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43.愛していると言って欲しい

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 腐敗の病。

 人獣は生命力が強く……腐敗し嫌悪され屈辱を受ける期間は人間よりも随分と長い。 たった1人がかかっても多くのものがそれを見る事となり恐怖を煽る。

 もし、ソレが性的行為により感染すると知られれば? 過去……別の部族ではあるが、病の原因を突き止め発表した事があった。 その結果……彼等は繁殖行為をやめ滅亡したのだ。 だから何代か前の長が、腐敗の病を『呪い』としたのだ。

 彼等、彼女達はなんらかの呪われる行為をしたのだと、曖昧に不貞を咎めただけだった。

「腐敗の病の事を言っているのか?!」

 一人の老戦士が、興奮したかのような状態で問いかけて来た。
 ビクッと怯えるシアを、ラースは抱きしめ守る。 何に怯えているかもわからないまま。

「よ~しよし、俺がいるから大丈夫だぞぉ~」

 全然わかってない!!

 と言う突っ込みは四方からあるが、声に出す者はいなかった。

「はい、シアは優秀な賢者です。 もしやと思ったんですよね。 彼女が言うには……」

 そうしてセグは、原因の究明をした人物をシアとして語りだした。 長く王族で事実を隠蔽していたと知られれば大変な事になるのは目に見えたから。

「呪いではなく、腐敗病は賢者様にとっては治療可能の病なのだと言う話でした」

「では、是非……我が子を!! 我が子は当主でありながら、腐敗病の兆候が見え始めていると言う話がありました!!」

「ただで、と言うわけにはいきません」

 最も幼いセグが言えば怒り出した。

「俺達は、国のために命を捧げていた戦士だぞ!!」

 ヴィズが、セグに下がるようにと手で下がらせた。

「病の原因は不貞行為です」

 ヴィズは言い、そして見下すように続けた。

「ツガイとなった相手への裏切りが病の原因となれば、それは自業自得と言うものでしょう。 賢者殿が、なぜ、その知恵と力を振るわなければいけないのです?」

「だが!!」

「大きな声を出さないで下さい。 小さく、カヨワイ賢者殿が怯えてしまいます」

 そう語るヴィズの背後では、ラースがひたすらシアをイイ子イイ子と撫でていた。 昨日の夜の仕返しのように。

「では、どうすれば!!」

 そう老戦士達が迫って来れば、ヴィズとセグは視線を合わせた。

「文明化への完全降伏、そして一族一丸となって働く事です」
「そう、そう、従わなければ……兄さんが、シア様連れて逃げちゃいますよ!!」

 セグがお茶目に笑って見せた。

 コレで力と権力を持つ者は陥落したと言っていいだろう。

 脇ではラースが不機嫌そうなシアの頭をナデナデと撫で転がしながら謝るのだ。

「ごめんなぁ~、シアの力を利用する形になってしまって」

 不貞腐れたシアは、ラースの腕の中で言うのだ……。

「別にいいですけど。 今日もサービスしてくださいよ」

「……」

 周囲に誤解を与えそうな言葉に息を飲んだラースはこう考えなおすのだ。

 どうせ、早いか遅いかだ……まっ、いっか。

「今日も尽くさせて頂きましょう」

 情けないと言う声もちらほらあるが、多くの時間を戦場で過ごし、家や一族を女性達に守ってもらっていた前当主達は、むしろ安泰だと座った瞳で苦笑うのだった。

 その後、酒宴が行われ、園で育てられた豚が解体され振る舞われ、野菜が調理され、提供され……それを見守るようにシアとラースは王城へと戻るのだった。





 専用の屋敷に戻ったのは夕暮れ時。

 ラースが王様に報告している中、私はと言えば園で貰った肉と玉ねぎを使い豚丼を作っていた。 豚丼に合わせるのは、贅沢にハマグリの吸い物。 ハマグリの吸い物が食べたくて贅沢にも賢者仲間に魔法で送ってもらった。 代わりに砂糖と果物の砂糖漬けを送ったら、他の子達の噂になったらしくて、ひそかなぶつぶつ交換が行われている。

 そう言えば……砂糖漬けと、ぬか漬けを交換だと言ってきた子がいたなぁ……。 等価に納得いかないってかなり言い合いになった。

 食事は、なぜか報告に行ったはずのラースが、王様と共に帰ってきた。 もともとラースが沢山食べるだろうと思って多めに作ったから問題はないんだけど。

 話は食事の準備を終えた頃に止められた。 折角の美味しい食事を、薄汚い話で台無しにしたくないとかどうとか……。

 過保護かな?

「天使殿は料理上手ですね」

「ありがとうございます」

「どうでしたか?」

「思った以上に規模が大きくなっていて驚きました」

「人獣は、人から進化したと言われています。 ならば殺しや略奪を本能としている訳ではない……と、私は考えているんです。 その結果が出たとなれば……とても、嬉しい」

 穏やかに語る王様の声は、耳を擽ってくる。

「役に立てたなら何よりです。 ソレが神から与えられた使命なのですから」

「ところで、砂糖や果物以外の生産も考えて頂けないだろうか?」

「でも、砂糖が取れる地域は限定されていて、今、賢者仲間と個人的に砂糖や砂糖漬けを交換しているのですが、結構需要が見込めそうなんですよ。 これを国家間の取引に持って行こうと考えているのですが、ダメですか?」

 そう言えば王様は心から困りながらも笑って見せた。

「なるほど……それは、なかなか大変そうだ。 天使殿」

「はい」

「しばらく、私が他の王との交渉に負けぬよう。 教育をつけて下さいませんか?」

 確かにそれは必要で……小さく私が頷けば。

「その間は、天使殿の護衛も私が引き受ける。 ラースには別の仕事を頼もう」

「ちょっと待て!! どさくさに紛れて人の嫁を奪うな」

「奪ってはいない。 教師役を頼んだだけだ。 何しろ私は知恵が浅いのでな」

 けっとラースは唾を吐くようなふりをする。

「行儀が悪いよラース」

「良いんだよ。 体裁を保っているだけで所詮オヤジも獣だ」

 初対面の時から、そんな様子を見た事は無くて首を傾げ王様を見ればクスッと笑われてしまった。



 色々と話をし……王様は戻って行った。

 風呂に入り、そして私は……入れ違いで風呂に入ったラースを待つ。 扉の前で正座をしながら。

 扉の前で……一度立ち止まったラースは、僅かな間を持って扉を開いた。

「サービス」

「と、突然だな」

「今日は色々頑張ったんだから!! モフモフさせろよぉ~~!!」

「なんて、こったい」

 駄々っ子状態の私にラースは頭を抱えながら部屋に入り、扉をしめた。 遠くから……人の身ではわからない感情が向けられているのに気付き、微かに笑い振り返りながら……。



 扉を閉め、明かりが消されると同時にラースは獣の姿をとるのを待ってシアが抱き着いた。

 ホッとする……少なくともこの姿のラースは、他の誰の者でもないと安心できるから。 日増しに毛並みが良くなるラースの首筋に顔を突っ込んだシアが、ラースの背中を撫でれば、口元をモゴモゴさせながらラースはなごなごって鳴きそうになるのを耐えながら、じりじりと身体をずらそうとしていた。

 毛並みから顔を僅かに上げ、目線だけをラースに向けた。

「な、なに?」

 困った様子で聞きながら、すぐにでも口づけできそうな距離にある顔と顔から逃げるように、頭が逸らせるから……何の影響もないふりをしながら、ラースがドロテアに心奪われているのでは? と不安に思うのだ。

「私の事、好き?」

 本気の質問に……ラースは思わず驚いたが……潤む瞳で見つめられ、首を伸ばすようにラースはシアの首に首元を摺り寄せ、頬を撫で合わせ、耳元で囁くのだ。

「とうぜん……愛しているとも」
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