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2章 青年期

53.望まない面会

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 公園を通り抜け歩いて行けば、大きな身体、長い足をした体格の良い男がユックリと歩いている様子に、ぶつかりそうになって始めて気付いた人々は「うぉっ」と小声を出し避けて行く様子に私は笑う。

「パパ背景」

「なんだ、それは?」

「威圧感がない? 景色と一体化している? 大きいのにね」

「日常的に威圧して回れば、庶民に迷惑をかける。 獣だってそんな馬鹿な事はせん」

「パパ、ジュース買って!」

 袖を掴み屋台を指させば、それを引き離して頭をポムっと軽く撫でる。 別にジュースを飲みたいのではないが、この大きな手が最近のお気に入りになっている。

「食事を前に辞めておくんだ」

「あら、私は味が知りたいの、残りを飲むのはパパの役目よ」

 言われて少し唖然としている顔を見て私は笑う。

「冗談よ」

 そういうのは本当のパパでもしなかった。 行商人の娘であっても、食料が他国からの強奪によって賄われていたのだから、日々飢えに耐えた生活をしていたと言って良い。

「豊かになったよね」

 私がポソリと言えば、心情等全く理解していないだろうけど、同意の言葉が返された。

「そうだな」

 何か言えば返事をくれる様子に、私はヘラリと笑ってしまった。 もっと小さな頃に会いたかった。 もし、あの時出会ったのがセシル殿下ではなく、ゼノン殿下だったならパパ騎士の側で大人になり今とは全然違った状況となっていたのかもしれない。 なんて考えてしまう。

 出来るなら、彼の将来は守ってあげたいものだ。

「おや、良かったよ。 もしかして今日は来ないかと焦っていたんだ」

 そう声をかけてきたのは不動産屋さんの御夫人。

 食堂へは、公園から大通りに出て200mほど、まだまだ距離があるがどこか慌てた様子の御夫人が速足で寄ってきた。 急ぐ理由など無い私は、歩調を変える事無く歩いて行くが、向こうは駆け足で近寄り、ぜぇぜぇと域まで乱していて、その様子に不安を覚えてしまう。

「何かあったんですか?」

 お偉い人との面談予定が決まったぐらいでココまで慌てる事はないだろう。

「まさか!! 鍋が爆発したとか?!」

 一定以上の圧力は抜けるようにしてあるが、想像もしない使い方をする可能性だってない訳もない。 洗濯機でペットを洗い、レンジで乾燥させ、メーカーに謝罪と賠償を求めた人間を前世耳にしたことがある。

「いやいや、そんなんじゃない。 まさか、まさかの、お偉いさん自身が直接、今日、やってきたんだよ」

「急ですね。 心の準備が出来ていないのですが」

 オロオロとしながらパパ騎士を見れば、

「いや、俺は同席出来ない……無理だ」

 そりゃぁ、そうだ。 一応パパ騎士は、あの紺騎士では珍しい正統派の騎士であり、貴族出身なのだから、そのお偉いさんと面識がある事だって考えられる。 移住が制限されている身元不明の魔法使いと親子ごっこをしているとなれば、事情説明を求められるのは、事実関係を理解していないパパ騎士の方だろう。

「パパは部屋に戻っていていいよ。 パパのような大きい人は相手をビックリさせてしまって、話し合いが上手く行かない可能性だって出てくるかもだからね」

 私は笑って見せた。

「いくら話が下手だと言っても、同席ぐらいした方がいいんじゃないのかい?」

 薄情だねと御夫人の視線が語っていた。

「不愛想なパパがいて、相手の機嫌を損ねるのは遠慮したいもの。 なら、可愛いチェリーちゃんがニコニコしている方がいいでしょう?」

 箱庭から出てから使っている偽名が、チェリー・ターナ―と名乗っている。 前世の名前、田中サクラから流用した名前だ。

「だけど、お嬢さんだけだと色んな質問に答えられないだろう? 相手は長期休暇を取られる前に、会っておきたいと急ぎ時間を作ってくださったんだ。 なら、一度に話を済ませて差し上げる方が印象も良くなるってもんだ。 これは特例で移住を可能とする最初で最後のチャンスなんだよ」

 真剣な顔で告げられれば、歩きながら少しばかり話を逸らしつつ、パパ騎士に撤退するように隠れ手を小さくふって見せた。

「印象と言えば、こんな格好で失礼にならないかな」

「それを言うなら、私だってこんな格好さね」

 ようするに庶民的な普段着って事だ。 そしてチラリと視線を周囲に巡らせ、パパ騎士が消えた事を確認し、歩く速度を遅くした。

「少し心の準備をしたいのだけど。 頭の中の整理というか?」

「今の時点でズイブンと待たせているんだよ。 あぁ、もう、本当に、何処の宿に居るか聞いておけば良かったよ」

「ちなみにどれ程?」

「もう30分程待たせている」

 移動手段が限られているこの世界、30分程待ったなんてのは待つうちに入らない。 だから通常は予定を入れるし、予定を入れていないなら会えない覚悟をしておくものではないだろうか?

 待ち合わせの経験など8年前の殿下との面会待ち以来無いが、あの時は数か月単位で待たされたのだから。

「お偉いさんって勝手だわ」

「チェリー!! なんてことを言うんだい! いったいどういう教育をして……」

 御夫人の視線が背後に向けられれば、軽い悲鳴が上げられた。

「アンタのような若い娘が、話しできるような相手ではないんだよ!! あぁ、もう、これだけは覚えておきなさい!! 友達感覚で馴れ馴れしく話しかけない! 相手は王族の血も引く公爵家の御令嬢なんだからね!!」

 ちょっとぞっとした。
 公爵家というのもそうだが、御夫人の変貌ぶりに。

「公爵令嬢……ですか……馴れ馴れしく友達扱いですって? むしろ、今この場から逃げ出したい気分ですよ」

 そう言った瞬間に腕が掴まれる。

「いらしていただいているんだから、そういう訳にはいかないからね」

 ですよねぇ……。 まぁ、王族との伝手が欲しい私としては、チャンスであるが……公爵令嬢と聞けば、今は嫌な予見も同時に脳裏を過ると言うものだ。

 エミリア・ルンダール公爵令嬢。 セシル殿下の正妻となる噂のある人だ。

 まぁいいか……。 もし、そうだったら適当言って逃げよう。

 そうでないなら、えぇ、そうでない方が確立が高いんだから。 怯える必要なんてないよね。

 術式を、今から見せる人にどれだけの高く見せつけるか。 調理場の節約は、煮炊きの時間を減らしても暖房程の節約にはならない。 けれど1年中煮炊きは行われるものだし年間で考えれば大きな節約となる。 それに、火を使う時間が減れば夏場の暑さの負担も減る。

 そんなことを考えていれば、ズリズリと私は御夫人に引きずるようにされていた。

「覚悟を決めな」

「エミリア様を何時まで待たせるつもりか!! 急げ!!」

 厳しい声が掛けられた。
 まだ年若いキリッとした男の声。

 視線を向ければ、急げと言われているにも関わらず、足を止めてしまった。 知っている人間ではないが……男は赤銅色の騎士服を着ていた。

 そして、今、エミリア様って言った?
 私は頭を抱え座り込みたくなるのを我慢した。

「早くしないか!!」

 手が延ばされれば、反射的に身構えて数歩下がる。

「お止めなさい。 庶民の娘を脅かしてどうするのですか!!」

 叱咤する女性の声に視線を向けようとすれば、

「オマエごときが、直視していい方ではない!!」

 そう怒鳴られた。

 どないしろというんだ!!

 こう騎士に怒鳴られたら、庶民的心情で言えば逃げ出してもオカシクないよね?
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