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38.表と裏 02

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 男は、ドロテアを観察していた。

 踏み込み過ぎれば、どんな人間であれ情は移る。
 ドロテアは愚かで惨めな救いようのない馬鹿女だ。

 だからこそ、哀れだ……。
 いや、コレは身体を重ねたから……か……。

 失敗した。
 割り切れ俺。

 アレはオヤジともオヤジの知人とも関係を持っていた女だ。

 そんな事を思いながら男が見ているのは、ドロテアがどれほどランディが自分達にとって重要なのかと言う演説だった。

「彼は優しかった!! ずっと、私達のために戦い続けた!! 私達の先頭に立ち、誰よりも危険に立ち向かい、私達のために戦った!! その間、王族達は何をしていた、戦う私達を蔑ろにし、置き去りにし、生き方を勝手に変えて押し付けて来た。 ランディなら、ずっと私達に寄り添い共にあったランディなら分かってくれるはず。 だから、彼を取り戻さなければいけない!!」

 おぉおおおおおお!!

 歓声が上がる。

 ろくでもない……。
 一度文明と触れ合ってみればいい。

 男は頭を心の中で頭を抱えていた。





 ドロテアは夜を待つ事なんて出来なかった。

 夜になれば、またシアと共に夜を過ごすかもしれない……。 そう思えば耐えられなかった。 ドロテアは彼女を支持する若者達に、逃亡方法の準備を命じて自らが王城へと出向いた。

 大丈夫。

 私は、ランディにとって特別だから。

 広大な敷地の中で、ドロテアはランディを探していた。
 そんな彼の元に訪れたのは、ドロテアの観察者を気取る男。

「シア様は、今日はサトウキビ畑、果物園の見学を行われるそうです。 ランディ様もソレに同行されるそうですので……今日は諦めになった方がよろしいかと思いますが?」

 男が言えば、

「丁度良いわ……。 どっちが愛されているか分からせてやる」

 そう言うだろうとは思っていたと男は溜息をついた。

「では、騒ぎを起こす事無くランディ様と出会えるようセッティングします」

「そんなもの必要はないわ。 この間は、私の指示が曖昧だったのがいけなかったの。 今度はちゃんとするわ。 そもそもオカシイのよ……別れた者同士が一緒にいるなんて」

 男は眉間を寄せながら告げる。

「ランディ様には、王様とシア様が掲げる計画を伝えて貰うためにも、何時でも王城に戻れる環境を作っておくべきではありませんか? 王様が俺達を敵だと認識してしまえば終わり……情報は大切ですよ」

 撤退時間違ってはいけない。
 いや、本当ならもう撤退するべきだ。

 ドロテアの宣戦布告は彼女の終わりを意味している。 それを言えば、ランディ様が王になれば帳消しだといって聞かないのだから……話にならない。 だが、なぜ王様が彼女の処分に乗り出ないのか?

 考えられるのは、決断を王子達に任せているか?
 ……反対勢力が結集されるのを待っているか。

 ゾワリとした。

 貴族達の情報を集めれば、昨日シア様を攫おうとした連中は殺され、その死体が送り届けられたと騒ぎになっていた。 弱肉強食の世界だ……今回脅された貴族達は大人しく従うだろう。 最小限の犠牲で歴戦の戦士達を抑え込もうとしているのか?

 男の思考を、ドロテアが閉ざした。

「分かったわ……ランディと話をする機会を作って頂戴」





 そしてドロテアは一つの部屋へと連れていかれた。

 王城に仕えている若い女性の部屋らしいことが分かる。

 小さな色付きガラスを使った装飾品が部屋の壁を飾りキラキラと彩っていた。 ネックレス、髪飾り、腕輪……そして、小さな猫型の造形物。 小ぶりな茶器も可愛らしく、この部屋にいる人物が幸福である事は一目瞭然だった。

 どうせ、大した女じゃない。 私は勝者なのよ……あの日、勇気を出してランディにあった日から。 そう考え自分を慰めた。 だが……イライラは収まらなかった……。 こじんまりとまとまった幸福が腹立たしかった。

 側にランディがいれば、私をこんな思いに等させないのに……。
 なんで、あの時行かせてしまったんだろう。
 なぜ、ついてこいって私は叫ばなかった?
 どうして、彼は笛に反応しない?



「シア!」

 ドロテアを呼ぶ声とは、高さ、明るさ、速さ、何一つ一緒ではないのに……ドロテアは耳に届いた声をランディだと思い、窓の外へと視線を向けた。

 振り返るシアが微笑むのが遠く見え……ランディに駆け寄り抱き着くさまを見れば……離縁を申しでながら節操がないと腹がたった……自分の身を顧みる事無く。

 シアの肩に回されるランディの手、見つめあう視線、微笑みを向け合うのを見れば……鼓動が早くなった。

「私を裏切ると言うの?」

 ランディの元に侍女が訪れ……そして、視線がドロテアへと向けられる。

 お互いを認識した……はず。
 なのに、何かが可笑しかった。

「短くなった髪のせいかしら? シアの奴め……私のランディを」

 ドロテアはもう何年もランディの顔を見ようとはしない。
 例え視線の先に居たとしても……見ていなかったのだろう。

 ドロテアが視線に笑いかけた。

 それだけで良かったはず。

 なのにランディの視線はアッサリとシアに向けられ、笑いかけ話しかけて始める。 不安そうにランディを見つめるシアのコメカミにランディの唇が触れた。

 ドロテアは、ガラスの装飾品を無造作に引きむしり手の中で強く握りしめた。 やがてピタピタと血が零れ始める。 側に誰かいれば気遣うものもいたかもしれない。

「ぁ……」

 ドロテアは、手のひらから流れる血に気づいたのは、遠くにランディの足音に気づいたとき。

 血をジッと眺めてドロテアは笑う。

 数分後、ノックも無く扉が開いた。

「酷い、有様だな」

 ラースランディは、部屋を見回し無表情に言葉を紡いでいた。

「貴方が悪いのよ……」

「俺の何が悪いと?」

「私が言っていた事を忘れたの? シア様は……とても弱い方だから、怯えさせないように近寄らない方が良いと言っていたでしょう?」

「へぇ?」

 訳が分からないと言う顔で、ラースランディは頭をかいた。

「何をすっとぼけているの? もしかして……私が他の男と通じる事を怒っていたの? 獣の癖に」

 赤く血に濡れた手を差し出した。

「何が言いたい?」

「舐めなさい」

「変な病気を移されては困る」

「拗ねるのはいいけど、限度を知りなさい。 アナタらしくないわ」

 妖艶にドロテアは笑いながら、ラースランディの胸倉をつかみ引き寄せようとした。 が、ビクリとも動かない……。

「力を抜き、私に従いなさい」

「ふぅ~ん、まぁ、いいか」

 ラースランディは、両手をポケットに突っ込んだまま、ドロテアに顔を寄せた。

 ドロテアが、シアがラースランディにそうしたように、両腕をろの首に回し、抱き寄せ、口づけ用とした。

 ラースランディはつま先で立ち上がりいう。

「口が……臭いんだけど?」

「なっ、ふざけないでよ!!」

 ドロテアはラースランディの頬を討つ。 ビクリともしなければ……何時ものように涙ぐみながら許しを請う事もない。

「シアに、何を入れ知恵された訳? アナタはもっと優しい人だったでしょう?」

 涙ながらにドロテアは訴えた。

「さぁ? 覚えは、ないねぇ……」

 ラースランディはニヤリって見せた。
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