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第二章

マリアの嘘

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 帰りの客室で、アーシャが口を開いた。

「ストーン、たぶんだけどフェア皇子のお母さんって、ミーナなんじゃない?」
「……ミーナだって?」

 真剣な眼差しでストーンが俺をじっと見つめる。乗船の緊張もあるのか、ちょっと殺気めいたものを感じる。

「ミーナは変わった武器でモンスターを倒していたじゃない? あのとき、少し魔力を感じてたんだよね……で思ったわけ、ミーナって、じつは魔法使いなんじゃないかって」
「たしかに、似てるな……でも、まさか、俺たちにずっと偽名を使って、魔法使いだって隠して、嘘をついてたってことか?」
「ちょっと! ストーン、良くないよ。色々あったからって、息子の前で……」

 どうやら、母はストーンと仲が悪かったようだ。仲が悪かったのに、頼れとは不思議な話だ。

「それで、ミーナはいまどこにいるんだ?」
「えっ……もう、帝都で亡くなりました」
「うそだろ……?」
「あのミーナが?」
 
 客室はどんよりと重い空気になり、ストーンは額をガシガシと掻いて赤い爪痕が無数に残った。

「フェアだったか……あんたに話さないといけないことがあるな。だが、しばらく待っていてくれ。俺たちの拠点を買い戻すから」
「……ストーン、あんたもしかして、完全に復帰するつもりなの?」
「……わかんねーな。ただ、酒はやめようかと思う」
 
 飛行船はホーンの窪地に戻り、木箱を指定された引き渡し場所に持って行った。
 飛行船には積めるだけ積んだので、並べられた木箱の多さに依頼主は驚く。

「こんなにたくさん……どうやって⁉」

 浮揚レビテーションを解いて計った木箱の合計重量は、およそ1000ポンド。
 1回の依頼で金貨10枚と銀貨数枚を手にすることができた。

「また頼むぜ」

 依頼主は俺と握手を交わすと、商会の次の依頼の話を熱心にしてくる。

「だいぶん、目をつけられたな」

 こっそりストーンが耳打ちした。
 雇い主を気にしたほうがいいと忠告していたストーンの助言をすっかり忘れていた。
 鉄鉱石を運ぶ輸送の依頼を出していたのは、まったく知らない商会だったことにいまさら気づく。
 とりあえず、すぐに依頼を請け負うことはないと伝えて、孤児院に戻ることにした。

 孤児院では大食堂で子どもたちと一緒に夕食をとることになった。
 スピカとマトビアも席について、二十人近い子どもたちと大きな机を囲んだ。

「あれ、ストーンはどこにいったのかしら?」

 アーシャが誰となく話しかけると、子どもの一人が答える。

「一階の物置場にいたよ」

 すると間もなくして、ストーンが大食堂に現れた。

「どこ行ってたの? もう、みんな食事が終わるよ?」
「あー、すまん。これを見つけてきた」

 右手にあったのは長い鞘に入った剣だ。普通の剣より二倍は長く、少しだけ曲線になっている。
 ストーンの体の大きさで違和感がないが、普通の剣士が持てば異様な武器だと気づくだろう。

「もー、そんなものここに持ってくるな!」
「えー、子どもがこれで遊ぶと危ないだろ」
「物置においていたのに、いまさらそれを言うのはおかしいでしょ」

 アーシャは食事を片付けながら、ストーンの食事を用意した。

「立派な剣ですわね。初めてそのような武器を見ました」

 マトビアがしげしげとストーンの得物を見る。

「昔、俺がギルド冒険者だった時、これでモンスターを退治したんだよ」
「この武器で名を馳せたわけですね!」
「いや、名を馳せるというほどのことでもないんだが……」

 少し恥ずかしそうにストーンは頭をかいた。

「ストーンさんにアーシャさん。ライセンスや依頼の請け負い方まで教えてもらいありがとうございました」

 ちょうどいいタイミングに思えたので、俺は二人に頭を下げた。
 二人がいなければ、ライセンスの登録もできなかったし、依頼を受けるときのコツも分からないままだった。
 同じように依頼を達成していけば、すぐにホーンで生活できるようになるだろう。

「まー、継承魔法がズルいぐらい有用だよなー」
「まだ、三人が独立するには早いんじゃないの? もうちょっと様子をみて、雇い主が決まるぐらいまでは居たらどう? マトビア様と離れたくないし……」

 アーシャのいうことはもっともだ。
 商会の依頼は高額なものが多いらしいが、単発で終わるものも多い。それに雇い主として仕事と金銭の管理が目聡く、他の雇い主と比べると仕事を逐一報告しなければならなかったりと面倒らしい。

「ええ……。そうですね。もう少しだけ、お世話になりたいと思います」

 子どもたちは寝室にもどり、ストーンと話をしていると、誰かが孤児院の戸を叩いた。

「こんな時間に来客とは珍しいな」

 ストーンがエントランスに行って、聞こえてきたのは「よお」「おお」の二つ会話だ。
 食堂に戻って、ストーンが連れてきたのはビードルだった。

「よー、お前たち会えたんだな。よかったよかった」

 相変わらず髭がもっさりしている。雪山じゃないのでちょっと暑苦しい。

「ビードルさん! お久しぶりですわ! 雪山で助けていただいて、大変お世話になりました」

 マトビアと三人で挨拶すると、ビードルは心底、安心したようだった。

「ストーンさんとは知り合いなんですか?」
「知り合いというか、兄弟だな」

 と、ストーンが答える。
 言われてみればたしかに性格が似ている。体つきもなんとなく……。
 
「あれ? そういえば、ここまで100マイル離れている割には、随分と早かったですね」

 あれから二日しか経っていないので、馬に乗って急がないと無理な計算になる。

「そーそー、それを言いに来たんだよ」
「わざわざホーンまで、珍しいじゃない」

 アーシャはスピカと皿洗いをしながら調理場から顔をのぞかせた。どうやら、アーシャとも面識があるようだ。いっそう、ストーンとビードルが似ている気がしてきた。
 すると、ビードルが急に俺たちに頭を下げる。

「というのも、ついうっかり、あんたたちがホーンに向かったことをしゃべっちまったんだ」
「「え?」」
「変な集団が帝国側から現れて、スノウピークに宿をとったんだ。そのとき、ついうっかりあんたたちが、近くに墜落した後、ホーンに向かったと……。言ってしまってから気になって、そいつらの馬に乗せてもらったんだ」
 
 おお……。まさか……。

「まあ! もしやデウロン将軍でしょうか」
「そうだな……。ビードルさんに責はありません。俺たちの事情は知らないでしょうし、デウロンの行動を予測することは誰もできませんから……」

 ここは共和国だぞ……なぜ追ってくるんだ……脳筋だからか。
 ビードルがここにいるということは、デウロンもホーンに来ている可能性は高い。
 とはいえ、ここは法律も文化も違う共和国だ。もしかすると、帝国兵として共和国に捕まったかもしれない。
 それはそれで好都合だな。
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