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38.その皇子を私は知らない 02

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 しっかり握られた手は、振りほどこうにも振りほどけないほどに強い力で取られているが、傷つけないよう優しく柔らかく触れられている。

 どう、なっているのだろう?

 第二皇子が手の甲に口づけながら言う。

「可愛いね」

 恐怖を感じるような言葉ではないのに、私は怯えていた。

 どうしてでしょう?

 ランバードから繰り返し言われた可愛いと言う言葉に、これほど恐怖を覚えた事はあるだろうか?

「ぁ……えっと……、私、帰らないと」

 頭が働かない。

「なぜ?」

「だって、約束があるんだもの」

「皇子達以上に優先するものなどあるのですか? 皇子達は、とても素敵な方です。 皇子達は、貴方に興味を持たれた。 貴方も皇子達を知りさえすれば、私達と同じように、皇子達を愛するようになりますわ」

「な、らない!! 運命なんてくそくらえだわ!! は、なして!!」

「あぁ……汚い言葉を使うのは、いけない。 いけない事だ……お仕置きをしないと駄目だね。 君は理解しないといけない」

 強引に手を引かれ、私は椅子から落ちて……第二皇子の腕の中に転がり込んだ。 そして引き寄せ、抱きしめられる。



 とても、嫌な臭いがした。



「いやっ」

「あぁ、細い肩、柔らかくて、とてもいい匂いがする」

 腕の中で逃げようともがく私と、無理やりに口づけようとしてテーブルと椅子で逃げ場を奪う第二皇子。

 捕まった時点で、ミラに私を連れて逃げて欲しいと訴える事は出来ない。 逃げ出したとしても、必ず見つけ出されるだろう。 第二皇子、第三皇子は皇帝にとってとても大切な子供なのだから。

 その皇帝にとって大切な子がどうしてこうなっているのか?

 明らかに、普通には思えなかった。

 いえ、私の普通と違うだけで、コレが彼等の普通と言うこともありえるのだけど……。 分かるのは、ゼーマン公爵からの招待状には応じない方が良いと言うこと。

「離してください!! 私には、大切な人がいるんです」

「それは、私以上に大切な人かい?」

「あぁ、大切だな」

 と、答えたのは知らない男の声だった。


「突然に割って入るとは、無粋な男だ。 彼女は私の運命かもしれない、今からソレを確かめる。 ソレは誰にも止められないと言うのに……獣がひっこめ」

 何処か演技がかった様子でにやつきながら、第二皇子は言葉を続けた。

「そうだ、この子に選んでもらおう。 騎士訓練と言う名目の元で日々暴力を振るうオークランドの化け物と、私。 どちらの手をとりたい?」

 しっかりと腰が抱き寄せられたまま、上体を反らし顔を見合わせながら第二皇子は言う。 シグルド殿下の改革案によって、彼を見る目は変わって言っている。 とは言え世の令嬢達はドチラの手を取るか? と考えれば、家や一族よりも、長い歴史の中で語られるゼーマン公爵家の娘である第二皇妃の御子を選ぶかもしれない。

 だからこその自信なのだろう。

「私は、シグルド様を選びます!!」

「はっ、オマエが勝手に選んでも、与えられるものなんて何一つ無いのだぞ!! よく考えるといい!!」

「それは……」

 思わず、一族共に散々尽くしてきたのだから、何か返してくれても良いのだろうか? なんて、思考が過って、僅かな間が開いてしまう。

「そう、そうだ……よく考えろ。 兄弟や親、一族のために奴に媚びを売っても、奴が何かを与える何てことはない。 今までだってそうだ!! 奴を選んだって、誰も褒賞を得た者なんていないんだからな!!」

「ぇ……」

 うわぁ……やっぱり、エッチな人だったんだぁ~。 と言う視線をシグルド殿下に向けてしまうが……シッカリ言葉を飲み込んだにも関わらず、睨まれ……そして……。

「いたいっ、何をする!!」

 叫んだのは第二皇子。

 シグルド様は、第二皇子の腕をつかみ力を入れたらしく、私を抱きしめる腕から力が抜けた。 そして、奪うように引き寄せられ……荷物のように左肩にヒョイっと乗せられ、その場を去っていく。



 唖然とする視線を送る者達。
 誰1人、私を助ける者はいなかった。

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