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06.自身の価値を知らぬままに腹を満たす

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 胸のあたりを中心に人型から猫ぐらいの大きさの生き物になった訳だから、ポスっと軽い音と共に青年の膝の上に落ちた。 その重さは猫と比較しズイブンと軽い。 元々は人間だったにもかかわらず、ドラゴンの身体は人でいる時よりも身軽で動きやすいようにすら思え、翼と尻尾をパタパタと動かして見せた。

 翼は魔力を纏い僅かに身体を浮かせたが、ソレは直ぐに四散しグラリと眩暈を覚える。

 人間の時は飛べたのに……。

 飛べないだけでなく、グルグルと魔力が異常に体内をかけめぐり気持ち悪くなってくる。

 魔法生物なのに……体調が悪くなるってあるの??
 この翼は、恰好だけなのかな?

 私は幻獣になってもダメな子だ……。

 テーブルに手をついて悲しみのポーズをとってみれば、私の様子を黙って見守っていた白銀色の方の青年が、短い腕の両脇に両手で差し入れ、顔の高さまで持ち上げた。

「まだ、飛ぶのは早いだけだ。 落ち込むな」

 瞳を細め笑って見せる彼は、私をテーブルの上にトンと置く。

「時間がたてば飛べます?」

 私が見上げれば、指で白銀色のタテガミを梳くように撫でてくる。 触れられるのが心地よくて目を覚ましたばかりなのに眠くなる。

「その体は幻獣として形を成したばかりの赤ん坊。 今の状態では魔力を作り出すことが出来ず、生きると言うだけで魔力が消費されてしまう。 君には食事が必要だ。 お腹がすいているだろう?」

 ウトウトし始めた頭で少し考えてみるけれど、お腹が空いている様子はないと思う。

「へいき、です」

「そうか? 形を作るのに魔力を使いきっているはずなんだが?」

 そう言いながら、白銀色の青年は自分の指を軽く傷をつけた。

「血……でてるよ?」

 甘い匂いがしているような気がした。

「ほら、舐めろ」

 差し出された指先に、ぷくりと血が溢れ形作る。 奇妙な喉の渇きがあることに気づいた。 だけど……

「人を食べるのは嫌」

 幻獣は人を食べないから、人を襲わないから幻獣で、ソレをしてしまえば魔物として狩られてしまう。 それぐらいのことは知っている。

「別に食べられる訳じゃない。 生憎俺は母乳が出ないから仕方ない」

 肩をすくめながらけらけらと笑って言うが、いくら中性的と言っても男性から母乳をもらって育つのは嫌だ。 多分、そんなゲンナリした気持ちが顔に出ていたのでしょうね。

 あぁ、生き物(植物も可)の体液には魔力が含まれているためで、決して彼が救いようのない変態と言う訳ではないのです。

「殿下、下品です。 魔力補給ならラミアにクロコッタが子育て中なので、乳を分けてもらえばどうでしょうか?」

「お前が自分で、育てろと言ったんだろう?」

 ニヤニヤと言われれば、ロイスと呼ばれていた男は深い溜息をつき、私に哀れみの視線を向けてきた。

「申し訳ありません。 私が軽率な発言をしたばかりに」

「あの……私はどうすればいいのでしょうか?」

「なぜ、ロイスを頼る? 俺が面倒を見てやると言っているだろう? 血が嫌なら一度人型に戻れ」

「でも……裸だし……」

「幻獣の癖に細かな事を気にするな」

「……」

 元人間だから、気になるんですと言う言葉を飲み込んだ。 なんとなく、なんとなくね、危機感を覚えたわけなのですよ……。 チラチラと私は助けを求めるようにロイスを見れば、部屋の片隅にかけてあった外套を、私の上にかぶせてくれた。 だけど、体力がないのか、竜の姿が小さすぎるのか、外套が立派過ぎるのか、実は想像しているよりもお腹がすいているのか、とても重いの……。

 それでも体は隠せるし、大きくなれば服の重さに潰されることもないだろうと、私は半人の姿に戻った。

「それ(で、これから何を)……」

 唇が塞がれ驚いていれば、舌が口の中に差し入れられ唾液が流し込まれた。 生ぬるい粘度のある液体が口内を濡らす。

「んっ、やっ」

 唇が放され耳元で囁かれる。

「ちゃんと残さず飲み込め。 ソレがオマエのご飯だ」

 白銀色の男は私の髪を指先に絡めとり、耳に触れてくる。

「耳は、人のものなんだな」

 熱い息が耳をくすぐり、耳の形を確認するように撫でられれば、尻尾や翼の先がプルプルしてしまう。

「可愛いな。 まだ、お腹は満ちてはいないだろう」

 チュッと唇の縁が口づけられ、濡れた舌先が唇を舐めて離れた。

 なぜ……。

 私の呼吸は荒くなっている。 飢えた獣のように頭が痺れ、唇についた唾液を舌先でなぞっていた。 唾液は水を飲むのとは違い、込むのがツラかった。 なのに、私はソレを求めていて。

 頭が痺れる……。

「もっと……ちょうだい……」

「誰でもない俺だけを求めるなら、俺が責任をもって君の飢えを満たすよう誓おう」

 甘い囁きは、孤独という飢えを満たす。 なのに、その甘い誓いの言葉に狂気を感じてしまうのは……気のせいだでしょうか……。

「舌を出してごらん」

 青年は言う。

 言われて私は舌先を出し伸ばす。 人のものよりも少しだけ細く長い舌の上に、白銀色の青年は唾液を垂らし落とすから、私はそれを必死に受け止め口内に流し入れる。

 ぁ、はっ、んっ

 甘い味に酔うように、私はその唇を貪るように合わせ、口内を刺激するように、唾液を舐めとるように舌を這わせ、絡め合わせるために差し出された舌を吸う。

 はふぅ……

「美味しかったか?」

「んっ」

 今まで向けらえていた優しい視線、微笑みが、アヤシイ色をまとっているが……この時の私は、満足感に気づくことはなく、幼子のようにウトウトと青年の腕の中に倒れこみ眠りについた。





「殿下……幻獣の幼体相手に何をなさっているのですか……」

 呆れた声でロイスが言いながら、紅茶を差し出した。

「問題ない」

「殿下には問題ないでしょうが、幼体には刺激が強すぎます。 せめて選択の余地を与えるべきではないでしょうか?」

「普通の幻獣なら配慮もするが、俺が知っている限りこれは人としての生を過ごしていた経験がある。 とはいえ……ここ数年、噂は聞いていなかったのだがなぁ」

「噂ですか?」

 ロイスが神妙な表情を見せるのには理由があった。

 白銀の竜は王家の象徴とされており、高祖母が王家の血を引いている等の遠い血筋ですら王座を与えてしまうためだ。

「そう、余りよろしくない話があったんだよ。 今の王家は真の王家にあらずってな」

 白銀色の青年『ディルク・クライン』クライン王国の王の血をその身に受け継ぐ庶民の子であり、お気楽な三男は、その玉座を手に入れたも同然の立場でありながら、軽々しく他人事のように笑って見せた。
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