2 / 5
本編
中編
しおりを挟む────バキッ!!!
早朝5時、王宮東の宮で破壊音がすると血相を変えた衛兵がドヤドヤと集まった。
しかし音の正体を確認すると、彼らは深くため息をついて持ち場へ戻っていった。やれやれ、とため息をつきながら。
「本日1回目、今週13回目、合計2003回目だな」
スワードはクリーム色の洋紙に万年筆で書き込んだ。羅列したその数字は、この半年間で成されたシャルロッテの怪力記録である。
破壊音の正体シャルロッテはスワードの様子を見て苦虫を潰した。それからスワードの正面のソファに腰掛けて、そっと手を組んで心の中で祈った。
(ごめんなさい新品のドアハンドル。どうか安らかな眠りを…)
シャルロッテは握り潰してしまった「ドアハンドルだった物」の冥福を祈り、スワードはそれを重要参考品として押収した。
スワードは慣れた手つきで押収品の重さを測ったり断面を見たり、それらの数値をまた書き留めたりして、シャルロッテはそんな彼の顔色を伺いながら言った。
「その…朝って昨日がリセットされて新鮮に緊張するんです。気をつけてはいるのですが怪力発動して…本当に申し訳ございません」
「ははっ!朝は新鮮に緊張か。まぁ君は18年の悪癖を直そうとしているんだ。一朝一夕にはいかないだろう、気にしなくていい」
「はぁ…殿下の優しさはこれで1億回目ですね」
「寛容な男だろう?」
シャルロッテは繰り返す自分の失態に自己嫌悪していたが、スワードの悪戯っぽい笑みを見ると不思議と和らいだ。
王宮住まいが始まって半年、シャルロッテはこれまでに数え切れない程の怪力発動をして物を壊しては、その「怪力令嬢」ぶりを証明してきた。
しかしスワードが憤ったことは一度もなく、シャルロッテはスワードといると「か弱く」なれた錯覚をしてしまう。
そんなシャルロッテの訓練は毎日スワードと二人三脚で行われた。
内容は主に美しい庭園や湖畔に行ったり、シチュエーションを変えてみたりして、感動で心躍らせても怪力発動しないよう耐える訓練を繰り返した。
しかし特に辛い訓練は夜で、スワードとロマンチックな夜景や街を楽しんで高揚しても、怪力発動をしないようにすることは格段に難易度が高かった。もういくつのグラスやカトラリー、ベンチ椅子、マネキン等々を駄目にしたか分からない。
これらは全てスワード自身が考案したメニューで、スワードが希望した「怪力令嬢」の謎の解明と兵力への応用もできるということだ。シャルロッテはそのメニューに真摯に取り組んでいた。
「でも…先程は失敗しましたが、殿下のおかげで少し成長できたと思います。お茶会でご令息にドレスを褒められた時は怪力発動しなかったので」
「ん?いつの話だそれは」
ご機嫌だったスワードはピクリと眉をひそめ、インクで汚れた手を雑に拭きはじめた。その間もシャルロッテの顔を見て次の言葉をジッと待っている。
「殿下が領地視察に行かれた時です。ほら、この前お話しした伯爵家の…」
「それは私がいないから行かなくていいとあれほど言っただろう!?」
「でっでも実地訓練になると思ったんです!最近は殿下相手でも怪力率が下がってきましたし!」
「いいや君は私といなければ駄目だ!」
朝から一国の王太子と怪力令嬢がソファからガタガタと立ち上がって己の意見を主張した。
シャルロッテは自分の主張が通るようにキッとスワードを見たが、彼から注がれる視線はさらに燃え上がるように強く、シャルロッテは顔を顰めて口をつぐんだ。
スワードはため息をついてクシャリと髪を掻き上げ、それからシャルロッテの額を指で小突いた。
「君がいないと雛鳥が落ちていくみたいで不安なんだ」
「雛鳥?」
「そうだ。あれは飛ぶ練習中に落ちて、自力では巣に戻れず最悪死ぬ。だから君は私と一緒でなければ駄目だ。分かるか?」
「そ、そうですよね。今朝もドアハンドルを再起不能にしましたし……?」
「それだけじゃない。例えばこの前のことで言えば────」
それからスワードはシャルロッテの過去半年間の怪力記録から今後の予想最低怪力を算出し、自分といるべき理由をとくとくと説明した。
シャルロッテは冷静で完璧な「王国の麗星」モードのスワードに理路整然と語られて、その説得力にポキリと折れた。
「やっやっぱり訓練は殿下とするに限りますね!もう二度と殿下から離れません!二度と!」
「そうだ。分かればいいんだ、分かれば」
スワードはまじないのようにシャルロッテの額を3回つつき、彼女の散らばった前髪を直して綺麗に微笑んだ。
超特大の飴と鞭に、怪力令嬢は手も足も出ない。ウブなシャルロッテは額に触れられただけでのぼせ上がり、自分が今何も手に持っていないことに安堵した。きっと怪力でバキバキに壊していたに違いない。
スワードはそのシャルロッテを観察して満足気に微笑んだが、思い出したようにシャルロッテに聞いた。
「そういえばドレスは何を着て行った?社交用は殆ど持っていないと言っていただろう」
「あ!それなら殿下からいただいたドレスを着て行きました」
「は?」
「この前の訓練で買っていただいた物です!ちょうどティータイム用のドレスでしたよね?だからお茶会にもぴったりでしたし、ご令息にお褒めいただい…ふぇ!?!?」
スワードはシャルロッテの両頬を摘んで喜びの言葉を紡げなくした。シャルロッテはろくに話せず、横に伸びた顔で「はふはふ」と発音する。
シャルロッテの美しい見目を持ってしても両頬伸ばしには敵わず、スワードはその情けないシャルロッテを鼻で笑った。そして悪い笑顔で続ける。
「あれは私とのティータイムで着る物だ。どこぞのバカ令息達に見せるための物ではない」
「れほひはふひらはっはふれふ!」
「ん?どうした?聞こえないな」
スワードは片眉を釣り上げてシャルロッテの頬を横に伸縮させた。どうやらスワードの地雷を踏んでしまったようである。
スワードはシャルロッテに弁明の機会を与えようと頬から手を離して、シャルロッテは頬をさすりながら堰を切ったように話した。
「自慢したかったんです!」
「何だって?」
「好きな物は自慢したいじゃないですか。だから早く誰かに見せたかったんです。『怪力令嬢』だってこんなに素敵なドレスを持ってるぞって」
スワードから贈られたドレスはチョコレートをミルクに溶かしたような甘いブラウン色で、彼に出会ったケーキぶっ潰し事件を思い起こさせた。それがスワードと心を通わせているようでシャルロッテは心から愛おしかったのだ。
「そんなに私が贈ったドレスが好きか?」
「大好きです!許されるなら王都中へ自慢しに行きたいくらいですよ」
────バゴォッ!!
シャルロッテはそう言い切ってスワードのデスクを軽く叩くと、床にめり込んで天板は真っ二つに割れた。
どうやらドレスを思う気持ちが昂って怪力発動していたらしい。シャルロッテはドアハンドルだけでは飽き足らず、ついに家具まで手にかけてしまった。最悪だ。
シャルロッテが脳内で「怪力令嬢」の罪状を読み上げられている中、スワードの笑い声が彼女の意識を引き戻した。
「ふっ…はははっ!君には敵わないなシャルロッテ」
「へ?」
「私なら籠に閉じ込めて独占したいが…そうだな。たまには見せびらかして、羨ましがられるのも悪くない」
シャルロッテは理解が追いつかずポカンとしていたが、スワードは完璧で綺麗に微笑んだ。
「デスクを弁償しろとは言わないが、代わりに私の願いを1つだけ叶えてくれないか?」
「もちろんです!わたしに出来ることなら何でもします!」
「では来週末の舞踏会に私が用意したドレスで参加してほしい」
スワードは人差し指で「1」を主張し、シャルロッテは丸い目をしてスワードを見つめた。それだけでいいのか、なんて寛容な王太子なのだろうと驚きを隠せない。
「できるか?」
スワードはシャルロッテの髪をさらりと掬ってキスを落とすと、彼女のミルクティー色の髪が嬉しげに輝いた。スワードはそれを指先で弄んでシャルロッテの返事を待つ。
真っ赤にのぼせ上がったシャルロッテに断る理由はなかった。
「かしこまりました。殿下のドレスに恥じない『か弱い』令嬢で舞踏会に臨みます!」
15
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
ゆるふわな可愛い系男子の旦那様は怒らせてはいけません
下菊みこと
恋愛
年下のゆるふわ可愛い系男子な旦那様と、そんな旦那様に愛されて心を癒した奥様のイチャイチャのお話。
旦那様はちょっとだけ裏表が激しいけど愛情は本物です。
ご都合主義の短いSSで、ちょっとだけざまぁもあるかも?
小説家になろう様でも投稿しています。
年下の彼氏には同い年の女性の方がお似合いなので、別れ話をしようと思います!
ほったげな
恋愛
私には年下の彼氏がいる。その彼氏が同い年くらいの女性と街を歩いていた。同じくらいの年の女性の方が彼には似合う。だから、私は彼に別れ話をしようと思う。
猛禽令嬢は王太子の溺愛を知らない
高遠すばる
恋愛
幼い頃、婚約者を庇って負った怪我のせいで目つきの悪い猛禽令嬢こと侯爵令嬢アリアナ・カレンデュラは、ある日、この世界は前世の自分がプレイしていた乙女ゲーム「マジカル・愛ラブユー」の世界で、自分はそのゲームの悪役令嬢だと気が付いた。
王太子であり婚約者でもあるフリードリヒ・ヴァン・アレンドロを心から愛しているアリアナは、それが破滅を呼ぶと分かっていてもヒロインをいじめることをやめられなかった。
最近ではフリードリヒとの仲もギクシャクして、目すら合わせてもらえない。
あとは断罪を待つばかりのアリアナに、フリードリヒが告げた言葉とはーー……!
積み重なった誤解が織りなす、溺愛・激重感情ラブコメディ!
※王太子の愛が重いです。
【R-18】嫁ぎ相手は氷の鬼畜王子と聞いていたのですが……?【完結】
千紘コウ
恋愛
公爵令嬢のブランシュはその性格の悪さから“冷血令嬢”と呼ばれている。そんなブランシュに縁談が届く。相手は“氷の鬼畜王子”との二つ名がある隣国の王太子フェリクス。
──S気の強い公爵令嬢が隣国のMっぽい鬼畜王子(疑惑)に嫁いでアレコレするけど勝てる気がしない話。
【注】女性主導でヒーローに乳○責めや自○強制、手○キする描写が2〜3話に集中しているので苦手な方はご自衛ください。挿入シーンは一瞬。
※4話以降ギャグコメディ調強め
※他サイトにも掲載(こちらに掲載の分は少しだけ加筆修正等しています)、全8話(後日談含む)
【完結】『婚約破棄』婚約者のバカ王子に魔法の才能を盗まれた私は、物理(拳)で復讐する。
地鶏
恋愛
私、アルファ・マリエットには国で随一の魔法の才能がありました。
けど……どういうわけか幼馴染で婚約者のバカ王子が私の寝室に忍び込んで、不思議な魔法具を使ったのです。その結果、私の魔法の才能は王子に移り、王子は国中からもてはやされる魔法使いに。
私? 魔法が使えなくなった私を……国は見捨てました。だけど、忘れていませんか?
私、あなた達の前で魔法を使ったこと無かったですよね?模擬戦をしてきた騎士団長も、あの恐ろしい魔物も、戦った時、私は一度も魔法を使っていませんよ?
全部物理(拳)でしたよね?忘れていませんか?
ついうっかり王子様を誉めたら、溺愛されまして
夕立悠理
恋愛
キャロルは八歳を迎えたばかりのおしゃべりな侯爵令嬢。父親からは何もしゃべるなと言われていたのに、はじめてのガーデンパーティで、ついうっかり男の子相手にしゃべってしまう。すると、その男の子は王子様で、なぜか、キャロルを婚約者にしたいと言い出して──。
おしゃべりな侯爵令嬢×心が読める第4王子
設定ゆるゆるのラブコメディです。
王城の廊下で浮気を発見した結果、侍女の私に溺愛が待ってました
メカ喜楽直人
恋愛
上級侍女のシンシア・ハート伯爵令嬢は、婿入り予定の婚約者が就職浪人を続けている為に婚姻を先延ばしにしていた。
「彼にもプライドというものがあるから」物わかりのいい顔をして三年。すっかり職場では次代のお局様扱いを受けるようになってしまった。
この春、ついに婚約者が王城内で仕事を得ることができたので、これで結婚が本格的に進むと思ったが、本人が話し合いの席に来ない。
仕方がなしに婚約者のいる区画へと足を運んだシンシアは、途中の廊下の隅で婚約者が愛らしい令嬢とくちづけを交わしている所に出くわしてしまったのだった。
そんな窮地から救ってくれたのは、王弟で王国最強と謳われる白竜騎士団の騎士団長だった。
「私の名を、貴女への求婚者名簿の一番上へ記す栄誉を与えて欲しい」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる