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51.満員御礼

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「ランディ!!」

 シアは両手でその大きな顔を押し退け叫ぶ勢いのまま、シアは自分の精神の間からランディを追い出した。



 そして本来の世界に戻り、目を開ければ、大きな黒い獣は金色の瞳を開けシアを見つめていた。

 むくりと身体を起こした獣は、すぐ目の前にいるシアに飛び掛かろうとする。

「がうっ♡」

 ドンッと凄い音を立てながら、黒い大きな獣は床に伏した。

 私の首根っこを掴み、軽々とアズと王妃の方向に放り投げ、そしてジルはそのままランディの首根っこを掴み床に叩きつけたのだ。 長い眠りから起きたばかりの獣はふらふらと目を回し……そしてシアは慌てるアズと王妃によって受け止められた。 戦闘力が無いと言っても小柄なシアを受け止めるぐらいは余裕なのだ。

「よぉ、チビ助。 自分が誰か分かっているか?」

 低い威圧的な声で、獣を睨みつけるジル。



 シアは思った。 ジルって、私の事をチビって言うけど……ただ口癖だっただけ?! こんな大きな生物相手にもチビって言うなんて。 少し感覚がオカシイのかしら? 等とどうでもいい事が気になる程度には混乱していた。



 ランディはと言えば、抑え込まれた首を中心に身体全体を伏せてジルに逆らう様子はない。 それでも、目元や口元は何処か不満そうに見えたのだけど……気のせいだろうと思う。

 だって、尻尾がぴったんぴったん嬉しそうに揺れているから。

「よ~し、いい子だチビ助」

 ジルはランディの首元から力を抜き、大きな頭を撫でた。

「本当はもっとユックリ眠らせてやるつもりだったが、残念ながらそういう訳にはいかなくなった。 国が侵略されている状況だ」

 ランディの耳がピクッと動き、視線が鋭く光る。

 そしてジルは説明を続けるのだが、ソレは状況を理解していない私に向かっての言葉であったのかもしれない。

 襲ってきているのは、ドロテアを姫と讃えていた戦士達だけではなく、この地を国と定める以前のギルモアの民と同じく、流浪を繰り返す人獣達の群れ。 それも群れが複数集まっている状態なのだと言う。

 何故、ソレを王様達が理解したかと言うと、幾度となく戦い殺し合う関係だったから。 そして今は変わらず流浪し続けながらも疲弊する彼等に支援を行っていたから。

「恩を仇で返すなんて……」

 シアが腹立たし気に言う。

「チビっ子、野生の人獣なんてそんなもんだ。 だが、そうさせないために、強さを見せつけ、手を差し出し、支援を行っていたんだが……なぁ。 まぁ、今更言っても仕方がない」

 シアに向けられたジルの視線は、もう一度ランディへと向かう。

「でだ、寝起きの所悪いが、今、城にある主要戦力は、隠居の爺さん達、兄貴、ヴィズだ。 どうにも戦況は不利とと言うものだ」

「がうがうがうぐあがうがう」

 何か必死に話しているが……うん、わかりません。 私はジルの背に話しかける。

「あの、宜しければ言葉をつかえるようにしても構いませんか?」

「……あぁ、頼む。 賢者殿」

 チビッ子やら、賢者殿やら忙しい人だと……少しばかり皮肉気に心の中で思いながら、目の前のランディに話しかけた。

「元!! 旦那様……。 私達の関係は決して良いものではありませんが、噛みつかないでくださいね」

 シアの言葉に、ランディの耳と尻尾、瞳がシュンとして見え……そしてコクリと頷いた。

 シアはユックリとランディ……黒い獣に近寄り、額と額をくっつけ言の葉の魔法を使う。 ラースとは口づけだったけど……多少魔法として難しくなったとしてもランディと同じ事をする気に等なれなかったから、額同士を触れ合わせた。

「俺が戦う。 戦わなければ……」

 ソレがランディの最初の言葉で、話の途中でランディの頭上に拳骨が落とされる。

「今回の敵には……ドロテアも含まれている。 そして相手の目的はオマエだチビ助。 正直、オマエがドロテアに尻尾を振ってコチラに噛みついてこられたら面倒でしかない。 それとも、今すぐドロテアの元に駆け付けるか?」

「そんな事をしない!! 俺は、知ったから……」

 ボロボロと泣き出す黒く大きな獣に、ジルは大きな溜息をついた。

「オマエは、本当に泣き虫だなぁ……。 戦うのは俺に任せろ、こうやってやすやす俺に抑え込まれているオマエが戦場に出てどうする。 今回のオマエの役目は奪う事じゃない。 自分とシアを守る事だ」

「ちょっと待って!!」

 アズと王妃様は?! そう声にしようとすればアズに抱きしめられた。

「優先順位と言うものよ。 覚悟は出来ているわ。 ソレに……敵がここに来るならあのバカは死んだって事……。 彼を一人あの世に行かせるなんて出来ないわ。 周囲に迷惑をかけてしまうから」

 そう言ってアズは笑って見せた。 王妃様も頷いて見せる。

「そんなのは……イヤ。 なら、私が戦うわ!!」

「「「「そんな事、させられるはずない(でしょう)!!」」」」

 全員に叫ばれ……。

「賢者には賢者の戦い方……いいえ、戦いから逃げる方法があるのよ。 絶対的な勝利って奴を見せてあげるわ」





 そして……数分後。

 彼方此方に散らばる(部族ごとの)主要と思われる戦力を中心にバタバタと倒れ出していた。 それらは数秒後には、呑気に盛大なイビキをかきはじめる。 誰だ?! と避ける者はいない。 何しろ指示を出せるものは全員眠りについたのだから。



 私と、私を抱えている王様、そして護衛として側に居たジルの3人は、城壁の上から人々を見下ろしていた。

 ホッ吐息をついた……。

「まさか眠りの魔法とは」

 王様が言う。

「確かにコレなら戦う必要はない……なんだったんだ、俺達の焦りは……」

 気が抜けたとばかりにジルは苦笑いをして見せた。

 王様は改めてシアに向かって優しい微笑みを向け、こう言うのだ。

「流石、私の天使殿です。 感謝致します」

「私は、私の居場所を守っただけだもの……」

 拗ねた風に言うのは、私を除け者にした事をやっぱり怒っているからで、王様は困ったなぁ~と苦笑交じりに表情を緩めながらも、主要戦力の近くまで走り回っていた王様とジルの速さについてくることが出来ず、遅れて追ってきた部下達に指示を出す。

「主戦力は眠りについた。 逃げ出すような者達はそのまま逃がしなさい。 この数を面倒見るのは御免被ると言うものです。 主戦力となる者、代表者、力の強い者は、檻に詰め込んでおきなさい」

「入りきらないと思いますが……」

「無理やりにでも入れて置きなさい。 彼等の頑強さに耐えられる檻が足りませんからね」

 主戦力だけでも数十人はいるのだから1人1人を個別に入れるだけの檻等あるはずない。 なら、いっそ立てて入れるか重ねて入れるかと言うもの。 やがて、どのグループが1つの檻に大量に詰め込めるか? 等と競争を始めていたが……遊び心は大切だと言うものだ。

「平和だねぇ……」

 私は凍った声で呟いた。

 私の耳には、私を愛おしいと、大切だと語った同じ声で醜い言葉を発するのが聞こえたから。 身体は眠りの魔法の支配を受け身動きが取れなくなっていても、叫び続ける歪な存在。

 それはドロテアとドーラ、2人の姿が重なり合い、混ざり合い、溶け合うように見え、とても不快で、気持ち悪い……。

「この卑怯者!! 正々堂々と戦え!! 戦争を、血の匂いを忘れた人獣の王等、王の価値などない!!」

 その声は、叫びでありながら、奇妙に人の心を揺さぶる甘さと弱さがあり……若い戦士達は動揺を露わにしていた。
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