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第二章

27.【慟哭⑩】

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「と、いうことで……もし今後保護を求める人間が来たとしたら、ひとまずは保護する方針に決定したわ」

 薄暗く照明を落とした会議室で、イーリスが宣言する。
 彼女の後ろにあるモニターには今、クレイドルで受け入れている4人の顔とプロフィールが表示してあった。

 いや、本来は私がやるべきことかもしれないんだけど、こういうときのまとめ役はイーリスだ。
 ここで出しゃばってもちぐはぐな説明になるだけなので、私は大人しく椅子に座っている。

「レインたちと引き合わせるのは、当然良くないですわよね?」

 私の左に座るベローナがひらひらと挙手しつつ発言した。
 それに対し、イーリスは深く頷く。
 
「可能ならば段階を追ってゆくゆく、といった感じかしら。彼らに任せる仕事内容もそう。メインルームから遠いところから様子を見つつ『お願い』することになるわ」

「子供たちとは会わせるのかー?」

 今度は右側に座るティアがビシッと手を伸ばして質問した。
 イーリスは首を横に振ってそれを否定する。
 
「それは一番最後でしょうね。出入りできる区画も完全に隔絶させる。といっても子供たちの存在がプロジェクトの根幹であることに間違いはないから、目的意識の維持のために情報は逐一共有する。そうよね? アドニシア」

「はいはーい! 私がママとして責任を持ってお伝えしまーす!」

 名前を呼ばれて、私は椅子から立ち上がりながら手を挙げた。

 イーリスは難しい言い方をしていたが、要は子供の日々の様子を見せてあげるということだ。
 私がママであることには変わりないけれど、他の人たちにも『一緒に子供を育てている』という実感を得てもらう。
 
 そもそものプロジェクトの目的が子供を育てることだったのだから、その成果として子供たちのことを伝えることは大切なことだ。

「教会も何らかの意図を持っている可能性が高いですわ。それに関して、わたくしの方でも考えはありますけれど、どうしますの?」

 すると、ベローナが腕を組んだまま問いかける。挙手大会は終わりみたい。
 
「ただの人減らしなら構わない。けれど例えば……クレイドル全域の権限を寄越せ、とか、ヘクス原体を寄越せ、とか言ってきたならばノー。このまま保護希望者が増えるのなら、いずれは向こうの主要人物と話す機会があるでしょうね」

 つまり、ヴィンセント神父や司教たちのことだ。
 私は立ったまま自分の胸を叩く。

「そうなったら私がお話すればいいんだよね?」

 ここの管理者で、ここにいる彼女たちのマスターなのだから、その責任はある。
 イーリスからも「当然でしょ」とでも返ってくると思い、熱い視線を投げかけていると――。
 
「いいえ、それはベローナがやるわ」
「えぇ~!?」

 ――そうでもなかった。……あれぇ?
 
 私が大声で叫ぶと、負けじと怒号が飛んできた。
 
「あなたの身に何かあったら困るでしょ! 本業はママのまま!」

 意気揚々と自推したというのに却下されて、私はしおれるように席へと座る。
 するとぽんぽん、とティアに肩を叩かれて、私はなんとも言えない気持ちになった。
 
「イーリス、もしかして今のは洒落ですの?」

 それを他所にベローナが目を輝かせている。いや、絶対違うと思う。
 けれど、ベローナ的には今のは中々お気に召したらしい。
 
「このタイミングでかまして笑いを取れると思う? それくらいのバカに私は見られてるの? ねぇ?」
「怖いですわ~。ごめんあそばせですわ~」

 イーリスがデスクに手をついて鋭い眼光を飛ばすと、ベローナが手の甲を口元に当てたポーズでそれを受け流す。
 
 話が激しく脱線した。

 ティアと一緒に様子を眺めていると、イーリスもそのことに気づいたのか、咳払いをして場の空気を取り戻す。

「……とにかく、アドニシアは施設内で保護している人間への対応は行うけれど、外へ行くのは駄目。保護した人間も許可した区画以外への立ち入りは原則禁止。私たちもなるべく往来を少なくして」
「了解だぞ」
「畏まりましたわ」
「はーい」

 返事をした私たちを、イーリスは見回した。
 
「私も物資の収集にもっと力を入れるわ。特にエンジニアがいるのなら現地で出来ることは多いはず。彼らにも回収を手伝ってもらう。各担当も警備範囲や人員の変化が激しくなるけれど、抜けのないように。特に子供たちとアドニシアの位置は全員が常に把握しておいて」

 低い声での念押し。
 イーリスは私たちの無言を了承とみなし、モニターの表示を落とす。
 
 薄暗かった部屋の照明が明るさを取り戻し、全員が姿勢を崩した。
 今日の業務はこれで終了だ。
 
 育児に定時や休日なんてないけれど、人が増えた今、少しでもメリハリをつけることでクレイドル内の時間サイクルを作ろうという方針になったのだ。
 
 私は天井に向けて拳を掲げる。
 
「それじゃ、晩御飯ターイム!」

 おー、と3つの拳がそれに続いた。

 私も含めて、彼女たちに食事ができる機能がついていてよかったと心底思う。
 
 食事は栄養を取るだけじゃない。皆で食卓を囲むことは楽しい。冷たいもの、あったかいもの、美味しいもの、まずいもの――それを食べたときに得られる感覚を共有できるのだ。

 その時間を通じて、子供たちへ教えられることなんて山ほどある。

 私たちは今日の晩御飯のメニューについて、各々の希望を言いながら会議室を後にするのだった。


 ◇   ◇   ◇


 相変わらず、ここのステンドグラスは眩しい。
 他の区画は照明を極力落としているというのに、あの絵の裏側の太陽を模した明かりが消えているところを、ヴィンセントは見たことがない。
 
「アントニオとウィーラーがクレイドルに入り込めたそうです」

 礼拝堂でヴィンセントがそう告げると、司教たちはやや驚くような表情をした。

「ほ、本当か? 随分と簡単に事が進んだのだな」

 半信半疑で低い声の司教が訊いてくる。そちらが命じたのだろうに、と思いつつ、ヴィンセントは肯定した。
 
「はい。しかし、内部の情報はまだです。中では通信が遮断されており、ヘクスもこちらとのリンクを切られています」
「なに!? それでは我が教徒を奪われただけではないか!?」

 飛んでくる怒号にも、ヴィンセントは平然とした態度を取る。
 当然、アントニオたちを送り込んで終わりではない。クレイドルへ赴くことを希望する教徒はまだ大勢いるのだ。
 
 ヴィンセントは低姿勢を崩さぬまま、あくまで論理的に話す。
 
「いえ、これはクレイドルを懐柔するための一手に過ぎません。教徒たちにもそう伝えています。まずは人的な協力を惜しみなく行い、態度を軟化させれば隙もできるでしょう。事を急げばサイモンのようになります」
 
 その言葉に、司教たちは顔を見合わせた。
 1か月前にサイモンとクレイドルとの間にあった衝突について、ヴィンセントはその詳細をつい最近知った。
 聞けば、あの運動能力しか能のない男はクレイドルに対して刺激することでその反応を伺い、自分から攻撃を仕掛けたらしい。

 腕力だけで他人を動かしていたツケが回ってきたのだろうと、ヴィンセントは思う。

 小声で話し合っていた司教たちが話を終え、こちらに視線を向けてきた。
 
「……いいだろう。結果が出たならばすぐに報告するように」
「もちろんです」

 どうやらテミスと考えた懐柔策は司教たちのお眼鏡にかなったらしい。
 自らが状況を動かしていることを実感するヴィンセントは、深々とお辞儀をしながら口端を歪める。

 すると、しわがれ声の老女司教が問いかけてきた。
 
「ヴィンセント神父。クレイドルの赤い髪の女のことは知っていますか?」
「赤い髪……? いえ、存じ上げておりません」

 またもや後出しの情報か、と思いつつ、ヴィンセントは首を捻る。
 
「どうやら、サイモンの無法者が痛い目にあったのは、その女が原因だということです」
「はぁ。原因と言いますと……?」
「わかりません」

 わからないのであれば、サイモンのグループが敗北した理由もわからない。
 そんな不確かな情報を渡されても動きようがない、とヴィンセントは苛立った。

「その女と接触して、生きてのびた者はいないそうです。もしその女と思しき者に接触するのであれば、心してかかりなさい。見た者によれば……悪魔であると聞いています」

 悪魔とは。それは見た目が悪魔なのか、その行いが悪魔なのか、はたまた何かの別の比喩表現なのか。
 どうせその点に関しても詳しい話は知らないのだろう。
 
 司教たちに情報を流しているのは、おそらくジョナスだ。
 6人のプロジェクリーダーの中では特にリーダーシップを発揮していた有能な男だ。
 そんな男が、何の見返りもなしに司教たちへ情報を提供するとは思えないからだ。
 
 ジョナスに限らず、裏ではヴィンセントの知らない取引が日常的に交わされているのだろうが、それを知りたいとは思えなかった。

 きっとすぐに神への冒涜者だのと騒ぎだして、目障りな存在は消そうとする老人たちだ。
 ヴィンセントは1人歩きしていそうな悪魔という言葉に、適当に相槌を打つ。
 彼らの気分が少しでも良くなれば、それでいい。

「我らとは対を成すような輩ですな」
「そのような冗談が通じる者であれば、よいですね」

 しかし、意外にも司教たちの反応は乾いたものだった。
 冗談ではなかったのだが。
 ヴィンセントは髪の生え際を撫でてごまかす。
 
「最後に、あなたのその懐柔策ですが、それはあなた自身が考えたものなのですね?」
「……? どのような意味でしょうか?」

 最後に問われ、ヴィンセントは意味が分からず顔を上げた。
 教徒たちがそんなことを考えられるような環境も、情報も与えていないだろうに。

 強いて言えばテミスとの会話からインスピレーションを得ただけだ。
 ヴィンセントの発案であることに間違いはない。
 
「いえ、そうであるならば、いいのです。行きなさい」

 司教は少しばかり引っかかる言い方をする。
 どうせ何か事があっても、後から「自分たちは危惧していた」などと言い始めるのが老人たちの得意技だ。
 ヴィンセントは司教たちを信用していないし、彼らも下々の者のことなどアテにしてはいないだろう。
 
 いずれ、結果だけを出せばいい。今回の件については自信がある。
 
「はぁ、それでは……」

 ヴィンセントは軽く首を捻りながら、踵を返すのだった。









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