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3章

29.愛されたい

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「うちのおチビちゃんは、昨日は明け方まで遊び歩いていたらしいからなぁ~。 いつ起きて来るやら」

「子供に夜遊びをさせるなんて!! 朝起こし食事をさせ、貴族としての勉学をさせないと!! あの子はこれから貴族社会の花となる可能性だってあるんですから!!」

「俺もそう言っているんだが、本人が嫌がっていてね。 さて、どうするかなぁ?」

 ダニエルが考え込む。

 寝間着姿で大きな欠伸をしながら、横に大きな白狼を従えやってきたクリスティアは、縄でグルグル巻きにされているアダ―家の三兄弟を見下ろした。

「なに……」

「マルコムが逃げたらしい。 で、探して連れ戻してくれだとさ。 どうする?」

 問われたクリスティアは横にいるヴェルに聞いた。

「どうする?」

 ふむっとシバラク考えたふりをしたヴェルは、クリスティアの襟首を咥え部屋の外に放り出し扉を閉めて一言言う。

「殺せ」

 ニヤリと笑ったダニエルは緩慢に答える。

「俺もソレが最善だとは思います。 ですが、血生臭いのは好きじゃない。 チビっ子が気にするような事はしたくない。 どうせこいつらの未来は俺達がどうこうせずほど終わりだ。 父親が逃げた責任を取らされるのが嫌で、逃がして欲しいと依頼してきたと憲兵につきだせばいい」

「は……い? ちょっと待ってくれ!! 俺達は逃げていない。 父親を探して欲しいと依頼しているだけだ!!」

「三か月も前に逃げた奴をどうやって見つける? 王国の宝物庫の中身は知らないが、身分と金を持つ相手にしか意味がないものだろう。 なら……匿う者がいるって事だ。 生憎と他国のお偉いさんに喧嘩を売るほどの利益を、お前達に見つけられない」

「親友だろう!!」

 叫んだのは長男のルイスで、ダニエルは冷ややかに笑った。

「昔の話だ」

 余韻も何もなく、次男のトレヴァーが脅す。

「さっきも言ったが、謀反を企んでいると告げる」

「はっ、こっちは国が仕事をしないから迷惑をこうむっている。 騎士出身の俺がこうやって椅子を温めている事を喜んでいると思っているのか? 馬鹿げた話だ。 それに……どんな因縁をつけられても、俺は、俺達は負ける事はない。 さて、この馬鹿ども達を送り返してこい」



 3人を引きずり部屋の外に連れ出すのは、ダニエルの部下。
 廊下に座り込むクリスティアと視線があって、困り笑いのままこわばってしまった。

「お嬢様何をしているんですか?」

「ご飯。 食べる?」

「いえ、もう頂きましたから。 大丈夫っす」

「そう……美味しいのに」

 扉から少しずれた場所に座ったクリスティアは、料理人が作った朝食を食べていた。 横を通るアダ―家の三兄弟をクリスティアは見ない。 居ない者として対応していた。 そんなクリスティアを見てももう馬鹿にすることはなく、情けなくも縋った。

「た、助けてくれ!! クリス。 私とオマエの仲だろう?」

「それはお付き合いのある令嬢達に言って回れば良いと思うわ」

 なんて嫌味のつもりでクリスティアが言ったのだが、3人は憲兵に引き渡される中で、令嬢達に手紙を書きたいと願った。 結果は総無視で終わり……彼等は、大々的にマルコムをおびき寄せる餌として処刑宣告がなされ……そしてマルコムに見捨てられ殺される事となるのだが、ソレはまだ数か月未来の話である。





「チビッ子、夜更かしは良く無いぞ」

 廊下に座るクリスティアを抱き上げ回収し、ソファの上に置くダニエルは頭を撫でながら言う。

「早く起きただけだもの」

 少し拗ねた口調だった。

 食後のお茶を出しながらドナが言う。

「お嬢様、礼儀作法のお時間ですよ」

「今日はお休み」

「今日もではございませんか?」

 呆れた溜息をつくドナをクリスティアはプイッとソッポを向いた。 本気で怒らない、嫌わない事を分かっているからこその反応。

「それより雨問題を解決したわ」

 そう言いながら、海の色をした大人の男性の掌サイズの球体をテーブルの上に置いた。

「それは?」

「人口魔石を使った魔道具よ。 水が出るの。 全魔力を凝縮して作った魔石に、水の術式を刻んだの。 スイッチの切り替え、水量の調整が出来るし、魔力を消費しきった後は使用者の魔力で水を出すてしまうから注意が必要ね。 でも、うちの水道のようなものだから、人体に影響はないはずよ」

「……体の方に問題は?」

「魔力切れでヴェルの魔力を分けて貰ったから、シバラクはヴェルのような耳と尻尾があったくらいかしら?」

「他は?」

「特に問題はないわ」

「こんな事が出来ると分かれば、チビッ子の危険度が上がる。 人前でのモノづくりは禁止だ……」

「でも、困っているって言っていたから!!」

「俺達がやるのはあくまで商売、人を救うのは国の仕事だ」

「……頑張ったのに」

 落ち込むクリスティアにダニエルは溜息と共に頭を撫でた。

「チビッ子は凄い。 だけど、俺達はチビッ子には余り凄い子になって欲しくない。 そこそこの幸せを手に入れて欲しい。 望んでいるのはソレだけだ。 だから、こんな凄い物を作るより、礼儀作法の練習にいくんだ」

 首根っこを掴まれ、社長室からクリスティアが放り出された。

「ぶー!」

 心配されているのは分かる。
 大切にされているのは分かる。

 それでも……不満を消化しきれなくて頬を膨らませ背後をついてくるドナを振り返る。

「お嬢様?」

「褒めて!!」

 ドナは苦笑いと共に膝を床につき視線を合わせ、クリスティアを抱きしめた。

「お嬢様はとてもすごい方です。 側に仕える事が出来て私はとても光栄に思ってますよ。 でも……やっぱり私達はお嬢様が心配なのです。 だから、力を使う時はヴェル様か兄に聞いて、側に身を守る者がいる時だけにしてくださいませ」

「……」

「大切だから、お願いしているのです」

「……分かったけど、もっと褒めて欲しい」

「お嬢様はとてもお可愛らしくて、とても賢く、凄い方です」

「もっと好きになって欲しいんだもの」

「これ以上ないほど好きですよ。 私も兄も……この屋敷に居る者達は、皆、お嬢様を家族のように愛しております」

「でも……私は、何も上手く出来ないわ。 このままだと、役立たずになりそうで怖いの……」

「そんな事には絶対になりません」



 そんな不安はドナからダニエルに伝わる。

「何か、お仕事をお任せしたほうが良いのではありませんか?」

「今、他国から仕入れている食料の半分は、チビの作る薬で買っているんだ。 これ以上、何かをさせる訳にはいかんだろう」

 苦笑いでダニエルは言いながら視線はヴェルへと向けた。

「何か案はありますか?」

 ダニエルの問いかけは、ヴェルの生まれを知っているからこその丁寧さがあった。

「現状維持……礼儀作法を勉強を止めさせたい」

「なぜですか?」

「知り合う人間が増え好かれたい、愛されたいと願えば、自然と搾取される事になるだろう」

「搾取しない人間と出会う可能性もあります」

「必要ない……」

「ですが、」

「僕が!! 必要ないと言っているんだ!!」

 必死だった……。

 何時か……クリスティアの横には自分ではない、人間の男が立つのだと。 両腕で抱きしめ、口づけを交わし、甘えるのだと……そう考えれば、何時までも幼いままでいて欲しいと思わずにはいられなかった。
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