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「いい加減、懲りたらどうなのよ」

 山積みになった実験用の発酵バターを使ったビスケットに手を伸ばすジェシカの手をピシャリと私は叩く。

「そうですね。 食べられる物を作る時は、忘れず鍵をかけることにしますよ」

 そう言ってジェシカを研究室から追い出し鍵をかけようとした。

「じゃないでしょう!! 貴族にプロポーズされて調子に乗るんじゃないって言っているの!! 嫌だ嫌だって言いながら、結局喜んでいるんじゃないの?!」

「別に喜んでないわよ。 それより脈絡なく噛みつくなんて……また振られたの?」

「うるさいわね!!」

 昔は喜んでいた事もあったけれど、貴族に愛されればお姫様になれると思っている庶民がいるなら、私は言おう!!

 そこに愛は無い!! と……。

 日頃から美貌を磨く努力をしている貴族令嬢に、庶民が外見で勝てる訳もなく……でなければ、貴族の家を捨てても一緒になる!!と言ってくれる人でない限り、庶民と貴族のカップルに待っているのは、給料の発生しない主従関係……いえ奴隷関係に他ならないだろう。

 ただ、こういう事は言葉に出すものではなく、胸に内側にそっと秘めて置く方がいい。 性格の悪さばかりを露呈して良いこと等……多分ないだろうから。

「へぇ? そうかしら?」

「ジェシカ、最近振られたからって絡まないで下さい」

「なら、研究室に私を入れて、あの良い香りの物を食べさせなさい!!」

 きっと私が諦めるだろう不毛な攻防を続けていれば、ブラッドがやってきた。

「何をしているんですか? こんなところで」

「いえ、食べ物を奪われると言う状況にいい加減懲りろと言われたので、鍵をしめようとしているところです」

「なるほど……。 では、孤児院からイチゴが送られてきたのをお裾分けに来たのですが、物々交換は如何でしょうか?」

「OKです!!」

「では、失礼します」

「わかった、わかったわよ!! エリーズの新作髪留めでどうよ。 対価としてはこっちの方が比重が大きいから、数回分先払いって事で」

 ジェシカが居れば、勝手にコーヒーを入れ始めているブラッドが笑いながら言うのだ。

「今までの分を考えれば、むしろツケの清算ではないですか?」

「わかったわよ!!」

 ちなみに……今日は、発酵バターのビスケットと言うものを作ってみた。 バターの段階で既に発酵しているんじゃない? と、思うだろうが、普通のバターは発酵していない。 原料のクリームを先に発酵させておくと言う手間を加える事で風味と深みを出すのだ!! と、偉そうに言ってみるが、乳製品は発酵している物と言う私の勘違いから生まれたものだから、思い込みと言うものも時には有効利用できると言うものだ。

「これは……今までのビスケットを凌駕する味ね!!」

 ジェシカからの称賛は、裏がある。

 何しろ彼女は商人社会のサラブレッドですからね。 でも、専門性を持って作り管理するならともかく、本格商人向きではない。

「保存が効きにくいし、手間がかかるから諦めなよ」

「保存? でも、ほら、実験してみないと。 ねぇ?」

「気になるなら自分で実験をどうぞ」

「私、料理はねぇ~。 データが使えれば儲けになるんだしさぁ。 にーにゃちゃ~ん」

「抱えている実験が多すぎて無理です」

「ケチ!!」

「コーヒー如何ですか?」

 ジェシカと私のやり取りに割って入るブラッド。 私は、ならばと氷冷庫へと手を伸ばした。

「ビスケットにクリームでも付けますか」

「コーヒーは香りと苦みがいいと言うのに、子供ですね」

 薄く笑いながらブラッドは私にコーヒーを渡し、そして頭を撫でて来る。 やめろよう~と払いのけはするけれど、決して嫌な訳ではない。

 ブラッドは孤児院で若い子供達の面倒をよく見ていた。

 保護者のいない不自由はあるけれど自由気ままに過ごして居た私と違い、そして、庶民とは言え商会主の娘として安定していたジェシカとも違い、入学可能年齢から4年遅れて入学したお兄さんだ。

 貴族たちは彼が学年1位をキープしている事に対して、年上なのだから当然だと揶揄しているが、特待生に求められるのは唯一無二で、経験した年数でどうこうできるものではない。

 結果、彼もまた貴族から嫌味を言われている仲間だ。

『糞オヤジぃいい!!』
『ロリコン!!』

 下品で低次元な貴族達の嫌がらせは止まる事はないと言う奴だ。

 暇と言うものの罪深さを考えてしまう。

「でさぁ、話は戻すけど。 これは是非、父に食べてもらいたいんだけど。 ビスケットな訳でしょう? ビスケットと言えば保存食じゃない? どうして保存がしにくい訳よ。 そこが納得いかないってのを何とかなさい!!」

 なんとかって……。

「えっと……」

 腐敗の有効利用が私の実験対象であるのだけど、改めて一から説明すると言うのは面倒な事だ。

「取り扱いには気を付けますから、孤児院での特産品とさせて頂けませんか?」

 そう言われれば、ふむと私は頷きブラッドの手を取ってジャッジを行う。

「ブラッドの勝ち!!」

「ちょっと、待ってよ!! 私の方がニーニャに対する利益還元率は高いでしょう!!」

「いえ、利益の問題ではなく……この場合は、衛生管理にどれだけ時間を割く事ができるかがポイントなので。 それに良い事をすれば、やがて良い事が還ってくるかもしれないじゃないですか」

「はんっ、あんた、やっぱり猊下とお似合いだよ」

いや、何か違うだろう? と、思うのだけど。 これ以上言いあっても仕方のない事と私は言葉を止めた……のだけど……。

「うわぁ、ありがとう。 やっぱり見ている人は見ているって事だね」

 いつの間にか私の研究室に入ってきたのは猊下ことエドウィン・フォスター。

 私、鍵閉めたよね?

「いいなぁ~。 僕も混ぜて下さいよ」

 椅子に座る私を見下ろすのではなく、あえて腰を下ろし姿勢低くしゃがみこみ、低い位置から私を見上げて来る。 青く大きな瞳でジッと見つめて来るのは卑怯だろうと言いたいが、最近の彼の言動がマイナスポイントとなって彼は癒しの無い可愛いだけの存在となっている。

「えぇ、まぁ、仕方ないですね。 ところで鍵は締まっていたはずですよ」

「その素っ気なさも素敵ですよ。 あと、僕にとって鍵等、ないも同然です」

 そう言う魔法を使ったのかと思えば、針金を見せつけ、胸を張って言うのだ。

「あの程度で、僕を締め出そうなんて無理なんですよ」

 ジェシカはいい加減懲りろ追い出せ!! と、でも言わんばかりの形相と身振り手振りをしてくる。

 分かっています。 分かっていますよ? だけど……。

「ぁ、僕はジャムがいいなぁ~」

 マイペースの大将。 自分は何をしても許されると思っている相手だ。 上手くやらないとなんでなんでなんでなんでと授業開始が始まるまで問い詰められる事になる。

 そんな私を助けてくれたのはブラッドだった。

 流石子供の扱いには慣れている人だけあって、エドウィンの両手にジャムとビスケットを持たせ、そして部屋から放り出し物理的鍵に加えて魔法鍵までしめていた。

「グッジョブ!!」

 親指を立てるジェシカ。

「仲いいわね」

「何、嫉妬? あんただってモテモテじゃない猊下にさぁ」

 ヘラヘラとジェシカが笑う。

 嫌味か、嫌味だな。

 そんな感じで適度にエドウィンを回避できると言う状況が、どうにもエドウィンとの縁をきっちりと切ると言う事を伸び伸びとさせてしまい私を大きな後悔へと導く事になる。
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