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21.完結

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 政治、教育、日常生活、あらゆる事が40年の間、少しずつ竜の民の性質に会わないものに変換され続けていた。 それを修正することは大変な事で、1年や2年で修正できるものではないでしょう。

 それは誰にでも想像がつく事。

 そして、王を名乗らずとも、今現在、全ての采配を振るっていディルクが、絶対的な権威と地位と力を持って行うのだと誰もが疑う事はないようです。

 今のディルクは、竜の私から見ても、竜の無関心さを補うように、人の行動パターンを真似ているに過ぎないと言うのに……それでも王が強いと言うだけで、彼等が安心できると言うなら……それはとても怠惰で愚かな思考ではないでしょうか?

 たった1人ディルクが王位を嫌っていると知っているロイスは、必死にディルクを人に引き戻そうとするのですが……。

「ねぇ、ロイス。 竜と人は多くの価値が違うわ。 強くて、長生きで……いいえ、その呼吸の1つで奇跡すら起こせる存在が王になるのは間違っているのではないかしら?」

「彼は昔から、あのように無気力でした。 無気力な中で誰よりも器用に何事もこなしていらっしゃいました。 えぇ、彼は変わりません」

 暗示のように繰り返すのです。

「それに、長寿の竜が国を治めると言うことは、王が変わるごとに政策が変わり民を振り回す不安もない。 長い安定は国を豊かにするでしょう。 それにディルク様には竜の姫君がいらしゃる。 誰もがディルク様が王となることを望まずにはいられないでしょう」

 あぁ、ダメですわ……。

 恋する盲目者のように、彼は人以外が人を治める弊害を考えようともしない。 私は溜息をつき……人の不利をしてディルクの仕事を手伝っていた。



 酒聖女を返品し1年。

 40年もの長い酒聖女の影響の中で、若い貴族達は、自ら竜の血を引いているにもかかわらず、竜を嫌悪する者が一定数存在したし、聖女信仰を絶対とする者も存在していた。 ディルクは

「多様性として受け入れても構わないのだろうが……本能が拒絶するのが困ったものだ」

 そういいながら、簡単に人々を処分していく。

 私もまた人から竜になった身、私自身は殺しは嫌だけれど、人を認識するのが難しいと言う感覚は理解できる。



 ディルクは、私が人だったころに関わりあるものを罰した。

 従姉妹であるダイアナと共に夜会に出ていた祖父は、かなり早い段階で誰に気に掛けられる訳でもなく、肉片として見つかっていた。 考える暇もない死は幸福か? 看取られ悲しまれない死は不幸か?

 ダイアナの死の知らせと同様に、祖父の死は私の心を動かすことはなかった。

 叔父とその妻、使用人達。

 そんな人達は、私を救ってくれる事はなかったけれど、死罪とするには少しばかり気の毒な気もしたため、叔父と使用人達は、財産を没収した上で、辺境での強制労働が義務付けられた。

 叔父の妻であった女性は、彼女の生家が自らの一族に汚点を残したくはないと、積極的に娘の死罪を求めてきたため死罪とされた……。 王宮の中では、可哀そう、理不尽と言う者もいたが……私には理解できなかった。

 そして、私関連で最も厄介だったのは母である。

 角を失くすまで、母は父の特徴を多く持つ私を、父の代わりとして愛してくれはしていたのだけど、角が切り落とされてからの扱いは酷く、私を殺しかねないと叔父が遠方へと嫁に出したのだと言う。 その母が、私の所有権を主張し暴れこんできたのだ。

 所有権と言う言い方にディルクをまず怒らせ、問答無用で牢行きとなった。 嫁ぎ先の家族が迎えに来たものの、私を取り戻すのだと帰ろうとはせず、牢屋生活が行われた。

 だが、いつの間にか牢の鍵が外れ、母は、私を奪え変えそうと、ディルク殺害を企てた事でその場で処分された。



 人の生を終えてからは、人であった時の事に一切の執着をしておらず、感情を動かされることなく、私は淡々とした様子で、報告を聞くだけだった。 例えソレが生みの母の死であっても。



 国が国として動くのに十分な態勢が整った頃。

 酒聖女の3番目の息子で、ディルクの弟にあたる人間を呼び出した。

「お呼びと伺い馳せ参りました」

 呼びだした場所は、酒聖女が日頃使っていた場所。 そこそこ威厳も保て使い勝手の良い部屋を選べば、酒聖女の部屋か王の執務室となる。 未だ王位につく事を宣言していないディルクは酒聖女の部屋を簡単に改装させて使っていた。
 
 座れとディルクは、彼の弟セトにソファを勧める。
 私はミニドラゴンのままでお茶を運んだ。

 ペコリと私に向っても頭が下げられる。

 彼は、酒聖女の3兄弟の末とは思えないほどに優しすぎる男。 そういう意味では、彼の父親に似ているのかもしれない。 ディルクは彼等のそんな優しさを嫌ってはいるが、それでも今日はあえてディルクから彼を呼びだしたのだ。

 この1年の間、私はあらゆる場所で彼を見かけ、挨拶を交わした。 基本的には業務が滞っている場所の手伝いをしているらしいのだけれど、良く働くこと以上に、何処ででも十二分な働き手として能力を発揮できる有能さに私もディルクも驚いていた。

「ようやく、僕も罰を受ける日が来たのですね」

「この1年、オマエのことを調査し続けたが、罰を与えられるような罪は見つからなかった。 それほどまで罰を望むなら相当なことを行っているのだろう。 自分から罪を告白してくれないだろうか?」

「……僕は……」

 そして言葉が止まった……。

 私もディルクも知っている。 彼を誉めるものは山ほどいたが、彼の罪を訴えるどころか、貶す者が1人たりと存在していなかった。

「僕は、黙ってみていました。 多くの人がツライ思いをしていると知りながら、母の行いを兄の行いを止めることもせずに、耳を塞いでいました」

「そりゃぁ、オマエには無理だろう。 竜の力も持たず、味方も持たず、負担ばかりを背負うことが出来なかったのが罪だと言うのか? そもそも、1人で何を出来るというんだ。 もしオマエに罪があるとするなら、一歩進み他者と話し合い協力しあえる関係をつくらなかったことだろう」

「そう、ですね」

「オマエは、人を救えない事を不甲斐ないと、自らの罪だと言ったんだよな?」

「はい……」

「なら、人を救うための力を手にしろ」

「それは?」

「王になれと言っているんだ」

「「「「「殿下!!」」」」」

 部屋にいた貴族達が慌てふためく。

「私は、アナタこそが王位につくと思っておりました!!」
「アナタこそが竜の盟主としてこの国を継ぐのにふさわしいと言うのに」

 様々な言葉でディルクを止めている。

「生憎と、俺は竜の血が濃すぎて……人に興味を持つ事が出来ない。 嫌いなものは死ねとは思う。 良い行いをする者、優しい者、働き者、命令に忠実な者、いろんなものがいる事はわかる。 行動の認識もできる。 だが、人間と言う存在の良し悪しが理解しきれない。 当然、セトのように困っている人を助けたい、優しくしたい、皆で幸福になりたい等のような考えは持てない。 俺は俺とティアが幸福ならそれでいい。

「人々はアナタが王となることを求めているんです!」

「それは、竜の血の本能だ。 だが、この国に生きる者は、大抵は人間だ。 人間の群れを治めるべきは人間でなければならない。 もし、俺が王となれば、誰かが退治しにくるだろう」

「無理です……僕は、あの人の息子で、あの人達の弟です」

「安心しろ、俺の弟でもある。 オマエが王として認められるまでは、オマエのペットとして飼われてやるよ」

 そう冗談めかしてディルクは笑いながら言った。



 それから、私達は王宮内に作られた幻獣専用の宿舎を拠点に、ディルクと私ティアは王家の守護聖獣としての日々を送る事となる。

 時々、私達は大きな翼を広げ、王宮を飛び出し国内を巡る。

 各地を視察しついでに魔力生物の勧誘を行う。 温和に交渉をしているけれど、こっちはまだ若いとはいえ竜2匹。 幻獣にとってみれば脅しのようなもの。 ですが、今の私達にとっては良い娯楽となっていた。

 あの日、ディルクが自分は竜だから人を理解しきれない。 そんな風に語っていたけれど、幻獣の世話をし、王の仕事を手伝い、時々サボって街を散歩しカフェでお茶をする。

 私には、ディルクはやはり人間にしか見えないけれど……。



 彼は羽の1本、鱗の1枚まで、私が愛おしいと口づける。 存分に体を寄せ合い体温を交し合い唇と唇を深くあわせる。 もう、ディルクから魔力を得る必要はないけれど……私はディルクの甘い囁きが好きだ。

「綺麗だよティア」

 私を撫でる手が好きだ。 もっともっと触れてほしくて羽毛を消せば、人間のような素肌が露わにすれば、唇で舌先で、大きな手で優しく撫でてくれる。

「好きだよ。 俺の姫君」

「私も好きよ、ディルク」

 クスクスと笑い合い、頬を摺り寄せる。 私達は人のように竜のように身体を重ねあう。

「ディルクは人? 竜?」

「ティアと一緒にいられるなら、俺は人にも竜にもなるよ。 君しかいらない。 他はいらない」

 王が王として育つまで、王の補佐として王宮に留まる事を約束し、長い年月が過ぎていた。 ロイスは結婚し、子供を儲け、その子は私が彼と出会った頃の年齢に近くなっている。

 王の子も、王が王位についた年を超えていた。

「長く王宮に居過ぎた……」

 人は力ある者に頼る。

 あの優しかった王が戦争に乗り気になるほどに、他者の力を自分のものと誤解する。

「兄さまがいれば、相手はソレだけで怯える。 兄さまがいれば民が傷つくことはない」

 ソレではいけない。
 ソレはダメだ……。

 私は、父に捨てられたのだと思っていたが、父が人の世に留まらなかった理由を知ったような気になった。 私は捨てられた訳ではないのかもしれない。

「時期がきているのだろう。 一緒についてきてくれるか?」

「当り前です」

 そうして、私達は私達の幸福のために、空へと飛び立つことにした。

「何処ヘ行こうか? 北方に酒でも飲みに行くか?」
「南方に、果物を食べに行くのも悪くはないですわ」

 その後クライン国がどうなったかと言えば、王は突然にヘタレて戦争回避した後、ディルクの石像を相手に毎日帰ってきて欲しいと嘆いているそうだ。 だけど忙しさにきっとソレもすぐに終えるでしょう。



 いつか、私達が伝説となるころに戻ります。
 その時には、自慢の故郷だと、得意げに語らせてくださいね。



Fin
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