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39.表と裏 03

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「それより、何の用だ? 用が無いなら行くぞ。 俺は忙しいんだ。 何の目的も無く他者を見下し悦に入って満足しているようなオマエとは違うんでね」

 ラースは、見下し、馬鹿にし、嘲笑うようにドロテアに言う。

「何よ、一体どうしたって言うの!! ランディ、アナタおかしいわ。」

 縋るように近づけば、

「臭いから近寄るなと言っている。 アンタの匂いをプンプンさせて、俺は俺の大切な人に近寄りたくない」

 ラースランディの言葉に、ドロテアはふらふらと足をふらつかせ、床に四つん這いになった。

 胸の中にぽっかりと穴が開き、それが無限に続くかのような……不安感。 ランディは王子ではあるけれど、戦う以外の権力は一切与えられていなかった。 それを存在するかのように見せていたのはドロテアだ。

 今までだって、何も無かった。
 あるように見せつけていただけ。

 何があると言うの。
 私は……何時だって一人だった。
 独りぼっちだった。

 呼吸が荒く乱れていた。
 とめどなく涙が流れていた。

 人と一緒にいても何時だって一人だった。 そう一人だった。 それでも私は人に影響を与える事ができる。 だから大丈夫、そう、大丈夫。 大丈夫なの……。

 繰り返し自分に言い聞かせても、深い暗闇に堕ちるような絶望が襲った。 助けて……そう言いたかったが、言えるはずがなかった。 私が……下になる訳にはいかない……。

 見上げれば、冷ややかな視線が向けられていた。 情の欠片もない……視線。



 ランディとドロテアの関係を、ラースは父親である王から聞いていた。

 シアがランディの妻になりたいと求めて来た時。 その子は違う……王は、そう言おうとしたが……戸惑いを覚えた。

 殺しと略奪から脱却できるプランを提示されたから。

 王は深く迷い、悩み……そしてラースに連絡を取ってきた。

 正直腹立たしかった。

 俺のシアをランディに宛がおうと僅かでも考えた父にではない。 獣でしかない俺に何ができるのかと!! 何もできるはずがない!! 俺が選ばれるはずがない!!

 獣の俺が約束の相手だと告げてどうなると言うんだ。 それに……勘違いとは言え、ランディに好意が向けられるなら……アイツも救われるかもしれない。 だが……俺に知らせずに進めて欲しかった……。

 無力感にシバラク動けなくなったのは仕方がない事だろう。



 諸悪の根源。
 願いを邪魔した女。

 良く思えるはず等ない。

 ランディの好む服を着るだけで変装等と言うオヤジに馬鹿げていると思っていたが、本当に区別がつかない事に呆れた。

 殺すだけなら、それこそ指一本でも殺せるだろう。

 だが、ランディが眠りについた今、何かの邪魔だからと急ぎ排除する程の理由も無い。 もし、彼女を排除するのなら……俺達ではなく、コイツに誑かされているだろう若者達の家族が殺すのが正しい。

 この世は、必要があるから殺すのだ、恨みで殺すべきではない。 俺達は獣なのだから……。

 だが……弟の受けた屈辱は返させてもらおう。



 無言のまま……
 そう嫌悪と侮蔑、嘲りを込めて見ていたはずだったんだ。

 なんなんだ、コイツは……。



 相手を脅威だと考えていないなら、それは情熱的に見つめあっている睨み合っていると思うのかもしれない。

 視線を交わす意味が、違っていた。
 ドロテアは胸が痛むのを感じた。

 ラースランディは初めて自分を正面から見てくれた。 快楽を求めるための機嫌取りでもなく、空っぽの自分を補うためでもなく、自分の心で私自身を真っすぐと見据えてくれた。

 これこそが運命……。

 とても強い感情だわ。

 愛と憎しみは表裏一体と聞いたことがある。

 彼は愛を憎しみと勘違いしているだけ。
 彼は、人との交流が少ない。
 誤解があっても仕方がないわ。

 絶望から、一転、ドロテアの頭の中は希望に満ち溢れ……醜く歪んだ笑みでラースランディを見つめる。

「ねぇ、私達は誰よりもお互いを必要としていた。 私達の絆を忘れた訳!! 私達は何時だって一緒だった!! お互いを支え合った。 なぜ、分からないの!!」

 ドロテアは血の流れる手で顔を覆い、ヒステリックに叫んだ。 涙と血が混ざり、赤色が褐色の肌に流れる。 血の涙を流しているかのようだった。

「私達は、魂の双子だったじゃない!!」

 ラースランディに訴えれば、ドロテアの双子と言う言葉にラースは切れそうになり、ソレを必死に抑えながら薄ら笑いで誤魔化した。

 ドロテアの鼓動が早くなっていた。

 ランディがこれほど熱のこもった瞳で自分を見つめた事はあるだろうか? イライラするほど頼りない存在が……逞しく頼りがいのある男に見えた。

「アナタは……変わってしまったのね。 でも、私はソレを受け入れるわ。 アナタが成長したと言うならソレは喜ぶべきものよね。 ねぇ……アナタを変えたのは何? アナタの心にいるのは……私よね?」

 甘えるように、手を伸ばし分厚く鍛えられた胸板に触れようとすれば、スルリと身を反らし視線の先はアズとヴィズと共にいるシアへと向けた。

「俺を変えたのは彼女だ」

 その声だけで、ドロテアの肌は泡立つように鳥肌が走る。

「あんな余所者の何がいいのに……彼女は獣ではない。 獣の共感性がない。 分かり合えない相手なのよ!!」

「オマエが言っただろう。 魂の伴侶だと。 俺にとってソレは彼女だ。 余所者だなんて関係ない。 獣ではないからこそ、差別意識なく俺を受け入れる。 共感性が無ければ会話すればいい」

「あり得ないわ!! 私達の絆をわすれたの!!」

 縋るようにラースランディの腕にドロテアは縋りつこうとした。 が、僅かなに高まる威圧的気配、侮蔑の瞳に、ドロテアは怖気づき数歩下がる。

「私が、誰か分からない訳?!」

「分かるとも……支配的な糞女だ」

「酷い!! アナタが支配を望んだのよ!! なんでもかんでも私にどうすればいいと聞いて来て、何時だって不安がって、だから支配してあげたんじゃない!!」

「雑魚に支配されれば、自分が低能になるって気づいたんだよ」

「ふざけないでよ!! 私がどれだけアナタに尽くしたと言うのよ!!」

 拒絶されればされるほど……魅力的に感じ……強い雄に対する劣情を覚えるドロテアは、目をうるませ、ラースランディの頬を撫でようと手を伸ばす。

「腐った血の匂いが……する。 オマエ……何人の子を殺した?」

「へっ?」

「気づかない訳ないよな? あぁ、戦場で好きなように男と身体を交わし、それで戦場に出て……子をダメにしていたのか……。 そりゃぁ、血も腐って腐臭がする訳だ。 臭くて仕方がない。 だが、シアがコッチを気にしている以上、ココで殺す訳にはいかない。 シアの目の前でオマエと何処かに行くなどあり得ない。 欠片でも誤解をされたくないからな」

「おかしな話ね。 私が殺した数より……アナタが殺した数の方が多いのよ。 誤解も何もないわ。 本当に私を嫌うなら、今すぐ私を殺しなさい」

 ラースランディはもうドロテアを振り返る事無くシアへと手を振り、そして……ラースランディはドロテアを置き去りにシアの元に戻って行く。

「やっぱり、彼は私を愛している」

 それは確信だった。
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