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3章

35.食事は大事

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 一人になりたくてクリスティアは地下へと降りて行った。

 地下は何時だって20度前後の湿度50度前後が保たれていて、肌寒さを感じる状態が保たれている。 今は使われていないがワイン蔵は13~15度、湿度70%程度が保つ事が出来る。

 それは、ヴェルがいようといまいと関係なく。

 冷ややかな空気はヴェルを思わせる。 柔らかな毛並に触れる事がもう出来ないのかと思えば切なくて……ヴェルとよく似た毛並の大きなヌイグルミを作った。

 寄り添い、小さく囁くように語り合う声が無いが……そんなのは再現できるはずがない。

「小鳥でも飼おうかしら?」

 胸の奥に徐々に広がる空白が怖くて……必死に縋るものを探そうとした。

 不安で息が出来ない。

 アッサリとヴェルが帰らなかったことを受け入れた風を装った。 でも、内心は嫌われる事をしただろうか? と、そればかりを考えていた。

 考えれば考えるほど……嫌われる事ばかりしていた気がする。
 我侭な子供だったと思う。
 なぜか自分には許されていると思っていた。

 謝るから、反省するから、帰って来てなんて言えるはずもない。  不安……のせいか筋肉が冷え強張っていて、室温は低い……なのに、変な汗がにじみ出て汗が引く様子が無い。

「汗、かいちゃった……ヴェルが居れば、汗なんてかかないのに……シャワーを浴びて……眠ろう。 夢の中に行けば私は一人ではなくなるから」

 言葉にすれば、それは便利な道具のように考えているかのようで……誰も聞いていないのに一人反省した。

「シャワーついでに頭を冷やそう」

 お風呂に入れば、ヴェルを風呂にいれるのがどれほど大変だったかを思い出す。 大きな身体を洗うのは大変だからと、小さくなってもらい……毛並を梳いてほぐしてシャンプーとトリートメントを行う。 美しいふわふわの毛は手入れをすればするほど幸福に思えたから。

「とても楽だわ……」

 負け惜しみみたいだと言ってて思ってしまう。

 お気に入りの本を1冊準備して、お茶と菓子を準備する。 そう言えばナッツ放って来てしまったなぁ……なんて思いながら、創造魔法製の木の実ギッシリタルトと紅茶を準備した。

 読む本は、魔導書がいいだろう。

 ヴェルが居なくなって、生活が変化するから。 魔力の使い方だって自分で気を付けなければいけないし、彼の影響が外れた分の快適性も補いたい。 グジグジと後ろ向きの事ばかりを考えているのは生産性が悪すぎる。

「私を一人にしないって言ったのに……嘘つき……」

 ポソリとつぶやき、ヴェルの毛側と良く似た肌触りの毛布に包まれ……夢に落ちた。 ご先祖様の夢はずっとクリスティアを救ってくれた。 だから……平気。



ヴェルと一緒に生活するようになって3年の間、規則正しい生活を送っていて、夕食の時間に目を覚ました。

「もっと眠って居たいのに……でも、仕方ないよね。 ドナやダニエルに心配させるわけにはいかないもの。 ヴェルが居なくても、心配してくれる人がいるから……普通にしないと」

 大きく身体を預かるソファから身体を起こせば、鈍い頭痛にクリスティアは顔をしかめながら、重く気だるい身体を引きずって社長室へと向かった。

「今日の夕食は何?」

 少しだけ開けた扉から顔を覗かせる。

「どうした。 入ってこないのか?」

 ダニエルが笑いながら手招きをした。

「入らない。 だって、入ったら仕事を手伝ってしまうもの」

「手伝ってくれていいんだが?」

 小さくダニエルは笑う横で、ドナもまた手招きをした。

「仕事はしたくないの!!」

 そう言いながらも歩み寄って行けば、ドナは手を伸ばし少しだけ強引にクリスティアを引き寄せて膝の上に乗せた。 上を剥きドナを見る。

「なに?」

「寂しいかと思って」

「寂しくなんかないわ」

「そう? 私は寂しいけど? クリスは寂しくないの? ダニエルだって寂しがっているわ」

「……そうだな。 寂しくて寂しくて、仕事がドンドン溜まっていきそうだ。 人を雇わないとなぁ~。 クリスはどんな人がいい?」

「戻って来るかもしれないのに……」

「そうか」

「なぜ、ニヤニヤしているの!!」

「いや……」

「ご飯、ご飯、お腹空いた!!」

「はいはい。 そう言えば、あの子、結構美食家なところがあったけど、大丈夫かしら?」

 ドナがクリスティアの頭を撫でながら言えば、不思議そうにクリスティアは首を傾げる。

「王宮のご飯が美味しすぎて帰ってきたくないって思うかも……」

「いや、別に王宮だからって飯が上手い訳でもないぞ? 王家の夜会警護の時に何度かつまみ食いしてみたが、うちの飯の方が上手い」

「それは……調味料を送ってあげたほうがいい?」

「それは、帰って来るなと言っているようじゃないか」



 そんな会話と共に、山積みの仕事を処理すべく社長室で軽食をしながら仕事をする3人。





 一方王宮では、現在要職についている者達を招いた食事の席が設けられていた。





「ぇ?」

「どうかなさいましたか? カイン様」

 問いかけるエリナ。

「アイツ等は?」

「真なる王がお戻りと聞き、駆け付けた者達です。 一緒に食事をする事をお許し下さいませ」

 仰々しく語るエリック。

 エリナとエリック、そして実質的に王宮を取り締まっている侍従長と女官長、国政に関わる大臣、文官の数人が食事の席に同席するらしく、食事を行うための部屋の前に全員が立ち並んでいた。

 カインヴェルの記憶の中では、3年前も同職にあったのは文官のみ……全員が3年前の騒動で入れ替わったのだと分かる。

「「「「「良くお戻りになってくださいました」」」」」

 全員が震える声で頭を一斉に下げた。

「カイン様、彼等の事は覚えておいでですか?」

 エリックの問いかけに、

「あぁ、良く覚えている」

 そう答えれば、飲み込まれる悲鳴と共に顔色を悪くしていた。

「も、申し訳ありませんでした……あの頃は、そのように命じられて仕方なく」
「王子達の間での通過儀礼として……私は、やりたくはなかったんです!!」

 誰も彼もが代替わりをし、若返っているが貴族として成人とされる12歳から王宮に顔をだし、王子達と共に狩りごっこと称して追い掛け回していたのだ。

「カイン様はお優しい方です。 当時、アナタ方を傷つける事なく、ただ逃げられていたのもその慈悲深さからですよ」

 エリックが言い、そしてエリナが言葉を続けカインヴェルに微笑みかけた。

「えぇ、兄様のおっしゃる通りですわ。 ご安心してください。 謝罪はきっと受け入れられますわ。 ねぇカイン様」

 許さないとは言えるはずもなかった。

「あぁ……」

「まぁ、やはり私が思っていた通り、カイン様は強くてお優しい方ですわ」

 そんな言葉が交わされたが、巨大な身体を持て余す狼の姿のカインヴェルに引きつり顔色悪くした顔を俯かせるばかり。

 そして……食事の席。

 誰もが安堵をした。

 自分達と同じ食事の席にカインヴェルが並んでなかった事に。

 豪華な見た目の食事が並ぶテーブル。

 そして、部屋の片隅には大きな皿に盛られた肉の山。

 その瞬間……呆気なくもカインヴェルの心は折れた。
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