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第一章
漁村ロキーソの一揆
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村の一揆はマトビアの登場により中止になった。というより、一揆前に領主から奇襲を受けて、出鼻を挫かれたようにみえた。
マトビアが領主の屋敷に向かうため、馬を借りたいと言ったので、ビョールは俺たちを馬小屋に案内した。
「領主の名は分かりますか?」
歩きながらマトビアは策略を考えている。
「ザンダー男爵だ。二代目で、年齢は四十ぐらい。初代の時はまだマシだったっていう人は多い。あいつになってから、どんどん生活が苦しくなってる」
「顔は分かりますか?」
「いやーわかんないなー。ロキーソに下りて来たことなんて無いんじゃねぇか」
「今まで、一揆を起こしたことはないんですか?」
「いや、初めてだったんだけど、その前に奇襲されてあっという間だった。兵士が村を囲むように一斉に攻められて、武器を破壊された」
「やっぱりそうか。しかし武器といっても、農具だろ?」
柄の部分を切り落とされた、地面に転がる鍬に視線を落とす。
「だからなんだよ? 人を脅せるもんなら武器だろ」
「そういうことを言ってるんじゃない。農具を破壊されたら、村の生産力が落ちて、税収入に響くじゃないか」
「ふーん。貴族様は村のことなんか、ちっとも考えないんだよ」
気分を害したのかビョールは語気を強める。俺たち貴族のことが基本的に嫌いらしい。まあ、それはそうだろう。貴族に逆らう反乱分子のリーダーなのだから。
「武器がなくなったせいで、村のやる気は下がってる。あんたらの言ってることに乗っかってるのは、もう一揆は難しいと思ったからだ。あんたらの全部を信じてるわけじゃないからな」
少年なりに考えてはいるようだ。
普通はふらっと現れた旅人の言うことなんて信じるわけないが、本心は藁にでもすがる思いで受け入れているのだろう。
「その背中の大弓は、あなたの武器なのですか?」
「そうだ、見たらわかるだろ」
「このクソガキ……姫様に対して何という口の利き方……」
と、イライラしているスピカが横で呟く。
俺の時にはスルーされたので、ちょっと寂しい。
「スピカ、私は気にしてないわ。兵士を退却させたのは、その大弓のお陰ですね」
「違うな。俺の魔法のお陰。大弓なのは、とにかく遠くに飛ばしたいだけだ」
「魔法弓使いか」
「なんか知らないけど、そう言われたことはある」
放った矢を魔法で操作するスタイルの狩人《ハンター》だ。狩りや暗殺の仕事を請け負うことが多い。
技は我流で威力が弱く、致命傷を負わせるほどではないが、戦意喪失させるにはちょうど良いだろう。
「霧も視界を奪うために発生させたんだな?」
「へぇー、おじさん、気づいたんだ?」
おじさん……まだ二十手前の年齢なんだが……! スピカも笑ってないでフォローしてくれ……。
「ま、まぁ魔法使いだからな」
「へぇー、人は見た目で判断したらだめだな。何もしないで税金だけ取り立てている貴族かと思ったけど」
そこは反論しない。俺は民が納める税金で生活し、魔法の研究をしてきた。
そしてビョールの偏見の通り、貴族の大半は領地から税金を集めることしか能がない。
貴族からしてみればそれが仕事なのだから、しょうがないといえばそうなのだが。行き過ぎると、ロキーソのように住民から反発され暴動が起きる。
馬小屋に着くと、小屋から出てきた馬の頭をビョールは撫でた。
「貴重な馬だ。あんたたちが死んでも、馬だけは仲間が取り戻しに行く」
「そんな重要なのか?」
「あんた達にはわかんねーだろうけど、馬はすごく高いし、繁殖が難しいんだ。……ホントに大切にしてる。それを貸すってんだ。あんた達に賭けているんだぜ」
馬に乗るとビョールを入れた四人で森の中を走った。
道は荒れていて細い。荷車で物を運ぶのには苦労しそうだ。
昼間になっても一向に屋敷は見えてこない。
「まだ先なのか?」
「もう少しだ」
ビョールの言った通り、すぐに大きな門が見えてきた。だが、門番はおらず、門の中に簡単に入れた。
「フェア様、辺境の貴族は門番も置かないんですか?」
「いや、さすがにそれはないと思うが」
フォーロンでも敷地を巡回する衛兵がいた記憶がなんとなくある。いくら貧乏な領主でも、門番がいないというのはあり得ない。ことさら、一揆を起こされるような不安定な治安であれば。
早朝の一揆の制圧で、門番もおけないほど兵を失ったか……?
屋敷前に馬をつけると、扉を開けて四人とも中に入った。
「嫌な予感がします」
一番後ろをついてくるスピカが呟いた。
重い空気に薄々は気づいているが、たしかにヤバそうではある。
廊下は誰一人おらず、なんとなく暗い。敷物や家具が少なく、がらんとしている。
「だが、罠にしては妙だ。屋敷内まで誘い入れるのは、危険すぎるだろう? 普通は中庭辺りで捕まえる」
「ふーん。さすが同じ貴族様だねー」
ビョールは嫌みたらしく言いながら、広間の扉を開けた。
中には長い食卓がシャンデリアに照らされている。柱がいくつかあり、中二階のある広大な空間になっていた。
晩餐会などを開く大広間で、皇居にもいくつか似たような部屋があった。
食卓の一番奥で、鼻下に髭を生やした男がフォークとナイフを持っていた。
「やあ、客人か?」
男は口元をナプキンで拭って席をたった。
「ベギラス帝国の使者として遣わされました。アンネと申します」
マトビアは一歩出て、軽く頭を下げる。
「……使者? それは……まったく予想外ですな……なんの準備もできておらず……」
「それで問題ございません、これは抜き打ちの視察ですので」
「な、なるほど。これは参りましたな……」
「ザンダー男爵で間違いないでしょうか」
「ああ……これは失敬。私が当主のザンダーで間違いない。どうぞこちらに掛けてください」
マトビアが貴族オーラ全開でザンダーに近づく。
礼の作法から、歩き方。そして、声質に貴族風のマウントの取り方といい、やはりマトビアは社交界のスターだ。
一般人が気後れするのは当たり前であり、日ごろ美しいものしか目に入らない生活をしている貴族でさえも心奪われる。
しかしながら、帝都にいた頃よりも一層美しくなっているな。
可憐な花というイメージだったが、今は自由を手に入れて、羽を広げた白鳥のように美しい。
「ザンダー殿、大丈夫か?」
マトビアを見るザンダーの目は、飢えた獣のように血走っている。俺が指摘すると、ザンダーの表情は急変した。
「なんてイイ女なんだ、ああ……もう茶番はお終いだ! あの女以外は全員殺せ!」
奥の部屋の扉が開くと、数名の兵士が乱入してきた。中二階にも人影が見える。
ザンダーから紳士的な雰囲気は消え去り、欲望むき出しの醜悪な顔になった。
「後ろの女も生かしておこう、あれもまあまあ美人だ」
と、中二階から声が聞こえた。
「まあまあって失礼ですね!」
スピカが激高するなか、続々と広間に人が集まる。
後退りして戻りながらマトビアはザンダーを名乗った男を指さした。
「兵士の装備はバラバラですね。そして執事も使用人もいない。本来、屋敷にあるはずの燭台や、調度品もない。野盗なら使い道も分からずに処分してしまったのでしょう? あなたたちはザンダー男爵ではなく野盗ですね」
「ご名答です、アンネ殿。しかし野盗でありながら、ここ一帯を一年間治めてきたのですから、もう領主みたいなものでしょう。なあ! 皆の者!」
ニヤリと男は笑うと、周囲の男たちも高笑いする。
「もう貴族様と変わらねぇよ!」
「もっと金を取ろうぜ! 見せしめに家に火をつけてやろう!」
「領主様の特権だからな!」
おそらく男爵を名乗った男が頭目とみて間違いないだろう。
しかし解せない。
もし奴らが言ったことが本当なら、一年間もの間、当主が変わったことさえベギラス帝国は検知できていなかったということなのか。
「末端にまで目が行き届いていないようですね……。皇帝は戦の前線のことしか目に映っていないのでしょう」
「こんな田舎に使者は来たくないんでしょうな! 手紙を二、三通送ったら、こなくなりました! ハハハッ! さあ、悪いようにはしませんから、御二方はこちらに来なさい」
にやけ顔で男が手招きすると、マトビアがピンと背筋を伸ばした。
「お兄様! ビョール殿! 野盗を懲らしめてやりなさい!」
マトビアが領主の屋敷に向かうため、馬を借りたいと言ったので、ビョールは俺たちを馬小屋に案内した。
「領主の名は分かりますか?」
歩きながらマトビアは策略を考えている。
「ザンダー男爵だ。二代目で、年齢は四十ぐらい。初代の時はまだマシだったっていう人は多い。あいつになってから、どんどん生活が苦しくなってる」
「顔は分かりますか?」
「いやーわかんないなー。ロキーソに下りて来たことなんて無いんじゃねぇか」
「今まで、一揆を起こしたことはないんですか?」
「いや、初めてだったんだけど、その前に奇襲されてあっという間だった。兵士が村を囲むように一斉に攻められて、武器を破壊された」
「やっぱりそうか。しかし武器といっても、農具だろ?」
柄の部分を切り落とされた、地面に転がる鍬に視線を落とす。
「だからなんだよ? 人を脅せるもんなら武器だろ」
「そういうことを言ってるんじゃない。農具を破壊されたら、村の生産力が落ちて、税収入に響くじゃないか」
「ふーん。貴族様は村のことなんか、ちっとも考えないんだよ」
気分を害したのかビョールは語気を強める。俺たち貴族のことが基本的に嫌いらしい。まあ、それはそうだろう。貴族に逆らう反乱分子のリーダーなのだから。
「武器がなくなったせいで、村のやる気は下がってる。あんたらの言ってることに乗っかってるのは、もう一揆は難しいと思ったからだ。あんたらの全部を信じてるわけじゃないからな」
少年なりに考えてはいるようだ。
普通はふらっと現れた旅人の言うことなんて信じるわけないが、本心は藁にでもすがる思いで受け入れているのだろう。
「その背中の大弓は、あなたの武器なのですか?」
「そうだ、見たらわかるだろ」
「このクソガキ……姫様に対して何という口の利き方……」
と、イライラしているスピカが横で呟く。
俺の時にはスルーされたので、ちょっと寂しい。
「スピカ、私は気にしてないわ。兵士を退却させたのは、その大弓のお陰ですね」
「違うな。俺の魔法のお陰。大弓なのは、とにかく遠くに飛ばしたいだけだ」
「魔法弓使いか」
「なんか知らないけど、そう言われたことはある」
放った矢を魔法で操作するスタイルの狩人《ハンター》だ。狩りや暗殺の仕事を請け負うことが多い。
技は我流で威力が弱く、致命傷を負わせるほどではないが、戦意喪失させるにはちょうど良いだろう。
「霧も視界を奪うために発生させたんだな?」
「へぇー、おじさん、気づいたんだ?」
おじさん……まだ二十手前の年齢なんだが……! スピカも笑ってないでフォローしてくれ……。
「ま、まぁ魔法使いだからな」
「へぇー、人は見た目で判断したらだめだな。何もしないで税金だけ取り立てている貴族かと思ったけど」
そこは反論しない。俺は民が納める税金で生活し、魔法の研究をしてきた。
そしてビョールの偏見の通り、貴族の大半は領地から税金を集めることしか能がない。
貴族からしてみればそれが仕事なのだから、しょうがないといえばそうなのだが。行き過ぎると、ロキーソのように住民から反発され暴動が起きる。
馬小屋に着くと、小屋から出てきた馬の頭をビョールは撫でた。
「貴重な馬だ。あんたたちが死んでも、馬だけは仲間が取り戻しに行く」
「そんな重要なのか?」
「あんた達にはわかんねーだろうけど、馬はすごく高いし、繁殖が難しいんだ。……ホントに大切にしてる。それを貸すってんだ。あんた達に賭けているんだぜ」
馬に乗るとビョールを入れた四人で森の中を走った。
道は荒れていて細い。荷車で物を運ぶのには苦労しそうだ。
昼間になっても一向に屋敷は見えてこない。
「まだ先なのか?」
「もう少しだ」
ビョールの言った通り、すぐに大きな門が見えてきた。だが、門番はおらず、門の中に簡単に入れた。
「フェア様、辺境の貴族は門番も置かないんですか?」
「いや、さすがにそれはないと思うが」
フォーロンでも敷地を巡回する衛兵がいた記憶がなんとなくある。いくら貧乏な領主でも、門番がいないというのはあり得ない。ことさら、一揆を起こされるような不安定な治安であれば。
早朝の一揆の制圧で、門番もおけないほど兵を失ったか……?
屋敷前に馬をつけると、扉を開けて四人とも中に入った。
「嫌な予感がします」
一番後ろをついてくるスピカが呟いた。
重い空気に薄々は気づいているが、たしかにヤバそうではある。
廊下は誰一人おらず、なんとなく暗い。敷物や家具が少なく、がらんとしている。
「だが、罠にしては妙だ。屋敷内まで誘い入れるのは、危険すぎるだろう? 普通は中庭辺りで捕まえる」
「ふーん。さすが同じ貴族様だねー」
ビョールは嫌みたらしく言いながら、広間の扉を開けた。
中には長い食卓がシャンデリアに照らされている。柱がいくつかあり、中二階のある広大な空間になっていた。
晩餐会などを開く大広間で、皇居にもいくつか似たような部屋があった。
食卓の一番奥で、鼻下に髭を生やした男がフォークとナイフを持っていた。
「やあ、客人か?」
男は口元をナプキンで拭って席をたった。
「ベギラス帝国の使者として遣わされました。アンネと申します」
マトビアは一歩出て、軽く頭を下げる。
「……使者? それは……まったく予想外ですな……なんの準備もできておらず……」
「それで問題ございません、これは抜き打ちの視察ですので」
「な、なるほど。これは参りましたな……」
「ザンダー男爵で間違いないでしょうか」
「ああ……これは失敬。私が当主のザンダーで間違いない。どうぞこちらに掛けてください」
マトビアが貴族オーラ全開でザンダーに近づく。
礼の作法から、歩き方。そして、声質に貴族風のマウントの取り方といい、やはりマトビアは社交界のスターだ。
一般人が気後れするのは当たり前であり、日ごろ美しいものしか目に入らない生活をしている貴族でさえも心奪われる。
しかしながら、帝都にいた頃よりも一層美しくなっているな。
可憐な花というイメージだったが、今は自由を手に入れて、羽を広げた白鳥のように美しい。
「ザンダー殿、大丈夫か?」
マトビアを見るザンダーの目は、飢えた獣のように血走っている。俺が指摘すると、ザンダーの表情は急変した。
「なんてイイ女なんだ、ああ……もう茶番はお終いだ! あの女以外は全員殺せ!」
奥の部屋の扉が開くと、数名の兵士が乱入してきた。中二階にも人影が見える。
ザンダーから紳士的な雰囲気は消え去り、欲望むき出しの醜悪な顔になった。
「後ろの女も生かしておこう、あれもまあまあ美人だ」
と、中二階から声が聞こえた。
「まあまあって失礼ですね!」
スピカが激高するなか、続々と広間に人が集まる。
後退りして戻りながらマトビアはザンダーを名乗った男を指さした。
「兵士の装備はバラバラですね。そして執事も使用人もいない。本来、屋敷にあるはずの燭台や、調度品もない。野盗なら使い道も分からずに処分してしまったのでしょう? あなたたちはザンダー男爵ではなく野盗ですね」
「ご名答です、アンネ殿。しかし野盗でありながら、ここ一帯を一年間治めてきたのですから、もう領主みたいなものでしょう。なあ! 皆の者!」
ニヤリと男は笑うと、周囲の男たちも高笑いする。
「もう貴族様と変わらねぇよ!」
「もっと金を取ろうぜ! 見せしめに家に火をつけてやろう!」
「領主様の特権だからな!」
おそらく男爵を名乗った男が頭目とみて間違いないだろう。
しかし解せない。
もし奴らが言ったことが本当なら、一年間もの間、当主が変わったことさえベギラス帝国は検知できていなかったということなのか。
「末端にまで目が行き届いていないようですね……。皇帝は戦の前線のことしか目に映っていないのでしょう」
「こんな田舎に使者は来たくないんでしょうな! 手紙を二、三通送ったら、こなくなりました! ハハハッ! さあ、悪いようにはしませんから、御二方はこちらに来なさい」
にやけ顔で男が手招きすると、マトビアがピンと背筋を伸ばした。
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