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14.後悔後と後悔前

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 巨大な岩山を挟んではいるが、海沿いに近い村は大雨の始まりの地と言えるでしょう。 その土地の雨は未だ収まらず……いえ、雨の中心部は常に移動しこの地に停滞している訳ではありません。 一応ここに落とした水の分は内陸での雨は、多少はマシな状態になっている事でしょう。

 それでも……酷い被害が出ることは変わり有りません。

 私はホッとしていました。
 心から安堵し、感謝しています。

 もし、王都に残っていたなら、魔女なら雨ぐらい何とかしろとか言う人間は出たはずですから。 確かにこれほど強い雨であれば、上位精霊が関与しており、曾祖母であればソレと何らかの交渉を行い、弱めるか……海に引き返してくれぐらい願えたかもしれません。

 私には、ソレが出来るでしょうか? 生まれつき好意的に思われる素質はあります。 私に極甘な定位精霊であっても、物事を願うのはただではありません。 それでも、十分な対価を渡さなければ、髪を引っこ抜かれたり、爪をはがされたり、歯を抜かれたり、皮膚が剥がされたり、嬉々として私の何かを奪っていくでしょう。 ソレが精霊の愛情なのです。

 熊は、ロトに諫められたあとすぐに村人を探しに家を出ていきました。 ですが、足場は悪く岩壁を降りることは出来ず、海沿いの大地は水に沈み、陸の孤島状態で彼は直ぐに戻ってきました。

「村人は大丈夫なのだろうか? それだけでも確認してもらえないだろうか?」

 ソファに寝転がり、悠々自適の読書生活を送っていた私に彼は言いました。 まぁ、それぐらいであるならと了承し、精霊に願い水鏡に村人達を映してもらうことに、熊が案じていた村人は、泥だらけの古びた馬車と、年老いた馬たちが内陸に向けて移動していく様子が見えます。

「無事でよかった……」

 熊は言います。

 ですが精霊が長く危機を伝えてきた雨が、そう簡単に終わる訳ありません。 彼等は、これから雨と共に旅をしていくこととなるでしょう。






 未だ王宮に、国土を揺るがす雨の報告はなされておらず、国は安泰であると全ての人が思っていた。 性格的には難はあるけれど、アパテは賢い女性だった。 夫となった王太子殿下エルメルが、尻尾と厚い体毛が生え始めた事を理由に、己を嘆き悲しみに暮れ、職務を放棄する中でアパテはソレを代行した。

 エルメルのソレが、呪いの影響。 それも、シルフィを裏切った事によって他の者達よりも早く影響が出始めたのだろうとアパテは導きだし、殿下は体調が悪いのだと、だから自分が業務を代行すると前に出た。

 エルメルの執務室でアパテはエルメルに代わって業務を果たす。

 エルメルよりも、ほんのわずかに優秀さを発揮しながら、優雅な動作や手振り身振りは、彼に長く仕える者にすら、エルメルと勘違いさせるほどだった。

 アパテは優秀な女性だ。

 優秀ではあるが、そのうちには鬱屈した者を持って生を受けている。 王太子殿下の代行と言う人目につく行為に大きなストレスを感じ疲れ切った身体で、新婚夫婦に与えられた寝室へと向かった。

「あぁ、アパテ……アパテ、今日はどうだった? 誰か私の事をきにかけていたかい?」

 幼い頃からの側近と、アパテだけが入出を許された寝室。 カーテンを閉め切った薄暗い部屋で、縋るように名を呼ばれる様子にアパテは溜息をついた。

 なぜ、こうなったのか……。

 そう自身に問う。 答えなんてのは簡単なのだ。 シルフィから全てを奪ってしまったから。 彼女を真似る事で幸福となった。 真似る彼女がいなくなれば……こういうものか……。

「アパテ、アパテ!!」

 ズボンに収まりきらない尻尾。 毛がゴワゴワするからと服を着るのを嫌がりエルメルは獣のように全裸で過ごしている。 そんな彼に抱きつかれ、あぁと恍惚とした声を揚げられれば、アパテは心が凍るような気がした。

「疲れておりますの、触らないでくださいませ」

 ペシャリと抱きつく手を軽く叩いた。

 獣になってから、彼は水を嫌うようになっていて、漂う匂いには獣臭が混じっていた。 甘い彼の香水は、獣の匂いを消そうと過剰につけられ、不快なほどに臭かった。

「アパテ!! 私はそなたの夫で、王太子だぞ!」

『アナタはシルフィの夫で、私に王太子の仕事を押し付けている半獣ですわ……』

 そんな言葉を飲み込み、エルメルの言葉を無視して話をすすめる。

「今日の業務内容をご報告させて頂いて宜しいかしら?」

「ぇ、あ、あぁ、そうだね……迷惑をかける」

 呪いによる変化、不安と悲しみに暮れる自分になぜアパテは優しくしてくれないのだ? どうして安心させるように、微笑みかけてくれないのだ? 以前の彼女であれば、安心してください。 私に妙案があります。 お任せいただけますか? そう問うてきた。 王太子殿下として未熟な自分を支え、知恵を授けてくれた。 だからこそ、彼女はシルフィなんかよりも自分にとって価値のある存在だと思ったのに!!

「なるほど、とても素晴らしい対応だと思うよ」

 そうエルメルは語りながら、アパテの手に手を重ねようとすれば、さりげなく避けられた。 報告を終えたアパテは言う。

「明日、大臣との会議が早朝から控えておりますので、別室で休ませていただきます」

 そう告げれば、優雅だが凛々しい動作でアパテはエルメルの元を去って行った。

「君は……とても賢い女性だけれど、間違っている……。 後悔するといい」

 もごもごと濁った声でエルメルは一人呟いた。
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