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第一章

17:メイドたるものアクロバティックに?

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 そして、今日もアタシは仕事を終えて自室に戻る。
 
 まだ日も落ちていない。
 もうフィロメニアが自分から悩みを打ち明けることはないだろうと諦めていたので、最短最速で身の回りの世話は終わらせた。あまりの早さにフィロメニアの方が目を回していたくらいだ。

 アタシはベッドに身を投げ出してセファーを呼び出した。
 
『ここ一週間のフィロメニアの様子、教えてくれる? あの態度の手掛かりとかないかな』
『あるんじゃないかな』

 腕組みして真顔で言うセファーを叩き落そうと手を振る。
 だが避けられてしまった。コノヤロー。
 
『早く言えし!』
『聞かれなかったからねぇ』

 協力的なのかそうでもないのかわからない神様をアタシは睨む。
 そんな視線もなんのその。セファーは手を頭の後ろで組みながら話し始めた。
 
『どうやら神殿の動きについて調べているようだよ。燃やしてしまったあの手紙も、ヒロインの入学に神殿が関与していることを示す内容だった。きっと何かを企んでいるんだろう』
『その割にはなんのイベントも起こんないだけど』
『いやいや、君の主がだよ』
『え? フィロメニアが?』

 アタシは驚いてベッドから起き上がる。
 
『フィロメニアが企んでるの? アタシに黙って?』
『ああ、そうさ。というか……彼女は君を関わらせないためだろうねぇ。君が霊獣であることを口外しないよう徹底している。君は彼女が学園内で陰口を叩かれていることを知っているかい?』

 アタシは教室棟の中には入れないので、学生たちの噂話などは耳に入りにくい。
 ぶんぶんと首を横に振って否定すると、セファーはため息交じりに教えてくれた。
 
『霊獣召喚に失敗した公爵令嬢、さ。ヒロインも同じような扱いだがね』
「はぁ!?」

 思わず声に出してしまう。
 それほど貴族にとって霊獣という存在は大きい。
 
 この学園に通うのならば、どんな霊獣だとしても召喚していることが絶対ともいえるほどだ。
 
『授業で各々の霊獣を呼び出す場があってねぇ。彼女自身が言ったんだ。私は霊獣を召喚できていない、と』
『なんで……アタシ呼べばいいじゃん』
『君のご主人様はそう考えてはいないようだねぇ』
 
 使用人がまさかの霊獣、ということ自体はできるだけ隠しておきたい、という考えはわかる。
 実際にアタシは自分からそのことを他人に打ち明けたりはしない。
 
 けれどそれはいずれ露見することで、公爵家の面目を潰してまで隠さなくてもいいはずだ。

 フィロメニアもその認識で同意していたと思っていたのに。
 
 そりゃ、入学してから静かなはずだ。
 アタシは普通の使用人で、神殿騎士の一人を殺してしまったことも広まっていないのだから。
 なら例の乙女ゲーの物語としてはどこまで進んでいるんだろう。
 
『ねぇセファー。マリエッタの動きとか見れたりする?』

 アタシが言うと、セファーはやれやれと肩を竦める。
 
『逐一、とはいかないが、ヒロインと接触している場なら確認しているよ』
『有能か……?』
『照れるねぇ!』

 ちょっと褒めただけでテンションがブチ上がった神様の表情はキラキラしていた。
 
 本当によくわからんヤツ……と呆れていると、セファーがアタシの額をちょんと突っつく。
 するとその瞬間、アタシの目にたくさんの映像画面のようなものが表示された。

『うわ!? なにこれ!?』
『網膜に直接投影しているんだ。君の持っていた情報端末に寄せて表示している』
『へ、へぇ……』

 急にテクノロジックなもん出てきたな……。あの乙女ゲー、ファンタジーのはずなんだけど。
 そもそもセファー自体が例外というべきものなので、そこは深く考えないようにしよう。

 アタシは表示された映像を順に見ていった。
 主にシャノンを監視しているためか、アタシが阻止しようとした各攻略対象との出会いも映っている。
 
 こうしてみると、もはや攻略RTAだ。
 物凄い速度でイベントを発生させていく様は見事と言える。
 
 だが当人としてはその自覚はないようで、目まぐるしく訪れる上流階級との邂逅に疲れが表れていた。
 ゲームだけではわからない――生きた人間だからこその反応に、アタシは少しばかり同情する。

 イケメンに囲まれるってのも良いことばっかりじゃないんだなぁ。
 
 と、いくつか見ていくうちに、アタシは疑わしく思っていた存在について口に出す。
 
『……シャノンさ。マリエッタと会ってる時間、多くない? なんで放課後も付きっきりで補習してんの?』
『ヒロインのアドバイザーなんだろう? なにか不自然に感じるかい?』

 視界の端にふわりと降りてきたセファーを手で受け止めながらアタシは唸った。
 そして、ひとつの映像を指差して尋ねる。

『……これって音声聞ける?』
『当然さ』
『神か?』
『実際そうなんだがねぇ』

 セファーがくるくると指先を回すと、アタシの耳の中にややこもった音声が流れ始める。
 
《――では図書館に行ってこの本を探してみて。……そうね。行くなら明日の放課後すぐがおすすめよ》
《そうなんですか?》
《ええ、今日は上級生に課題が出る日だから混んでると思うわ。人が少ない方が探しやすいでしょう?》
《はい! ありがとうございます先生!》

 会話自体は教師と生徒の間で交わされるだろう、不審なものではない。
 けれど、問題はそのあとだ。
 
『……で、言う通りにしたシャノンは図書館でファブリスと出会ってるんだよね』
『その通りだねぇ』

 肯定するセファーに、アタシはこめかみを掻く。
 
『ジルベールと出会う直前の様子も見せて』

 言うと、再びセファーが映像を切り替える。
 すると、やっぱりそこにはマリエッタと話すシャノンの姿があった。

《シャノンさん。特別食堂には行ったかしら?》
《えっ。でも先生、あそこは偉い方しか行っちゃいけないんじゃ……?》
《そんなことはないわ。まぁ、値は張るけれど、たまに行くくらいの生活費は渡しているでしょう?》
《でも……》
《それにね。周囲の目なんて気にせず胸を張って行動すれば、みんなおのずと認めてくれるものだと私は思うの》
《は、はい。じゃあ、今日さっそく行ってみようと思います》
《食べるならテラス席がおすすめよ。座る人が少ないから、たまには羽を伸ばせるんじゃないかしら》

 とんだデタラメを吹き込むマリエッタに、アタシは怒りを通り越して真顔になる。
 
『なに言ってんだコイツ』
『ヒロインのあの奇行にはそういう理由があったわけだ』
 
 やっぱりかぁ。
 アタシはだんだん疑惑が確信に変わってきた感じがして、セファーに次の注文を指示した。

『セルジュのとこ』
『指示が雑になってきたねぇ!』

 文句を言いつつもセファーは指を振る。
 
 別の日に廊下ですれ違ったシャノンに対し、マリエッタが声をかけた形だ。
 
《シャノンさん、最近、男の子に言い寄られて困ってるって聞いたわ》
《あ……先生。はい……そうなんです。きっと悪い人たちじゃないと思うんですけど、どうお喋りしていいかわからなくて……》
《そういう時は自分の正しいと思うことを物怖じせずに言う事よ。特に身分をひけらかす子にはきっと効くと思うわ》

 これも、とてもじゃないが現時点で存在自体が浮いているシャノンに言うべきアドバイスじゃない。
 
 そりゃ、偉そうなやつに正論を投げつけて追い払う、もしくはそのことで気に入られるという流れはよくある話だ。
 けれど、それはある種の理想であって、貴族主義のこの国でそれをやると普通に命を落とす可能性がある。

 これがヒロインという特別な存在でなければ、両親までどうなるかわかったもんじゃない。

『で、このあと愚兄くんの強引な誘いを断って、逆に気に入られるわけだ。実に的確な助言だ』
『的確すぎるでしょ』
『ほう?』

 ニヤつき始めたセファーの顔を鬱陶しく思いながら、アタシは話を続けた。

『ゲームの中じゃマリエッタは優しい先生だけど、物語に関わってくるようなキャラじゃない。なんていうかヘルプ機能? みたいに聞かれたことだけ答えるようなキャラだった。それが明日に行けだの、テラスで食べろだの、強めに言えだの……完全に誘導してるじゃん』
『興味深いねぇ』

 セファーはなにやら顎に手を当てて感心する。
 なにがよ、と聞こうとしたけれど、次に耳へ入ってきた声にアタシは意識を持っていかれた。
 
《……ふふ、お告げの通りというわけね》

 お告げだって?
 映像の中ではシャノンはもういなくなっていて、教室にひとり残るシャノンが残っている。

「ねぇ止めて! この袖の中! 大きくして! ピンチアウトできないんだけど!?」

 スマフォの画面を拡大しようと手を伸ばすが、アタシの手は空を切った。
 
『声が出ているよ。やかましいねぇ。触れるなんて一言も言ってないだろうに……。ほら、これでどうだい?』
 
 片耳を塞ぐセファーは顔をしかめながらも指を振る。
 文字が流れる結晶板――その光から察するに魔導具らしきものを持っていた。

 けれど、アタシの記憶にはそんなものは存在しない。あれはなんだろう。
 
『その道具の詳細は不明だが、この教師がヒロインを誘導しているのはたしかだねぇ。……しかも君の目的とは逆をゆく種を蒔いている。こちらの行動が実を結ばないのは後手に回っていたからかもしれないねぇ』
 
 アタシは映像の中でうっすらと笑みを浮かべるマリエッタを睨む。
 
『で、その筋で行くと気になることがあるんだが』

 セファーが言うと、映像が切り替わった。
 映っているのは廊下だ。学生服を着た生徒がまばらに往来しているところを見ると、教室棟だろうか。
 
「あっ……」
 
 そこにシャノンが歩いてきた。
 そして女子生徒に廊下でぶつかられ、落とした教科書を踏まれる。
 
 見ていて気分の悪くなる光景に、アタシは顔をしかめた。知っている顔だからだ。

 ――イジめている女子生徒の方が。
 
「フィロメニアの取り巻きの子だ。殿下に気に入られてるから、やっぱ目をつけられたのかな」
『君の主人の威光があまり振るわないことも起因しているんじゃないかな』
「貴族主義めんどくせぇ~……」
『まぁ、これはある意味予定調和なのだろう? 我の見せたいものはこれからだよ』

 肩を落としつつも教科書を拾い集めるシャノン、その後ろの廊下の先に人影が現れる。

「マリエッタだ。……あれ?」

 マリエッタは廊下にへたり込むシャノンを立ち止まって一瞥し、そのまま歩き去ってしまった。

「助けないんかよ」
『うむ。この教師は明らかにヒロインが嫌がらせを受けていることを認識しているが、手助けや周囲を注意する様子はないねぇ』
「……いや、逆に不自然じゃないのかも」
『ほう』

 相槌を打つセファーと目が合う。
 その視線は意外だったというよりも、答え合わせをしているような雰囲気だ。

「ゲームでも虐めに遭うヒロインを助けるのは攻略対象なのよ。マリエッタに助けてもらったことはないから、その基準で行くとこの反応が正常だと思うわ」
『つまり攻略対象への誘導の方が異常だと』
「マリエッタはあくまで物語に干渉しないもん。教師が生徒とはいえ貴族間のいざこざに首を突っ込みたくないのはわかる。けど……」
『彼女は何らかの目的を持ってヒロインを誘導しているのは明らかだねぇ』

 セファーは手を頭の後ろに回してふわふわと宙に身を預ける。
 アタシも同じようにベッドに倒れ込むと、天井を見ながら呟いた。

『さて、その目的とはなんだろうねぇ? 君の言うGameのことは一度隅に置いて考えてみたまえ』
「シャノンを取り合ってイケメンたちがしのぎを削る。もしくは痴話喧嘩が勃発する」
『あり得るねぇ。他には?』
「……味方のふりしてシャノンを精神的に追い詰める、とか」
『それはもっと直接的な方法があるから可能性は低いねぇ』
「え~? イケメンをシャノンに集める目的って他に――……あっ」

 アタシの思考が一つの可能性にたどり着いて、がばっと身を起こす。
 シャノンを操り人形にする教師。その全ての行動は攻略対象との恋愛を描いたゲームのイベントを発生させるものだ。
 
 その物語の行く末はヒロインが幸せになる話だが、それを裏返してみると……。

「フィロメニア……?」
『どうするんだい?』
「ちょっと行ってくる。早くなんとかしないとヤバい気がする」

 アタシが足早に自室を出てフィロメニアの下へ向かおうとすると――。

「ウィナ! 大変なの! フィロメニア様が……!」

 リーナがこちらに駆け寄ってくるところだった。
 どうやら今回も後手に回ってしまったらしい。

 アタシは自分の愚かさにふらつきながら覚悟を決めると、リーナの言葉を聞くのだった。






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