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16.異界
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「夢だ……夢なんだ……」
俺は呟いた。
両手で抱えるように持つコーヒーカップが温かい。
口内を喉を通るコーヒーの熱と香りと苦みが、これは現実だと伝えて来る。
だけど……あの夢だって……。
夢なのに記憶は今もハッキリ残っている。
生々しい肌の感触も、ふわふわとした獣の毛並みも……。
「お前にはあり得ない事が起こっている」
女医の塚本は一度言葉を切ってSPを振り返った。
「アレをくれないか?」
SPの男は、S大きめの布製バッグを塚本へと渡し俺の背後に立つ。
「なんだよ」
振り返ろうとすれば、俺の身体はSPに固定され……いや、固定しようとしたのに、想像したよりも軽い感じでソレを振り払う事ができた。
「ぇ?」
戸惑う、俺の視界に大きめの鏡が目に入った。
「なにっを!」
不満を口にしようとすれば、かなりがっちりとSPが俺の身体を支えて鏡の正面に固定する。 目を閉ざす暇もなく鏡にうつる自分の姿を俺は目を覚ましてから初めて目にした。
「ぇ……」
顔には一切の傷が無かった。
「なら、なぜ包帯を!!」
「病院に連れてこられた時は、火傷を負っていたと記録されている。 だから包帯は必要な処理だった。 それに、その回復力は異常だ、隠しておいた方がいいだろう。 で、何があった」
塚本が前のめりに聞いてくる。
「……」
俺が無言でいれば、初老の菅原が穏やかな様子で話し出す。
「それで、どんな夢を見たのかね?」
「夢の話ですよ」
「十分。 聞かせてくれるかね」
俺は忍の件を抜いて話をした。
「菅原先生、彼の語った話はどういう類のものだと思いますか?」
塚本が菅原に聞けば、ふむふむと僅かに考えそして菅原は語りだす。
「夢を媒介にしていると言う事を考え、その状況を検討するならだね。 この世界への影響力は薄い……が、この世界との関わりが強いそんな相手なのじゃろうな」
その言葉は少しばかり矛盾しているかのように感じた。
「それは、どういう?」
関わりたくないと言う思いとは別に、思わず問いかけてしまった。
「この世界と交わる世界には、神のごとき力を持つ者がおる。 そのように大きな力を持つものは、この世界にやってくる事すら難しいのじゃ。 だが、白山君が出会った……その夢の中の出会いは、比較的容易な存在だとわしは考えておる」
「あれが私の脳内でなく、本当に何処かに存在する場所だと言うなら、俺の身体がこの世界にあったのはおかしくはないか?」
「白山君の有った相手はなぁ……。 昔から何処にでもおるが、何処にもいない相手。 見える者には見え、見えない者には見えない。 見える者にとっては存在しておるが、見えない者にとっては存在しない。 そんな曖昧な存在じゃ」
俺は忍が言った人の数だけある真実と言う言葉を思い出していたが言葉にする事はしなかった。
その間も菅原は徐々に興奮しながら語り続ける。
「故に白山君が出会った世界は、強い力を持つ神々とは違いもっと近い、近しい存在なのじゃろう。 例えるなら、この世界の此岸と彼岸の間、もっと人にとって近い場所だと考えられておる。 彼等がこの世界に影響を及ぼすには、繋がりが必要となるのじゃ。 白山君は目をつけられたのじゃろうな」
「その世界と関わった事で、俺の回復力が高まったと?」
「わしはそう考える。 とある世界では、人は肉体、魂は生命の本質、生命の器(精神)が存在しているとされておる。 生命の器の一部を取り換える事で、お互いの人としての性質を変える事もでき、そうする事でこの世界に介入する事も出来るのじゃ」
俺は忍を思い出し、名前の無い感情に揺さぶられながら、落ち着かない様子で目の前の本を触っていた。
納得しそうになる気持ちと、あり得ないと言う俺の中の常識。 ぐるぐるとそれが巡って、結局は消化しきれずに吐き出してしまう。
「まさか、そんな事が……」
「信じられないのも無理はながのぉ」
「だけど、ここが異界の証明ともいえる場所なんだ。 興味深くはないか!!」
塚本も興奮気味な様子でドヤ顔ってた。
「怪しい本が並んではいるが……だからと言って、それが何の証明になる。 狂人が狂人ごのみの本を集めただけかもしれない」
「なんて、心にもない事を言うのは止めたまえ。 目が覚めてから、ココに来るまで少しは見て来たのじゃろう?」
菅原の言葉に、子供のオモチャのようなものを思い出し、それが何かを聞いた。
「子供がいたような痕跡があったが、アレはなんだ?」
「異界の者を見たり、感じたりするには、生まれながら持った特殊な才能が必要だ。 その才能を持って異界と関わる事で存在が変質する」
「俺は何のために子供がいたのか? と聞いている」
「異界を見るには特別な才能が必要と言ったが7つになる前は別とされている。 ことわざにもあるが、七つ前は神の内とね。 聞いた事は無いかね?」
何処かで聞いたかも? 程度……だが、一応頷いて見せた。
「日本では数え年、7歳になるまでは子供は神に属すると言われておる。 まぁ、死亡率の高さから生まれたことわざらしいが……それとは別に7歳未満の子は、彼方側の者と接触がしやすいのじゃ。 異界との関わりが深くなれば、向こう側に囚われる」
「馬鹿げている。 そんな話聞いた事はない」
「大人がシッカリと子供に関わっておれば、子供はそんなものに囚われる事なく7歳を迎える。 そして大人が関わらず、孤独に、異界に傾倒してしまえば……異界に囚われ、異界の住人になりかねない……じゃが、大人との関わりが少なかったのだから大きな騒ぎにならぬ。 そういうものじゃ。 そして、ここではそんな子供を保護し、実験に付き合ってもらっておった。 と、言われておる。 興味があるなら見て回るかね?」
どこか試すように菅原は言う。
「貴方達は、どうされるつもりですか?」
「震源となった巨木が、異界のものなら……いや、異界の物としか思えないのだが、何か欠片でもヒントを得たいと、手に入れるようにと言われているんだ」
塚本が代表して語った。
「では、俺はどうなる?」
「同行してもらう。 助手でもいい。 異界との強い縁が得られればうれしい」
「もう一杯コーヒーはどうですか?」
SPの男が言う中……嵐は少し収まっていた。
雷の光と光の感覚が広くなるなかで、俺は再びガラスの窓を見た。 ガラスの中に……忍の姿を見た気がしたのは、きっと気のせいだろう。
俺は読めない文字で書かれた付箋だらけの本を眺めながら、二杯目のコーヒーを飲んでいた。
『門の創造』と書かれた本に手が止まる。 異なる土地、次元、世界、との通路を想像できる門を作る事が出来る。 内容を見て諦めた。
なんだよ、太陽の位置って?? 召喚の図を描く道具?? 訳がわからんっと思いながらも、その本を俺は手元に引き寄せようとすれば……手に手が重ねられた気がした。
『止めて』
ガラス窓の向こう、俺の後ろに立つ忍を見たような気がした。
俺は呟いた。
両手で抱えるように持つコーヒーカップが温かい。
口内を喉を通るコーヒーの熱と香りと苦みが、これは現実だと伝えて来る。
だけど……あの夢だって……。
夢なのに記憶は今もハッキリ残っている。
生々しい肌の感触も、ふわふわとした獣の毛並みも……。
「お前にはあり得ない事が起こっている」
女医の塚本は一度言葉を切ってSPを振り返った。
「アレをくれないか?」
SPの男は、S大きめの布製バッグを塚本へと渡し俺の背後に立つ。
「なんだよ」
振り返ろうとすれば、俺の身体はSPに固定され……いや、固定しようとしたのに、想像したよりも軽い感じでソレを振り払う事ができた。
「ぇ?」
戸惑う、俺の視界に大きめの鏡が目に入った。
「なにっを!」
不満を口にしようとすれば、かなりがっちりとSPが俺の身体を支えて鏡の正面に固定する。 目を閉ざす暇もなく鏡にうつる自分の姿を俺は目を覚ましてから初めて目にした。
「ぇ……」
顔には一切の傷が無かった。
「なら、なぜ包帯を!!」
「病院に連れてこられた時は、火傷を負っていたと記録されている。 だから包帯は必要な処理だった。 それに、その回復力は異常だ、隠しておいた方がいいだろう。 で、何があった」
塚本が前のめりに聞いてくる。
「……」
俺が無言でいれば、初老の菅原が穏やかな様子で話し出す。
「それで、どんな夢を見たのかね?」
「夢の話ですよ」
「十分。 聞かせてくれるかね」
俺は忍の件を抜いて話をした。
「菅原先生、彼の語った話はどういう類のものだと思いますか?」
塚本が菅原に聞けば、ふむふむと僅かに考えそして菅原は語りだす。
「夢を媒介にしていると言う事を考え、その状況を検討するならだね。 この世界への影響力は薄い……が、この世界との関わりが強いそんな相手なのじゃろうな」
その言葉は少しばかり矛盾しているかのように感じた。
「それは、どういう?」
関わりたくないと言う思いとは別に、思わず問いかけてしまった。
「この世界と交わる世界には、神のごとき力を持つ者がおる。 そのように大きな力を持つものは、この世界にやってくる事すら難しいのじゃ。 だが、白山君が出会った……その夢の中の出会いは、比較的容易な存在だとわしは考えておる」
「あれが私の脳内でなく、本当に何処かに存在する場所だと言うなら、俺の身体がこの世界にあったのはおかしくはないか?」
「白山君の有った相手はなぁ……。 昔から何処にでもおるが、何処にもいない相手。 見える者には見え、見えない者には見えない。 見える者にとっては存在しておるが、見えない者にとっては存在しない。 そんな曖昧な存在じゃ」
俺は忍が言った人の数だけある真実と言う言葉を思い出していたが言葉にする事はしなかった。
その間も菅原は徐々に興奮しながら語り続ける。
「故に白山君が出会った世界は、強い力を持つ神々とは違いもっと近い、近しい存在なのじゃろう。 例えるなら、この世界の此岸と彼岸の間、もっと人にとって近い場所だと考えられておる。 彼等がこの世界に影響を及ぼすには、繋がりが必要となるのじゃ。 白山君は目をつけられたのじゃろうな」
「その世界と関わった事で、俺の回復力が高まったと?」
「わしはそう考える。 とある世界では、人は肉体、魂は生命の本質、生命の器(精神)が存在しているとされておる。 生命の器の一部を取り換える事で、お互いの人としての性質を変える事もでき、そうする事でこの世界に介入する事も出来るのじゃ」
俺は忍を思い出し、名前の無い感情に揺さぶられながら、落ち着かない様子で目の前の本を触っていた。
納得しそうになる気持ちと、あり得ないと言う俺の中の常識。 ぐるぐるとそれが巡って、結局は消化しきれずに吐き出してしまう。
「まさか、そんな事が……」
「信じられないのも無理はながのぉ」
「だけど、ここが異界の証明ともいえる場所なんだ。 興味深くはないか!!」
塚本も興奮気味な様子でドヤ顔ってた。
「怪しい本が並んではいるが……だからと言って、それが何の証明になる。 狂人が狂人ごのみの本を集めただけかもしれない」
「なんて、心にもない事を言うのは止めたまえ。 目が覚めてから、ココに来るまで少しは見て来たのじゃろう?」
菅原の言葉に、子供のオモチャのようなものを思い出し、それが何かを聞いた。
「子供がいたような痕跡があったが、アレはなんだ?」
「異界の者を見たり、感じたりするには、生まれながら持った特殊な才能が必要だ。 その才能を持って異界と関わる事で存在が変質する」
「俺は何のために子供がいたのか? と聞いている」
「異界を見るには特別な才能が必要と言ったが7つになる前は別とされている。 ことわざにもあるが、七つ前は神の内とね。 聞いた事は無いかね?」
何処かで聞いたかも? 程度……だが、一応頷いて見せた。
「日本では数え年、7歳になるまでは子供は神に属すると言われておる。 まぁ、死亡率の高さから生まれたことわざらしいが……それとは別に7歳未満の子は、彼方側の者と接触がしやすいのじゃ。 異界との関わりが深くなれば、向こう側に囚われる」
「馬鹿げている。 そんな話聞いた事はない」
「大人がシッカリと子供に関わっておれば、子供はそんなものに囚われる事なく7歳を迎える。 そして大人が関わらず、孤独に、異界に傾倒してしまえば……異界に囚われ、異界の住人になりかねない……じゃが、大人との関わりが少なかったのだから大きな騒ぎにならぬ。 そういうものじゃ。 そして、ここではそんな子供を保護し、実験に付き合ってもらっておった。 と、言われておる。 興味があるなら見て回るかね?」
どこか試すように菅原は言う。
「貴方達は、どうされるつもりですか?」
「震源となった巨木が、異界のものなら……いや、異界の物としか思えないのだが、何か欠片でもヒントを得たいと、手に入れるようにと言われているんだ」
塚本が代表して語った。
「では、俺はどうなる?」
「同行してもらう。 助手でもいい。 異界との強い縁が得られればうれしい」
「もう一杯コーヒーはどうですか?」
SPの男が言う中……嵐は少し収まっていた。
雷の光と光の感覚が広くなるなかで、俺は再びガラスの窓を見た。 ガラスの中に……忍の姿を見た気がしたのは、きっと気のせいだろう。
俺は読めない文字で書かれた付箋だらけの本を眺めながら、二杯目のコーヒーを飲んでいた。
『門の創造』と書かれた本に手が止まる。 異なる土地、次元、世界、との通路を想像できる門を作る事が出来る。 内容を見て諦めた。
なんだよ、太陽の位置って?? 召喚の図を描く道具?? 訳がわからんっと思いながらも、その本を俺は手元に引き寄せようとすれば……手に手が重ねられた気がした。
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