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36.貴婦人達

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 きっちりと着飾ったミランダは、美しい男装の麗人で立ち居振る舞いも美しく……目立っていた。

「少し、離れていてくださる?」

「それだと、お守りできませんが?」

「生憎と、私は殺されるような悪い事をした覚えはありませんし、少しぐらい離れていても平気でしょう? それよりも、貴方が側にいると目立って仕方が無いわ」

「大丈夫ですよ。 皆さん、視線は私へ向かっていてお嬢様を見ている者等おりませんから」

 ソレはソレでむかつく言葉だ……が、彼女の言葉は、余り事実のようには思えなかった。 舐めるような視線が彼方此方から向けられている。

 人の視線から逃げるように、隠れた位置の席を目指し途中で給仕に声をかける。 以前は女性の給仕が多かったのに、今は男性の方が多い。 5年もあれば色々とあるのだろうと済ませるには、サロンの雰囲気が違い過ぎていた。

「ここは、お嬢様には相応しく無いようですわ」

 雰囲気もそうだけど、それ以上に気になるのは、おかしな匂い。

「変な……煙草?」

「いいえ……、お茶に含まれているようです。 鎮静作用のある薬でしょうか?」

 何故知っているのか? 等とは今は聞かない。

「なんだか……イヤね」

「残るにしても、飲み物、食べ物を口にするのは控えられた方がよろしいでしょう」

「そうね……、今日のところは帰りましょうか?」

「お帰りになりますか?」

 なんて話をしているうちに、人が近寄ってきた。

「貴方、とても素敵なドレスを着ておいでですわね」

 女性の声は上ずり、おっとりとした声なのに、背筋がゾクリとするような声だった。

「えぇ、ありがとうございます」

 ミランダが椅子を引き、席から立ち上がるのを手伝ってくれたけれど、静かに音を控えすり足で近寄ってくる女性達は1人ではなく、5人でも6人でもない……最初の女性の動きに呼応するように女性達は周囲を囲んできた。

「ぇっ」

 不安から、ミランダの服を掴めば、ミランダはすっごく嬉しそうに目を細めて微笑んで見せて……ムッとし小声でつぶやく。

「別に、貴方を信頼している訳じゃないの。 貴方を紹介したランを信頼しているだけなんだから」

「わかっておりますわ。 それで、どうしますかお嬢様?」

 そう言って、手を繋いでくる。

 私達のやり取りは見えているだろうし、雑音で内容まで理解できなくても、会話をしているのは分かっているだろう。 だけど、何もないかのように女性は語りかけてくる。

「そのドレスは、どのような構造をしておりますの?」

 ふわふわとした声は、言葉に心が伴っていないかのような感じ。

「その髪飾りは、どこで購入されましたの? とても不思議なつくりで、素敵な色ですわ」

 開き過ぎるほどに下品なほどに開いている胸元。 引き絞ったウエスト、腰から尻にかけた部分を綺麗に形作るスカート。 ドレス自身の色合いも煽情的に見える濃い色合いに、胸を大きく見せる形と陰影が作られ、そして極めつけはアンバランスな素足。

「うふふ、貴方とてもカワイイわ。 お友達になりましょう」

 そろりそろりとした手つきは、ナメクジを想像させて……怖い。 ビクッと私は目を閉ざし身を引けば、私の身体はミランダで下がれなかった。 怯えたように見上げれば、ミランダの女性としては大きなゴツゴツした手が、私の鎖骨部分で交差されていた。

 その手は首筋に触れる。

 あぁ、と、どこか嬉しそうにミランダは息をついた。

「ミ、ラ?」

「田舎から出て来たばかりのお嬢様には、美しい皆様に気後れしてしまったようですわ」

 はきはきとした声でいいながら、首元を隠すように交差した手は、左手がウエスト部分を抱き寄せ、右手はランバールがするのとよく似た様子で頭を撫でて来た。 それで、私はホッとしてしまう。

「うふふ、私共も身に覚えがありますわ。 よろしければ宮殿での身の置き方をお教えしましてよ?」

 そう言って、私が1度は座った席に3人の女性が陣取り、そして残り1脚に座るようにと促す。

「どうぞ、お座りになって、上位貴族しか口にする事が出来ない特別なお茶をご馳走いたしましてよ」

 私は、抱きよせてくるミランダの左手の甲に、左手を重ねトントンと叩いた。 怖くはあるけれど、お茶は飲まなければいいし。 貴族女性達にオークランドの民であるミランダが負ける事もないだろう。

 問題は、私の恐怖心。

 そう、私は割り切って、席についた。

 私は恋するかのような恥じらいの表情を作り(作れているかは別)女性達に問いかける。

「皇子様のお話を聞けると……嬉しいわ」

 モジモジしながら言えば、あらあらうふふと微笑ましいとばかりに貴婦人が笑う。 そんな事すら怖いと言えば、考えすぎと言われるかもしれないが、同席している人とは別に、周囲を囲んでいる女性まで、いっせいにあらあらとするのだから怖いのだ。

「皇子たちは、運命の恋、魂の伴侶を求めておりますの」

「ぇ……」

 運命の恋など存在しないのだと、そんな青臭い、いや呪いのような思いこみを反省している私にとっては、ドン引きだった。
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