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第二章

ストーン・エベレク

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「なんだ、ストーンのこと知ってるの?」
「ああ……まさに探していた人物なんだ」

 「そう」とアーシャは言って、意外そうでもなく、受け流すと屋敷の階段を上り始めた。

 ストーンを探している者は珍しくないということか?
 ビードルが言っていた助けられた者たちが、ストーンをよく訪れるのか?

「この屋敷はアーシャさんが所有してらっしゃるんですか?」

 マトビアが二階から一階を眺めながら尋ねた。

「私とストーン、半々で所有していますわ。孤児院として親のいない子どもたちを世話しているんですの」

 慣れていない生半可な貴族風の言葉遣いで、アーシャはウエイトレスが盆を持つように手のひらを上にしてくるりと回転する。
 たぶんマトビアにアピールしているのだろう。変なポーズだ。

「まあ、やっぱり孤児院なのですね。素晴らしいですわ」
「ありがとうございますです。お褒めにあずかりまして光栄でございますわ」

 また変なポーズをしている。階段の中腹なので足を踏み外さないか心配だ。

 二階に上がり、アーシャは角部屋のドアを無遠慮に開けて入った。
 中から異様なニオイが流れ出て思わず鼻をつまむ。

「酒くさいな……」

 部屋の中は薄暗く、アーシャがズカズカ踏み込んで行って室内のランプに火力《ファイア》で明かりをつけた。
 テーブルには酒瓶が転がり、書架には読みかけの本が整理されずに平積みになっている。床には屑が転がり、天井の隅には蜘蛛の巣がある。散々に汚い部屋だ。

「ストーン! 起きて!」

 ベッドで上半身裸の状態で寝ている男は、一度起き上がると、また横になって寝始めた。無精ひげを生やしていて、短髪の四角い顔型のおじさんだ。寝起きを考慮しても、全く覇気も威厳もない。むしろ普通の町人より太っていてだらしない体形だ。

「起きなさい!!」

 肩をつかんで起き上がらせようとするアーシャだが、ぷっくりと膨らんだストーンの肥満体はそうそうに持ち上がらない。

「起きろっての!!」

 ビシッとアーシャがストーンの顎に掌底をヒットさせると、ストーンの目が少し開いた。

「んん? アーシャか?」
「あんたどんだけ鈍感なのよ」

 むっくりと起き上がりベッドに座ったまま、俺たちに軽く頭を下げた。

「ああ、客人か。どうぞ、くつろいでいってください。それじゃ……」

 と、ストーンはまたベッドに入ろうとする。

「コラ! 寝るな! そして服を着ろ!」
「えー、だっていま夜だから……」

 まるで大きな子どもだな。
 ほんとにこれが、母が頼りにしていたストーン・エベレクなのか?

 嫌々服を着たストーンは改めて椅子に座ると、酒をコップに注いで一杯飲んだ。

「うう……胃にしみる。目が覚めた」

 酒浸りの中年男だな。しかも怠惰な生活を送ってきたんだろう、俺の倍ぐらい横幅があるじゃないか。俺たちはわざわざこんな奴に会うため、フォーロンから飛行船を飛ばしてきたのか。見れば見るほど、腹が立ってくる。

「ストーン、この子たちが孤児院の子どもを助けてくれたの」
「へぇ、このご時世に珍しい若造がいたもんだ」

 べつに興味もなさそうに、ストーンは酒を注ぐ。

「それでね。驚くなかれ……なんとこの方は、プリンセス・マトビア様であられます!」
「へー、これはまた、大層お美しい」
 
 ガッとストーンは飲み干すと、ちらりとマトビアと俺を見た。

「それで、こちらがフェア皇子ね」

 うーん。紹介がだいぶん軽いな。それに元皇子なんだが、まあわざわざ訂正しなくてもいいか。

「ふーん」

 ……ほんとうに興味がないんだな。
 帝国の皇子と皇女だぞ。少しは敬え。酔っぱらって理解していないんだなきっと。

「それでさ、この子たちがギルドでライセンスを作りたいんだって、一緒に作ってくんない」
「えー、嫌だなー」

 露骨にストーンは面倒くさそうに半目になる。

「もし金銭的な問題があるのでしたら、あとで依頼をこなして返しますから」

 マトビアが一押しするとアーシャがムッとした顔でストーンを睨んだ。

「ストーン! マトビア様を煩わせるんじゃないよ!」
「わーかったよ。ギルドに紹介すればいいんでしょ」

 大きなため息をついたストーンは、次第に目が閉じていく。

「あのう、少しお伺いしたいことが。じつはストーンさんに会うために、ホーンに来たんです。あの……マリアという女性をご存じないでしょうか?」

 寝ようとしているストーンにマトビアが声を掛けた。しかし、反応がない。

「俺の母がストーン・エベレクを頼れと日記に記していたんです。何か知らないですか」

 ぐぅ、とストーンはいびきで反応する。

「コラ! ストーン、起きろ!! マトビア様が質問してるだろ!」

 アーシャがストーンを揺らして起こした。意識が朦朧としているんだろう。ストーンが目をギリギリ開ける。

「いやー、知らないな。マリア……どこかで助けたかも」
「そうか……」

 まあ、きっと人違いだな。少なくとも母が言っていたような頼れる人物ではない。同姓同名か、母が的外れだったか……。

 寝てしまったストーンを部屋に残して、アーシャは俺たちを客人用の部屋に案内してくれた。明日一緒にギルドについて行ってくれる約束をして、その夜は別れた。

「あんな奴が、母の日記のストーンなわけがない」

 ベッドに入ってから、つい独り言がでた。
 孤児院を運営する善い面は認めるが、あんな肥満体形のおっさんが母の頼れる存在なわけがない。
 もしかすると、ストーンの名前を名乗っているだけで、本物ではないかもしれない。
 本物は死んでいて、金目当てでなりすましているのかも……。
 いずれにしても、もう少しストーンを観察しないとな。

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