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第一章
魔力走行船の旅
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夜の海をカンテラの明かりが照らす。
星の位置を頼りに、商業都市アウセルポートを目指した。
魔力は底をついていたが、パン泥棒のスピカのおかげで、なんとか船は進み続けている。というのも、この船の動力源は魔力であり、その魔力は腹が減っていると回復しないのだ。
軍の食糧庫から盗んできた乾燥パンと干し肉がなければ、アウセルポートまでいける魔力はなかっただろう。
いままでの人生でもっとも硬いパンと肉だが、背に腹はかえられない。俺はスピカに感謝しながら、噛み締めた。
「航海は順調のようですね」
客間からマトビアが上がってきた。
順調といえば順調。だが、限りなくギリギリの順調。
「ああ、そろそろアウセルポートの灯台が見えるはずだが」
水平線が赤らみ始めて、広大な海が色づく。吸い寄せられるような美しい景色だ。
「絶景をお兄様と一緒に見れて、私は幸せです」
「ああ、俺もだ」
思えば母をなくしてからずっと孤独だった。母がいる間は、マトビアもアルフォスも一緒で、孤独なんか感じたことがなかったというのに。幼い頃の短い間しか過ごしていないが、マトビアと一緒にいると少しだけ寂しさが和らいだ。
「ところで、この船は変わった船ですね。帆を張っていないのに進んでいます。マストもありません」
「これはな、魔力走行船といって魔力を原動力にした最新の船だ」
「さすがお兄様ですわ。船まで発明するなんて」
「まあな……と胸を張りたいところだが、これは俺の母親、マリアが考えた原案を少し改良して形にしただけだ」
「お義母さまが……」
子どもの頃の少しの記憶しかない母だが、残された設計図は多い。
帝国では女性が船を設計するなど考えられず、誰もが母を相手にしなかった。たとえそれが皇后であっても、人の先入観を変えるのは難しかったのだろう。
実現しなかった設計図が残り、俺がそれを偶然見つけた。最初は意味が分からなかったが、設計図が読めるようになってから、母が実現できなかったものを形にしたい気持ちが芽生えた。
作ってみてわかったが、母は天才だった。
帝国の生活を便利にする装置は、彼女の独創的な発想がもとになっている。俺はそれに少し手を加えたに過ぎない。
「母は不思議な人だ。フォーロンに行けばもっと知ることができるかもな」
「楽しみですね……あら? あの船、こちらに近づいてきてますか?」
大型の帆船が離島の影から急に現れた。ずっと身を隠していたのだろう。
「あれは……」
「海賊ですか!?」
多数の漕ぎ手のオールが見えた。進路が俺たちの進行方向と一致して交わっている。こちらの三倍ほどの船の大きさで、船首には衝角があった。
衝突されたら間違いなく沈没。
「海賊だな。アウセルポートに着く船を狙っているんだろう」
「逃げ切れますか」
浅瀬に向かおう。大型船は座礁する危険があるのでついてこれない。
しかし最悪なのは、海から陸への風が強く、岸に向かって速度を出しやすい。海側にいる海賊船には有利な状況だ。魔力走行船とはいえ、風を味方にした帆船よりは速度が劣る。
「問題ないと思うが、かなり荒っぽくなる。マトビアはスピカを起こして、部屋で何かにつかまっていてくれ」
マトビアが階段を降りると、しばらくして平謝りするスピカの声が聞こえた。
岩礁がはっきりと見えるまで岸に近づいたが、海賊船は速度を落とさない。もし大型船が速度の出た状態で海底にぶつかれば、大きな割れ目ができて一気に海水が入り沈没する。そして船がバランスを崩して倒れれば、命を落とす船員もいるかもしれない。
座礁を恐れない野蛮なアホどもか、それとも海底の地形まで把握してる戦略家か。
「まあ、おそらく前者かな」
何人かの男たちが、こちらに飛び乗れるだろうと見誤って、海に落ちていった。
並走する船体の距離が十ヤード以上離れているのに、人の跳躍で飛び移れるわけがない。
「アホどもめ」
こんな中型の船を襲ったことがないのだろう、高低差がかなりあることを分かっていない。また一人、また一人と、勝手に海へダイブして消えていく。
それを見かねたのか、海賊船の船首に首領と思える男が立った。
「オイ、そのしょぼい船を止めろ!」
海賊に止めろと言われて止まる馬鹿はいない。
「分かってんのか! この先を進むと、岩礁に乗り上げるだけだぜ!」
「その前にそっちが座礁する。襲うのを止めるんだ」
見上げると、男は腰に装着された鞘を見せつけた。金色の禍々しいドラゴンの装飾がついた漆黒の鞘から、サーベルを抜いて俺に向ける。
「今、止めれば命は助けてやる」
海賊の言うことを信じる馬鹿はいない。
俺は客間にいるマトビアたちが、しっかり物につかまっていることを確認した。
「……分かった。命だけは助けてくれ、すぐに止める」
スクリューを停止させるため、ギアを変えた。急激なギアチェンジで、金属を叩くような鋭い音が船底から響く。
ゆっくりと回転数を上げると、今度は唸るような音に変わる。
後進のギアに変えたことで、スクリューに大きな負荷がかかった。
魔力走行船は減速して、海賊船は全力前進していく。
一気に距離が開いた。
「オオイ! 漕ぐのをやめろ!」
慌てた首領は声を裏返して怒鳴ったが、帆に風を受けている船はそう簡単に止まらず、どんどん船が小さくなる。
その間に、海賊船の後方から回り込んで沖側へ抜けた。
これで海から陸に吹く風は、もう海賊の味方にはならない。
風の加護を失って遅くなった海賊船を悠々と追い越す。
「チクショオ! 次は逃さないからな!」
海賊の罵声を背に受けながら、アウセルポールの灯台が山影から顔を出した。
星の位置を頼りに、商業都市アウセルポートを目指した。
魔力は底をついていたが、パン泥棒のスピカのおかげで、なんとか船は進み続けている。というのも、この船の動力源は魔力であり、その魔力は腹が減っていると回復しないのだ。
軍の食糧庫から盗んできた乾燥パンと干し肉がなければ、アウセルポートまでいける魔力はなかっただろう。
いままでの人生でもっとも硬いパンと肉だが、背に腹はかえられない。俺はスピカに感謝しながら、噛み締めた。
「航海は順調のようですね」
客間からマトビアが上がってきた。
順調といえば順調。だが、限りなくギリギリの順調。
「ああ、そろそろアウセルポートの灯台が見えるはずだが」
水平線が赤らみ始めて、広大な海が色づく。吸い寄せられるような美しい景色だ。
「絶景をお兄様と一緒に見れて、私は幸せです」
「ああ、俺もだ」
思えば母をなくしてからずっと孤独だった。母がいる間は、マトビアもアルフォスも一緒で、孤独なんか感じたことがなかったというのに。幼い頃の短い間しか過ごしていないが、マトビアと一緒にいると少しだけ寂しさが和らいだ。
「ところで、この船は変わった船ですね。帆を張っていないのに進んでいます。マストもありません」
「これはな、魔力走行船といって魔力を原動力にした最新の船だ」
「さすがお兄様ですわ。船まで発明するなんて」
「まあな……と胸を張りたいところだが、これは俺の母親、マリアが考えた原案を少し改良して形にしただけだ」
「お義母さまが……」
子どもの頃の少しの記憶しかない母だが、残された設計図は多い。
帝国では女性が船を設計するなど考えられず、誰もが母を相手にしなかった。たとえそれが皇后であっても、人の先入観を変えるのは難しかったのだろう。
実現しなかった設計図が残り、俺がそれを偶然見つけた。最初は意味が分からなかったが、設計図が読めるようになってから、母が実現できなかったものを形にしたい気持ちが芽生えた。
作ってみてわかったが、母は天才だった。
帝国の生活を便利にする装置は、彼女の独創的な発想がもとになっている。俺はそれに少し手を加えたに過ぎない。
「母は不思議な人だ。フォーロンに行けばもっと知ることができるかもな」
「楽しみですね……あら? あの船、こちらに近づいてきてますか?」
大型の帆船が離島の影から急に現れた。ずっと身を隠していたのだろう。
「あれは……」
「海賊ですか!?」
多数の漕ぎ手のオールが見えた。進路が俺たちの進行方向と一致して交わっている。こちらの三倍ほどの船の大きさで、船首には衝角があった。
衝突されたら間違いなく沈没。
「海賊だな。アウセルポートに着く船を狙っているんだろう」
「逃げ切れますか」
浅瀬に向かおう。大型船は座礁する危険があるのでついてこれない。
しかし最悪なのは、海から陸への風が強く、岸に向かって速度を出しやすい。海側にいる海賊船には有利な状況だ。魔力走行船とはいえ、風を味方にした帆船よりは速度が劣る。
「問題ないと思うが、かなり荒っぽくなる。マトビアはスピカを起こして、部屋で何かにつかまっていてくれ」
マトビアが階段を降りると、しばらくして平謝りするスピカの声が聞こえた。
岩礁がはっきりと見えるまで岸に近づいたが、海賊船は速度を落とさない。もし大型船が速度の出た状態で海底にぶつかれば、大きな割れ目ができて一気に海水が入り沈没する。そして船がバランスを崩して倒れれば、命を落とす船員もいるかもしれない。
座礁を恐れない野蛮なアホどもか、それとも海底の地形まで把握してる戦略家か。
「まあ、おそらく前者かな」
何人かの男たちが、こちらに飛び乗れるだろうと見誤って、海に落ちていった。
並走する船体の距離が十ヤード以上離れているのに、人の跳躍で飛び移れるわけがない。
「アホどもめ」
こんな中型の船を襲ったことがないのだろう、高低差がかなりあることを分かっていない。また一人、また一人と、勝手に海へダイブして消えていく。
それを見かねたのか、海賊船の船首に首領と思える男が立った。
「オイ、そのしょぼい船を止めろ!」
海賊に止めろと言われて止まる馬鹿はいない。
「分かってんのか! この先を進むと、岩礁に乗り上げるだけだぜ!」
「その前にそっちが座礁する。襲うのを止めるんだ」
見上げると、男は腰に装着された鞘を見せつけた。金色の禍々しいドラゴンの装飾がついた漆黒の鞘から、サーベルを抜いて俺に向ける。
「今、止めれば命は助けてやる」
海賊の言うことを信じる馬鹿はいない。
俺は客間にいるマトビアたちが、しっかり物につかまっていることを確認した。
「……分かった。命だけは助けてくれ、すぐに止める」
スクリューを停止させるため、ギアを変えた。急激なギアチェンジで、金属を叩くような鋭い音が船底から響く。
ゆっくりと回転数を上げると、今度は唸るような音に変わる。
後進のギアに変えたことで、スクリューに大きな負荷がかかった。
魔力走行船は減速して、海賊船は全力前進していく。
一気に距離が開いた。
「オオイ! 漕ぐのをやめろ!」
慌てた首領は声を裏返して怒鳴ったが、帆に風を受けている船はそう簡単に止まらず、どんどん船が小さくなる。
その間に、海賊船の後方から回り込んで沖側へ抜けた。
これで海から陸に吹く風は、もう海賊の味方にはならない。
風の加護を失って遅くなった海賊船を悠々と追い越す。
「チクショオ! 次は逃さないからな!」
海賊の罵声を背に受けながら、アウセルポールの灯台が山影から顔を出した。
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