脚色マシマシで、どうなのだろうか? と不安すら感じたのですが……。

 翌日には、オラール伯爵家の使用人達によって『1度はひきさかれた愛し合う2人の話』が、麗しくも美しく語られ始め、味が今一つの店でその噂はあっと言う間に広がった。

 そして、その物語の中で私は、2人の仲を邪魔する嫉妬深い悪女として物語を盛り上げているそうだが、バラデュール伯爵による行き過ぎとも言えるシシリー可哀そうアピールによって、上手くかき消されているのだと言う。



 私の人生を救ってくれたバラデュール伯爵に感謝を……。
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