上 下
37 / 54
3章

35.食事は大事

しおりを挟む
 一人になりたくてクリスティアは地下へと降りて行った。

 地下は何時だって20度前後の湿度50度前後が保たれていて、肌寒さを感じる状態が保たれている。 今は使われていないがワイン蔵は13~15度、湿度70%程度が保つ事が出来る。

 それは、ヴェルがいようといまいと関係なく。

 冷ややかな空気はヴェルを思わせる。 柔らかな毛並に触れる事がもう出来ないのかと思えば切なくて……ヴェルとよく似た毛並の大きなヌイグルミを作った。

 寄り添い、小さく囁くように語り合う声が無いが……そんなのは再現できるはずがない。

「小鳥でも飼おうかしら?」

 胸の奥に徐々に広がる空白が怖くて……必死に縋るものを探そうとした。

 不安で息が出来ない。

 アッサリとヴェルが帰らなかったことを受け入れた風を装った。 でも、内心は嫌われる事をしただろうか? と、そればかりを考えていた。

 考えれば考えるほど……嫌われる事ばかりしていた気がする。
 我侭な子供だったと思う。
 なぜか自分には許されていると思っていた。

 謝るから、反省するから、帰って来てなんて言えるはずもない。  不安……のせいか筋肉が冷え強張っていて、室温は低い……なのに、変な汗がにじみ出て汗が引く様子が無い。

「汗、かいちゃった……ヴェルが居れば、汗なんてかかないのに……シャワーを浴びて……眠ろう。 夢の中に行けば私は一人ではなくなるから」

 言葉にすれば、それは便利な道具のように考えているかのようで……誰も聞いていないのに一人反省した。

「シャワーついでに頭を冷やそう」

 お風呂に入れば、ヴェルを風呂にいれるのがどれほど大変だったかを思い出す。 大きな身体を洗うのは大変だからと、小さくなってもらい……毛並を梳いてほぐしてシャンプーとトリートメントを行う。 美しいふわふわの毛は手入れをすればするほど幸福に思えたから。

「とても楽だわ……」

 負け惜しみみたいだと言ってて思ってしまう。

 お気に入りの本を1冊準備して、お茶と菓子を準備する。 そう言えばナッツ放って来てしまったなぁ……なんて思いながら、創造魔法製の木の実ギッシリタルトと紅茶を準備した。

 読む本は、魔導書がいいだろう。

 ヴェルが居なくなって、生活が変化するから。 魔力の使い方だって自分で気を付けなければいけないし、彼の影響が外れた分の快適性も補いたい。 グジグジと後ろ向きの事ばかりを考えているのは生産性が悪すぎる。

「私を一人にしないって言ったのに……嘘つき……」

 ポソリとつぶやき、ヴェルの毛側と良く似た肌触りの毛布に包まれ……夢に落ちた。 ご先祖様の夢はずっとクリスティアを救ってくれた。 だから……平気。



ヴェルと一緒に生活するようになって3年の間、規則正しい生活を送っていて、夕食の時間に目を覚ました。

「もっと眠って居たいのに……でも、仕方ないよね。 ドナやダニエルに心配させるわけにはいかないもの。 ヴェルが居なくても、心配してくれる人がいるから……普通にしないと」

 大きく身体を預かるソファから身体を起こせば、鈍い頭痛にクリスティアは顔をしかめながら、重く気だるい身体を引きずって社長室へと向かった。

「今日の夕食は何?」

 少しだけ開けた扉から顔を覗かせる。

「どうした。 入ってこないのか?」

 ダニエルが笑いながら手招きをした。

「入らない。 だって、入ったら仕事を手伝ってしまうもの」

「手伝ってくれていいんだが?」

 小さくダニエルは笑う横で、ドナもまた手招きをした。

「仕事はしたくないの!!」

 そう言いながらも歩み寄って行けば、ドナは手を伸ばし少しだけ強引にクリスティアを引き寄せて膝の上に乗せた。 上を剥きドナを見る。

「なに?」

「寂しいかと思って」

「寂しくなんかないわ」

「そう? 私は寂しいけど? クリスは寂しくないの? ダニエルだって寂しがっているわ」

「……そうだな。 寂しくて寂しくて、仕事がドンドン溜まっていきそうだ。 人を雇わないとなぁ~。 クリスはどんな人がいい?」

「戻って来るかもしれないのに……」

「そうか」

「なぜ、ニヤニヤしているの!!」

「いや……」

「ご飯、ご飯、お腹空いた!!」

「はいはい。 そう言えば、あの子、結構美食家なところがあったけど、大丈夫かしら?」

 ドナがクリスティアの頭を撫でながら言えば、不思議そうにクリスティアは首を傾げる。

「王宮のご飯が美味しすぎて帰ってきたくないって思うかも……」

「いや、別に王宮だからって飯が上手い訳でもないぞ? 王家の夜会警護の時に何度かつまみ食いしてみたが、うちの飯の方が上手い」

「それは……調味料を送ってあげたほうがいい?」

「それは、帰って来るなと言っているようじゃないか」



 そんな会話と共に、山積みの仕事を処理すべく社長室で軽食をしながら仕事をする3人。





 一方王宮では、現在要職についている者達を招いた食事の席が設けられていた。





「ぇ?」

「どうかなさいましたか? カイン様」

 問いかけるエリナ。

「アイツ等は?」

「真なる王がお戻りと聞き、駆け付けた者達です。 一緒に食事をする事をお許し下さいませ」

 仰々しく語るエリック。

 エリナとエリック、そして実質的に王宮を取り締まっている侍従長と女官長、国政に関わる大臣、文官の数人が食事の席に同席するらしく、食事を行うための部屋の前に全員が立ち並んでいた。

 カインヴェルの記憶の中では、3年前も同職にあったのは文官のみ……全員が3年前の騒動で入れ替わったのだと分かる。

「「「「「良くお戻りになってくださいました」」」」」

 全員が震える声で頭を一斉に下げた。

「カイン様、彼等の事は覚えておいでですか?」

 エリックの問いかけに、

「あぁ、良く覚えている」

 そう答えれば、飲み込まれる悲鳴と共に顔色を悪くしていた。

「も、申し訳ありませんでした……あの頃は、そのように命じられて仕方なく」
「王子達の間での通過儀礼として……私は、やりたくはなかったんです!!」

 誰も彼もが代替わりをし、若返っているが貴族として成人とされる12歳から王宮に顔をだし、王子達と共に狩りごっこと称して追い掛け回していたのだ。

「カイン様はお優しい方です。 当時、アナタ方を傷つける事なく、ただ逃げられていたのもその慈悲深さからですよ」

 エリックが言い、そしてエリナが言葉を続けカインヴェルに微笑みかけた。

「えぇ、兄様のおっしゃる通りですわ。 ご安心してください。 謝罪はきっと受け入れられますわ。 ねぇカイン様」

 許さないとは言えるはずもなかった。

「あぁ……」

「まぁ、やはり私が思っていた通り、カイン様は強くてお優しい方ですわ」

 そんな言葉が交わされたが、巨大な身体を持て余す狼の姿のカインヴェルに引きつり顔色悪くした顔を俯かせるばかり。

 そして……食事の席。

 誰もが安堵をした。

 自分達と同じ食事の席にカインヴェルが並んでなかった事に。

 豪華な見た目の食事が並ぶテーブル。

 そして、部屋の片隅には大きな皿に盛られた肉の山。

 その瞬間……呆気なくもカインヴェルの心は折れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした

アルト
ファンタジー
今から七年前。 婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。 そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。 そして現在。 『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。 彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。

異世界転移したけど、果物食い続けてたら無敵になってた

甘党羊
ファンタジー
唐突に異世界に飛ばされてしまった主人公。 降り立った場所は周囲に生物の居ない不思議な森の中、訳がわからない状況で自身の能力などを確認していく。 森の中で引きこもりながら自身の持っていた能力と、周囲の環境を上手く利用してどんどん成長していく。 その中で試した能力により出会った最愛のわんこと共に、周囲に他の人間が居ない自分の住みやすい地を求めてボヤきながら異世界を旅していく物語。 協力関係となった者とバカをやったり、敵には情け容赦なく立ち回ったり、飯や甘い物に並々ならぬ情熱を見せたりしながら、ゆっくり進んでいきます。

【完結】やり直しの人形姫、二度目は自由に生きていいですか?

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「俺の愛する女性を虐げたお前に、生きる道などない! 死んで贖え」  これが婚約者にもらった最後の言葉でした。  ジュベール国王太子アンドリューの婚約者、フォンテーヌ公爵令嬢コンスタンティナは冤罪で首を刎ねられた。  国王夫妻が知らぬ場で行われた断罪、王太子の浮気、公爵令嬢にかけられた冤罪。すべてが白日の元に晒されたとき、人々の祈りは女神に届いた。  やり直し――与えられた機会を最大限に活かすため、それぞれが独自に動き出す。  この場にいた王侯貴族すべてが記憶を持ったまま、時間を逆行した。人々はどんな未来を望むのか。互いの思惑と利害が入り混じる混沌の中、人形姫は幸せを掴む。  ※ハッピーエンド確定  ※多少、残酷なシーンがあります 2022/10/01 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過 2022/07/29 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過 2021/07/07 アルファポリス、HOT3位 2021/10/11 エブリスタ、ファンタジートレンド1位 2021/10/11 小説家になろう、ハイファンタジー日間28位 【表紙イラスト】伊藤知実さま(coconala.com/users/2630676) 【完結】2021/10/10 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

『絶対に許さないわ』 嵌められた公爵令嬢は自らの力を使って陰湿に復讐を遂げる

黒木  鳴
ファンタジー
タイトルそのまんまです。殿下の婚約者だった公爵令嬢がありがち展開で冤罪での断罪を受けたところからお話しスタート。将来王族の一員となる者として清く正しく生きてきたのに悪役令嬢呼ばわりされ、復讐を決意して行動した結果悲劇の令嬢扱いされるお話し。

妹に呪われてモフモフにされたら、王子に捕まった

秋月乃衣
恋愛
「お姉様、貴女の事がずっと嫌いでした」 満月の夜。王宮の庭園で、妹に呪いをかけられた公爵令嬢リディアは、ウサギの姿に変えられてしまった。 声を発する事すら出来ず、途方に暮れながら王宮の庭園を彷徨っているリディアを拾ったのは……王太子、シオンだった。 ※サクッと読んでいただけるように短め。 そのうち後日談など書きたいです。 他サイト様でも公開しております。

「お前は魔女にでもなるつもりか」と蔑まれ国を追放された王女だけど、精霊たちに愛されて幸せです

四馬㋟
ファンタジー
妹に婚約者を奪われた挙句、第二王女暗殺未遂の濡れ衣を着せられ、王国を追放されてしまった第一王女メアリ。しかし精霊に愛された彼女は、人を寄せ付けない<魔の森>で悠々自適なスローライフを送る。はずだったのだが、帝国の皇子の命を救ったことで、正体がバレてしまい……

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

処理中です...