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03.アッペル伯爵家の役割
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『フレッグ・アッペル』それが、自らを錬金術師シャル・オーステルの夫だと言いはなち、因縁をつけてきた者の名前である。
アッペル伯爵家と言えば、古くからその美貌が有名であり、アッペル家の者を連れて社交界に参加することがステータスとされる時代すらあった。 その顔の良さは時に隣国との戦すらとめ、爵位も顔だけで獲得したと言っても良いだろう。
代々賢くないのは遺伝であるが、愛玩動物は聡くない方が可愛がられると言うもの。 そうやって知恵あるものに、愛されてきたのがアッペル家である。
だが、その事実がシャル・オーステルの心を揺るがすかと言えば
『好みではない』
の一言で片づけらてしまうのだが……。
「叔母上!!」
湖に落ち濡れた髪をかき上げ、上着を脱ぎ、細いがうっすらと筋肉をつけた身体を見せつけ、全身から水を滴らせフレッグは国王夫婦の元へと急いでいた。
頬を赤らめた令嬢や婦人方から熱い視線が注がれる。 ソレがフレッグにとってのあたり前の日常であり、だからこそシャルが自分の気を引こうとして、真剣なのだと疑うことがなかったのだ。
「陛下は既に狩りにお出になっておりますよ! いるのなら何故、ご挨拶をしに来なかったのですか! それに、その恰好はなんですの?!」
「野蛮なゴリラ女に湖に落とされたんです。 他のご婦人方に危害を与えては大変です。 あのものは僻みっぽく、粘着質で、意地っ張りで、強情で、乱暴で、凶悪で、嘘つきで、貴族を妬んでいるに違いない。 アマンダも僕が守ったからよかったものの……他のご婦人方に危害を与えては大変です。 警備を固めて下さい」
ソレは大変だと、王妃の側付きの侍女が王宮騎士を呼んでくる。
「なるほど、それでその者の特徴は?」
「黒くて、大きくて、太っていて、ゴリラのような女です」
身振り手振りで少し大げさに表現すれば、
「……わかりました。 警戒を強めましょう。 ですがソレは女性……いえ、この国の人間なのでしょうか? まさか獣人国の者の……ふむ……獣人奴隷を連れてきている者達に、問い合わせてみましょう。」
きびきびした様子で、騎士は動き出した。
「ぇ、いや……そうではなく……」
やりこめられた鬱憤を晴らしたい、そんな少しばかりの嫌がらせであったにもかかわらず、ことが大ごととなったため、フレッグは大いに焦った。
だが、この大騒動で本当に暗殺者を発見できてしまったために、フレッグの評価は大きく上がるのだが、それはもう少しだけ後の話である。
「大変な思いをしたのですね。 報告ご苦労でした」
「いえ、臣下として当然なことをしたまでです」
「あらあら殊勝なことですわ。 陛下にも是非おほめ頂きましょう」
「そ、そうでした。 叔母上、確認したいことがあるのですが!!」
「なんですの?」
「ここではちょっと話づらいのですが……」
「人払いを!!」
「以前、陛下は僕にシャル・オーステルと婚姻を交わすようにと言う勅命を受けておりますよね?」
「えぇ……ソレがどうかしたのですか? 研究所にこもって、5年の間1度足りと陛下に挨拶にすら訪れず下劣な娘がどうかしたと言うのですか!!」
苛立ちの混ざった声があげられ、フレッグはホッとした。
「実は……妻の役目を一切放棄しておいて、今更嫉妬をアマンダに向け、害をなそうとしたのです」
シャル側にすればそんな事実はない。 だが、社交の場に顔を出す事自体がアマンダに害をなす行為であると判断しているフレッグにとっては事実であった。
「なんてことを……。 礼儀も知らぬ下賤の娘も、今年15.6.7? 色気づき始めたと言うことですか……。 ですが、そこはフレッグにも、アマンダにも我慢をしてもらわなければなりません。 ソレがアッペル伯爵家に与えられた仕事なのですから。 ですが……そう、なるほど、そういうことですか、合点がいきました」
「どうかされたのですか叔母上」
「近年、あの子は開発した商品を他国へと持ち込んでいると言う噂を耳にし、この国が得るべき利益が外に持ち出されているのではないかと、陛下がお気になされていたのです。 アナタを自分の思いのままにしようという駆け引きのつもりなのかもしれませんわね。 確かに……魔道商品を盾に取りアナタに愛されようとするなんて……なんの価値を持たぬ下賤の考え付きそうなことです。 どうか、どうか、国のため、王のため、その者の悪行をアナタが止めて下さい。 ソレがアナタに与えられた使命なのですから」
しくしくと泣き出すアマンダ。
「あぁ、ゴメンナサイ……。 ですがこの国に財をもたらす錬金術師の機嫌を取ることはフレッグだけが出来る役目なのです。 騎士が剣を取り戦うように、料理人が料理を作るように。 アマンダ、フレッグが根暗な錬金術師を抱いたところで、その心はアナタ以外にピクリとも揺らぐことはありません。 どうか、安心なさってください」
「ですが、何時までもアマンダをこのような中途半端な立場にしておくのも不憫でなりません。 どうかお知恵をお借り出来ないでしょうか?」
「そうですわね……。 最も単純な方法は、根暗な錬金術師をあなたの虜にして言うことを聞かせればいいのですよ。 我が一族はそうやって王に仕えてきたのですから。 ですが、アマンダを悲しませるから嫌だと言うなら……言い逃れできないような罪を犯させることでしょうか……罪人として国で囲うことができれば、余計な気遣い等無用となりますからね」
「流石にソレはやりすぎではありませんか?」
「あらあら、フレッグは本当に優しい子ですわね。 アマンダ、アナタには優柔不断と感じるかもしれませんが、これもフレッグの優しさとどうか受け入れてやってはいただけないでしょうか?」
フレッグに負けない程の美貌で微笑まられたアマンダは、涙で目をはらしながらも頷いて見せた。
アッペル伯爵家と言えば、古くからその美貌が有名であり、アッペル家の者を連れて社交界に参加することがステータスとされる時代すらあった。 その顔の良さは時に隣国との戦すらとめ、爵位も顔だけで獲得したと言っても良いだろう。
代々賢くないのは遺伝であるが、愛玩動物は聡くない方が可愛がられると言うもの。 そうやって知恵あるものに、愛されてきたのがアッペル家である。
だが、その事実がシャル・オーステルの心を揺るがすかと言えば
『好みではない』
の一言で片づけらてしまうのだが……。
「叔母上!!」
湖に落ち濡れた髪をかき上げ、上着を脱ぎ、細いがうっすらと筋肉をつけた身体を見せつけ、全身から水を滴らせフレッグは国王夫婦の元へと急いでいた。
頬を赤らめた令嬢や婦人方から熱い視線が注がれる。 ソレがフレッグにとってのあたり前の日常であり、だからこそシャルが自分の気を引こうとして、真剣なのだと疑うことがなかったのだ。
「陛下は既に狩りにお出になっておりますよ! いるのなら何故、ご挨拶をしに来なかったのですか! それに、その恰好はなんですの?!」
「野蛮なゴリラ女に湖に落とされたんです。 他のご婦人方に危害を与えては大変です。 あのものは僻みっぽく、粘着質で、意地っ張りで、強情で、乱暴で、凶悪で、嘘つきで、貴族を妬んでいるに違いない。 アマンダも僕が守ったからよかったものの……他のご婦人方に危害を与えては大変です。 警備を固めて下さい」
ソレは大変だと、王妃の側付きの侍女が王宮騎士を呼んでくる。
「なるほど、それでその者の特徴は?」
「黒くて、大きくて、太っていて、ゴリラのような女です」
身振り手振りで少し大げさに表現すれば、
「……わかりました。 警戒を強めましょう。 ですがソレは女性……いえ、この国の人間なのでしょうか? まさか獣人国の者の……ふむ……獣人奴隷を連れてきている者達に、問い合わせてみましょう。」
きびきびした様子で、騎士は動き出した。
「ぇ、いや……そうではなく……」
やりこめられた鬱憤を晴らしたい、そんな少しばかりの嫌がらせであったにもかかわらず、ことが大ごととなったため、フレッグは大いに焦った。
だが、この大騒動で本当に暗殺者を発見できてしまったために、フレッグの評価は大きく上がるのだが、それはもう少しだけ後の話である。
「大変な思いをしたのですね。 報告ご苦労でした」
「いえ、臣下として当然なことをしたまでです」
「あらあら殊勝なことですわ。 陛下にも是非おほめ頂きましょう」
「そ、そうでした。 叔母上、確認したいことがあるのですが!!」
「なんですの?」
「ここではちょっと話づらいのですが……」
「人払いを!!」
「以前、陛下は僕にシャル・オーステルと婚姻を交わすようにと言う勅命を受けておりますよね?」
「えぇ……ソレがどうかしたのですか? 研究所にこもって、5年の間1度足りと陛下に挨拶にすら訪れず下劣な娘がどうかしたと言うのですか!!」
苛立ちの混ざった声があげられ、フレッグはホッとした。
「実は……妻の役目を一切放棄しておいて、今更嫉妬をアマンダに向け、害をなそうとしたのです」
シャル側にすればそんな事実はない。 だが、社交の場に顔を出す事自体がアマンダに害をなす行為であると判断しているフレッグにとっては事実であった。
「なんてことを……。 礼儀も知らぬ下賤の娘も、今年15.6.7? 色気づき始めたと言うことですか……。 ですが、そこはフレッグにも、アマンダにも我慢をしてもらわなければなりません。 ソレがアッペル伯爵家に与えられた仕事なのですから。 ですが……そう、なるほど、そういうことですか、合点がいきました」
「どうかされたのですか叔母上」
「近年、あの子は開発した商品を他国へと持ち込んでいると言う噂を耳にし、この国が得るべき利益が外に持ち出されているのではないかと、陛下がお気になされていたのです。 アナタを自分の思いのままにしようという駆け引きのつもりなのかもしれませんわね。 確かに……魔道商品を盾に取りアナタに愛されようとするなんて……なんの価値を持たぬ下賤の考え付きそうなことです。 どうか、どうか、国のため、王のため、その者の悪行をアナタが止めて下さい。 ソレがアナタに与えられた使命なのですから」
しくしくと泣き出すアマンダ。
「あぁ、ゴメンナサイ……。 ですがこの国に財をもたらす錬金術師の機嫌を取ることはフレッグだけが出来る役目なのです。 騎士が剣を取り戦うように、料理人が料理を作るように。 アマンダ、フレッグが根暗な錬金術師を抱いたところで、その心はアナタ以外にピクリとも揺らぐことはありません。 どうか、安心なさってください」
「ですが、何時までもアマンダをこのような中途半端な立場にしておくのも不憫でなりません。 どうかお知恵をお借り出来ないでしょうか?」
「そうですわね……。 最も単純な方法は、根暗な錬金術師をあなたの虜にして言うことを聞かせればいいのですよ。 我が一族はそうやって王に仕えてきたのですから。 ですが、アマンダを悲しませるから嫌だと言うなら……言い逃れできないような罪を犯させることでしょうか……罪人として国で囲うことができれば、余計な気遣い等無用となりますからね」
「流石にソレはやりすぎではありませんか?」
「あらあら、フレッグは本当に優しい子ですわね。 アマンダ、アナタには優柔不断と感じるかもしれませんが、これもフレッグの優しさとどうか受け入れてやってはいただけないでしょうか?」
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