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1章

08.正義のモフモフ(私にとって)

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 逃げて、逃げて……必死に走る。
 小さな手足を考えれば、男は追う事を楽しんでいる事は容易にわかる。

 逃げて、逃げて……小さな身体を利用し、枝葉を伸ばす木々の隙間をくぐり進む。

 気まぐれに楽しみ、不気味に笑いながら追う男に、クリスティアは絶望を覚えていた。

 走る意味は何処にある?
 無駄なのよ!!
 そう思っていても止まる事は出来なかった。

 ずっと、自分は強いと思っていた。
 その間違いをクリスティアは理解した。

 私は、弱い……。

 それでも助けを求める事は諦めて、微かに聞こえた泣き声から遠ざかるように走った。  泣いているような人を巻き込んではいけないと、木々の隙間を行けば初めて買い与えられた新しいワンピースは破けボロボロになり血がにじんだ。

「いったぁああああ!!」

 ヒステリック気味に叫びながら、自分の中に攻撃と言う選択が無かった事を悔いた。 それでも止まれば……いえ、追っての気まぐれが尽きれば終わりだ。

 いっそ……菓子でもばら撒く?

 そんなくだらない事を考えている中で、鐘が鳴り響き、奏でられる音楽が耳に届く。

『あぁ、遊び過ぎた……』

 振り返る男は立ち止まり……そして投げつけられる10を超える細身の短刀。 短刀は動く小さな的を難なくとらえていたはずだった。 だが、間に泥と赤黒く乾いた血と、未だ乾かぬ血に赤く染まった大きな灰色の犬が間に割って入った。

 思わず止まった。

「なっ、にを!! 逃げなさい!!」

 と、叫んでは見たけれど……大きな犬はその身体で全ての短刀を受け止め、そして短刀が落下する。

『邪魔をするつもりか』

「がるるるうるるるるうる」

 牙をむく大きな犬との睨み合い。

 男は、腰の大剣を手に伸ばすが……僅かに考え込み止めた。

『縁があれば、また、会おう。 それまで……逃げ切ったならだが……』

 男にとっては目の前に立ちはだかる大きな犬よりも、時間の方が気になったらしく背を向けた。 背を向けながらもその手は剣にすぐに伸ばせるだろう状況が作られていた。

 もし犬が飛び掛かったなら、そのまま切りかかろうとしているように見え……私は犬に抱き着いた。

「お願いだから、動いちゃダメよ……」

「わぅ」

 犬の目は長い毛並みに隠れて見えない。
 だけど、怯えているかのように震えていた。

「大丈夫……静かにしていれば……」

 多分、きっと……平気なはず。
 何か都合がある。

 王宮、貴族の事は夢渡りでも多くの情報を得られていない。 少ない情報と今を比較しても数百年の時は、色々な変化があるだろうし……。 それでも、あぁ言う人がただ王宮に集まる貴族を見に来ただけなんて事はないだろう。

 多分、無いはず?

 私は首を傾げた。

「わう?」

「いえ……王族の機嫌を損ねたら殺されるかもしれないから、気を付けるように言われていたんですけど……アレは王族?」

 聞けば、犬は大きく首を横に振るった。
 じゃらじゃらとぶっとい千切れた鎖が鳴る。

 首には分厚い金属の……色んな封じがされている首輪がされていた。

「重たそう……」

「わうわうはふぅん」

「ぇ……んっ……っと、話をコロコロ変える事への突っ込みかな?」

「わふ」

「そうね……話を戻すにしても……」

 そんな事をボソリと言いながら、私は首輪に触れていた。

 薄汚れた犬だった。

 身体こそ大きく立派だったけれど、新しく濡れた血、固まってどす黒い血、汚れ固まった毛並……私を助けてくれた犬……は、きっと優しいのだろうと思う。

「そう言えば……逃げた方が良いのかな?」

 今の恰好はワンピースだけでなく、折角整えた髪もボロボロで、彼方此方から血が滲み出ていた。 両親が期待していた事は不可能……いえ、やろうと思えば服の1つや2つ作り出す事は出来る。 だけど、最初から望んだことではない訳だし……。

「よし、逃げよう!! と、思うのだけど……」

 心のどこかで、あの追い回してきた男が気にはなっていた。 気になってはいたけれど、流石に王宮の警備があれば大事になる事はないだろうと思う事にした。

「アナタは、どうします?」

 明らかに虐待の痕がある。
 自分を助けてくれた。
 見た目は怖いけれど……きっと、優しいはず。

「もし、よければ私と一緒に来ませんか?」

 とは言ったものの勝手に馬車に乗って帰る訳にもいかず、どうやって帰ろうか悩みどころではあるんですけどね。 背中に乗せて帰ってはくれないだろうか? そんな下心が無かったかと言えば嘘になる訳で、首をブンブンと横に振られた時は……やっぱり邪まな事を考えてはいけない者だと反省した。

「そうですか……とは言え、命を助けて貰ったお礼を何かしたいのですが……」

 身体を綺麗にして、ケガの手当をして、食事で持て成す事が脳裏に過ったが一緒に来ることは拒まれている。

「どうしましょう?」

 首を傾げれば、きゅ~ん等と声を出し一緒に首を傾げる犬。 汚れの具合を見ても、何日も身体を洗ってはいないのが分かる。

「う~ん」

「がうがう」

 多分、真似をして音を発しているだけ。

「実は、恩返しのために……」

 私の接待計画を告げた後にこう続けた。

「えっと、王宮内で落ち着けるような場所はないでしょうか?」

 瞳を閉じ首を横にふる。

 もしかして助けてくれたのではなく、偶然通りかかっただけなのかも? そう思えば、余りシツコクするのもダメだなぁ……と思う訳だ。

「えっと、助けて頂きありがとうございました。 その……長くお引止めしてしまいごめんなさい。 何か私に求める事があれば、今日の恩返しをさせていただくので遠慮せず申してください」

 大きな犬にしか見えないソレに敬意を込めた。

 ただの犬にはしないだろう態度をとったのには理由がある。 夢渡りで覗き見るご先祖様の記憶の中、白いドラゴンを王として国に迎えていた。 人語を理解する白い……いえ薄汚れ微妙な色だけど……ソレが初代王と同類で無いとは言い切れないから。

「きゅ~ん」

 なぜか、切なそうな声で鳴いた犬は、ごしごしと首元を私の手に擦りつけてきた。 だから、金属製の太い首輪の下が蒸れるのだろうか? と考えた訳だ。 で、首輪の下に指を忍び込ませれば、こう硬い石のような感触が指先にあたった。

 顔を寄せて毛を分けてジッと見て見れば、首輪で傷ついた首元に血の塊が出来ていた。 そして……首輪にかけられた無数の魔術が施されていた。

 魔道具で何かを封じられている事に気付いた。

「もしかして、一緒に行かないのではなくて、首輪のせいで一緒に行くことが出来ないと伝えたかったの?」
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