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第二章
24.【慟哭⑦】
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案内されたのは、クレイドルでも標準的な二人部屋だ。
狭くも、広くもない大きさだ。二つのベッドと食事するためのテーブルセットが一つあるだけの質素な内装だ。
「では、ご説明した通り、回収したヘクスは後日ご返却致します」
入口に立つ青い制服を着たオートマトンがお辞儀をした。
それを見て、アントニオは隣のウィーラーと顔を見合わせる。
アントニオたちは教会から最初に送り出されたエンジニアだ。クレイドルへ向かう途中で、このオートマトンと出くわした。
もしやと思い、クレイドルのオートマトンであることを前提に接触を試みたところ、長い待機の末にここへの立ち入りを許可されたのだ。
「ここの今の状況を聞きたいんだが……」
「ご返答できる権限がございません」
そのまま立ち去ろうとしたオートマトンへの問いかけに、にべもない答えが返ってくる。
やはりか。
一部を除いた、ほとんどのオートマトンは命令に従っているだけだ。それはアントニオも承知の上だ。
だが、アントニオには目の前の個体に人間臭い仕草を垣間見た。
人間とは違い、その目は微細な眼球運動を行わない。
それはオートマトンの目は外部の視覚情報を得るためのセンサーであるからだ。
必要な視界を得るために眼球を動かし、必要な調整を行うために瞳孔を絞る。
感情を表現するならば表情筋を作動させればいい。
だが、どこかこのオートマトンの目からはわずかな感情の揺れのようなものを感じた。
上位モデルならば、さっそく本題を話すことができる。
だからこそ聞いてみたのだが、彼女の答えは定形的な答えそのものだ。
アントニオの思い違いだったのかもしれない。
落胆して肩を落としていると、オートマトンの後ろでドアが開いた。
「失礼致しますわ~。お食事とお飲み物をお持ちしましたわ~」
変わった話し方の陽気な声。見れば、トレイの上に食事と湯気の立つカップを乗せた金髪の女性が部屋に入ってくる。
彼女は物怖じしない歩きでトレイをテーブルに置くと、こちらに微笑みかけてきた。
「アントニオ様、ウィーラー様、お帰りなさいませ……と言うのは、正しいのかわかりませんわね?」
彼女の言葉に、アントニオはなんと答えてよいか迷う。
元はここで目覚めたとはいえ、帰属意識など無いに等しい。クレイドルで生活していた時間は、それほどまでに短かった。
「困らせてしまいましたわ。では改めて……わたくしはベローナと申します。ようこそ、クレイドルへ。マスターに代わり、歓迎しますわ」
そんなアントニオたちに、ベローナと名乗ったオートマトンは苦笑を漏らしつつも垂れる。
このオートマトンは上位モデルだ。それも管理者の代理を任されるほどの近い立場にあるのだろう。
アントニオは話す機会を得たと見て、挨拶を返す。
「俺はアントニオだ。こっちの無口なのはウィーラー。俺たちはこの艦内の設備のエンジニアだったんだ。もし、アンタらに困っていることがあれば――」
そこまで言って、アントニオは言葉を止めた。見れば、ウィーラーに肩を掴まれていた。
何かと思い、首を巡らせたところで、アントニオは気づく。
空調が効いているはずの室内の空気が、嫌に冷たい。そして、頭を押さえつけられるような重さがあった。
それは緩やかな流れを伴って、正面に立つオートマトンへと帰結している。
ベローナの表情や立ち姿は変わらない。
だが、その目は冷やかで、獰猛な光を宿していた。
「お話ならば明日、マスターが直接お伺いしますわ。しかし、わたくしから言えることが一点、ございますの。たとえあなた方に捨てられたクレイドルだとしても……、あなた方からは貧しく見えたとしても、わたくしたちは困ってなどいない。助けなど求めていない」
聞くだけで体の芯が冷え切るような声に、アントニオは身震いする。
このオートマトンに自分たちがどう見えているのか、その一言で理解できた。
彼女は首輪をつけられた獣だ。主人の言いつけで自分たちを縄張りに入れることを許容しているだけの番犬。それも、もし気に入らないことがあれば、うっかり噛みつかれてもおかしくはないほど凶暴な。
このオートマトンにそれが許されるかはわからないが、試してみる度胸もアントニオにはない。
冷や汗をかいて、二人は沈黙する。
それを見てベローナがため息をついて、肩を力を抜いた。
すると、アントニオたちを氷漬けにしていた空気が霧散する。
「失礼しましたわ。最近は物騒ですから、少々気が立ってしまいましたの」
軽く頭を下げたベローナは手でテーブルの上のトレイを指し示した。
「さぁ、スープが冷めてしまいますわ。失礼ながら、お二人には軽度の栄養失調と疲労が見られます。今日はまずお食事を取って、ゆっくりお休みくださいませ?」
「い、いや、だが……」
今更ながら、鼻孔をくすぐる食事の香りにアントニオは気づく。
教会で配給されるものは固形食糧とパックの水がほとんどだ。熱いスープなど久しく口にしていない。
隣でウィーラーが喉をごくりと鳴らすのが聞こえて、軽く小突く。
だが、すぐに自分の腹からも空腹を主張する音が響いてしまい、アントニオは顔が熱くなるのを感じた。
「召し上がって頂かなければ、用意した甲斐がありませんわ」
嫌味ではない、せがむような物言いだ。
アントニオは迷って、ウィーラーに小声で話す。
「あれに毒が盛られたり、見返りを求められるようなことはないか……?」
「ヘクスを回収された俺たちを殺すのに、そんな回りくどいことはしない。見返りも同じだ」
確かにそうだ。あのオートマトンの言葉を信じれば、アントニオたちにヘクス以上の価値を感じるとは思えない。
しかし、アントニオの中には決して食事を乞うためにここへ来たわけではないというプライドがあった。
煮え切らないアントニオに対し、ウィーラーがダメ押しの一言を囁いてくる。
「それに、もてなしを無下にするのは相手を信用していないという意思表示だ」
「お前、飯が食いたいだけじゃないだろうな?」
疑惑の目を向けると、ウィーラーは視線を外した。
正直、距離を取っていても漂ってくる香りは、アントニオたちには耐えがたい誘惑だ。
あの食事がクレイドルの純粋な善意ではないとしても、拒否すれば今後の関係にも影響を及ぼすかもしれない。
「……頂こう」
「すべて真空冷凍のパック食料ですが、お楽しみくださいませ。シャワーもご自由に使って頂いて構いませんわ」
そう言い置いて、ベローナは部屋を後にした。
彼女を見送ったアントニオたちは席に着くと、すぐさま食事を貪るように口にする。
ベローナの言った通り、これは出来立ての料理などではなく真空冷凍の備蓄食料だ。
味は悪くなく栄養価も保証されているものの、食事そのものを楽しめるものではない。
そうアントニオは思っていた。
だが、その湯気の立つ熱さが美味い。
息を吹きかけながら咀嚼し、熱を持ったまま食道を通り過ぎるその感覚を美味と感じるのだ。
気づけば、アントニオたちはたちまち食器の上を空にしていた。
腹の底から体が暖かくなり、額に汗が浮かぶ。
食べるということにも体力を使うのだろう。心地よい疲労感がじんと広がってきて、アントニオは眠気を感じた。
しばらく味わっていなかった感覚だ。
これが本来の自分たちの生活水準だったのかもしれない、とうつらうつらする意識の中で思う。
そういえば、自分たちの身なりもあのベローナというオートマトンと比べて、なんともみすぼらしい恰好だ。
少し眠ったら、まずは体を綺麗にしよう。
こんな状態でクレイドルのマスターとやらに会うのはよくないだろう。
気がつけば、ウィーラーがテーブルに突っ伏して寝息を立てている。
こうして明るい場所で眠りに落ちることなど、いつ振りだったか。
教会の住居はいつも薄暗い。ここのところは気温も低く、テーブルなどで眠れば体調を崩してしまう。
そんな些細なことが、いつの間にか自分の人生の中から抜け落ちてしまっている。
アントニオはその事を悟りながら、天井のライトを見上げたまま眠りに落ちるのだった。
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狭くも、広くもない大きさだ。二つのベッドと食事するためのテーブルセットが一つあるだけの質素な内装だ。
「では、ご説明した通り、回収したヘクスは後日ご返却致します」
入口に立つ青い制服を着たオートマトンがお辞儀をした。
それを見て、アントニオは隣のウィーラーと顔を見合わせる。
アントニオたちは教会から最初に送り出されたエンジニアだ。クレイドルへ向かう途中で、このオートマトンと出くわした。
もしやと思い、クレイドルのオートマトンであることを前提に接触を試みたところ、長い待機の末にここへの立ち入りを許可されたのだ。
「ここの今の状況を聞きたいんだが……」
「ご返答できる権限がございません」
そのまま立ち去ろうとしたオートマトンへの問いかけに、にべもない答えが返ってくる。
やはりか。
一部を除いた、ほとんどのオートマトンは命令に従っているだけだ。それはアントニオも承知の上だ。
だが、アントニオには目の前の個体に人間臭い仕草を垣間見た。
人間とは違い、その目は微細な眼球運動を行わない。
それはオートマトンの目は外部の視覚情報を得るためのセンサーであるからだ。
必要な視界を得るために眼球を動かし、必要な調整を行うために瞳孔を絞る。
感情を表現するならば表情筋を作動させればいい。
だが、どこかこのオートマトンの目からはわずかな感情の揺れのようなものを感じた。
上位モデルならば、さっそく本題を話すことができる。
だからこそ聞いてみたのだが、彼女の答えは定形的な答えそのものだ。
アントニオの思い違いだったのかもしれない。
落胆して肩を落としていると、オートマトンの後ろでドアが開いた。
「失礼致しますわ~。お食事とお飲み物をお持ちしましたわ~」
変わった話し方の陽気な声。見れば、トレイの上に食事と湯気の立つカップを乗せた金髪の女性が部屋に入ってくる。
彼女は物怖じしない歩きでトレイをテーブルに置くと、こちらに微笑みかけてきた。
「アントニオ様、ウィーラー様、お帰りなさいませ……と言うのは、正しいのかわかりませんわね?」
彼女の言葉に、アントニオはなんと答えてよいか迷う。
元はここで目覚めたとはいえ、帰属意識など無いに等しい。クレイドルで生活していた時間は、それほどまでに短かった。
「困らせてしまいましたわ。では改めて……わたくしはベローナと申します。ようこそ、クレイドルへ。マスターに代わり、歓迎しますわ」
そんなアントニオたちに、ベローナと名乗ったオートマトンは苦笑を漏らしつつも垂れる。
このオートマトンは上位モデルだ。それも管理者の代理を任されるほどの近い立場にあるのだろう。
アントニオは話す機会を得たと見て、挨拶を返す。
「俺はアントニオだ。こっちの無口なのはウィーラー。俺たちはこの艦内の設備のエンジニアだったんだ。もし、アンタらに困っていることがあれば――」
そこまで言って、アントニオは言葉を止めた。見れば、ウィーラーに肩を掴まれていた。
何かと思い、首を巡らせたところで、アントニオは気づく。
空調が効いているはずの室内の空気が、嫌に冷たい。そして、頭を押さえつけられるような重さがあった。
それは緩やかな流れを伴って、正面に立つオートマトンへと帰結している。
ベローナの表情や立ち姿は変わらない。
だが、その目は冷やかで、獰猛な光を宿していた。
「お話ならば明日、マスターが直接お伺いしますわ。しかし、わたくしから言えることが一点、ございますの。たとえあなた方に捨てられたクレイドルだとしても……、あなた方からは貧しく見えたとしても、わたくしたちは困ってなどいない。助けなど求めていない」
聞くだけで体の芯が冷え切るような声に、アントニオは身震いする。
このオートマトンに自分たちがどう見えているのか、その一言で理解できた。
彼女は首輪をつけられた獣だ。主人の言いつけで自分たちを縄張りに入れることを許容しているだけの番犬。それも、もし気に入らないことがあれば、うっかり噛みつかれてもおかしくはないほど凶暴な。
このオートマトンにそれが許されるかはわからないが、試してみる度胸もアントニオにはない。
冷や汗をかいて、二人は沈黙する。
それを見てベローナがため息をついて、肩を力を抜いた。
すると、アントニオたちを氷漬けにしていた空気が霧散する。
「失礼しましたわ。最近は物騒ですから、少々気が立ってしまいましたの」
軽く頭を下げたベローナは手でテーブルの上のトレイを指し示した。
「さぁ、スープが冷めてしまいますわ。失礼ながら、お二人には軽度の栄養失調と疲労が見られます。今日はまずお食事を取って、ゆっくりお休みくださいませ?」
「い、いや、だが……」
今更ながら、鼻孔をくすぐる食事の香りにアントニオは気づく。
教会で配給されるものは固形食糧とパックの水がほとんどだ。熱いスープなど久しく口にしていない。
隣でウィーラーが喉をごくりと鳴らすのが聞こえて、軽く小突く。
だが、すぐに自分の腹からも空腹を主張する音が響いてしまい、アントニオは顔が熱くなるのを感じた。
「召し上がって頂かなければ、用意した甲斐がありませんわ」
嫌味ではない、せがむような物言いだ。
アントニオは迷って、ウィーラーに小声で話す。
「あれに毒が盛られたり、見返りを求められるようなことはないか……?」
「ヘクスを回収された俺たちを殺すのに、そんな回りくどいことはしない。見返りも同じだ」
確かにそうだ。あのオートマトンの言葉を信じれば、アントニオたちにヘクス以上の価値を感じるとは思えない。
しかし、アントニオの中には決して食事を乞うためにここへ来たわけではないというプライドがあった。
煮え切らないアントニオに対し、ウィーラーがダメ押しの一言を囁いてくる。
「それに、もてなしを無下にするのは相手を信用していないという意思表示だ」
「お前、飯が食いたいだけじゃないだろうな?」
疑惑の目を向けると、ウィーラーは視線を外した。
正直、距離を取っていても漂ってくる香りは、アントニオたちには耐えがたい誘惑だ。
あの食事がクレイドルの純粋な善意ではないとしても、拒否すれば今後の関係にも影響を及ぼすかもしれない。
「……頂こう」
「すべて真空冷凍のパック食料ですが、お楽しみくださいませ。シャワーもご自由に使って頂いて構いませんわ」
そう言い置いて、ベローナは部屋を後にした。
彼女を見送ったアントニオたちは席に着くと、すぐさま食事を貪るように口にする。
ベローナの言った通り、これは出来立ての料理などではなく真空冷凍の備蓄食料だ。
味は悪くなく栄養価も保証されているものの、食事そのものを楽しめるものではない。
そうアントニオは思っていた。
だが、その湯気の立つ熱さが美味い。
息を吹きかけながら咀嚼し、熱を持ったまま食道を通り過ぎるその感覚を美味と感じるのだ。
気づけば、アントニオたちはたちまち食器の上を空にしていた。
腹の底から体が暖かくなり、額に汗が浮かぶ。
食べるということにも体力を使うのだろう。心地よい疲労感がじんと広がってきて、アントニオは眠気を感じた。
しばらく味わっていなかった感覚だ。
これが本来の自分たちの生活水準だったのかもしれない、とうつらうつらする意識の中で思う。
そういえば、自分たちの身なりもあのベローナというオートマトンと比べて、なんともみすぼらしい恰好だ。
少し眠ったら、まずは体を綺麗にしよう。
こんな状態でクレイドルのマスターとやらに会うのはよくないだろう。
気がつけば、ウィーラーがテーブルに突っ伏して寝息を立てている。
こうして明るい場所で眠りに落ちることなど、いつ振りだったか。
教会の住居はいつも薄暗い。ここのところは気温も低く、テーブルなどで眠れば体調を崩してしまう。
そんな些細なことが、いつの間にか自分の人生の中から抜け落ちてしまっている。
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