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74.旅立ち(終わり)
しおりを挟むルドリュ伯爵領でのシグルド様は、
自身は身に覚えの無い謝罪を幾度となく繰り返した。
正直、根気の有る人だ……と思った。
簡単に逃げるだろうと、傷つきたくない私は予防線を張っていたが、シグルド様は上手く立ち回り、やがて人々は馴染んでいった。
「皇子様の割に、随分と粘り強いものね」
そう呆れて語ったのは、母だった。
「疑念、猜疑、嫌悪、身に覚えはないけれど、宮殿で過ごしてきた日々と比べれば、気にする事ではないさ。 俺の記憶には残っていないが、幾つもの矛盾が、記憶を封じる檻を壊しかけている。 そう考えれば……我慢も出来ると言うものだ……ヴェル、ヴェルディ、嫌な思いをさせたな……それでも、また出会えてうれしいよ」
そう言って、シグルド様は私に甘く囁き抱きしめるのだ。
そんな様子を見せつけていれば、日々、人々の態度は軟化すると言うものだ。 なにより、彼は力仕事を進んでしてくれたから……。
ソレに加え、森の民の自由を侵害しないを初めとする多くの誓約を交わすことに同意した。 流石に内容を無視してと言う訳ではなく、幾度となく誓約の中身は話し合われたが。
そんな日々を過ごしているうちに、客が訪れるようになった。 貴族の客だ。
皇帝位を取ってくれ。
シグルド様は、ニヤリと笑っていた。
想定通り、ようやく事が動いたと……。
そして、シグルド様は私を抱きしめて、耳元に囁いてくる。
甘く甘く囁かれる言葉は、とても苦い。
「皇帝位を取ってもいいか?」
返事は……出来なかったけれど、腕から逃げる事も出来ない。
「嫌なら、ソレでいい。 婿入りするのも悪くない」
ソレはとてもいけない事のように思えた。
「そういうわけには!!」
「だけど、俺は、ヴェルと一緒にいたい」
どう……すれば……。
私が知る皇妃と言う存在は、ルイーザ様だった……。 あんな風にはなりたくはないし、誰かをあんな風にしたくもない。 そんな私の気持ちを知ったのか? 彼は言う。
「俺は、ヴェルディしか愛さないし、他に妻を娶る気はない」
「むかし」
「うん?」
「貴方は、私を愛する約束はできないと言ったの」
「愛さないと言う約束もしていなかった。 未来は、不確定だから。 今もヴェルを愛しているし、これからも愛すると言う以外の約束は難しいな」
誤魔化されてはいけない。
私は黙り込んでいた。
シグルドは、溜息交じりに呟きのように告げる。
「……ヴェル……国を治めるのを手伝って欲しい」
胸が痛んだ。
私はまた利用されるのかと?
「なんて事は言わない」
「へっ? 言わないの?」
「言わない。 俺は、俺とヴェル以外の幸福以外はどうでもいい。 ヴェルは巨大なおもちゃ箱があるぐらいに考えていればいい。 好きなように遊べばいいんだ。 まぁ、面白そうな事には混ぜてくれると嬉しい」
「それって、怒られそうだね」
誰にとは言わない。
シグルド様が言うおもちゃ箱を手に入れるためには、多くの犠牲を伴うだろう。 でも……おもちゃ箱をゴミ箱のように使う皇帝陛下よりも、私の方が随分とマシだわ。
愚かにも2人の息子たちと同じ失敗へと進んだ皇帝を排除したいと言う者達は少なくは無く、シグルド・カール・テン・ホルトは、劇的でもなく、感動もなく、なんともツマラナイ状態で呆気なく皇帝位を得る事になる。
多くの者がシグルド様が皇帝の地位に就く事を喜んだ。
だが、そんな大勢を無視して、彼は私だけを見つめる。
悪戯めいた笑みを浮かべ、手を差し出してくる。
「さぁ、一緒に遊ぼうか?」
「うん!!」
私が手に手を重ねようとすれば……彼は獣の姿を取った。
「クロードシバラクは頼む!! 俺達は、国内視察の旅に出るから!!」
馬鹿なの?!
そう思いながらも私は笑っていた。
共に歩む人生を楽しむために、私達は前進する。
終わり。
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