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第二章
飛行船の旅
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飛行船の進路をレール山脈に合わせて、操縦桿から手をはなす。操縦席の後ろには客室の窓があり、窓枠からマトビアが身を乗り出していた。
「船の操縦室とは違いますわね」
「操縦方法も違うしな」
船はレバーがなく、上昇下降の操縦がなかったからな。
「それで、この船は共和国のホーンに向かうのでしょう?」
「なんでも筒抜けなんだな」
「優秀な諜報員がいますので」
諜報員じゃなくて、スピカは侍女だろ。
「お褒めに預かり光栄です」
隣の窓枠にいるスピカが小さく頭を下げる。
「やられた側はたまったもんじゃない」
「申し訳ございません。姫様たっての願いだったため……」
それが一番怖いんだがな。要するになんでもヤルぜってことでしょ。
「スピカ、結果的にマトビアを危険にさらすことになるのだぞ。これから越える山脈の向こうは共和国。帝国と対立する敵国だぞ」
「……」
スピカもマトビアが敵国に渡ろうとしていることを良いとは思っていなさそうだ。
「お兄様、それには私の考えがいくつかあります」
「ほう」
マトビアが良い案とやらをスピカに吹き込んで納得させたのだろう。
脱獄のときと同じだな。
「私の見立てで、共和国は必ずしも一枚岩ではないということです。そのなかで、ホーンは特に中立に近い小国」
共和国たる所以は、もともとバラバラだった複数の小国が互いに協力を始めたことによる。
それは必ずしも帝国を敵とみなして一致団結しているわけではなく、貿易であったり、労働力であったりと、様々な協力体制があるのだ。
「ホーンは田舎で、フォーロンの雰囲気に近い自由な気風の自治区です。共和国と帝国との争いなど、まるで興味がありませんわ」
「それは本当なのか? ホーンが中立だという確証は?」
俺だって帝都にいたころはそれなりに共和国の情報を集めていた。
ホーンについてはさっぱりだが、少なくとも帝都の情報網に引っかかるような自治区ではない。そんな辺境なのにどうやって情報を得られるんだ。
「じつは……共和国の議長の息子と文通していましたの」
議長の息子かー。
マトビアの婚約者だから、密かにつながっていてもおかしくない。
「しかし、他国の重要人物と文通なんて、中身の文面はチェックされないのか?」
「私たちのような貴族の手紙は、重要文書なので信頼できる者にしか託しません」
マトビアは手紙が大好きだからな。手紙を配達するための手段を知っているのかもしれない。
「手紙が重要文書か……」
「あら、他愛もない話の中で色々と見えてくる、相手の内情もあるのですよ」
「そんなものなのか」
いよいよマトビアを降ろす理由がなくなってきた。
帝国の辺境までデウロンが追ってきたということは、帝国全域で指名手配されているはずだ。
そこまで執着する理由が分からんが……少なくともこんなでかい飛行船を町に停めれば、警吏にバレるだろうし、マトビアもおいそれと降りてはくれないだろう。降りる理由がないからな。
「マトビアはなぜ敵国のホーンに行きたいと思うんだ?」
単純に気になるところを質問してみた。
「それはやっぱり、自由な旅を満喫したいからですわ!」
「そんな理由で……」
でも脱獄の時も同じような感じだったな。
「もし捕虜なんかになれば帝国がずっと不利になったりするんだぞ」
「まあ、身分は隠しますから大丈夫でしょう」
敵国の皇女なんて、こっちではほんの一部の人しか知らないからな。逆に共和国のお姫様の顔なんて見たことない。
母の導きの地でもあるし、友好的な町なんだとは思う。なんだかんだで、アウセルポートの盗品商成敗やロキーソの復興にも貢献はできているし……。
ホーンの様子を見てからでもいいか。
***
レール山脈を越えるため上昇すると、一気に室内の温度が下がった。
「さ、寒い……」
たまらず、操縦室から客室に移動した。中には暖炉があり薪に火がついている。
「あったかいな……」
操縦室の窓から上空の冷たい空気が入りやすいのだ。スピカの横で温まっていると、青白い顔のスピカが人形のようにぎこちなく動いた。
「あったかくないです、フェア様。寒すぎです」
歯をカチカチ鳴らしているが、スピカの上着にはコートやら毛布が重なっていて、俺と比べると十分に厚着している。
「気のせいだろ、雪が降っているからそう思っているだけなんじゃないか」
「雪ってなんですか……」
硬直したスピカの体を起こして、窓から外をのぞかせた。
「ひいぃぃ! 寒い! 見ただけで凍りそうです!」
「スピカは南国育ちの南国生まれで、帝都もそれほど寒くなりませんからね」
「そうか、まあ暖炉があれば凍死することはないから、気持ちの問題だろ。何か食べモノでも食べれば、体の内側から温まるぞ」
温かいスープとか、焼き立てパンとか食べれば元気になるさ。
「では、何か作りましょうか。食材はどこにありますか?」
「食材……?」
あまりに急だったので、食べ物などなにも積んでいないことに今更気づいた。飛行船を飛ばすことに夢中だったらから、前もって準備なんてしていない。
「スピカたちは先に何も積んでいなかったのか……?」
「これしか、ありません……」
例の如く、服の入った鞄を取り出すスピカ。
誰も言葉がでなくなり、客室が静かになった。
パチパチと薪の燃える音だけが聞こえる。
飛行船って静かなんだな……。
「船の操縦室とは違いますわね」
「操縦方法も違うしな」
船はレバーがなく、上昇下降の操縦がなかったからな。
「それで、この船は共和国のホーンに向かうのでしょう?」
「なんでも筒抜けなんだな」
「優秀な諜報員がいますので」
諜報員じゃなくて、スピカは侍女だろ。
「お褒めに預かり光栄です」
隣の窓枠にいるスピカが小さく頭を下げる。
「やられた側はたまったもんじゃない」
「申し訳ございません。姫様たっての願いだったため……」
それが一番怖いんだがな。要するになんでもヤルぜってことでしょ。
「スピカ、結果的にマトビアを危険にさらすことになるのだぞ。これから越える山脈の向こうは共和国。帝国と対立する敵国だぞ」
「……」
スピカもマトビアが敵国に渡ろうとしていることを良いとは思っていなさそうだ。
「お兄様、それには私の考えがいくつかあります」
「ほう」
マトビアが良い案とやらをスピカに吹き込んで納得させたのだろう。
脱獄のときと同じだな。
「私の見立てで、共和国は必ずしも一枚岩ではないということです。そのなかで、ホーンは特に中立に近い小国」
共和国たる所以は、もともとバラバラだった複数の小国が互いに協力を始めたことによる。
それは必ずしも帝国を敵とみなして一致団結しているわけではなく、貿易であったり、労働力であったりと、様々な協力体制があるのだ。
「ホーンは田舎で、フォーロンの雰囲気に近い自由な気風の自治区です。共和国と帝国との争いなど、まるで興味がありませんわ」
「それは本当なのか? ホーンが中立だという確証は?」
俺だって帝都にいたころはそれなりに共和国の情報を集めていた。
ホーンについてはさっぱりだが、少なくとも帝都の情報網に引っかかるような自治区ではない。そんな辺境なのにどうやって情報を得られるんだ。
「じつは……共和国の議長の息子と文通していましたの」
議長の息子かー。
マトビアの婚約者だから、密かにつながっていてもおかしくない。
「しかし、他国の重要人物と文通なんて、中身の文面はチェックされないのか?」
「私たちのような貴族の手紙は、重要文書なので信頼できる者にしか託しません」
マトビアは手紙が大好きだからな。手紙を配達するための手段を知っているのかもしれない。
「手紙が重要文書か……」
「あら、他愛もない話の中で色々と見えてくる、相手の内情もあるのですよ」
「そんなものなのか」
いよいよマトビアを降ろす理由がなくなってきた。
帝国の辺境までデウロンが追ってきたということは、帝国全域で指名手配されているはずだ。
そこまで執着する理由が分からんが……少なくともこんなでかい飛行船を町に停めれば、警吏にバレるだろうし、マトビアもおいそれと降りてはくれないだろう。降りる理由がないからな。
「マトビアはなぜ敵国のホーンに行きたいと思うんだ?」
単純に気になるところを質問してみた。
「それはやっぱり、自由な旅を満喫したいからですわ!」
「そんな理由で……」
でも脱獄の時も同じような感じだったな。
「もし捕虜なんかになれば帝国がずっと不利になったりするんだぞ」
「まあ、身分は隠しますから大丈夫でしょう」
敵国の皇女なんて、こっちではほんの一部の人しか知らないからな。逆に共和国のお姫様の顔なんて見たことない。
母の導きの地でもあるし、友好的な町なんだとは思う。なんだかんだで、アウセルポートの盗品商成敗やロキーソの復興にも貢献はできているし……。
ホーンの様子を見てからでもいいか。
***
レール山脈を越えるため上昇すると、一気に室内の温度が下がった。
「さ、寒い……」
たまらず、操縦室から客室に移動した。中には暖炉があり薪に火がついている。
「あったかいな……」
操縦室の窓から上空の冷たい空気が入りやすいのだ。スピカの横で温まっていると、青白い顔のスピカが人形のようにぎこちなく動いた。
「あったかくないです、フェア様。寒すぎです」
歯をカチカチ鳴らしているが、スピカの上着にはコートやら毛布が重なっていて、俺と比べると十分に厚着している。
「気のせいだろ、雪が降っているからそう思っているだけなんじゃないか」
「雪ってなんですか……」
硬直したスピカの体を起こして、窓から外をのぞかせた。
「ひいぃぃ! 寒い! 見ただけで凍りそうです!」
「スピカは南国育ちの南国生まれで、帝都もそれほど寒くなりませんからね」
「そうか、まあ暖炉があれば凍死することはないから、気持ちの問題だろ。何か食べモノでも食べれば、体の内側から温まるぞ」
温かいスープとか、焼き立てパンとか食べれば元気になるさ。
「では、何か作りましょうか。食材はどこにありますか?」
「食材……?」
あまりに急だったので、食べ物などなにも積んでいないことに今更気づいた。飛行船を飛ばすことに夢中だったらから、前もって準備なんてしていない。
「スピカたちは先に何も積んでいなかったのか……?」
「これしか、ありません……」
例の如く、服の入った鞄を取り出すスピカ。
誰も言葉がでなくなり、客室が静かになった。
パチパチと薪の燃える音だけが聞こえる。
飛行船って静かなんだな……。
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